第2部第17章 ワッペンと深緑の絨毯
駐在所前の空き地に、村人たちが次々と集まってきた。守は少し緊張した面持ちで畑のスペースを見渡す。普段は穏やかな島の駐在所も、この異世界に転移してからは全く違う空気に包まれていた。村人たちは口々に話しかけるが、守にはその言葉がまったく理解できない。彼の横にはアデルが立ち、穏やかに身振り手振りを交えながら村人たちの言葉を翻訳してくれる。
「みんな、準備いいみたいだね。そう言えば守、それ機動隊のやつだろ?」
アデルが軽く指摘する。守は自分の着ている青い作業着――通称「ワッペン」に目をやった。「制服だと土まみれになっちゃうからな。これがワッペンってやつだ」守がそう答えると、アデルは嬉しそうに微笑み、村人に向かって「これが機動隊だ!」と説明する。村人たちはざわつき全く意味がわかっていなかったが、アデルに気にしないで頑張っていこう!と村人達に濁しつつ、にこやかに準備を始めた。
土を耕す作業は、守にとって久しぶりの重労働だった。手首に力を込め、鍬を振り下ろすたびに体中の筋肉が悲鳴を上げる。アデルは隣で、手際よく苗の位置を計算しながら、村人たちの動きを翻訳して指示を守に伝える。「もう少し深く掘れ」「間隔を広く取った方がよい」……守はアデルの声に従い、慎重に作業を進める。アデルがいないと、村人の意図は全く理解できず、ジェスチャーを読み取ろうと頭を巡らせる守の額には汗が滲んだ。
畑作りの傍ら、モモちゃんは農夫のおじいちゃんを迎えに行く。鞍をつけてもらったモモちゃんは、風を切るように駐在所と畑の間を往復する。おじいちゃんは鞍にしっかり掴まり、笑い声を上げながら楽しんでいる。村人たちはその光景を見て、自然と笑顔がこぼれた。守もまた、異世界でありながら日常の温かさを感じるひとときだった。
「家庭菜園の土と、ここの土、どう違う?」アデルが質問する。守は自分の小さな家庭菜園の区画を思い浮かべ、「うちの島では水はけも良く、肥料も適量だ。ここの土は…水分は少なめで、肥沃だけど硬い」と答える。実際に小さな苗を植えて比較してみると、芽の出方に差はほとんどないことが分かり、守は内心ほっとした。「意外と育つな、この土も」と小さく呟く。村人たちはその言葉に安心し、力強く作業を続ける。
日々の作業を通して、守と村人たちの距離は少しずつ縮まっていった。アデルが翻訳を通して村人の思いを伝え、守は自分の考えや指示を伝える。通訳がいないと意思疎通は途端に難しくなるが、言葉が通じた瞬間の安堵感は大きい。守はその感覚を何度も味わいながら、少しずつこの村での生活に溶け込んでいった。
ある日、畑の作業中に村人たちの間でひそひそと話し合いが始まった。「あの守がそばにいるなら、ずっと往復して行き来する必要はない」「畑もここに作れるし、駐在所のそばに家を建てよう」――アデルが翻訳すると、守の胸に温かいものが広がる。ここに村を移すことで、安全と食の確保、そして守の力の恩恵を受けられる。守は戸惑いながらも、その思いを静かに受け止めた。
数週間後、さつまいもから小さな芽が出ていた。村人たちは手を合わせるようにその芽を見つめ、微笑んだ。守もまた、「これが生きる希望なんだ」と感じ、異世界における生活の意味を改めて認識した。モモちゃんは芽の生えたさつまいもの周りをちょこちょこ跳ね回り、楽しげに土をつつく。おじいちゃんは笑いながら、「ほんに、面白い鳥じゃ」とつぶやき、村人たちも守の周りで笑顔を広げた。
日々の農作業、苗の成長、モモちゃんの送り迎え、そして村人たちとの交流――そのすべてが、守にとってこの世界で初めて感じる安らぎであり、同時に守がこの村を守る理由の芽生えでもあった。村人たちは賢者のように守を見つめ、守はその期待に応えようと心の中で誓う。
やがて畑は整備され、さつまいもの苗も整然と畑に出揃った中、村人たちは駐在所の周囲に小さな家を建て始める。モモちゃんは毎日、おじいちゃんを送り迎えしながら、畑の成長を見守る。守はワッペンを着て鍬を振るい、汗だくになりながら雑草を抜きつつも笑顔を絶やさない。アデルはその様子を嬉しそうに見つめ、時折通訳を通して村人たちの言葉を伝える。「守がここにいるから安心だ」と村人たちの声が聞こえてくる。
そして季節が移り変わり、苗は葉を広げていき緑の絨毯を作っていった。守は畑の土を指で触れながら、思わずつぶやく。「この村を、ここを、守ってやらなきゃな…」その胸中には、日々の汗と笑顔、そしてモモちゃんや村人たちとの絆が確かに刻まれていた。
こうして駐在所を中心とした村と畑の基盤が形作られ、守、アデル、モモちゃん、村人たちの新しい日常が静かに始まったのだった。




