表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/10

第五話 平民少女に一本背負い!



「楽しいですぅ~」

「いいですわよ! もっと、(えぐ)る様に打ち込みなさい!」


 学園の中庭で、ミットを構えた公爵令嬢の妹に男爵令嬢が拳を打ち込んでいる。


「ふむ。男爵令嬢も、随分と我が国に馴染(なじ)んだ様だな」

「ええ。なかなか見所が有りますわ」


 男爵令嬢達を眺めながら、優雅にティータイムを楽しんでいるのは、王太子と公爵令嬢だった。

 隣国から男爵共々帰国した後、男爵令嬢は案の定爆速でこの国に順応した。

 今では、新進気鋭の令嬢ボクシングの選手である。


「馴染んだと言えば、王太子殿下も、以前の事が信じられない程、我が国の文化に馴染まれましたね」

「何、以前の私は、見なければならないものが見えていなかっただけさ。今となっては、恥ずかしいばかりさ」

「仕方ありませんわ。……それに、今は以前にも増して素敵になられました」

「そう言ってもらえると私も嬉しいよ。君との愛を自覚してから、回復力が増していてね。今では、骨折程度なら三十分程で完治できる様になった」

「本当に素敵です」


 回復力の高さがイコールで素敵さだとでも言うつもりなのだろうか。

 後、自分の婚約者を骨折させる前提はどうかと思う。

 ついでに言うと、王太子にはツッコミに帰ってきてほしい。このままだと、ツッコミが地の文だけのボケっぱなし物語になる。


「私をこうしたのはお前だ」


 確かにその通りである。王太子を歪な愛に目覚めさせたのは私である。だが、普通に地の文に言葉を返すのは止めてほしい。


「ツッコミが欲しかったんだろ?」


 いや、地の文にツッコミを入れろとは言っていない。

 私が求めているのは、こういう形のツッコミでない事を分かっていて言ってるだろう?


「殿下。どうなさいました?」

「いや、地の文にちょっとな」

「まあ、地の文に」


 頼む。地の文の話を引っ張らないでくれ。話がややこしくなる。


「……この際だから、地の文に聞いておきたいのだが」


 ……なんだろうか?


「いい加減、王太子とか公爵令嬢とかではなく名前を出す気は無いのか?」


 無い。


「そうは言うが、前回など、隣国の第二王子だとか色々出てきて分かり難かったぞ」


 ……世の中には二通りの人間がいる。


「ほう」


 人の名前を覚えられる人間と、そうでない人間だ。


「人の名前を覚えられないから、私達に名前を付けないと?」


 ついでに言うと人の顔も覚えられない。


「聞いとらんわ! 自分で作り出したキャラの名前くらい覚えろ!」


 無理だ。(あきら)めろ。


「お前な……」

「殿下。落ち着いてください」

「しかし、公爵令嬢……」

「世の中、色々な人がいます。そんな人々を受け入れる懐の広さが、王族には必要ではないでしょうか」

「いや、地の文の奴、三国志関連の登場人物は百人以上名前覚えてるぞ! ただ単に、覚える気がないだけだぞ!」


 全盛期は二百人以上覚えていた。


「知るか!」


 知らないか。なら、三国志について語ってやろうか? オッサンの歴史談義だ。とてつもなく面倒臭いぞ?


「……やめよう。本当に面倒臭そうだ」


 賢明な判断だ。話を進めてくれ。


「いや、元はと言えば、お前がノリと勢いだけで話を書くからネタ切れ起こしたのが原因で……」


 するか! 三国志談義!


