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メメント・モリ

一連の彼女の心理描写を垣間見た時、(おもむろ)に、晴明は彼女の思い出に手を差し伸べるように、

話し始めた。


「あなたは、死ぬ事を・・・、よく望むね。」

「それが、今の、私に妥当(だとう)だから。」彼女は、脳裏を逆撫でされながら答える。

「折に触れるにつけ、私の心は、千々(ちぢ)に乱れるばかりだ。私が、側にいるのだから、

何も、(あん)じないでいただきたい。」

「誰かが、死にゆく思い出を、救う術もない私へ、語る言葉などではないよ。」

死んでいるであろう、恋人を思いながら、彼女は、吐き捨てるように言った。


「ならば、見せましょう。」


視界が暗転して、目の前の狩衣の男が、片手で、彼女の口を、(ふさ)ぐ。

ふつ、と景色が変わる。

彼女が今のマンションの屋上から、飛び降りて死ぬ光景、その後、大事だった恋人が跡を追う。

その姿と、末路。雪一面に、血が飛び散り、脳髄(のうずい)が飛び出し、飛散(ひさん)していた。

視界はまた、暗転し、狩衣(かりぎぬ)の男が、鋭い眼光を向けたまま、顔を近づけ、言葉を繰り返す。

「私が、怒りに震えているのが、判りますまい。何故、これほど貴方に執着するかも。」

晴明の眼光が、彼女を射抜いた。

「私は、貴方を何度も、蘇らせるのに。貴方は、無謀な道を選び、同じ末路を、選ぶ。

私が、貴方を、どれほど案じているかも、知らないままに。

これは、私にとって、賭けだ。世界は・・・貴方が選んだ絶望へ、傾く。何度も。」

「どういう意味・・」

「人が生み出した絶望は、世界を徘徊(はいかい)し、疫病のように、広がっていく。

どんな感情であろうと、それは、同じ事。貴方が、(はら)んだ絶望を、あのマンションから、

突き落としてご覧なさい。飛散した魂は、誰かの泉に、波紋を広げ始める。それが不協和音のように、

広がり、こだまして。その絶望の大きさは、貴方の、この世界にとっての価値などではなく、

貴方が世界に向けた価値観の応酬(おうしゅう)だ。

貴方は、四十八願(しじゅうはちがん)を立てた身でありながら、何度として生まれ変わる

無量寿(むりょうじゅ)そのものなのに。全てを無駄にし続ける気がおありなのか。

私の言葉が、少しでも分かるか、分かろうとする気が、少しでも、おありならば、黙って、

聞き入れていただきたい。」

四十八願。聞き慣れない言葉が、頭に何度も繰り返されている。

その瞬間、後ろから声がした。向かいの病室の女性だった。

「大丈夫?」と聴いてきた事に、違和感を覚えて、

「どうして?」と振り返って言うと、

「さっき、あなたの病室に、あの看護師が入っていくのが見えたのだけど、

様子が変だったから・・・」と聴いた瞬間、血の気が引いた。

B棟の患者仲間は、みんな(くだん)の事を知っている。「あの看護師・・・って・・・」

お礼も手短に、ナースステーションに走る。

婦長に事の次第を話すと、婦長の顔色はみるみると変わる。

すぐに私のベッドは、外泊中の患者のベッドを置いて、4人部屋に移動された。


彼女がカウンセリング室のドアをノックした頃を思い出す。

彼女の話は、何となくその前から、知っていた。

 それまで彼女は、投薬治療が効いていて、いや、効き目が強すぎる薬ばかり出されて、

酩酊状態にさせる薬を基準より多く飲まざるを得ず、仕事をするだけの脳の余白がないために、

病院も転々とし、なんとか薬を減らそうとしながら、仕事さえも、転々とするしかなかった。

だがしかし、4つ目の病院の院長が、彼女の言葉を理解できず、受付の看護師に、あろうことか、

「あいつの話はわからん!何が言いたい!こちらの言いたい事を、理解せん」

そう愚痴を言い、待合室には内科の患者も混じり、ひしめき合っているのに、彼女の個人情報をベラベラと立板に水のごとく、説明してしまったのだそうだ。

 医師には守秘義務があるが、その小さな狭い土地の医師は、いや、ほとんどの医師は、

閉鎖的で、独特の評価を人に与えて、勝手に自己完結する診断方法であったと言う。

その土地柄とは云え、彼女は耐えながら、限られた範囲の権利を、いつも守っていたのだと言う。


 彼女は、その日から、もらった薬には、手をつけず、あろうことか、障害者手帳を返納、

家から一歩も出られなくなり、その内、過去を呪い、己を恨み、相手の不甲斐なさよりも、

自分の不甲斐なさに痛切な想いを抱いて、押し潰されていった。

 其れからである。彼女は、囈言(うわごと)で、神を責めるしかなくなっていった。

堕天使の戦争に於ける、その後の赦しについて、宙に向かって(つば)を吐くように、

神をなじった。


(ゆる)しなさいと私達に(さと)しながら、なぜ、彼を許さない、あなたは暴君じゃないかっ」


次の瞬間、ある情景が広がった。


翼を十二枚に広げた、銀色の髪の天使。瞳は黒く透き通り、深い夜の色。

私に微笑むと、彼は雲の上、(かす)かに揺れた存在へ告げた。



「≪《Good bye, Father.》≫」



彼は後ろ手に、雲を飛び降り、ゆっくりと手を広げ、立った状態のまま、降下する。

その周りには、配下のような天使たちが、取り囲み、その表情は、みな、穏やかであった。

驚くべきことに、その情景を認識しているのは、視覚がある筈も無い、胸の位置。

なぜ見えている、と言うことではなく、彼女自身は、全てに関連性があり、偶然が無い世界の一端(いったん)を垣間見ているのだという事実だけが、克明に理解しうる出来事であったのと、

