第11章: 「なぜ逃げているの?」
「ヴェルタール・モリオンハ、ターレロス・ナイセイレン」と、彼は聞き覚えのある男性の声を聞いた。
「レランダー・トリハーネス・ウルダライ」と、続けて聞こえた女性の声も、どこか懐かしいものだった。
彼の耳には、さまざまな音が届いてきた――未知の言語で話しているような声や、何かを燃やしているような奇妙な音だ。それが何なのか完全にはわからなかったが、炎が何かを焼き尽くしている音に近いように思えた。
すると、さらに別の声が聞こえてきた。同じように奇妙な言語だったが、今度の声は遠く、どこか知らないものだった。
炎のような音は次第に大きくなり、先ほどの聞き慣れた声はますます慌ただしく、そして切迫していった。
――なんだ、この騒ぎは?
――何が起きているんだ?
彼は苛立ちながら思った。
生まれ変わったばかりの小さな赤ん坊は、昼寝を邪魔されたことに不満を感じていた。眠っていたことに気づいたのはついさっきだったが、その機嫌の悪さは隠しようがなかった。
目を開けると、まず目に飛び込んできたのは、数メートル先で炎に包まれている家だった。
――何が起きているんだ?!
――ここはどこだ?!
彼は心の中で叫びながら、目の前の光景に凍りついた。
彼は迷子だった。どうしてこんな状況になったのか、まったくわからなかった。すべてが混乱していて、しかもその一部は寝起きのぼんやりとした頭のせいでもあった。
――ああ…そうだ、思い出した。僕は…本当に転生したんだ。
彼は自分が赤ん坊であり、あの人たちが自分の両親だということを忘れていた。一瞬、すべてが夢だと思ったのだ。そして、それが夢ではなかったことに安堵したのも束の間、今の状況が再び彼を不安に突き落とした。
――どうして家が燃えているんだ?!
それは豪華でも特別でもない家だったが、彼らが暮らしていた場所だった。
――住んでいたんだよな…?
彼は、自分たちが本当にあの家に住んでいたのかどうか疑い始めた。それがただの仮住まいだったのではないかとも考えた。両親が家をこんな風に燃やすはずがないと思いつつ、心の奥底では確信を持てなかった。何しろ、彼はまだ彼らのことをよく知らなかったのだ。
確かなことはただ一つ――家が燃えている。それ以外のことは何もわからなかった。
まず彼がやったのは、落ち着こうとすることだった。考え、観察し、そして自分の小さな目で見える限りのものを確認する。母親は彼の後ろにいたが、不思議なことに前にもいた。彼女は走り出したいように見えたが、その動きがどれほど辛そうかは一目でわかった。事実、彼女は走っているわけではなかった。ただ、なんとか速足で歩いているだけだった。彼女の体には明らかに無理がかかっていたのだ。
無理もない。彼女は最近出産したばかりで、歩くことさえもきっと痛みを伴うはずだった。
母親がそこにいるのなら、自分は父親に抱えられているに違いない。疑う余地はなかった。父親の肩に顔を向けられている感触がはっきりとあり、だからこそ母親が後ろでついてきているのが見えたのだ。
彼らは走っていた。少しずつ、燃え上がる家から遠ざかっていく。
――なぜ逃げているんだ? 彼は思った。急いでいるようだ…何かから逃げているように見える。眠っている間に大事なことを見逃したんだろうか。
そう考えながら、彼は周囲を見渡して何か手がかりを探した。どこを見ても木々に覆われていることに気づいた。さらに植物や茂み、そして尽きることのない草木があった。
森の緑の支配を破る唯一のものは、枝葉の間から差し込む日光だった。しかしそれでも、この場所は薄暗かった。その小さな光がなければ、外が昼間であることすら誰にもわからなかっただろう。
――あの家が森の中にあったなんて思わなかった。この森はなんて…
突然、痛みによる叫び声が彼の思考を遮った。
「痛い! 痛い! 痛い!」と、前方から聞こえた。
その声は母親のものだった。彼女はつまずいて倒れてしまったのだ。
父親はそれを聞くと、すぐさま振り返り、彼女のもとへ駆け寄った。
母親は地面に膝をつき、痛みでうめき声を上げていた。二人は話し始めたが、赤ん坊にはその言葉がひとつも理解できなかった。
どうにかして助けたかったが、この体では何もできなかった。両親に伝えることすらできないのだ。
――ねえ! 母さんの脚からすごい血が出てるよ!