「分かった! 話を進めよう!」


 ひとしきり虚空(こくう)に向かって叫んだ王太子が、自分を落ち着ける様に紅茶に口をつける。


「虚空にって……」


 三ごk……


「いやぁ! 公爵令嬢自ら入れてくれた紅茶が美味いな!」


 王太子が優雅さの欠片もなく、紅茶をがぶ飲みする。

 そんな王太子を見て、公爵令嬢は微笑まし気に口元をほころばせている。

 そんな公爵令嬢が口を開く。


「そういえば、殿下はお聞きになりましたか?」

「ん? 何の話だい?」

「令嬢狩りです」

「令嬢狩り⁉」


 令嬢狩り。なかなか聞かない言葉である。


「ええ。特待生の平民の少女が、貴族令嬢に対して次々と闘いを挑んでいるのです」

「犯人も分かっているのか⁉」

「どうやら名を上げる事が目的の様です」

「なるほど……。貴族令嬢として、勝負を挑まれれば背を向ける訳にはいかないか」


 本当にそうなのか、もう一度良く考えてほしい。

 通り魔的に勝負を仕掛けてくる人間を相手にする必要などないと思う。


「しかも、かなりの使い手の様でして、昨日は無心流免許皆伝の使い手である伯爵令嬢が敗れました」

「私達には名前がないのに、良く分からん格闘流派には名前があるのか……」


 論点はそこではない。

 適当につけただけの流派名の上、もう二度と出てこないから流してくれ。


「どうやら、町道場を経営している師範の息女らしく、実家の道場の名を上げるための様です」

「有名な流派なのか?」

「いえ。その道場以外には使い手はいない様です」

「それでは、どのような流派なのかも分からないのか?」

「いえ……、どうやら暗殺拳の様です」

「……は?」

四神(しじん)流暗殺拳と言う流派の様です」

「暗殺拳の使い手が町道場を経営しているのか⁉ と、言うか、暗殺拳の使い手が名を上げては駄目だろう‼」


 格闘技を習おうと思って道場に入門したら暗殺拳道場でしたとか嫌すぎる。

 後、町の皆が知っている暗殺拳とか、意味が分からない。

 有名になったらどうしようと言うのだろうか。

 体験入門、暗殺拳教室、お子様も気軽に参加してください。とか、やるつもりなのか。

 暗殺拳なら暗殺拳らしく隠れ潜んでいてくれ。


「大変です! 公爵令嬢!」


 声を上げながら、一人の少女が駆け寄ってくる。

 自然とその場にいた皆の視線がそちらに向いた。

 駆け寄ってきた少女は聖女である。

 相当慌てている様で、スカートを(ひるがえ)しながらの全力疾走である。


「どうしました? そんなに慌てて……」

翠霞(すいか)流格闘術の使い手である侯爵令嬢が、(うわさ)の特待生に敗れました!」

「まあ!」


 聖女の言葉に公爵令嬢が控えめに驚きの声を上げる。

 声にこそ出さないが、その場にいた公爵令嬢の妹も(わず)かに驚きの表情を浮かべている。


「ええい、地の文の奴、また、訳の分からん流派に名前を……」


 流せと言っている。

 いちいち突っかからないでほしい。


「侯爵令嬢は我が国の令嬢の中でも有数の使い手……。思っていたよりも事態は深刻なようですね」


 これほど頻繁に令嬢間で決闘的な事が行われているという意味では、この国のあり様は確かに深刻である。


「おそらく、次は、私か私の妹に挑むつもりでしょうね」

「おそらく、御姉様の言う通りでしょう。ですが、御姉様が出るまでもありません。私が身の程を教え込みましょう」

「……いえ、私に挑むようでしたら、私が相手をしますわ」

「いい心掛けね!」


 突如として、聞きなれない声が会話に割り込む。

 声のした方に視線を向ければ一人の少女が腕組みをして傲然(ごうぜん)と佇んでいる。

 身なりを見れば、おそらくは平民。貴族令嬢とは違い、着飾る事無く、学園の制服姿である。


「侯爵令嬢は打ち倒したわ! 後は、公爵家の二人を打ち倒せば、我が流派の最強が証明できる‼」


 話す内容から、この少女が(くだん)の平民の特待生で間違いないようだ。

 だが、暗殺拳が白昼堂々と最強の称号を欲しがってどうするというのだろう。大人しく、陰で恐れられていてほしい。


「……貴女が、噂の特待生ですね?」

「ええ、そうよ。私は平民であっても最強となれる事を証明するために、この学園に入学したの」