情景が伝えたがっている、そのものの感覚、それだけが鮮明であった。すぐさま、自分が投げかけた全てが、誤解であったのだと解かれた。と、私に話している。


「彼は、私に名前をくれた。」

興味が湧いて、思わず、「どういう名前?」と、反射的に、訊いた。

すぐさま彼女は答えた。

Longend(ロンジェンド)

「それは、どんな意味なんだい?」僕は、訝しそうに見えたのだろうか。

彼女は笑い、無理に、信じなくていいけれど、と、続けた。

「・・・長く続くよ。そう言う意味。」

「英語?」

「ううん。調べたら、その単語は、独語だった。意味も独語。なぜだろうね。

その頃から、常に気配が左横にあるの。左に、っていうのが、妙に納得しちゃったけど。」


「左だと、納得?」

「うん。最後の審判の絵があるでしょう?」

「ミケランジェロだったかな?」

「そう。右って、『all right』、正しいって意味にも使用されているけど、まさしく、正しい

って、意味合いが強い位置で、最後の審判の絵画にも、右は、天に上る人々の位置なんだけど、

左は、地獄へ行く場合の位置として、描かれているんだよね。

だから、位置的に云うと、彼は、やっぱり、その地に居るものとして、

私の左を選んでいる気がする。」

「なるほど。」


存在が有限であるものは、追想と死がセットされているものである。

メメントモリの語源は「メモリー」という語と「モータル」(motal)という語で構成されており、

メモリーは、「記憶する」、「モータル」は、「死に服する」(mortalis)という言葉から成る。

このような言葉からでも、代表されるほど、故人への死に直面する際の追想、つまり、

「人生」は尊く記憶される一蓮の所作、機微(きび)は意味を与える行為であると考え得る。

だが、存在が無限とされる物の多くは、無力とは真逆の力あるものと言い伝えられている。

断定はしなくてもいい。皆さんの想像の及ぶ範囲で、考えてみて欲しい。

 宗教的にも、いかなる場合によっても、崇められる存在は、ある種、不滅のストーリーが形成されがちだが、

彼ら自身しか、知り得ない「歴史」というのは、私たちの年月に追想される以上の膨大さがあるのだろうから、

「意味を為す」としたら、彼らには「本懐(ほんかい)とする使命」それそのものでしか、

有限な私達の前では、意味を感じられないし、記憶されないであろう。

(それが、「意味のある行為」であるのなら、という話ではあるが。)

つまり同じ時と、時を(ゆう)した者が語り継ぐ、一瞬、一瞬の出来事の中、追想され、

埋葬をされることがないのと、同じである。

彼らの命が、尽きないで永遠と、繰り返されるために、我々が問答を繰り返す事こそ、

彼らの命を永遠足らしめるものであるとも、解釈はできる。

 ここでは、追想も尊重も、得ようとするものではなく、誰かに意味を与えられる必要性もなく、

彼らが意味を持つ、と我々が考える原因は、彼らが、「無欲」で、(限定的な)「使命」を全うすることにのみ、

己を()けるのであろう、と考えるきらいがあるからである。

それは、儚さとは裏腹に、ただ、真っ直ぐな意思を持つという尊さに、

戦意や勇気を鼓舞(こぶ)されるからなのであろうし、苦難への(しるべ)とも言える意味を

内包(ないほう)しているから。

多分、それは己を顧みない程の忠実さがある故に。

ある意味、其れは、とてもおこがましい解釈だ。

なぜなら、私達の思念が全てネットワーク化されてゆき、其れが、仮に、太いパイプラインを繋ぐのであるのなら、ジョイントされるべき出力結果は、「創造」に他ならないとも言えてしまうからである。

得手(えて)して、私達人間は、特定の宗教で語られている、「神の似姿(にすがた)」と言われる

所以(ゆえん)では無いかという思いに、感が()ってしまう。

経過観察の三か月は、ずっと、独房のような隔離の中にいて、今居るA病棟に移ったのは、いいとして、

ここで唯一、話し相手と言えば、幻覚と幻聴しかない。

でも、また譫言(うわごと)を呟いていそうなものなら、また、隔離へ逆戻りだ。

治ったフリなら得意である。嘘をつこうと、人の眼は、真っ直ぐ見るように、4歳から強制していたし、

誰かの期待に応えるフリもできる。或いは、それを裏切るアイデアも枯れてない。

幾分、人工とろみなしで食べれる食事にありつけるならば、惜しむ必要はない。





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