第六話 娘を駒として扱う父親にジャイアントスイング!
「親子であるという甘い考えは捨てろ」
「心得ております」
公爵の言葉に公爵令嬢が神妙に頷く。
その傍らでは、彼女の妹もまた神妙に頷いていた。
「私は、お前達二人を駒として見る。それが、この国の貴族というものだ」
「はい。御父様」
「公爵家に生まれ、今まで公爵家の者として生きてきたのです。心得ておりますわ」
娘二人の言葉に、公爵は頷く。
公爵のその目は、娘すらも駒として見る冷徹さを表すかの様に温度を感じさせないどこまでも冷たいものだった。
「この先は戦場と心得よ。そこで、王太子妃となるお前の価値が試される事になる」
公爵が、公爵令嬢にあくまでも温度を感じさせない声音で話す。
そんな公爵に、公爵令嬢は小さく頷いて見せる。
「私なりに、完璧に準備を行ったつもりです。御父様にも満足していただけると考えておりますわ」
「……良いだろう。お前の手際を見せてもらおう」
そう言うなり、公爵は娘達に背を向け、彼の言う戦場へと歩き出す。
公爵令嬢とその妹も、父を追う様に静かに歩き出した。
「二人とも、私の期待を裏切らぬ様にな」
「勿論です」
「ええ。期待以上の働きをして見せますわ」
あくまでも冷静な公爵と、いつもと変わらぬ柔らかな空気を纏った公爵令嬢、そして、自信に漲った公爵令嬢の妹は歩を緩める事はない。
薄暗い通路を抜け、辿り着いた会場の明るさが、三人の目を刺す。
歓声を持って、三人は迎えられた。
こうして、公爵家の三人は戦場へと足を踏み入れたのだった。
「さあ、今まさに始まろうとしています!」
会場に王太子の側近の声が響く。
会場は人に埋め尽くされ、歓声が鳴り止む事はない。
巨大な真四角のリングを見下ろす形で、一万を超える観客が熱狂していた。
「今回、公爵家 対 侯爵家・伯爵家連合での試合となっております!」
王太子の側近が熱のこもった声で説明を開始する。
どうやら、彼が司会進行役の様だ。
「今回のルールでは、連合チームは大将が二人! この二人を打ち倒さなければ公爵家チームの勝利にはなりません!」
何をするのか良く分からないが、事実上のハンデマッチの様である。
「基本ルールは、皆様御存知の事と思いますので省かせていただきます!」
何をやるのか分かっていないので、できれば省かないでいただきたい。
どうせ、いつも通りのろくでもない事なのだけは分かっているが。
「今回、注目したい点として、公爵家チームの選手は、王太子殿下の御婚約者でもあらせられる公爵令嬢が選出したとの事です!」
会場に大きな歓声が鳴り響く。
公爵令嬢に対する期待による歓声だろう。
公爵令嬢コールも巻き起こっていた。
「開始間近です! それでは……」
「人間チェス! 選手入場です‼」
人間チェス……。
冒頭のやり取りから、大方そんなところだろうとは思ってはいた。
案の定、どうしようもない催しである。
どうせ、殴り合いで駒となった人間を脱落させるのだろう。
いつもの事である。
「まずは、公爵家大将の公爵閣下です!」
「シャァッ! オラァ! ハンデマッチがなんぼのもんじゃぁぁっ‼」
公爵が吠える。
会場入りの前の冷徹な雰囲気はどこに行った。
狂犬の如く吠える姿は殆ど輩である。
そこには冷静さの欠片もなかった。
「続いて、公爵令嬢とその妹様です!」
リングに上がった公爵令嬢姉妹は、荒れ狂う父親とは違い、声を上げる事無く、手を上げて歓声に応えている。
「四人目は、狂戦士の異名を持つ令嬢! 新進気鋭のボクサー! 男爵令嬢だ!」
「わぁ~。とっても楽しそうな所ですぅ~」
相変わらず鬱陶しい口調で、のんびりと男爵令嬢が入場する。
そもそも、彼女はここで何をするのか分かっているのだろうか?