 勉強するために入学しなさい。

 学園は殴り合いをするためにある訳ではありません。


「……貴女に野心がある事は以前より気づいておりました」

「……意外ね。私みたいな平民には興味なんて無いと思っていたわ」

「貴女が、あまりの戦闘力の高さに特待生として認められた時から、私は貴女に興味を持っていましたよ」

「ちょっと待って。この学園、戦闘力が高いと特待生になれるのか?」


 確かに疑問である。

 殴り合いの強さで特待生を決めないでほしい。

 王太子の疑問に、ここまで発言のなかった王太子の側近が答える。


「勿論です。令嬢格闘技は我が国の文化ですから」

「……なるほど。文化保護の観点から、優れた戦闘力の女性を特待生として受け入れたのだな?」

「左様です」


 左様ではない。

 ツッコミに帰って来てくれたと思ったのに、すぐに納得するな王太子。


「スポーツ特待生みたいなものだろう」


 ……格闘技をスポーツと見た場合、否定し難いのが腹の立つところである。

 あと、地の文に当たり前の様に返答するな。


「地の文の事などどうでも良いのよ! 公爵令嬢! 私は、貴女に勝負を挑むわ!」


 お前も地の文に言及するのをやめろ。公爵令嬢に勝負を挑むだけにしろ。

 あんまりフリーダムだと、私も中国の春秋(しゅんじゅう)戦国時代あたりの話を始めるぞ。


「歴史について語りたいなら歴史小説でも書けよ……」


 そこまで詳しくないから無理な話だ。

 ……流石に話を戻そう。今なら文章量の水増し作戦がバレる前だ。


「そうしなさい! ……公爵令嬢! 私の挑戦を受けなさい!」

勿論(もちろん)。挑戦を受けて、背を向ける選択肢は私にはありませんわ」

「良い答えね」


 公爵令嬢の返答に、特待生が口元を歪める様にして笑う。


「日時と場所はお任せしますわ」

「勿論、今、この場所でよ!」

「侯爵令嬢と闘ったばかりでは?」

「何時いかなる時であっても闘うのが真の強者よ」

「……良いでしょう」


 そう言って、公爵令嬢が前に進み出る。

 学園の中庭で、公爵令嬢と特待生が無言で睨み合う。

 一触即発の雰囲気だ。

 何時、闘いが始まっても不思議ではない静寂。

 だが、その静寂を王太子が破る。


「待て待て待て待て!」


 叫びながら、王太子が公爵令嬢と特待生の間に割って入る。


「仮にも、この特待生は暗殺拳の使い手だろう⁉」

「仮ではなく、暗殺拳の真の使い手だ!」


 王太子の言葉に、特待生が大声で言い返す。


「いや、そこは重要ではないから! 暗殺拳を名乗っている相手に、国の要人が闘うべきなのかが問題だから!」


 仰るとおりである。

 この場で、王太子の婚約者が暗殺などされたらたまったものではない。


「と、申しますと?」

「令嬢格闘技に(かこつ)けて、私の婚約者であり、公爵令嬢である君を暗殺しようとしている可能性もあるだろう?」

「……しかし、挑まれた闘いに背を向ける訳にはまいりません」

「そうは言うがな……」


 公爵令嬢の返事に王太子が困った様な表情を浮かべ、言葉を探す。

 そんな二人を見て、特待生が哄笑(こうしょう)する。


「何を恐れているかと思えば、そんな事!」


 (あざけ)る様な特待生の言葉に王太子が眉を(ひそ)める。

 だが、そんな王太子の事など気にもせず、特待生が大声で宣言する。



「我が流派、四神流暗殺拳は人を(あや)めた事などありはしない‼」



 ……場が、静まり返る。

 その場にいた特待生以外の全ての人間の頭の中では疑問符が踊り狂っていた。

 あまりに力強い宣言だが、(わず)か一言で矛盾してみせた発言である。


「じゃあ、なんで暗殺拳を名乗ってるんだよ⁉」


 王太子が大声でツッコむ。

 至極もっともなツッコミである。

 暗殺経験がない暗殺拳というのは成立しているのか怪しいものである。


「格好良いからだ!」


 堂々と、その辺の水溜まりよりも浅い理由を叫ばないでいただきたい。


「格好良さで暗殺拳を名乗るな! 中二病か!」

「我が流派の開祖は重度の中二病だ!」


 誰が開祖なのか知らないが、流派に脈々と伝承される、中二病の開祖というのはいかがなものか。

