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■1-6


 憧れだった藤沢先輩と親交を深め、次にバイト先で合った時は先輩の方から連絡先の交換を申し出てくれてやり取りも始めた。

 毎日が楽しかったおかげかあっという間に更に半年が過ぎた。


 藍が仁の部屋に来て一年、再びの夏が来た。


 外国人観光客に日本と言えば何が思い浮かぶかと聞いたものなら、

一にアニメ文化、

二にオサムライ、

三に挙がるはここ最近誕生した新語、『EXPLANTER(エクスプランター)


 古生代に各種生態を爆発的に生み出した事象を指すカンブリア爆発に因んだエクスプロージョンと、プランターはそのまま植物を育てる鉢を言う。


 爆発する植木鉢。

 日本列島を一つの植木鉢に見立ててそれを爆発と表せば、鉢に収まらないほど植物が生え出している様が想像できる言葉遊びだ。


 日本を差してエクスプランターアイランドと呼ばれる事もある。


 仁の住む部屋のベランダから眺めた街の風景では半年前に見受けられた樹木の若木が立派に成長したかなという程度だが、出歩いて細かく目を向ければ半年前よりも遥かに植物たちの勢力が増していることに気付けよう。


 アスファルトが木の根に持ち上げられて車などとても通れない一方通行路、

全面蔦植物に絡まれて元が何かもわからないフェンス、

森と呼んでなんら差し支えない野球場、

植物園と呼んで何ら差し支えない遊園地。


 当の日本人すらもこれを目玉として売り出す始末で、密林アイドルやIB(ITとIVYの掛け合わせ)ソリューションといったもはや全く意味のわからないトレンドが浮上してくる社会様相をしていた。


 たかが草むしりと侮るなかれ、その仕事は今や都市機能の維持のために欠かせないものとなり、かつて200万前後だったフリーターの平均年収からすると無資格者でも年間400万相当稼げる草むしりは抜群の好条件で求職者ホイホイと呼ばれた。


 草むしりの需要がここまであっても尚、物流路の整備と医療機関の衛生保持、各世帯への電力供給が辛うじて保たれるまで。


 教育現場は大草原と共栄する道を決め、警察機関は当初問題があった麻薬取締班のみならず混迷する住民の問い合わせに対処するためあらゆる部署で増員がされた。


 これはとある評論家が放った一言。

経済状況までも侵食する植物の脅威に遭って、今や手折られた一輪の華に弱さや儚さを感じる者は居なくなった。


「植物はもううんざりと嘆く世間の声が響いて生花を扱っていた多くの花屋が廃業。結婚式では職人不足で1束90万円もするブーケなど投げられないとし、洋式のブライダルよりも日本古来の和式の婚姻が今や主流に変わろうとしています」


 藍が淹れたコーヒーを飲みながら朝のニュースを見るいつものルーティンワーク。


 いつものままでありながら、

何のきっかけともなく極々自然に、

遂に仁はそれを尋ねた。


「なぁ、一体どこまでの事が可能なんだ?」


「な、なんの話だ? 急に妙な事を聞いてくれるなよ」


 意地が悪いのか、戸惑う藍が面白く思えた。


「世間にはバレなきゃ良いことだが、俺にだけは誤魔化せねぇよ」


 ぬ…、と漏らして深く考え込むように俯く藍。


 いつも仁に対して塩味が過ぎるから、この空気感は追い詰めた気になって口角が上がりそうになる。

 テレビに視線を向けてこちらの顔を覗かれないようにした。


「特筆するべきは3つ...植物種子の遺伝子変異。我が声による植物細胞の活性操作、あとは土質の味覚感知…だな」


「すまんがもっと噛み砕いてくれ」


 藍の独特な言い回しでは結局どんな能力があるのか何も入ってこなかった。


「我が‘’祝福‘’を施したタネはあらゆる別種のタネに変えられる。声を聞かせれば植物を急成長させたり枯らせたり出来る。土を嘗めればその土壌がどのような種類の育成に適しているか把握できる」