後、狂戦士とか異名がついている事に驚きである。令嬢ボクシングの試合で何をやらかしたのか。
「次は、町道場の御息女にして、四神流暗殺拳の使い手! 特待生だ!」
「入門者募集中! 体験入門有り! お子様も気軽に来てください!」
特待生が道場の看板を掲げて入場する。
相変わらず、道場の経営が厳しい様で、その声は必死だった。
だが、お子様も気軽にと言っているが、そもそも、お前の流派は子供にしか相手にされていないだろう。
子供ではなく、大人の門下生を定着させる方法を考えろ。
「六人目はこの人! 癒した数よりノックアウトした数が多い! 聖女様だ!」
聖女が楚々とした姿で現れる。
楚々としているが、癒した数よりノックアウトした数が多いとか言われている。
何をやらかして、その様な話になっているのか。
彼女の普段の聖女としての活動が気になるところである。
「次は、まさかの出場! なんとなんと、第一王女殿下の登場だ!」
第一王女が颯爽とリングに上がり、空に向かって豪快に毒霧を吹く。
パフォーマンスとして王女がやって良い事ではない。良く知らないがヒールレスラーとかがやる事だろう。
外交官とかが、他所の国で『お宅の王女様、毒霧を吹くって本当ですか?』とか、聞かれたらどうする気だ。シンプルに外交官が可哀そうだ。
「そして、最後の一人! 唯一の防御専門選手! すなわち男性! 『防御? 私一人で十分だろう』と、自信に満ち溢れたコメントを頂いております!」
王太子の側近の言葉に、その場の全ての視線が入場口に集まる。
「八人目! 折れた歯が五分で生え変わる! 鮫より歯の生え変わりが激しい男! 王太子殿下の入場だ‼」
王太子が手を振りながら、満面の笑みで入場してくる。
すでに過去の面影はなく、完全に毒された男の姿がそこにあった。
笑顔のまま、リングへと上がり、公爵令嬢の元へと歩み寄る。
笑顔で向かい合う二人。その姿は仲睦まじい恋人同士のものだった。
だが、微笑みあっていたのは束の間、次の瞬間、公爵令嬢の手によって、王太子の身体が上下を逆転させ、天高くへと持ち上げられる。
「おおっと! 何をするつもりだ⁉ これはブレーンバスターの態勢だぞ‼」
側近の言葉が終わるや否や、王太子の身体が一気に落下する。
地響きにも似た音が響き、後に残ったのはリングに頭から突き刺さった王太子という、最近では見慣れた光景だった。
観客が騒めく。
普通であれば、病院送り確定の光景である。
だが、頭をリングに突き刺した王太子は、ひとしきりもがいた後、自力で脱出して見せた。
あまつさえ、笑顔で観客達に手を振っている。
「おおっと、これは! お前達の攻撃など効きはしないとばかりの強烈なパフォーマンスです! 流石は王太子殿下! 異常なタフネスです! もはや人間なのかすら怪しくなってきました!」
流石に人間扱いしないのは可哀そうである。
そもそも、お前の仕える主だろう。いくら何でも不敬が過ぎる。
「侯爵家・伯爵家連合ですが、選手枠をフルで使っての出場ですので、時間が無いため選手紹介は割愛させていただきます」
扱いの差があまりにも激しすぎる。
可哀そうなので、中心選手位は紹介してあげてほしい所である。
「選手の方々は配置についてください!」
王太子の側近の言葉に、選手がリング上に整列する。
公爵家八名、侯爵家・伯爵家連合三十二名。数の上では公爵家が大きく劣っている形だ。
だが、公爵家陣営に属する者に気後れする者は一人もいない。
と、言うか気後れする様な殊勝な精神の持ち主が一人もいなかった。
不遜、マイペース、能天気、そもそも王族、といった具合に、極めて特殊な人間の坩堝である。
「それでは、よろしいですね⁉ ……試合開始です‼」
王太子の側近の声で、この良く分からない闘いの火蓋が切って落とされた。
「王太子殿下! 中央に突出して敵の気を引いてください!」
「任せろ!」