 とっとと、そんな事実隠蔽しろ。


「我が流派は、二百年の間、一族の中二病患者が受け継いできたのだ!」

「受け継ぐな! そんなもん!」


 父親がノリで作った流派であるとか、そういう展開を期待したが、二百年の歴史があるらしい。

 由緒(ゆいしょ)正しき中二病である。


「……じゃあ、誰か暗殺したりはしてないんだな?」


 王太子の質問に、特待生が不敵に笑って見せる。そして、不敵な表情まま、口を開く。


「いや、その、殺人とか、そういうのは怖いから……」

「だから、なんで暗殺拳名乗ったんだよ⁉ 暗殺依頼とか来たらどうするつもりだったんだよ⁉」

「そういうのは、全部、通報してます」

「依頼来てたのかよ! そして、通報したのかよ!」

「だって……、犯罪者ですよ。怖いじゃないですか」


 涙目で、特待生が訳の分からない事を言う。

 そう思うなら、暗殺拳の看板を下ろしてくれ。


「急にか弱い女の子みたいな反応しないでくれ! なんか、私が苛めたみたいになってるから!」


 王太子のツッコミが勢いを増している。

 やはり、王太子と言えばツッコミ。ツッコミと言えば王太子。

 お帰り。王太子殿下。


「やかましいわ‼」


 ひとしきり叫び通した王太子が、脱力した様に項垂れる。


「もう疲れた。……とりあえず、暗殺とかでない事は分かったから、好きにしてくれ」

「あら、婚約者が無様に敗北すると言うのに、随分(ずいぶん)薄情ですね」


 いつの間にか不遜(ふそん)な態度に戻った特待生の言葉に、王太子が鼻で笑う。


「私の婚約者が敗れる事などない。今の内に夢を見ているが良いさ」

「……いつまで、そんな余裕でいられるかしらね」

「こちらの台詞(セリフ)だ」


 王太子と特待生が火花を散らす。

 だが、実際に闘うのは王太子ではなく、彼の婚約者の公爵令嬢である。

 見ようによっては、途方もなく情けなくも見える。


「では、改めて勝負を再開いたしましょう」

「望むところよ」


 公爵令嬢と特待生が向かい合う。


「わぁ~。公爵令嬢様ぁ~。がんばってください~」


 相変わらず鬱陶(うっとう)しい男爵令嬢の声援を背に、今度こそ闘いは始まった。






「私の技が見切られてる⁉」


 特待生が驚愕の声を上げる。

 彼女にしてみれば、今までの闘いで、令嬢格闘技の達人とも言われる貴族令嬢達を打ち破り、自信を持って挑んだ戦いであったのだ。

 だが、公爵令嬢との戦いが始まってから、自慢の技の数々が全て見切られていた。

 自信が焦燥(しょうそう)へと変わりつつある今、思わず声にしてしまった言葉であろう。


「くっ! 白虎(びゃっこ)青龍(せいりゅう)朱雀(すざく)(ことごと)く……!」


 四神流と名乗るだけあって、技も四神に関連する名前の様だ。

 なんと言うか……。とても中二臭い。


「……貴女は手の内を晒しすぎたのですよ」


 公爵令嬢がそう言って、優雅に笑う。

 そんな公爵令嬢に、特待生が苛立ちを隠さずに叫ぶ。


「どういう事⁉」


 そんな特待生に、公爵令嬢は少し困った様な表情で説明する。


「四神流暗殺拳は、実情はとにかくとして、技は確かに暗殺拳と言える形になっています」


 中二病患者が格好良さ重視で作っただけで無いと言うのは驚きである。

 公爵令嬢が説明を続ける。


「暗殺拳という特性上、四神流は極めて高度な初見殺しで構成されているのですよ。……闘った相手を必殺する事が前提であり、技を研究される事を考慮していません」

「…………」

「例え研究されたとしても、技の多彩さ、そして技の完成度が高いため、今までは問題にならなかったのでしょうが……」

「……実力が互角以上の相手には見切られる」

「そういう事です」


 そう言って、公爵令嬢は柔らかく微笑んで見せる。


「学園で、何人もの令嬢と闘った事で、技を知られる事になったのね」

「ええ。おそらく、次に闘う事があれば、侯爵令嬢も貴女の技に対応してくるでしょうね」


 公爵令嬢の言葉に、特待生が唸る様に声を上げる。

 しかし、ここに至って、なお、特待生の戦意は(くじけ)けてはいなかった。


「まだ、私には玄武(げんぶ)がある!」


 特待生が叫ぶ。

 確かに『四神流』である以上、玄武が残っている。