彼はそう思いながら、母親の服の一部が赤く染まっているのに気づいた。一瞬、それが古い血である可能性に安堵した。おそらく彼が生まれたときのものが服に染みついているのかもしれないと考えたのだ。しかし、父親もそれに気づいた瞬間、不安が急激に高まった。それが古い血ではなく、最近のものだという証拠だった。
父親の表情には、さまざまな感情が入り混じっていた。それが何を意味しているのか正確にはわからなかったが、悲しみと心配の両方が含まれているのは明らかだった。
一方で、母親の顔には激痛が表れていた。そんな彼女の姿を見るのは胸が張り裂けそうだった。彼はもう二度と母親を失いたくなかった。
――またこんなことが僕に起きるなんてありえない!
――母さんが死ぬなんて嫌だ!
――家族を持ちたいんだ。一緒に幸せを感じて、エゼキエルだった頃にはできなかったことを体験したいんだ!
突然、母親の表情が劇的に変わった。彼女の目には、まるで誰かを殺す覚悟が宿っているかのような怒りの炎が燃え上がっていた。
「イン・タシャン!」と母親が叫び、突然父親を後ろに押しのけた。
彼女は自分の体を彼の上にかぶせ、赤ん坊を二人の間に寝かせる形になった。
二人はまたもや理解できない言葉を交わし始めた。その後、白い髪を持つ美しい女性が突然立ち上がり、強い決意を感じさせる様子で、夫と共に走り続けた。
――何だったんだ?!
――今、何が起きたんだ?!
――全然わからない! 怖い!
彼はまるで自分の小さな体が押しつぶされるように感じた。恐怖で思考が駆け巡り、目を大きく見開き、涙を浮かべながら、遠くの何かに目をとめた。
暗闇の中に、光る何かが覗いていた。それはほんの小さな光る先端だけだったが、すぐに彼の注意を引いた。
それが何なのか正確にはわからなかったが、彼の中の声が危険を警告していた。両親に知らせたいと思ったが、どうやって? 彼らに伝える手段がない。その瞬間、父親も母親も並んで歩いていた。
父親は走るのをやめ、母親の横で共に早足で進んでいた。
突然、その光る物体が遠くから飛び出してきた。
――矢だ! 矢だ!
彼は心の中で叫び、矢が自分たちに向かって猛スピードで飛んでくるのを見た。
どのようにかははっきりとはわからなかったが、母親はそれを何とかかわしたようだった。
彼には、母親が背を向けたままでどうやってそれを避けたのか理解できなかった。しかし、何も起きなかったことに安堵し、心から嬉しかった。
それが矢なのかどうか確信は持てなかったが、間違いなく何かしらの飛び道具、もしくはそれに似たものだった。
――怖い!
――早くここから逃げなきゃ!
そう考えた瞬間、彼は微かではあるが母親が唇を噛んでいるのに気づいた。彼女は想像できる限りの苦痛に耐えているようだった。彼女の目は、今にも涙で溢れそうなほどだった。
彼は母親の顔に触れ、彼女がしてくれているすべてに感謝の気持ちを伝えたかった。慰めたかった。けれど何もできなかった。彼の行動は、彼女に届くことも理解されることもなかった。この事実が彼の胸に深い痛みを刻んだ。
母親は懸命に頑張っていた。彼は必死に、感謝していると伝えたかった。その思いが募り、彼は恐怖と母親の勇敢さを目の当たりにしたことで、涙が溢れそうだった。しかし、泣いてしまえば、彼女が既に抱えている心配事をさらに増やしてしまうだけだと思った。