第1部第3章 大人気桃色ヒーロー
駐在所での生活が始まって数週間が過ぎた。
モモちゃんはすっかり庭や駐在所に馴染み、俺の布団の横で丸くなって寝るのが日課になっている。
子どもたちも毎日のように駐在所に遊びに来て、モモちゃんと鬼ごっこをしたり、庭の小さな畑を手伝ったりしていた。
「モモー! オニゴッコ!」
「駐在さん、鬼役やって!」
「……おい、俺か?」
羽音をバサバサさせながら庭を走り回るモモちゃんを追いかけ、俺は汗だくになりながら子どもたちと一緒に鬼ごっこに興じる。
モモちゃんの俊敏さは想像以上で、俺の腕では捕まえられないことも珍しくなかった。
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ある日の午後、子どもたちが駐在所に集まった。
「ねえ、モモちゃん、今日は何して遊ぶ?」
「マモル、アソブ!」
子どもたちは歓声を上げ、モモちゃんも「モモー!」と鳴いて羽をバタバタさせた。
「……お前、言葉がどんどん増えてるな」
「モモ、オイシイ!」
「いや食うな! それは砂糖の袋じゃ!」
駐在所の廊下に砂糖の袋が転がり、モモちゃんがそれを齧ろうとしたので慌てて取り上げた。
「モモー!」
どうやら「怒られた」という意味で鳴いているらしい。
口調や動きで感情を表現するため、子どもたちも「モモちゃんが怒ってる!」と大騒ぎになった。
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その日、駐在所に小さな事件が持ち込まれた。
「駐在さん、ネコが川に落ちてる!」
小学生のユウタが息を切らせて報告する。
どうやら川遊びをしていた子猫が、岸辺で滑って川に落ちたらしい。
「よし、モモ、行くぞ」
「モモー!」
駐在所の庭から飛び出すと、モモちゃんはまるで犬のように川へ駆けていく。
赤い瞳が真剣そのものだ。
「おい、まさか助けるのか?」
川の手前で立ち止まり、モモちゃんは首を傾げて子猫を見つめる。
その後、羽を広げて子猫の方に滑り込み――驚くべきことに、子猫を背中に乗せて岸まで運んだのだった。
「うわあ、すげえ……!」
「モモちゃん、ヒーロー!」
子どもたちは大騒ぎで拍手を送る。
俺も思わず膝をついて頭をかいた。
「……もう駐在所の守護神だな、お前は」
「モモー!」
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その夜。
「マモル、オヤスミ」
モモちゃんは俺の布団に丸くなり、疲れた羽を広げて眠る。
子どもたちの笑い声、川での小さな救出劇、日中の庭の騒ぎ……。
すべてが、俺にとってかけがえのない日常になっていた。
「……駐在所に来てよかったな」
「モモ、スキ」
モモちゃんの小さな鳴き声に、俺は静かに頷く。
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数日後、島の小さな祭りが開かれた。
「駐在さん、モモちゃんも連れて行こうよ!」
「え、俺が……?」
「いや、モモちゃんだけでもいい!」
祭り会場に着くと、モモちゃんはまるでスターのように子どもたちに囲まれ、注目の的になった。
「モモー!」
「かわいい!」
「写真撮ろう!」
大人たちも次第に笑顔になり、「駐在所の新しい家族」が島全体に認知され始める。
子どもたちはモモちゃんを抱っこしたり、踊らせたり、モモちゃんも楽しそうに返事をした。
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そんなある日、ちょっとしたトラブルが発生した。
駐在所の裏庭で、モモちゃんがトマトの棚を倒してしまったのだ。
「ぎゃあ、モモちゃん!」
「モモー!」
倒れた棚の下には土まみれのトマトが転がっている。
俺はあきらめ顔で子どもたちを見ると、みんな笑って手伝い始めた。
「駐在さん、モモちゃんって意外とやんちゃだね!」
「でも憎めない!」
その言葉通り、モモちゃんは反省の様子もなく、俺の肩に頭をもたげて「モモー!」と甘える。
俺は頭を抱えながらも、心の中では「もう家族だな」と思った。
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日が沈む頃、駐在所の縁側で俺とモモちゃんは並んで座っていた。
「……今日も一日、疲れたな」
「モモ、アソブ!」
「いや、もう遊ぶのは終わりだ」
モモちゃんはくすぐったそうに羽を震わせ、俺の膝に頭を押し当てる。
その姿に、俺は思わず笑った。
「……お前、もう本当に家族だな」
「モモー!」
そうして、モモちゃんと俺、そして子どもたちとの日常は、今日も静かに穏やかに流れていくのだった。




