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異世界駐在所  作者: clavis


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第3部第4章 襲撃

夜の闇を切り裂くように、青年は畑道を転げるように走った。朝靄もやがまだ尾を引く村は静かで、足音だけが異様に大きく響く。彼の胸は激しく上下し、喉は砂を噛んだように痛い。焦げた匂いが、風に乗って鼻腔を突いた瞬間、全身の力が抜けるほどの恐怖が走った。


「火だ! 火だ、皆! 火事だっ!」


叫び声はまず隣家の戸を叩き割いた。裸足の老人が飛び出し、母親が子を抱えて玄関から転げ出る。だがそれより先に、青年の視線の先にあったのは――新築のあの家の屋根が一瞬で紅蓮ぐれんになり、黒煙が空へと吸い込まれてゆく光景だった。炎の外側で、二人の男が遊ぶように立っている。掌から火をもてあそぶ者、触れたものをスパリと刃物のように切り裂く者。彼らは村人を狙い、はやすように笑っていた。


「ひぃっ……!」

小さな子どもの悲鳴が、青年の残像を引き戻す。時間がない──伝える相手は守しかいない。だがこの世界には、一瞬で助けを求める手段もない。王都でも使われるのは飛竜や人手か、魔術の回線だ。ここでは走るしかない。


青年は駆け出す。あぜを越え、曲がり角を二度、三度と曲がる。息が切れ、脚が鉛のように重い。背中の汗で布が肌に張り付く。ずっと後ろで、燃える家屋のきしむ音と、時折響く断裂音が鼓動のように追いかけてくる。村の年寄りが呼んでくれる声、誰かが子を抱え出す足音。だが青年はただ前だけを見て走った。


駐在所が見える場所に着いたとき、青年は足を止め、両手を膝に当てて息を整えた。夜でも明るい緑色の看板と、赤い灯がこれほど安心感を与えてくれる。灯りの漏れる窓から守の影が見える。守は室内整理をしていたところで、青年の姿を見つけ、飛び出してきた。


「タルド、どうした! 何があった!?」


守の声は明瞭だったが、いつもの冷静さの裏に緊張が張りつめているのが、タルドにもわかった。だか、何を言っているかはわからない。アデルさんはいない。守は農作業を終えて制服姿だった。


「家が燃えてる。二人で村を襲いに来てる!火を操る奴と、触れたものを切る奴だ……! 助けてくれっ!」


タルドは言葉を詰め込みながら震える手で指し示す。守は全く理解できない言葉だったが、恐怖に歪んだ表情と、捲し立てるような早口、きっと重大ななにかが起こったと瞬時に状況を理解し、瞳孔が引き締まる。腰の拳銃を確認して、叫んだ。


「モモ!」


駐在所の中から勢いよく出てきたモモちゃんに飛び乗った。守のいつになく怒った顔を見て察したのか、赤く明るくなっている方にモモちゃんは走った。

意図を汲んでくれる相棒がいるのは心強い、たとえそれが鳥であってもだ。

相手の数は二人、本気で放火する者と、いたぶることを愉しむ者。村の家々は木造で燃えやすい。逡巡の時間は、既に罪を許すほど長くはない。

拳銃を慎重に抜いた。冷たい鉄が手の平に触れる。

駐在所から炎の現場までの距離は、走れば数分だが、モモちゃんなら一瞬だ。一直線に進む守の耳には、背後の叫びと燃える音が不均衡に入ってきた。近づくにつれて、焦げた空気が肌にまとわりつく。視界の端で、誰かが木の梁を抱えて走る姿が見える。新しい家の前では、放火魔がゆっくりと村人を囲んでいた。彼は被害者を指でいじりながら、興奮を全面に出している。


「おいおい、どうしてこんなところに警察官がいるんだ? この世界にも警察ってのがあるんだなあ。しかも制服まで一緒なんて珍しい珍しい!」


放火魔は守に気づくと、くすくすと笑ってから大きく手を振った。その振る舞いは、助けに来た者を見下すような軽さがある。被害者の顔を殴ったりせず、後ろからじわじわとプレッシャーをかけて、苦しみの表情を引き出す。相手をいたぶる「やり取り」を楽しんでいるのだ。


「さあさあ、おわまりさんよ、拳銃があるからって、俺が止まると思うのか?」


放火魔は茶化すように言う。彼の掌に灯る小さな炎が、一瞬で建物の柱に這い上がり、黒い筋が走ってゆく。被害者の一人が口元を押さえ声にならない呻きを上げる。彼らは、抵抗を試みる者をじっくりと見定め、恐怖を長引かせることで愉悦を得るタイプの悪党だ。


殺人鬼の方はもっと冷たい。彼は背後からゆっくりと近づき、被害者の衣を指先で撫でるようにしていた。

「この布、どのくらいで切れるかな」

──そんな皮肉を口にする。触れた瞬間に布が切れ、皮膚が裂けるように目に見える。被害者の腕がぽろりと切れ落ちるような光景を、まるで手品を見るかのように楽しんでいる。


守はその光景を目の当たりにして、血が逆流するような感覚を覚えた。拳銃をサックから引き抜き、地面に構える。

だが、同時に頭の中で「発砲したら周囲に飛散する危険」「無謀に撃って村人を巻き込む恐れ」が反復する。逡巡の表情を見せたその瞬間、放火魔は舌を出し、嘲るように叫んだ。


「ほぅらおまわりさん! 撃ってみろよ!! ここで俺を捕まえたら英雄になれるだろうよ! でもなー、こいつらが燃えちまったらお前、どうするんだ? かわいい我が家が丸ごと灰になってもいいのか!」


その挑発は計算されている。相手を挑発して動揺させ、判断を誤らせる。それが彼らの常套手段だった。守は拳銃を握った手に力を込める。目の前の被害者の顔が脳裏に焼き付き、撃ちべきか否かの線が赤熱化する。こいつらは拳銃をみても効果がない、恐怖すらしないということは、自分のスキルに絶対的な自信があるからだろうか。


だが、そこで――影が走った。黒い影が犯罪者と村人の間を縫うように伸び、まるでその場に介錯を申し出るかのように被害者の前に身体を横たえた。影のひとつが、村人を覆い隠したのだ。影の表面を炎が舐めても、その輪郭は崩れない。守は一瞬だけ、その異様な光景に感謝を覚えた。もしかしたらこれで中の村人は傷つかないじゃないだろうか?


「なんだこれは!テメェのスキルか!」


影は刃で引き裂かれ、千切れ、燃やされても再生していく。


火と金属音が混ざり合う中で、タルドの駆け戻す足音や村人の呼号は遠く、肌に刺さるように聞こえた。守はやっと決意を固め、低く叫んだ。


「モモ! 村人を堀の向こうに避難させてくれ!」


だがその瞬間、放火魔は新たに燃え盛る球を握り、守の足元近くに向けて投げつけた。守は持っていた拳銃を取りこぼしそうになり、尻餅をついてしまう。炎は小さな地面を炙った。熱が全身をかすめ、鼻の奥が焼けるように痛んだ。現代では無かった拳銃を使う様な命の危険がそこにはあり、守は初めて「撃つべき瞬間」と「撃たない判断」の間で、血の味を知るほどの葛藤を味わうのだった。

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