公爵の指示に従って、王太子がリング中央に突出する。
そして、何を思ったか、リングの中心で両手を広げ、無防備な姿を晒しながら大声で敵チームに叫ぶ。
「気兼ねなく王族を袋叩きにできる好機だぞ! 存分に殴りかかってくるが良い!」
戦法が捨て身過ぎる。
王族自ら、王族をぶん殴る好機だから自分を殴りに来い、などと言うものではない。
それでも一定の効果があった様で、王太子に敵選手が突っ込んでくる。
……いや、よく見れば、一定の効果程度ではない。敵チームの過半数が王太子に群がっている。
それどころか、敵の大将であるはずの侯爵と伯爵が先陣切って王太子に殴りかかっていた。
王太子が嫌いなのか、王家に思うところがあるのか気になるところである。
「右翼! 敵三人突っ込んでくるぞ! 男爵令嬢! 迎撃しろ!」
「分かりましたぁ~」
公爵の指示に、男爵令嬢が凄まじい速度で突っ込んで行く。
のんびりとした口調からは想像できない様な勢いだ。
だが、あまりにも動きが単調だった。
敵の視線を左右に振る様なフットワークはない。あまりに真っすぐな突撃である。
そして、敵チームの令嬢三人と激突した瞬間、当然の様にカウンターを顔面に受ける。
「痛いですぅ~」
あまり痛そうではなく、男爵令嬢が痛みを訴える。
痛みを訴えながらも、特に痛みを気にした素振りはなく、男爵令嬢は正面の令嬢に猛然とラッシュを仕掛けた。
残り二人の令嬢に左右から攻撃を受けるが、全く動じる事は無く、狂った様に拳を打ち込み続ける。
「流石は男爵令嬢。痛みですとか、他にも色々鈍いだけはありますね」
公爵令嬢が感心した様に呟く。
どうやら、男爵令嬢は痛みに鈍い様である。
だとしたら、そんな男爵令嬢を関節技でギブアップさせたらしい公爵令嬢は、どれだけギリギリまで追い込んだのだろう?
「楽しいですぅ~」
楽し気な笑顔すら浮かべて、男爵令嬢が二人目の令嬢に取り掛かっている。
前後を挟まれ、攻撃を受けているにもかかわらず、打ち込む拳は衰えを知らない。
その姿は、正に狂戦士。
彼女の異名に納得がいく光景だった。
「ッ! 左翼! 特待生迎撃に向かえ!」
「四神流走法! 青龍一式!」
わざわざ技名を叫ぶ必要があるのだろうか?
まあ、おそらくは、彼女の中二が叫ばせたのだろう。
だが、中二臭い割には見事な突撃だった。
高速で龍がうねるかの様に蛇行し、緩急をつける事で残像すら残している。
この突撃により、敵の動きが止まる。
防御専門の男性が正面に立ち、迎え撃つ態勢だ。
だが、それすら嘲笑うかの様に、特待生が、敵の陣形をすり抜ける。
敵選手達も、傍から見ていた者達ですら、何が起こったのかすぐには理解できない程だった。
敵チームが慌てて振り返った時には遅かった。
「四神流! 朱雀三式!」
上である。
高く跳んだ特待生が、敵チームの選手を足場にして連続した蹴り技を見舞う。
まさかの空中戦である。
その姿は、正に宙に舞う鳥の様だった。
……しかし、一々技名を叫ぶのは止めていただきたい。
他人の生み出す黒歴史を生で見せられている様で、割と精神に来る。
「男爵令嬢と特待生は敵を片付け次第前方に突出! 聖女殿と第一王女殿下は左右に出てください!」
「お父様! 私は正面に向かいます!」
「任せたぞ!」
公爵の指示により、左奥に特待生、右奥に男爵令嬢、左手前に聖女、右手前に第一王女、そして正面に公爵令嬢の妹が展開する。
僅か五名による、まさかの包囲陣形である。
だが、リング中央では、いまだに王太子が二十人を超える敵選手達に袋叩きにあっており、包囲を破ろうとする者が殆どいないため、包囲が実現していた。
「娘よ。場は整ったぞ」
「その様ですね」
公爵が不敵に笑い、公爵令嬢が小さく頷く。
「行きます!」
「やれ! 娘よ!」
僅かなやり取りの後、公爵が横になり、公爵の両足を公爵令嬢が両脇に挟み込む様にして固定する。
そして、公爵令嬢と公爵は回り出す!
