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第三話 令嬢戦隊、ただいま推参!



「くだらない理由で!」


 ドロップキックが子爵令息に炸裂(さくれつ)する。


「婚約破棄など!」


 ラリアットが子爵令息を地面に叩きつける。


「許しません!」


 ボディスラムが子爵令息を再び地面に叩きつける。

 三つの技を受けた子爵家令息が泡を吹いて痙攣(けいれん)している。

 学園の中庭での一幕である。


「いや! 何をやってるんだ⁉」


 王太子が叫ぶ。

 学園の中庭で休息しようとしたところで惨劇(さんげき)に出会ってしまった様である。


「あと! その覆面はなんだ⁉」


 この惨劇の下手人(げしゅにん)である三人の令嬢。三人が三人ともプロレスラーが装着する様なマスクをしていた。


「我々は、か弱き令嬢の味方。謎の覆面ヒーロー、令嬢戦隊です」

「いや! 意味が分からん‼」


 王太子が叫ぶが、野次馬達からは一斉に歓声が飛ぶ。

 どうやら、知らないのは王太子だけらしい。


「おい! 側近! あの三人は何をやっているんだ⁉」

「おや? 殿下は御存知ありませんでしたか?」

「御存知ないよ!」

「最近、男性側からの理不尽な婚約破棄が横行しておりまして、そんな理不尽な婚約破棄から令嬢を守る正義のヒーローとして活躍されている方々です」

「初耳だ‼ なんで婚約破棄なんぞ横行しているんだ⁉」

「いや、どこかの権力者が舞踏会で婚約破棄騒動を起こされたそうで……」

「なるほど! 正義のヒーローだな! 間違いない‼」


 側近の言葉を最後まで話させることなく、王太子が大声で言葉をかぶせる。

 流石にやらかした自覚はあるらしく、王太子は大量の冷や汗を流していた。


「しかし、何故覆面をしているんだ?」

「正義のヒーローは素顔を隠すものですよ」

「いや、あの覆面意味あるのか?」


 王太子の疑問はもっともだ。

 どう見ても、公爵家の姉妹と聖女の三人だった。


「何を仰るのですか! この様な活動をされていれば権力者に目を付けられるかもしれないのですよ⁉ 正体を隠すより他ないではないですか‼」

「生半可な権力でどうにかできる三人ではないだろう⁉ あと、誰かなんて見れば分かるだろう⁉」

「殿下は、あの三人が誰か分かるというのですか⁉」

「当たり前だ‼」


 ワザとらしく驚く側近に王太子が怒鳴る。

 そして、大きく息を吐き、頭痛でもするのか、こめかみを()みほぐしながら王太子が訊ねる。


「……ちなみに、あの三人、個別にはどんな名前を名乗っているんだ?」

「リーダーは、『公爵令嬢マスク』と名乗っておいでです」

「やっぱり覆面の意味ないだろ! 我が国に公爵令嬢は二人しかいないぞ‼」

「くっ! 一体、正体は誰なんだ⁉」

「ワザとらしいにも程があるぞ‼」

「ちなみに、二人目は……」


 王太子を無視して、側近が話を進める。


「二人目は、『公爵令嬢マスク・妹』と名乗られていますね」

「おい! 我が国の公爵令嬢が二人とも(そろ)ってる! しかも、名前で個人識別も簡単‼」

「……そして最後の方は!」


 かなり大きな声で、側近が強引に最後の一人に話を進める。

 王太子は何か言いたそうだが、とりあえず、最後まで聞く事にしたらしく口を(つぐ)む。


「最後の方は『聖女マスク』と名乗っておられます」

「でしょうね! 予想できてた! それと、聖女は近隣諸国見渡しても一人しかいないからな!」


 そうなのである。三人が名乗っているヒーローとしての名前は、下手に本名を名乗るよりも本人に結び付きやすい。

 つまり一番重要な個人情報を晒しておきながら、謎のヒーロー扱いされているのである。

 正直、意味が分からなかった。

 意味は分からないが、いつもの事と言えばいつもの事である。