 特待生が構えをとる。

 その構えは、明らかに防御を主体とした構えだった。


「……カウンターを狙った技と見ました」

「……さあ? どうでしょうね?」


 僅かな時間、二人が睨み合う。

 動いたのは公爵令嬢だった。

 カウンター狙いと判断したにもかかわらず、猛然と、特待生に距離を詰め、ラッシュを仕掛ける。

 特待生は防御一辺倒となる。

 だが、徐々にだが、公爵令嬢の態勢が崩れ始める。

 敵の攻撃を受けながらも、相手の態勢を崩す。それが玄武だった。

 ついに公爵令嬢の態勢が大きく崩れる。


「とった‼」


 特待生が叫び、渾身の拳を公爵令嬢の顎めがけて放つ。

 態勢の崩れた公爵令嬢には為す術が無い様に見えた。

 だが、凄まじい程の柔軟性で公爵令嬢は身体を反らし、正に紙一重の差で特待生の拳を(かわ)す。

 そして、公爵令嬢は身体を(ひね)りながら、特待生の腕を抱え込む。

 躱された事により、一瞬硬直した特待生は、自らの拳の勢いも手伝って、その身体を為す術もなく宙に舞わせた。



 そう、公爵令嬢、入魂の一本背負いである。



 土煙を上げ、特待生が背中から地面に叩きつけられる。

 (うめ)き声を上げる事も出来ず、特待生が地にのたうつ。

 公爵令嬢が拳を天に向け突き上げる。

 いつの間にか集まっていた観衆たちが、一斉に歓声を上げる。

 勝負は決したかに見えた。

 だが、それでも、特待生は満身創痍の身体ながら、立ち上がろうともがいていた。


「おやめなさい。それ以上は身体に(さわ)りますよ」

「……私には、負けられない理由があるのよ!」


 息も絶え絶えながら、特待生が力強く言い切る。

 中二拳法の使い手に、どんな理由があるのか気になるところである。


「何が、貴女をそこまでさせるのです?」

「……シンプルに道場の経営が厳しいから、名を上げないといけないのよ!」


 本当にシンプルな理由である。そして、割と切実な理由でもあった。


「子供相手の暗殺拳教室じゃ稼げないのよ!」


 本当にやっていたのか、暗殺拳教室。

 仮にも暗殺拳を子供に教え込むのは止めていただきたい。


「どいつも、こいつも、中二を過ぎると道場を辞めるから、家はいつでも金欠なのよ!」


 ……子供にしか相手にしてもらえていないだけだった。

 取り合えず、暗殺拳の看板を下ろせ。それだけで、我に返って暗殺拳を習っているという羞恥心から道場を辞める人数は減るはずだ。


「王太子として、これ以上は認められない」


 もがく特待生の前に立ち、王太子が言い放つ。


「ッ! 私は!」

「公爵令嬢が、今、君を踏みつけるだけで終わる話だ。だが、そうすれば、君は大怪我をするだろう」

「温情のつもり!」

「事実を言ったまでだ。これ以上は、意味もなく傷を負うだけだ。それに……」


 そう言って、王太子は、一度言葉を切る。

 そして、少し言葉を選ぶ様にして、もう一度口を開く。


「それに、君は良く闘った。これ以上、名を求める必要はないはずだ」


 そう言って、王太子が集まっていた観衆を指し示す。

 皆、口々に、特待生の健闘を讃えていた。

 彼女を馬鹿にする様な者は一人もいなかった。

 彼女の求めていたものは、確かにそこにあった。


「あぁ……。名を上げると言いながら、私は周りが見えていなかったのね」

「ええ。貴女は、もう十分に名を上げています」


 そう言って、公爵令嬢が、特待生に手を差し伸べる。

 その手に、一瞬躊躇(ためら)ったものの、特待生はしっかりと公爵令嬢の手を握る。


「ありがとうございます。私は報われました」

「今後は、私達のお友達として仲良くしましょう」

「ええ。ありがとうございます」

 そう言った特待生は、初めて年頃の少女らしく明るく微笑んだ。



 ……後日の事である。

 名を上げた四神流暗殺拳の道場には、入門者ではなく、大量の暗殺依頼がもたらされ、大量の犯罪者が検挙される事になったのだった。


読んでくださってありがとうございます。

時間がかかりましたが、どうにか五話目を上げられました。

良かったら、評価をお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