表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界駐在所  作者: clavis
15/34

第2部第8章 越えられない壁

 籠を差し出した村人たちが、口々に何かを語りかけてくる。

「……っ、っ…」

 意味のわからない響きが、守の耳をかすめた。


 守は一瞬だけ、島での日々を思い出す。

 駐在所の前を通れば「お巡りさん、今日も暑いね」と声をかけてくれる老人。

 釣りの帰りに「アジがたくさん釣れたんだ、持っていきな」と笑顔で差し出してくれた漁師。

 夜、島の若い衆が集まり、酒を片手に愚痴をこぼす場に呼ばれ、くだらない冗談を交わしたこと。


 小さな島での駐在所勤務は、都会の刑事のような華やかさも、張り詰めた緊張もない。だが、住民と向き合い、名前を呼び合う日常が確かにあった。

 言葉を交わせるというだけで、守はそこに居場所を持っていたのだ。


 ――今はどうだ。


 目の前の村人は、必死に何かを訴えている。

 けれどその言葉は、意味を結ばず、ただの雑音のように頭に流れ込むだけ。


「……すまない、俺には……わからない」

 守はかすれた声でつぶやいた。だが相手はさらに身振り手振りを加えて話し続ける。

 焦りや真剣さは伝わってくる。だが、だからこそ余計に恐ろしい。


 言葉が通じなければ、こちらの誤解も解けない。

 相手の善意も悪意も、見分けることができない。

 駐在として、人々と目を合わせて築いてきた信頼の回路が、ここには一切存在しないのだ。


 胸の奥に、ずしりと重いものが落ちてきた。

 守は知っていた。島での勤務がどれだけ穏やかでも、そこには人と人を結ぶ「言葉」という確かな土台があった。

 今は、その基盤が丸ごと消え失せている。


 孤独――。

 それは島の駐在所で夜を過ごす孤独などとは質が違う。

 この世界では、たとえ人に囲まれていても、自分だけが取り残されているのだ。


 その横で、モモちゃんが果物をかじりながら無邪気に声をあげる。

「おいしい! これ全部食べていいの? うれしいなあ!」

 流暢な日本語が、この場にはあまりに異質だった。


 村人たちはぎょっとしてモモちゃんを見つめる。差し出した籠を取り落としそうになり、恐怖の色を浮かべて後ずさった。

「モモ、こわくないよ? ほんとだよ?」

 果物を頬張ったままモモちゃんが笑う。だが、村人の表情は硬いままだ。


 守はそのやり取りを横目に見ながら、喉の奥が締め付けられるのを感じた。

 島民の笑顔と、この村人たちの怯えが、重なり合って頭をよぎる。


「……俺は、どうすればいいんだ……」

 絶望に似た吐息が、守の胸から漏れた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