「なるほどなるほど。種なんてそこらへんの猫じゃらしの穂でも毟ればごまんと手に入るな。それがどれも別種ってんなら実質、いつでもどこでもほとんど無限に種を生み出せる能力なわけだ。って事は富士山とか登ったのか?」


「否。我は登山などした事もないししたくもないが、あの件は我の祝福である可能性が高いな。果実の種が鳥に運ばれたか、飛ばした綿毛が風に運ばれたか、俗にくっつき虫と呼ばれる種類のものが動物の体表に付着して運ばれたか。そうでなければ勝手に遺伝子を造り替えた店売りの種が何かの拍子にあの場所でばら撒かれたのではないだろうか」


「商品の袋を破くようなガキんちょのイタズラレベルの行為まで…」


「そのイタズラが、綿毛を吹かす幼子の遊びじみた行為が、どうにもやめられないほど果てない欲求を駆り立てる。我なりの種の保存を望む本能から来るものだ。それらは我とは全く異なる他種の遺伝子だが、頼るは知性の目覚めよの」


 人間で考えれば、タンポポの綿毛を吹いたら性的欲求が満たされると。

尊いが過ぎてさっぱり解せぬ。


「音が植物の育成に影響を与えるってのはわからなくもないが、その祝福ってのは魔法の世界だよ」


 もうひとつある土の味で土質を判別する能力に関しては、潔癖ぶった都会人なら引くんだろうが、田舎生まれの仁は普通に受け止めて有用な使い道を考え、そして何も思い浮かばなかった。


「理論上は、ココナッツを薔薇の種に変えられる。当然そんなものは発芽すらしないがな。同じ科のグループにある変異ですら発芽に至る確率はアプリのレアガチャなど比にならないが、そもそも移動能力に欠くことの多い植物というのは無駄打ちを織り込んで繁栄している。我もまた幾兆幾京とも知れぬ無駄打ちを繰り返し、天文学的確率を凌駕した奇跡が今日の東京をこうも彩っている。それでもまだ我は使命を果たせないのだから途方も無いよ...本当に魔法があるのならそれに縋りたいと思うほどに」


 要するに天文学的数値の生殖本能である、との事。


 ともすれば、すっかり花柄で可愛らしく飾られてしまった仁の部屋は藍にとって官能を揺さぶるムードをしているのかも知れない。


 理が違い過ぎて到底理解出来ないと悟り、深く考えるのをやめている仁だった。


 藍が真剣に告白をしているのだから、一応分かってる風な返しをしなければ。


「声で植物を枯らせる事もできると言ったが、ランならこの東京を元に戻せるのか?」


「容易い事よ。我なりの理由があって行った事ゆえ、そんな無意味な事をするつもりはないがな。市場の野菜が死滅するし、うぬらにもメリットは薄いぞ」


 藍が来るまであまり口にしなかったが、打って変わってこの一年は多くの野菜に有り付けた。そのどれもが大変新鮮だったのは藍のおかげか。

 身体の調子も随分良くなり食生活における野菜の大切さが文字通り身に染みた今、なるほどそれは結構な不都合だなと納得できる仁が居た。


「幼い頃のランは、どっからどう見てもごく普通の少女だったよ。いつからそうなった」


「やめんか、まだ物心のつかぬ幼少の話をされると気恥かしくなる。食事すら不要と知らずに何となくそうするものと思って取り入れていた無知な頃を思い起こさせおって...まあ意図は汲んで答えるとして、大いなる奇跡として生まれ落ちたその日から我は我である」