 王太子もどこか諦めた様な表情で、空など眺めている。

 王太子が、思考放棄の果てに、その意思を無限の彼方へと飛ばす。

 王太子の意思が、雲を突き抜け、空さえも超えて、広大な宇宙に辿り着いた。まさにその時だった。


「この程度で私は倒れん! 倒れんぞぉっ‼」

「うわっ! なんだ⁉」


 突如の絶叫に、王太子が意識を取り戻し、飛び跳ねて驚く。

 叫びの主は、婚約破棄の渦中の人ながら、完全に忘れられていた子爵令息である。

 満身創痍の身体を引きずる様にして、子爵令息が立ち上がる。


「私は最後までやり遂げる! こんな事で倒れはしない‼」


 そう叫ぶ子爵令息の前に、令嬢戦隊の三人が立ちふさがる。


「立ち上がるとは……。婚約者にフランケンシュタイナーを喰らった程度で婚約破棄しようとする割には骨がありますね」

「いや! それは普通に婚約破棄案件ではなかろうか⁉」


 王太子が叫ぶが、当然の如く無視される。


「子爵令嬢! 前に出てくるんだ‼」


 子爵令息の言葉に、一人の令嬢が進み出てくる。

 どこか大人しそうな印象を受ける令嬢だった。とても、婚約者にフランケンシュタイナ―を仕掛ける様には見えない。

 そんな令嬢が、さめざめと涙を流しながら子爵令息に口を開く。


「……私は、貴方の婚約者として、力を尽くしてきたつもりです。何が……、何が御不満だったのですか?」

「分かっている。君が婚約者である事に不満を持ったことなど無い」

「ならば! ならば何故ですか⁉」


 子爵令嬢が、悲痛な叫びをあげる。

 そんな子爵令嬢に対し、目をそらす事無く子爵令息が答える。


「君と共に過ごす毎日は幸福に満ちていた……」


 子爵令息の言葉に、誰もが無言のまま耳を傾けていた。

 王太子すら、『じゃあ、なんで婚約破棄したんだ?』という言葉を飲み込んだ。


「君から愛のこもったパワーボムを受ける日々は、誰もが(うらや)むものだっただろう」

「いや、ちょっと待て」


 王太子が我慢できなかった様で、声を上げる。しかし、安定の無視である。

 パワーボムを受ける日々は、たとえ愛がこもっていようと、決して羨ましくはない。正直、何の罰ゲームかと思う。


「しかし! 君からフランケンシュタイナ―を受けた時に気がついてしまったんだ‼」


 何に気がついたというのか。正直苦痛以外の感想はないと思う。


「あのフランケンシュタイナーからは、君の感情がありありと伝わってきた……。愛、不安、焦燥(しょうそう)……」


 フランケンシュタイナーから、そこまで感じ取れたら、一種の変態である。


「……そして、エロティシズム!」


 堂々と言い切った子爵令息の言葉に、王太子が勢い良く飛び退り、周囲に向かって大声で警告を叫ぶ。


「気をつけろ! かなり高度な変態だ‼」


 仰る通りである。

 一種の変態どころではない。紛う事なき変態である。

 王太子は、警戒のあまり、レッサーパンダの威嚇の態勢である。

 だが、それでも、王太子以外の者に動揺は見られない。皆、話に聞き入っている。

 正直恐怖である。

 何を真面目に聞く様な事があるというのか。


「君は無理をしている! 何があって焦ったのかは分からない! しかし、無理に関係を進める必要なんてない! 私達のペースで良いんだ! ……私は、君にそんな無理はしてほしくない‼」


 男女の関係を深めた先にフランケンシュタイナーがあるというのか。

 正直、まったく意味が分からない。

 しかし、このやり取りは終わらない。終わってくれない。


「それなら……。それなら、何故、婚約破棄を口にしたのですか⁉」

「婚約破棄など真意ではない‼ ……悲しみでも良い! 怒りでも良い! 君の思うままに技をぶつけてほしい! 君らしさを取り戻すためならば! そのためならば! 私は、道化にもなろう!」


