第2部第16章 農地改革計画
パトカーが砂利を踏みしめて村の広場に入ると、子どもたちが真っ先に駆け寄ってきた。
音のしない鉄の箱が動く姿は、やはり彼らにとって不思議でならないのだろう。好奇心と恐怖が入り混じった視線で取り囲むように眺めている。
「みんな、戻ったよ!」
アデルが降りて大声を張り上げると、子どもたちは弾かれたように母親の背中へ隠れた。だが視線は外さない。
アデルは村長を呼んでもらうようにその場に居合わせた、母親と子供に頼んでいる。
どんどんと不安が募る、スキルのおかげかアデルが言っていることは日本語としてわかるのに、母親達が話している内容は全くわからないからだ。
その後続々と、大人たちが畑仕事を切り上げて集まってきた。顔ぶれは以前、供物を持ってきた人々のほとんどだ。彼らの視線が守に注がれるたび、ざわめきが起こる。
守は静かに車を降りた。アデルが一歩前に出て、村人たちに説明を始める。
「みんな、安心してくれ。彼は“俗世から離れた賢者”らしい。この先の工房に住んでいるのは知ってると思うけど、今日は提案があって一緒にきてくれた」
ざわめきが静まり、畏怖と好奇の視線がいっそう強まる。
守はその言葉に少しむず痒さを覚えたが、ここで否定すれば混乱を招く。賢者――そう呼ばれるならば、黙って受け入れるしかない。
アデルは続けて、大事な話を切り出した。
「彼の故郷から“サツマイモ”という作物を持ってきた。栽培ができれば、食料を大いに増やせるだろう。村で協力して彼の工房前に畑を作ってこれを栽培したいんだ。」
その言葉に、ざわめきが再び広がる。
人々の間から、一人の老人がゆっくりと前に出てきた。腰の曲がった農夫で、顔はしわだらけだが、目の奥は鋭く輝いている。村一番の古老であり、畑を長年耕してきた人物らしい。
「アデル……新しい作物だと?」
「ええ、爺さん。これだ」
アデルが手にしていた段ボールから、紫色の皮をした芋を取り出す。
老人は両手でそれを受け取り、まるで宝物のようにまじまじと眺めた。
「……不思議な色だ。硬い。これが食えるのか?」
守は苦笑し、アデルに小声で通訳を促す。
「焼けば甘く、蒸せば腹持ちが良い。寒い季節にも強く、畑が痩せていても育つ作物だ」
老人の眉がぴくりと動く。
彼は静かに芋を撫でながら、ぽつりと呟いた。
「痩せた土地でも……冬にも……。それは、本当か?」
アデルがしっかりと頷く。
すると、老人は小さな声で笑った。
「長いこと土をいじってきたが、こんな作物は見たことがない。もし言う通りなら……村にとって、いや、この谷にとって大きな恵みになるかもしれん」
老人は守を見上げる。
その眼差しは、恐怖ではなく、期待に満ちていた。
守は少し戸惑いながらも、穏やかに頷き返す。
アデルが補足する。
「ただし、土との相性は確かめなければならない。まずは魔力が集まっている工房近くの土で、結果が良ければ村へ広めようと思うんだ。いらない火種を村に持ち込まないためにもね」
火種という言葉に一瞬引っ掛かるも、すぐに村人たちのざわめきがその引っ掛かりをかき消す。
やがて、誰かが声を上げた。
「賢者様が見てくださるなら安心だ!」
「腹いっぱい食える日が来るかもしれん!」
守は思わず「賢者様」という呼びかけに肩をすくめる。
しかしその場の熱気に押され、否定の言葉は喉の奥で止まった。
広場の空気が一気に明るくなり、子どもたちも恐る恐る前に出てきて、モモちゃんを取り囲んだ。
モモちゃんは自慢げに胸を張り、「モモも畑ほる!」とでも言うように、地面を前足でカリカリと掘りはじめる。
子どもたちが笑い声を上げ、それを見た大人たちも笑みを浮かべた。
その光景を見つめながら、守はふと胸の奥が温かくなるのを感じた。一瞬感じた違和感も忘れてしまうほどに。
ここに来てから味わった緊張や恐怖とは違う、穏やかで力強い感情。
――自分が持ち込んだ島のお裾分け段ボール一つが、村の未来を変えるかもしれない。