「「公爵家奥義! 公爵トルネード!」」
公爵トルネード。
何の事はない。単なるジャイアントスイングである。
しかし、通常のジャイアントスイングとは大きく違う点があった。
そう、二人は回りながら敵陣に突っ込んで行ったのである。
正面に立ち、異変に気付いて包囲を破ろうとする者を蹴散らしていた公爵令嬢の妹が横に跳び、公爵令嬢達を躱す。
次の瞬間、悲鳴が上がった。
回る公爵の直撃を受けて、数名の敵選手が吹き飛んだのである。
やられたら負けの大将自ら武器となり、敵を蹴散らす大技。それが公爵トルネードだった。
もう少し、自分を大切にしてほしいものである。
竜巻と化した二人がリング上の敵選手達を蹴散らし進む。
「ッ! 御父様! 王太子殿下が!」
リング中央で王太子が袋叩きにあっていた。
立ったまま殴られ、蹴られ、それでも優雅に微笑んでいた。
正直、恐怖を感じる絵面である。
かつて、公爵令嬢の攻撃に抗議していた姿はそこにはない。
ハッキリ言って、毒され方が半端ではなかった。
と、言うか、毒されるどころか、毒そのものになったかの様な姿である。
そんな、王太子が優雅に微笑んだまま、公爵令嬢に向かって声を上げる。
「私に構うな! 私諸共やるんだ!」
覚悟の決まり方も半端ではない。
声を上げながら、ついでとばかりに、傍にいた伯爵と侯爵を引っ掴んでいる。
死なば諸共精神もここに極まった感じである。
「口実追加ぁ‼」
「殴れ! 殴れ!」
とんでもない事を言いながら、侯爵と伯爵が王太子を殴打する。
間違いない。
この二人が嫌いなのは、王家というより王太子である。
「貴方が訳の分からない婚約破棄騒動起こしたせいで、我々は事後処理大変だったんですからね!」
「王族の自覚があるなら自分の尻拭いくらい、自分でやってくださいよ!」
二人の言葉に、王太子は、明らかに殴打よりもダメージを負っていた。
「何が気に入らないって、結局公爵令嬢と良い感じになっているのが気に入らない!」
「だったら、初めから婚約破棄なんてしないでくださいよ!」
やっている事はとんでもないが、侯爵と伯爵の言っている事は極めて正論である。
正論という暴力に膝を屈する寸前の王太子。
だが、それでも、二人を引っ掴んだ手を緩めないのだけは大したものである。
「公爵令嬢! やるんだ!」
息も絶え絶えながら、王太子が叫ぶ。
「公爵令嬢! やっちゃってください! 王太子殿下諸共!」
「ここまで来たら、逃げようなんて思わないでくださいよ! 殿下は私達諸共吹っ飛ばされるんです!」
侯爵と伯爵も叫ぶ。
死なば諸共精神は、この二人も極まっていた。
もはや、この闘いは、人間チェスという訳の分からない試合なのか、侯爵と伯爵の私怨による私闘なのか分からない感じになっている。
もっとも、初めからチェスの要素は全く無かった気がするが。
「娘よ! 王太子殿下の覚悟を無駄にするな! ……後、回りすぎて、ちょっと気持ち悪くなってきた!」
「……分かりました!」
相変わらず回っている公爵の言葉に、やはり相変わらず回っている公爵令嬢が応える。
回りながら、公爵令嬢達は、間合いを取る様に、王太子達から距離をとる。
そして、最後の大技が繰り出された。
「「公爵家秘奥義! 公爵キャノン!」」
公爵と公爵令嬢の声が重なる。
次の瞬間には、公爵自ら砲弾となり、王太子達に向かって投げ飛ばされていた。
遠心力を利用した、とんでもないスピードで公爵が敵チーム目掛けて飛来する。
大将自らが砲弾となって飛ぶ姿は正気の沙汰ではない。
試合の大将とか、そういう以前に、国の公爵という要人が、言葉通りに自らを武器として敵にぶつかっていくのはどうかと思う。
「防御ぉぉっ‼」
敵チームの誰かが叫ぶ。
だが、割って入った者は、全て等しく吹き飛ばされ、公爵の勢いを殺す事ができない。
「フハハハハッ! 殿下! 一緒に逝きましょう!」
「逃がしませんよ!」
「逃げないけど……。いや、その、申し訳なかった」
侯爵と伯爵が叫び、王太子が謝罪と共に頭を下げた瞬間、公爵が三人に直撃する。
まるで、爆発したかの様な轟音と共に、三人は公爵諸共、揉みくちゃになりながら吹き飛ばされる。