 例えば、元は人間の少女がどこかで禁断の果実的な物を口にして理の違う存在へ変異した、などというわけじゃない。


 元より持って眠っていたものが、仁の知らぬ間に覚醒したようだ。


 大して変わらない事のようにも思えるが、それを聞いた仁が安堵の念を覚える程度には言葉にし難い違いがあるのだ。


「確か、両親とも亡くして義父に引き取られた経緯で宝泉に来たって言ってたじゃないか。あれはどこまで本当なんだ? 学校の身体検査はどうやって誤魔化した?」


 質問して藍の顔を見上げたその時。


「ぶふぉっ!」


 藍がその端正な顔の両頬をつまんで横に引っ張っていて、思わず吹き出した。


「顔を見て笑うなどと失礼よなお主」


ぱっと手を離し、すぐにいつもの人形のように綺麗な顔に戻ったが、この衝撃は暫し余韻を残した。


「これからどう向き合うか見直されるような大事な話の場面で、普通変顔するかよ」


「こ・の・よ・う・にだ。非常にうぬら人と似通った質感をしているが、我のこの身体は主にコラーゲンとセルロースから成るまぎれもない植物性組織だという事が解っている。言わば海藻類に近い。髪や瞳の色もこれが地であり、昔は黒くしていたのだ。何が言いたいかというと、到底人から生まれ出るものではない。どこぞの野山でとある研究者夫妻に拾われたのだよ。学校に求められる各検査の提出物は研究所のつてで入手した赤の他人のものだ。採血などある期間は不登校でやり過ごした」


「えっと...かぐや姫が、でも実は昆布の仲間で、身内ぐるみで犯罪に手を染め、学校でボッチだったのも仕方ない...」


 頭をガシガシ掻きながら仁なりに理解できるように言い換えて述べてみるが、結局わけがわからない。


「ついでに、DNA構造は人と50%一致するとされるバナナに75%一致する」


「昆布の仲間でバナナの親戚…あれ、竹取物語は何処行ったんだよ」


 DNAなどと理解の浅い言葉を聞いたせいか遂に頭がバグを生じ、仁はそれ以上の思考が出来なくなってがっくり項垂れた。


 それとほぼ同時にスマホに通知が入る。

 見ると藤沢先輩からメッセージが入っていた。


こんな時に何だと言いたげな圧を持った影が頭上から覗き込んでいたが、気にせず内容を確認する。


「またその雌か。さっさとつがいの雄でも作れば良いものを、どうしてこのように冴えないこやつに半年も懇意なのか」


  男女を雌雄と、恋人をつがいと呼ぶ。

 これまでに無い急な言葉遣いの変化だったが、藍にとっては元よりそのような認識だったのだろう。


 しかし藍の言う通り、藤沢先輩なら次の相手を見つけるのもさほど困らないはず。


 恋人に対して重たくなりがちな自分を見直したいといった思惑はあるようだが、それにしたって次から次へと言い寄ってくる輩を躱すのはさぞ大変だろう。


「植物サマじゃあ俺の魅力はわからないだろうさ。みろよ、遠出のお誘いが来た」


 こんな事は人生初の体験だった。

 かつてなく自信に満ちたしたり顔を決め込み、スマホの画面を藍の眼前に突き付けた。


『近頃とんでもなく蒸し暑いし

森山君さえよければ

休み合わせて一緒にどこか

涼しいところに行きたいな。

ビーチでも河川でもいいからさ』


 エクスプランター現象により東京のヒートアイランド化はとんと落ち着きを見せたが、代わってこの夏は湿度70%〜100%にもなる日が連日のように観測される事態となっている。


 湿度が高い日というのは天候次第でままにあるが、これに夏場の平均的に高い気温が加味されると熱中症の発症リスクが鰻登りに上昇するとしてニュース番組でも危険勧告がなされていた。


 そんな折に避暑を図ろうという提案が来ようものなら、当然仁は大いに賛成である。


「うぬら双方解せぬ...」


 言う通りに不可解な表情をした藍は思考停止のような間を持った。


「一言我に口を挟む筋合いがあるとすれば、勉強を疎かにするでないぞ」


 それだけ言い、以降は藍との向き合い方が一変するかと思われた話し合いは途中で腰を折ったまま呆気なく幕を閉じた。



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