 そう言った子爵令息は、堂々とした態度で、子爵令嬢に向かって大きく手を広げる。

 そんな子爵令息に対して、子爵令嬢は涙を拭う。

 そして、感極まった様に大きな声で答える。


「いきます‼」

「来い‼ 私は、君の愛のこもった技以外では倒れない事を誓おう! 例え、誰の攻撃であってもだ!」


 そんな誓いの言葉と同時に、子爵令嬢のパワーボムが、子爵令息に炸裂する。

 地面が(えぐ)れ、土ぼこりが舞う。


「……愛だ。愛を感じる」


 静まり返った中庭に、子爵令息の声がいやに響いた。

 その言葉に、子爵令嬢は嬉しそうな笑顔で、子爵令息を再度持ち上げる。


「もう一度行きます!」

「来ぉぉいっ‼」


 再びのパワーボムが炸裂する。

 (はや)し立てる様な歓声が上がった。


「もう嫌だ! こいつら怖い!」


 王太子の悲鳴も上がった。

 そんな王太子を無視して、延々とパワーボムが繰り返される。

 子爵令息は至福の顔だった。

 間違いなく、子爵令息は変態さんである。


「私たちの出る幕ではない様ですね」

「ええ。ただの痴話喧嘩(ちわげんか)でしたね」

「私、感動しました!」


 令嬢戦隊の面々が、子爵令嬢と子爵令息を眺めながら会話している。

 ちょっと、感動云々(うんぬん)に関しては、何に感動したのか理解しがたいが。


「おい側近! このノリって、この国の標準なのか⁉ まったく理解できないんだが‼」


 王太子の叫びは完全に泣きが入っていた。


「以前、この国の愛情表現について御教えしましたよね?」

「聞いた! 聞いたうえで、これが実態なんだとしたら、正直怖くて仕方無いんだが!」


 確かに恐怖である。

 主に、命の危険を感じる。

 日頃から、地面が抉れる勢いでパワーボムなんぞ喰らっていたら、命がいくつあっても足りはしない。


「この国の王太子殿下ともあろう御方が情けないですよ」


 公爵令嬢マスクが王太子に声をかける。

 そんな公爵令嬢マスクを見る王太子の顔は恐怖に引きつっていた。


「やかましいっ! あんな攻撃を毎日喰らっていたら死んでしまうわ‼」

「御婚約者の攻撃力は、子爵令嬢の比ではありませんけどね」

「なおの事死んでしまうわ‼」


 側近の言葉に、王太子は殆ど錯乱状態である。

 そんな王太子に、公爵令嬢マスクは小さく一つため息を吐き、優しく語りかける。


「王太子殿下。自信を持ってください」

「何に自信を持てというのだ!」

「殿下の耐久力は天下一です。そう簡単に死んだりしません」

「御婚約者も、全力で攻撃しても翌日には平気な顔をして動いている、と絶賛しておりましたよ」

「自分のサンドバックの頑丈さを誇っているようにしか聞こえん‼」


 公爵令嬢マスクと側近の慰め?の言葉に王太子が絶叫をもって応える。


「腕を折られても数時間で回復できる者は殿下を置いて他にいません。自信を持ってください」

「そもそも、折られたくないんだよ‼」


 王太子が、何度目になるか分からない叫びをあげる。言っている事は至極もっともである。

 しかし、王太子も大分人間離れしている。

 骨折が数時間で治る者は、正直、異常である。

 もしかしたら、王太子本人が拒絶しているだけで、案外、公爵令嬢と相性が良いのかもしれない。

 しかし、あまりにも頑なに拒絶している王太子に、公爵令嬢マスクが前に出る。


「仕方ありませんわね」


 そう言って、己のマスクに手をかけた。


「まさか! マスクを外すのですか⁉」

 公爵令嬢マスク・妹が、驚愕の声を上げる。

 だが、その声に応えず、公爵令嬢マスクは、そのままマスクを外して見せた。

 その場に居た者全てが騒めく。

 そして、その場を代表する様に、王太子の側近がワザとらしく叫ぶ。


「まさか⁉ まさか公爵令嬢マスクの正体は、公爵令嬢だったのですか⁉」


 分かり切った事実である。


「いや! 無理があるって! 皆、分かってたって‼」


 王太子の叫び応える者はいまだ現れない。

 流石に可哀そうである。

 そんな中、公爵令嬢が王太子の手を両の手で包み込むように握る。


「殿下の婚約者として、貴方に伝えたい事が御座います」

「……なんだ?」


 返事を返しながらも、王太子は、手を掴まれているため、最大限、関節技に警戒していた。


「殿下は素晴らしい方です。婚約者である私が保証いたします」

「…………」

「特に耐久力が」

「他に褒めるポイントはないのか⁉」


 叫ぶ王太子に、公爵令嬢が優しく微笑みかける。


「……殿下。お慕いしております」


 突然の告白に、王太子が顔を赤く染める。

 褒めるポイントが他になく、誤魔化した様にも聞こえたが、王太子は気づいていない様だった。


「えっ? 嘘? 本当に?」


 そう言った王太子は満更でもなさそうである。

 言葉にして愛情を伝えられただけでこの反応……。

 ハッキリ言ってチョロい男である。

 あれだけ拒絶しておきながら、今はだらしなく鼻の下を伸ばしている。

 そんな王太子に、公爵令嬢が可憐な笑顔をうかべ、高らかに宣言する。


「それでは、愛のパワーボム! 行きます‼」

「いや! それはちょっと待って‼」


 先程の喜色満面からは打って変わって、驚愕に顔を歪めた王太子が制止するが、(すで)にパワーボムの態勢に担ぎ上げられていた。

 技を仕掛けるのがあまりにも早すぎる。


「~~ッ‼」


 声にならない王太子の悲鳴と共に、公爵令嬢のパワーボムが炸裂する。

 子爵令嬢のものとは比較にならない威力だった。

 王太子が、足だけ残して完全に土中に埋まっている。

 今回も、当たり前の様に歓声が上がる。

 二人を祝福する言葉もあった。

 子爵令嬢と子爵令息も仲良く寄り添って、二人を祝福している。

 側近も手を叩いて喜んでいる。

 令嬢戦隊の残りの二人も、控えめに喜びの言葉を送っている。

 そんな中、公爵令嬢は頬を染め、嬉しそうに笑顔見せていた。

 学園の中庭が喜びに満ちる。

 王太子と公爵令嬢。二人の思いは繋がったのだ。

 皆からの祝福は続く。



 そうやって周囲が喜び騒ぐ中、王太子は、たった一人、土の中で、愛について真剣に悩んでいた。


 ネタがない訳ではないので、書きたいとは思っていますが、四話目はどうなるか分かりません。

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