幕間
厚い石造りの地下室には、明かり取りの魔石が淡く光っていた。
中央には木製の椅子と、男を縛りつける魔力の鎖。そして部屋の周囲を取り囲む兵士たちの視線は、冷たく疑念に満ちている。
アデルは、王命を受けてここに立っていた。
異界から来たという男の言葉を理解できるのは、この場で自分だけ。だが同時に、魔術師が発動した【自白魔法】の光が床一面に広がっており、質問を受ければ必ず真実を語らざるを得ない状態にある。
「……さあ、始めよ」
王都の審問官が低く告げた。
アデルは一歩前へ進み、男の顔を見つめた。髪は乱れ、頬はやつれている。だが、その瞳にはかすかな理性と諦念が混じり合っていた。
「君の名前は?」
アデルは、まず最初の問いを投げかけた。
男の表情は強張り、口が震えるが、強制されるように言葉が溢れる。
「兄羽……康隆。にいばやすたか。日本で……建築士をしていた」
日本――その響きに、アデルの胸は強く揺さぶられた。やはり、彼も自分と同じ場所から来たのだ。
「どうしてこの世界に?」
「……わからない。刑務所にいた……気づいたら、真っ白な光に包まれて……気がつけば、森の中に……」
胸がざわめく、こいつは犯罪者であると言う事実に。アデルは続けた。
「刑務所……刑務とは、何の罪で?」
康隆は、苦しげに吐き出した。
「……俺は、大手建設会社で働いていた。建築士だ。だが、上司に設計図を改竄された。耐震基準を満たしていない図面を……俺が描いたことにされて……全部、俺のせいに……。裁判で争ったが……結局、実刑判決。懲役……十年の刑を受けていた」
アデルは思わず拳を握った。理不尽な罪を押しつけられ、人生を狂わされた男。だが、その男が今、なぜこの王都の地下に囚われているのか。
「……一緒に飛ばされた人間は?」
「同じ房にいた五人だ。……他の五人は、掠奪に走った。村を襲い、女を奪い、金を奪った。俺は怖くなって逃げたんだ……巻き込まれたくなくて逃げた。一緒に居たら殺されると思った。だが、すぐ捕まって……こうして、鎖に繋がれた」
アデルの背筋を冷たい汗が伝った。
(同時に……五人も? スキル持ち? これは……王都が警戒するのも当然だ……)
「……お前のスキルは?他の五人のスキルはわかるか?」
審問官の指示に従い、アデルが問いかける。
康隆はためらい、だが自白魔法に抗えず吐き出した。
「俺のスキルは……『契約履行』。口にした契約は、必ず果たされる。……ただし、契約の内容に依存する。『明日ここで会う』と約束すれば、必ずその場に現れる。『これを守る』と約束すれば、死んでも守る……そういう力だ。他の五人のスキルはわからない」
兵士たちの間に動揺が走る。
強制力を伴う契約――それは王国にとっても危険であり、同時に利用価値のある能力だ。
アデルは唇を噛んだ。
兄羽康隆という一人の人間は、理不尽に罪を負わされ、異世界に放り出され、そしてスキルという枷を背負わされている。
だが――その彼をどう扱うかで、この国はまた揺れることになるだろう。
審問官が低く告げた。
「確認は済んだ。異界の人間、兄羽康隆――裁定は後日、陛下が下す」
重い鎖の音が響き、男は再び地下室の闇へと引き戻されていった。
自白魔法の副作用でぐったりしている兄羽を見つめながら残されたアデルは、震える指先を握りしめる。
(守に伝えなければ……この世界には、まだ他にも“彼ら”がいる。掠奪者、スキル持ち……そして理不尽に囚われた者たち。これはただの出来事じゃない。……大きな、嵐の前触れだ)




