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■3-6


「マレーシア近海で発生した台風が日本列島を直撃するコースを辿っているというニュースに関しては把握しているだろうか?」


 食事も大方食べ終わっていて、せっかくの祝いという事で微アルコールのカクテルを飲んでほろ酔い気分になっていた頃、藍がそんな話題を持ち出した。


「特大の低気圧が台風になったのは聞いたな。コースは日本に近づいてるぐらいにしか認識してなかったが、直撃なんだな。先輩ん家の畑大丈夫か?」


「畑など失敗したらやり直せば良いだけだ。それより不味いのは大雨による河川の氾濫だな。多摩川の河川敷が雑木林と化しているのは見たか? ああいった箇所に漂流物が引っ掛ってダムを造り、水を堰き止めて周囲に溢れさせる恐れがある。東京には107もの河川があり、多摩川同様に広大な土手を持った河川敷は数え切れず、軒並みそれらはエクスプランターの温床となっている。かつてのハザードマップは一切役に立たない、というか東京はどこも危険だ。地方に避難するのが賢明であろうな」


 ほろ酔いが一気に醒めるような話に、もっと強い酒が飲みたくなった。

 律儀に二十歳になるまで酒を飲まずにいて、いざ飲んでみれば酷い下戸だったので、未だに弱い酒しか飲んだ事がない。

 これは状況が陽キャの如く飲みコールを唱えている気がしたが、しかし仁は思いとどまって冷水を煽った。


「なんで、お前そんな冷静なんだよ」


「うぬらを思えば、流石に笑みを浮かべるのは不謹慎だと自重しておるのだ」


「は?」


 何故怖がっていないのかと聞いたつもりだったが、藍は何故良い気でいないのか、と捉えたようだ。


 どんな食い違いをしたらそうなるのか、想像しかけただけで何とも言い得ない悪寒を覚えた。


「鬱陶しいアスファルトが土石流で埋まるなり破壊されるなりしてくれれば、根を張れる範囲が増えるのでな」


 これが少しでも冗談だったなら、わざとらしく項垂れてため息など吐いただろう。


 そうではないと思ったから、喉の奥が凍り付くような痛みを覚えながら藍の翠瞳を凝視するしか出来なかった。


「…あ、安心せい。進路はあくまで予想だ。沖ノ鳥島付近で南西向きの亜熱帯ジェットに押されて西側に大きく反れるというシュミレーション結果もある」


 亜熱帯ジェットとは、読んで字の如く亜熱帯側に吹くジェット気流だ。

 気象解説などでは偏西風とは赤道沿いに流れるかのように表現されることが多い。

 直径の長さにより自転が停止した場合を考えると熱帯辺りが最大風速を観測し得るだろう。季節の変化も特に著しいなどあってこれぞ偏西風のように扱われるが、地球が自転しているがためであれば北も南もなく、熱帯も寒帯もなく西向きの風が吹いていよう。

 これらのジェット気流は通常、北へ南へと蛇行しながら西から東へと流れている。


 藍がこのように茶を濁そうとするのだから、よほど深刻な顔を仁はしていたのだろう。


「どうすりゃ安心出来んだよ。そりゃ、今回はその可能性もあるってだけだろ。台風なんて毎年幾つも生まれてる。それでなくたって川を増水させるような大雨は気まぐれのように起こる。5年、いやエクスプランターは今も進行してるんだから3年後だって東京が無事であれる想像が出来なくなったぞ俺は…」


「大丈夫だ。その東京には我が居る」


「は?」


 本日二度目。

 こういうのはあまり連発すると己の思考の鈍さを思い知って嫌になるが、藍が居るところが一番危険だろうと思わざるを得ない。


「もしも生まれた場所が人の足では踏み込めぬ場所であったなら我は生後すぐに野生動物の餌食になっていた事だろう。もしも拾われたのが研究者でなかったら通常の人の子のように世話をされて我は幼児期を越えられなかった。もしも人情の無い大人に拾われていたら今頃NASAにでも引き取られておよそ人の名も与えられぬ実験生物として扱われていたやもな。…ただでさえ大いなる奇跡より生まれし我は、その後も更に在り得ぬ奇跡を掴み取り続けて今日まで永らえ、他の追随など知らぬほどにこの地上で特段幸運な存在である。地球の自然どころか星々にまで愛されている自覚がよほどあるぞ」


「今から宝くじ買いに行こうぜ。当てたらラスベガスに飛んでカジノ潰しをしよう。富豪をカモにしてどん底にまで貶めるとか最高の娯楽だ」


「貴様、それは歪みすぎだろう。当てる自信がないわけではないが俄然断る。お主の勉強をサポートし、健康の事を考えて日々の献立に悩み、こうして人並みの外遊をするために少しだけ働く。そんな今の生活が気に入っておるのだ」


「そうか… ああ、そうだったな。そうだろうな」


 なんという、ままごと。

 どうにかして設定を成金一家に変えられないかと思うが、幼かったランちゃんは人形の子供たちの名前を間違えるだけでも酷く怒ったので難しいだろう。


「何だその可笑しな活用の仕方は?」


 神妙そうに眉根を寄せる藍の顔を見ていると、確かに東京の今後などあまり気にならなくなってきた感じもする仁だった。


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