幕間
永田町。厚いカーテンで外光を遮った内閣特命室の一室は日本の犯罪率の多さと、これらに使う税金の多さに財政を圧迫されていた。
極秘で行われた来年の予算について、草案をまとめる為に緊急会議で雁首揃えたお偉い方は頭を悩ませていた中、突如として男は現れた。
背の高い影。黒い霧のような気配を纏いながら、しかし姿は人間の青年に近い。男は椅子に腰を下ろすでもなく、机の上の書類を勝手に手に取り、冷笑を浮かべた。
「人って、反省しない人が大半だよね。再犯率は高まり続けている。刑務所も留置場も溢れかえっている。……でもね、僕がこの悩みを消してあげるよ」
議題に沿って話し合う場には不釣りあいな、一方的な言葉。
唐突な言葉といきなり現れた男に、特命担当大臣も官僚たちも息を呑む。
何者かと問い質す声が上がるが、男は気にも留めない。
「証明が必要だろう? 明日のニュースを楽しみにしていて」
そう言い残し、男は霧のように掻き消えた。
誰もが幻覚と思った――翌日のニュースを見るまでは。
⸻
全国放送の速報。
「離島の駐在所が丸ごと消失。建物も備品も、人間も、跡形もなく」
画面に映し出されたのは、更地になった空き地。瓦礫も残骸もない。まるで最初から存在しなかったかのように。
映像を見つめながら、特命担当大臣は背筋を冷たい汗が伝うのを感じた。
夢ではなかった。現実に“何か”が起きている。
そう思った瞬間
「どう?僕の話を聞く気になった?」
振り向けなかった、昨日の蜃気楼のような男は確かに気配があった。さっきまでは一人きりだった書斎に急に現れた気配に息を呑む。
男は続けた
「ねぇ、大臣。わかるよね?失踪しちゃうんだ、跡形もなく。きっと警察がどれほどの人員を割いても現実的にあり得ない事は解決できないよね?つまり、君達が頭を悩ませている犯罪者もこうやって僕が消してあげるよ」
悪魔の様なささやきに脳内に色々なものが駆け巡る、無責任にデモをおこし、犯罪者を処断するにも時間がかかるし、何より金がかかる。
国庫を圧迫する犯罪被害に対する支援金、そして何より犯罪を収容する為の維持費。
これは頭が痛い問題で、どうしようもないと思っていたが、人権を全く無視して行える超常的な粛正があるとしたら?
死ぬわけではなくて失踪する。この世界からいなくなるということだろうか?それともこの男が?
「この話に乗らなかったからって、大臣には何もデメリットはないよ?だって何も証拠が残らないんだから」
話を聞いて、安全かどうか見極める必要性と濫用しないようにこちら側に味方につけておきたいとも思う。
大臣は意を決した、毒をくらわば皿までと
「わかった、話をきこう。君名前は?」
「そうだなぁ、あえて言うなら、僕はお隠し様さ」
こうして、駐在所勤務だった警察官の存在は、公式記録から「不明失踪」として処理される。
内閣特命室は、事件を「極秘運用の実験成功」と記録し、誰にも知られることなく次の段階――“対象だけを転移させる”計画へと移行していった。
⸻
捜査一課の刑事・桐島蓮。
警視庁内でも切れ者と呼ばれる彼は、守の失踪事件の第一発見現場調査のため、島に派遣された。
「……何もない」
潮風にさらされた更地を前に、桐島は呟いた。
駐在所が建っていたという住民の証言は一致している。だが、地盤に沈下の痕跡もなく、基礎すら掘り返された形跡もない。
地面を削っても、セメント片すら出てこない。
まるで最初から何も存在しなかったかのように、そこには「空虚」しかなかった。
桐島は記録を取り、住民に聞き取りを重ねた。
だが証言は「昨日まであった」「突然消えた」の一点張り。矛盾も虚言もない。
報告書にどう記すべきか、頭を抱えた。
「……これじゃ、神隠しだ」
独りごちた言葉が風に消える。
それから間もなく、桐島は別の案件に呼ばれる。
今度は都市部で、留置場にいたはずの被疑者が忽然と消えた。
さらに拘置所から、受刑者が丸ごと数名いなくなった。
どれも痕跡ゼロ。扉も壁も破壊されていない。監視カメラも映っていない。
桐島は夜を徹して調べ続けた。
だが、どの事件も決定的な証拠に辿り着けない。上からは「捜査を続けろ」と命じられるが、裏では既に捜査打ち切りの気配すら漂っている。
現場に残るのは、苛立ちと空虚感だけだった。
次々と起こる失踪事件。手掛かりはない。
ただ――背後で、何者かが確実に糸を引いていることだけは、桐島にも理解できていた。
「必ず掴んでやる……お前が何者であろうと」
彼は闇の奥に消えていく手がかりを追い続ける。
その果てに、異世界と現代を繋ぐ黒幕の存在に迫っていくのだった。




