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父への遺恨

 彼女は、自分のページをめくれるアルバムを、もう持っていない。

卒業アルバムは、とうに割いて、捨てた。

功績など、映るものは、其の青春にはなく、自分に何かが能わった実感もなく、

ただ、敗北を味わうばかりの、不甲斐ない人生。

自分に目もくれずに、人の功績や評価を仰ぎ見て、

終わらない向上心を燃やし続けるだけ。

彼女にも、自分のページをめくるときは、確かにある。

誰かの幸せになるまでの苦労を慮ったり、誰かの意外な特技を嬉しそうに語ることは、容易い。

しかし、彼女は、自分を見ない。

自分を見ず、人をその目に映したとき、その輝かしい人の功績は語る。父親からの影響だった。

「誰も他人は愛してくれないんだよ。」

家族も愛情表現をしない、彼女に対しての言葉。


(じゃあ、誰かが、愛されていい、と思えるだけの寄り添える自分でいたい)


その決断は、結局、自分の優しさを貪られる徒労に変わる人生を辿らせた。


「大人はさみしいものだよ。それが当たり前だ。」

誰かを気遣う彼女に対しての、言葉。


(さみしさも寄り添ってくれる慰めにすれば、孤独とは呼ばない)


あるいは4歳のとき、台所の導線を塞いだから


「邪魔」


と一言見下ろして父親が言い放つとき。


(私は要らない、何処にいたって、認められることは何一つ起こらない)


自分の人生を頑なにデコレートしていく度、茨の道を選んで歩いた。

父親は、いつも彼女を疑った。(なじ)った。

楽しそうに語った話題の内容さえ、

「違うんじゃなーい?」

姉と一緒に、シラけた様子で返した。


折り合いが、姉とつきそうにない、と言うと、

「お姉ちゃんは、お前が嫌いなんじゃない。嫌、なんだ。」と笑って言うこともある。


父親は、長子である彼女の姉に対し、異様に気を使った。

「お姉ちゃんの好きなものは、絶対に(けな)すなよ。」と一言加えられながらも、

妹である彼女自身が好きな芸能人に対しては、姉と一緒になって批判して楽しんだ。


中学の多感な頃に、全てを分断する言葉もあった。

「父さんは、お前の欲しい言葉はやれない。母さんは病気だし、相談はするな。自分で考えて、自分で答えを出せ。」

誰にも相談しない、彼女が出来上がっていった。


「お前は盗人(ぬすっと)だ。」

ある時は、そう詰った。

補給していいと言ったタンク以外からも、灯油を補給しただろう。と、

何度も違うと訴えったが、父は、納得せずに、詰り続けた。

「お前以外、誰がやるというんだ。」


やがて、母親が、幼い弟のために、灯油を入れていた。という事が、わかる。


だが、詫びは、一つも無い。


これまで生きて、何度となく、そんな誤解があったとしても、聞いた試しは、無かった。


「可愛いのは3歳まで。子供は弾圧すべし。」


それが、父の信条だった。だが、男の子は別で、猫可愛がりだ。

でも、同じ女でも、姉と、私への扱いには、反吐が出るほどの、差がある。

氷河期を生きて、成人したあげく、彼女は自分で考え抜いて、ある日。


ブツンっ


頭の中で音がして、驚いた。

何かがネジ切れる音と、感触は、すぐに分かり、頭が何も思考を辿れなくなった。


統合(とうごう)失調症(しっちょうしょう)


それが、2年後に、症状を理解できないままの家族から、()け者にされ、父親が殴り、祖父が投げ飛ばし、荷物を外へ全て、母親が捨て、裸足で追い出された彼女の末路だった。

人間が、まともに信じられなくなった、四つ足の動物が出来上がった。


君求む者になりにけり、

我、道を求む者となる

父が行き過ぎて尚、絶えず行き交わん、盲目の壁

助けなき、死出の旅路

いま一度求むならば、嗚呼、その頬に触れ

波を分かつことの、三度(ふけ)りし、春の風よ



変わった人間だという、周囲の評価は、好ましい(それ)ではなかった。

害鳥を見る目であった、周囲の眼差しを受けながらも、人間観察だけは辞めず、絶えずその眼差しと協調し、自分にケチをつけて、人間の好きな鏡にさえなれば、人間は自分を認めてくれる。そう考えて、

人の写し鏡になる事を良とし、自分の中で自我を亡くして往く事に、何の躊躇(ためら)いも、絶望もなかった。

 だがそれは、幽霊のように、扱われ、蔑まれ、益々、存在価値を周囲に認めてほしがるような、浮いた悪目立ちの結果を招いた。


リフレイン・・・・、リフレイン・・・・・、リラン・・・・・、リラン・・・・・、リラン・・・・、リラン・・・・・


彼女が、あの場所を実験室だと思い込んで8ヶ月経った頃、投薬治療がやっと効力を発揮し始め、幻覚や妄想が落ち着きを見せた、と院長の判断もあり、普通のよく見るであろう、入院病棟に移された。

その頃から、彼女は私の居るカウンセリングルームの戸を叩き始め、その話は溜息まじりに何度も聞くことになった。

諦めのように、記憶を洗いざらい整理するため繰り返し、腕に噛み跡すら、増えた。




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