4人寮
フィリスと菜穂が寮に戻ると、部屋は静かだった。いつもは賑やかな部屋が、今日はどこか冷ややかな空気に包まれているように感じられる。フィリスはリビングに足を踏み入れ、そこで静かに本を読んでいるルームメイトの一人を見つけた。
彼女は、長い黒髪を整然と肩に垂らし、優雅な姿勢でソファに腰掛けていた。彼女の瞳は本の文字を追いかけるだけで、こちらには目もくれない。まるでその場に誰もいないかのような無関心さを感じさせる。フィリスが「ただいま」と軽く声をかけると、彼女はほんの少しだけ視線を上げたが、すぐにまた本に戻った。
「おかえりなさい」と、冷たい声が返ってきた。声のトーンは温かさに欠け、どこか重たい雰囲気をまとっている。彼女の存在感は、その目の奥深くに隠された何かを感じさせるが、それを言葉にするのは難しい。彼女の視線に捕らえられると、どこか息苦しささえ覚える。
フィリスは少し気まずい笑みを浮かべながら、急いでリビングを通り過ぎた。「菜穂、ちょっと部屋に行こうか」と、小声で促す。
「うん、そうだね」と、菜穂も同意し、二人は部屋の奥へと歩き出した。
すると、廊下の向こうから、もう一人のルームメイトが飛び出してきた。ショートカットの彼女は、動きが軽やかで、まるで男の子のように活発だ。その顔立ちは童顔で、まるで年齢よりもずっと幼く見えるが、彼女はそのことに少しでも触れられると途端に怒り出す。彼女は今日もジャケットを肩に引っ掛け、少し大人びた格好をしていた。
「おっ、帰ってきたんだ!」彼女は明るい声で二人に声をかけるが、その背伸びした態度がどこか空回りしている。「どうだった、今日の授業? 退屈だったろ?」
「あーまあ、まあまあかな。でもさ、あなたもいつも急いでるけど、慌てるとまた転ぶよ?」フィリスは彼女の背伸びしている様子をからかうように軽く言った。
「誰が転ぶかよ! 俺を誰だと思ってんだ!」彼女はふんっと鼻を鳴らして言い返すが、その声にはどこか無理をしている感じがある。
菜穂はその様子を見て、くすっと笑った。「でも、本当に慌てない方がいいと思うよ。前にも同じような格好で階段から落ちて、大騒ぎになったでしょ?」
「そ、それは…ちょっと油断してただけだって!」彼女は顔を赤らめながら言い返すが、どこか可愛らしい一面が垣間見える。
フィリスと菜穂は、彼女の反応に笑いをこらえながら、軽く手を振って部屋へと戻っていった。彼女はその後ろ姿を見送ると、少しだけ照れたように髪をかき上げ、誰も見ていないことを確認してから、そっと深呼吸した。
二人が自分たちの部屋に戻ると、フィリスはベッドに倒れ込みながら、ほっと一息ついた。「ふぅ、今日もなかなか大変だったね。」
「そうだね。でも、彼女たちと一緒にいると、なんだかんだで楽しいよね。」菜穂は微笑みながら、フィリスの隣に腰掛けた。
「そうだね…」フィリスは天井を見上げながら、小さく頷いた。「それにしても、あの二人って本当に対照的だよね。いつもなんか緊張感が漂ってるような気がするけど、なんだかんだでいいコンビかも。」
「確かにね。あの陰りのある雰囲気と、無理して背伸びしてる感じが絶妙にバランス取れてるというか…面白いよね。」菜穂はそう言いながら、フィリスに向かってウインクをした。
フィリスは笑いながら頷き、「うん、確かに。でも、あの二人がいるおかげで、毎日がちょっとした冒険みたいだね」と返した。
こうして、フィリスと菜穂はその夜も、賑やかなルームメイトたちとの生活を楽しみながら、静かに夜を迎える準備をしていった。