第2部第15章 白きドナドナ、通訳を添えて
蒸かし芋を食べ終え、マグカップを片付けると、守は駐在所の外へ出た。
朝の空気は澄み渡り、遠くから鳥の鳴き声が聞こえてくる。
空を見上げると、青と白がまじりあう空模様はどこか地球と変わらない。だが、山の稜線や木々の形が、見慣れぬ不思議さを漂わせていた。
「さて、行くか」
守はパトカーの運転席に乗り込む。
アデルは助手席に座り、ダッシュボードやモニターを興味深そうに眺めていた。
「パトカーなんて初めて乗るよ!そういえばガソリンは大丈夫なのかい?」
「実は電気で走る。エンジン音はしないから驚くなよ」
守がスイッチを押すと、液晶メーターが淡く光り、車内に静かな電子音が流れた。
アデルは目を丸くして「うわっ」と声を上げる。
「動いているのに、音がほとんどしない……。魔道具より静かだな」
「今じゃ電気自動車なんて、当たり前だからな。最初は感動するもんさ。……モモちゃん、乗るか?」
守が後部ドアを開けると、モモちゃんは首をかしげて「今日は走る!」と飛び出した。
まるで遠足に行く子どものように、尻尾を大きく振っている。
アクセルを踏むと、パトカーは音もなく滑るように未舗装の道を進んだ。
タイヤが小石を弾く「パリッ、パリッ」という音だけが静かな朝に響く。
舗装されていない道ゆえに、車体はゆるやかに揺れ、守は思わず「また本署の車両担当に怒られるなぁ」とぼやいた。
アデルは笑いながら
「車両担当いたら怒られるけど、会話できていいだろ?」
守の口元に浮かんだ苦笑を見て、言葉が通じない大変さを察したようだ。
窓の外では、モモちゃんが楽しそうに走っていた。
四足を力強く動かし、ときおりこちらを見ては「速いぞ!」と誇らしげな顔を見せる。
「……いい子だな」アデルが感心したように呟く。
「いたずら好きだけどな。最初は畑を荒らされて大変だった」
二人は笑い合った。
やがて視界が開け、村のある谷筋が見えてきた。
木造の家々が点々と建ち、畑の緑が陽光を受けて輝いている。
遠くからでも、そこに暮らす人々の姿が小さく動いているのが分かった。
アデルの表情が少しずつ引き締まっていく。
彼にとって村は故郷であり、同時に守を導く責任を背負う場所でもあるのだ。
「緊張してるのか?」と守が横目で問う。
「……ああ。彼らにとって君は未知の存在だ。通訳ができるのは俺だけだし、中々に骨が折れそうだよ」
「気にするな。俺はただの駐在だ。できることをやるだけだ」
そう言って笑う守の横顔を見て、アデルの胸の奥に少し温かいものが広がった。
未知の存在である彼は、しかし日本人らしい穏やかさと責任感を持っている。
それが救いに思えた。
パトカーはゆっくりと坂を下り、村の入口へと近づいていった。