「お兄様! ……は、どうでも良いですけれど、公爵は無事ですの⁉」
第一王女が、敵チームの残存戦力の一人をパイルドライバーで沈めつつ叫ぶ。
「王太子殿下! ……は、どうでも良いですが、公爵閣下は無事ですか⁉」
やはり残存戦力を強烈なエルボーで沈めつつ、聖女も叫ぶ。
……いや、王太子の心配もしてやってくれ。一応は、あれでも次期国王だ。
「おおっとぉ! 両陣営の大将が倒れたまま動かないぞ! これはどうなる⁉」
王太子の側近の声が会場に響く。
お前も、王太子の心配を欠片でもして見せろ。お前の仕える主だろう。
誰一人、王太子を心配する者がいない。王太子の人望の無さが露呈したが、それでも、大将三人は動かなかった。
公爵も、こんな完全なる自爆技を使用しないでほしい。
「このまま引き分けとなってしまうのか⁉ ……おおっと、これは⁉」
王太子の側近の驚愕の声が響く。
死屍累々のリングの上で、一人の男が立ち上がっていた。
全て等しく倒れ伏し、意識の有る者など一人もいないかに思われたリング中央で、確かにその男は立ち上がっていた。
「王太子殿下だぁぁぁっ‼」
そう、王太子だった。
信頼の耐久性。殺しても死なない男。王太子殿下の復活だった。
「……いや! これは⁉」
王太子の側近が、再び驚愕の声を上げる。
王太子に抱き上げられる形で、もう一人、満身創痍ながら、確かに意識を保ってそこにいた。
僅かに手を上げ、自身の健在を周囲にアピールしている。
「公爵閣下だぁぁ‼ 公爵閣下! 王太子殿下にお姫様抱っこされ復活だ!」
やめろ。せっかく言葉を濁したのに、お姫様抱っこという言葉を躊躇いなく使うんじゃない。
王子様にお姫様抱っこされるオッサンという絵面には破壊力がありすぎる。
「お姫様抱っこです! まさかのお姫様抱っこ! 王太子殿下にお姫様抱っこされ、公爵閣下健在です‼」
しつこいぞ。お姫様抱っこを繰り返すな。
分かっていてやっているだろ。
「王太子殿下! 御父様!」
公爵令嬢が王太子達に駆け寄る。
本来なら王太子と手を取り合って喜びを表すのだろうが、王太子の腕の中のオッサンが圧倒的に邪魔だった。
「……娘よ。私達の勝利だ」
「ええ。御父様が御無事で何よりです」
決して無事な絵面ではない。
満身創痍な上、王子様にお姫様抱っこされているのである。
いろいろと犠牲にしたものがありすぎる。
「王太子殿下も良く御無事で」
「ああ。流石の私も意識を失いそうになったが、公爵……、いや、公爵だけではない。公爵、そして、侯爵と伯爵の三人の加齢臭が気付けになった」
地獄の気付け薬である。
オッサン三人の加齢臭がきつすぎて気絶できなかっただけである。
「それは良かったです」
なにも良くはない。
王太子が地獄を味わった話をしているのである。
「それにしても……」
「どうした? 娘よ」
もの言いたげな公爵令嬢に、公爵が声をかける。
公爵も公爵で、いい加減王太子の腕から降りろ。お姫様抱っこされる事に慣れるんじゃない。
「……御父様。ずるいですわ」
頬を染め、小さな声で、公爵令嬢が抗議の声を上げる。
「私だって、王太子殿下にお姫様抱っこされた事は無いのですよ」
公爵令嬢の可愛らしい抗議に、王太子と公爵がそろって笑い声をあげる。
「それは、悪い事をした」
「君が望むなら、いくらでもこの身体をお貸しするさ」
和やかな空気が流れる。
そんな中、公爵家チーム勝利を告げるアナウンスが流れた。
勝利のアナウンスを聞いた仲間達も集まり、和やかな談笑に加わっていく。
八名対三十二名という、圧倒的数的不利を覆しての勝利に、皆が喜びあっていた。
公爵令嬢も王太子も公爵も、皆、笑顔だった。
そんな公爵家チームの外。死屍累々の侯爵家・伯爵家連合チームの中で……
「ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな」
「呪われろ、呪われろ、呪われろ」
目を覚ました二人のオッサンが、王太子に向かって呪詛の言葉を投げかけていた。
チェスの要素が欠片もない事に書いている途中で気がつきました。