第2部第4章 それは正義かそれとも悪か
夜を裂くサイレンの音が、不気味な静けさに包まれた異世界の大地に響き渡った。
赤色灯が回転し、駐在所の電気自動車リーフは、村へと続く土道を滑るように進んでいく。
時速は六十。決して速くはないが、舗装もされてない、見慣れぬ異世界の夜道には十分すぎる速度だった。
ハンドルを握る守の指先には、汗が滲んでいる。
隣を走るモモちゃんは、ピンク色の羽毛を揺らしながら軽々と車と並走し、時折楽しげに「クエッ、クエッ」と鳴いた。
「……モモちゃんは、元気だな」
思わず呟く。だが守の胸中は、決して楽観的ではなかった。
前方。村の方角。
そこには――夜空を焦がす炎の明かりが、ちらついていたのだ。
⸻
村に入った瞬間、守の目に飛び込んできたのは――惨状だった。
家屋は燃え、土の地面に散らばるのは倒れた村人の影。
耳に飛び込んでくるのは、怒号と悲鳴、そして鉄がぶつかり合う音。
「……なん、だよ、これ……!」
守の喉が震えた。
現実の日本では決して見ることのなかった暴力の光景。
彼は本能的にハンドルを切り、リーフを止めると同時に車外へ飛び出した。
サイレンと赤色灯が回り続ける。
その光に照らされて浮かび上がったのは、刃物を振りかざし、村人を追い立てる盗賊たちだった。
異様な装束。獣の皮を纏い、顔に汚れを塗りたくった男たち。
まるで地獄が地上に現れたかのようだった。
「クエッ……」
モモちゃんも異変を察し、羽毛を逆立てながら守の横に並んだ。
「……許せねえ……」
守は拳を握りしめる。
震えが止まらない。恐怖ではない。怒りだ。
島で見守ってきた子どもたち、笑顔を交わした住民。
そんな人々を重ねてしまったからだ。
⸻
その瞬間――。
守の足元。
土に落ちた自分の影が、不自然に濃く、揺らめいた。
「……え?」
影から、黒い腕が一本、ずるりと這い出してきた。
「なっ……!」
さらに二本、三本……十本。
無数の腕が土を掴みながら這い出し、守の背後から湧き出すように広がっていく。
「ッ!」
「ッ!?」
「!」
盗賊たちが叫ぶ。
黒い腕は彼らを次々と絡め取り、もがく身体を宙へと引きずり上げた。
「ちょっ……!? ま、待て……! 何だよこれ!!」
守は後ずさった。
自分の影から現れる化け物じみた現象。
理解できるはずもない。
ただ、止まらない。
⸻
盗賊たちは一人残らず、宙に縛り付けられていく。
まるで目に見えない杭に打ち付けられたかのように、両手両足を伸ばした姿勢のまま磔にされ、身動き一つできない。
次の瞬間――。
空が裂けた。
紫黒の光を帯びた門が開き、その奥からなにかが存在を現した。
異形。
しかし、その顔はどこかにこやかに微笑んでいる。
「!」
盗賊の一人が泣き叫んだが、次の瞬間、その体は黒い稲光に包まれ――引き裂かれた。
血の飛沫はない。ただ、存在ごと消滅するように。
次々と。
一人、また一人。
盗賊たちは「笑うなにか」の手によって、引き裂かれていった。
盗賊たちが次々と宙に吊られ、禍々しい神の手によって引き裂かれていく。
骨が砕け、肉が裂け、悲鳴が夜空にこだまする。
しかし血は光となって霧散し、地上には残らない。
守は全身を震わせながら、声を振り絞った。
「や、やめろ……! やめろォ……!」
だが、なにかはその声を聞き、にたり、と禍々しく笑った。
慈しむ笑顔ではない。
祝福でもない。
全身から不気味な威圧感を放ち、守の恐怖を楽しむかのような笑みだった。
目の前で引き裂かれる盗賊たち。
叫び声に震える守。
そして、なにかの笑顔。
その視線は守の全身を貫き、まるで**「楽しみの対象」として見つめている**かのようだった。
モモちゃんが守の脚元にすり寄る。
「まもる……こわい……」
一瞬の静寂。異形達は何も無かったように、守の影に次々と入っていく。なにかも門の中に姿を消し、門は消失した。
炎のはぜる音と、遠くで泣き崩れる村人たちの声だけが響く。
赤色灯が、なおも土の地面を赤く染めていた。
「……な、なんだよ……今のは……」
守の膝が震える。
汗が頬を伝い、呼吸が荒い。
彼はただの駐在警察官だ。
こんな、現実離れした力を持っていた覚えはない。
だが――村人たちの目には、違って映った。
怯えた視線。
涙と土に濡れた顔で、彼らは震えながら、守を見つめていたのだ。
「…………」
言葉は通じない。
だがその目が語っていた。
――彼らにとって、この夜、守は「人ならざる力を操る存在」として刻まれた