幕間
日中、村外れで畑を耕していた農夫が、ふと地鳴りを感じて顔を上げた。
土煙を巻き上げながら、黒と白の異形が四つの丸い脚で地を蹴り、村の外周を走っていく。
「……また、現れたぞ」
「あの日の御方か……」
「いや、なんだ……あの黒白の箱のようなものは……」
それは人が押して動かす車輪などではなかった。地を裂くほどの唸りを放ち、誰も追いつけぬ速さで駆け抜ける異形。
農夫は鍬を取り落とし、膝が勝手に震えるのを抑えられなかった。
村の女たちは井戸端で水を汲みながら噂しあった。
「きっと、我らを見張っておられるのだ」
「守ってくださっているのか……それとも……」
言葉の最後は誰も言えなかった。
夜、酒場では火が揺れる卓を囲んで、男たちが声を潜めた。
「供え物を捧げた時の顔を思い出す。……怪訝そうであった」
「我らは感謝を示したつもりだったのに」
「通じてはいないのだ……」
静まり返った空気の中
「――アデルが帰ってきたぞ!」
「アデルが……帰ってきた?」
「本当にか? 王都で魔道士になったって噂だったろ」
「村の誇りだな。小さい頃はあんなに走り回って、よく叱られてたのに」
笑い声と誇らしげな言葉が入り混じる。
誰もが、幼い頃から知るあの少年の顔を思い浮かべ、王都で力をつけた姿を見ようと胸を高鳴らせていた。
やがて、村の広場に姿を現したアデルは、旅の埃をまといながらも、凛とした佇まいを見せていた。
その瞳は真っ直ぐで、見慣れた顔立ちのはずなのに、どこか遠くへ行ってしまったような気配を纏っていた。
「……アデル!」
「ほんとに帰ってきたんだな!」
次々と声がかかり、人々が駆け寄る。
アデルは懐かしそうに笑った。
「久しぶりだな。みんな元気そうで安心したよ」
その声は昔と同じ、けれどどこか頼もしさを帯びていた。
長老が人垣をかき分けて進み出る。
「アデル……戻ってくれて助かったよ。ちょうどよい時に帰ってきた」
「どういうことだ?」とアデルが首を傾げる。
「我らはある御方に先日盗賊けら助けられた。しかし、言葉が通じないのだ」
「言葉が……?」
村人たちが口々に訴える。
「供え物を渡したが、怪訝な顔をされてな……」
「感謝を伝えたいのに、まるで届かない」
「逆に、怒らせてしまったのではと……」
声は不安に揺れていた。
アデルは静かに頷いた。
「なるほど。だが心配はいらない。王都で学んだ通訳の魔法があるからね。」
「……本当か!」
「なら、あの御方と話せるのか!」
人々の顔がぱっと明るくなった。
「やっぱりアデルだ」「頼りになる」
そう口々に言いながら、安堵と期待が広がっていく。
――村の出であるアデルが帰ってきた。
王都で学んだ力を携えて。
それは小さな村にとって、まるで光が差し込んだような出来事だった。




