ひみつの手紙と古い手紙
ちょっと前に、戦争について考えるきっかけになればいいなと思って書いた作品。
もうすぐ四年生になる平成最後の春休み。
玲奈は公園でブランコをこぎながら、親友の芽以を呼んだ。
「芽以、芽以、芽以」
「何? そんなに何回も言うと、また矢崎にやっぱりヤギだって言われるよ」
「苗字が八木なんだからしょうがないでしょ。あいつ、うるさいよ」
「仲いいよね」
「全然。マンションが一緒で親同士が知り合いなだけだよ」
「ふーん。で、何?」
「あ、あの雲が絶妙にクエッションマークに見えたのに、もう、矢崎の話なんかするから動いちゃったよ」
「何それ」
二人は笑った。
二人ならどうでもいい話でも楽しい。一年の頃から一緒で大の仲良し。 四年生はクラス替えがないから、芽以とはまた同じクラスだ。クラス替えの不安もない宿題のない春休み。大好きな友達とお喋りして楽しくてしかたがない。
ずっと一緒にいたいけど、夕やけ小やけのチャイムが鳴りはじめた。五時だ。
芽以は先にブランコを止めて、荷物が置いてあるベンチの方に行った。
「玲奈」
カバンから何かを取り出し小さく手招きするので、玲奈もブランコから降りてベンチの方に行った。
「絶対に誰もいないところで見てね」
手紙を渡された。のりで厳重に封がしてある上にシールがベタベタ貼ってあって、ハサミがなければキレイに開けられそうにない。
「うん。分かった。ちゃんと家に帰ってから見るよ」
自分だけに教えてくれる誰にも知られたくない秘密が書かれていると玲奈は直感した。
お手紙交換はよくするけど、こんなに厳重なのは初めてだ。
すごくかわいいデザインの封筒だから、もうすぐ二歳になる妹の結奈に見つかったら勝手に自分のものにして返してくれなそう。
夕やけ小やけのチャイムが鳴り終わった。
「じゃあ、次会うのは学校かな」
「そうだね。新学期」
「またね」
家に帰ると、イヤイヤ期真っ最中の結奈によって、引っ越ししてきたばっかりみたいに部屋がすごく散らかっていた。
「ただいま」
「おかえり。ちょっと玲奈、これから揚げ物するから、結奈を見てて」
結奈の口を拭きながら、お母さんは言った。
「唐揚げ? やった! 手洗ってくるから待ってて」
「コロッケだけど。よろしく~」
玲奈は、机の引き出しに芽以の手紙をしまってから、手を洗いに洗面所に行った。
お腹がすいて待ちきれず騒いだ結奈は、コロッケの中身だけを食べて先に夕飯を終わらせたようだ。
玲奈は結奈を抱っこして五時台の幼児番組を見ることにした。
学年的には八歳差だが、玲奈は三月生まれ、結奈は四月生まれなので七歳差だ。お腹がいっぱいになって満たされてたのか結奈は、しばらくすると玲奈の膝の上で寝ていた。お昼寝布団にそっと移動させた。
しばらく寝てくれれば、大人のご飯の間に散らかされずにすむから助かると、お母さんは嬉しそうな顔をした。
作り置きように多めに揚げてるコロッケが全部出来上がった頃、お父さんが帰ってきた。
春休みなんてない大人にとって平日は普通の平日だけど、お父さんは今日休みをとって隣の駅にある実家に行ってきた。転んだおじいちゃんを病院に連れていくために。
おじいちゃん今年七十八歳。二年前、おばあちゃんが亡くなって、今は一人で暮らしてる。すごく元気だけど、ちょっとした段差につまずきやすくなってきたという。
今年四十五歳になるお父さんが玲奈ぐらいの時に建てた家なので、結構古い。
「おじいちゃん大丈夫だった?」
「ああ。たいしたことなかったよ。消火器にすねぶつけて転んだんだって。硬いから表面が痛かったみたいだけど、骨とかまったく問題ない」
「消火器?」
「町内会で新しいのが配られたらしくて、玄関に置きっぱなしにしてて存在を忘れてて脚ぶつけたんだって」
「じゃあ、家が古くてつまずいたわけじゃないんだ」
「今回はね。段差の多い家だし物が多いから安心はできないよ。リフォームや片付けの話すると、思い出を奪うみたいだって怒るし。まったく昭和のオヤジは全然話が通じなくて困るよ。このままじゃゴミ屋敷住民になりかねない」
「それは嫌だな」
「だろ、玲奈から言えば少しは気が変わるかな。今度は一緒に行こう」
「うん……」
正直、気が進まなかった。おばあちゃんが亡くなってからおじいちゃんは、さらに頑固になって、玲奈でも話が通じないなと思うことがあった。
「あ、そうだ。大事な書類とかも分からなくなったら困るから、少し整理してきたんだけど、古い面白いものが出てきたよ」
お父さんはノートぐらいの大きさのクッキーの缶を出した。
「古いって昭和のもの?」
「そう」
あと一ヶ月弱で平成が終わる。
おかげでテレビは、平成はどんな年だったかとか、どんな事件がおきたかって番組ばっかりやってる。それに合わせて昭和の映像もいろいろ流れて、玲奈は昭和のものに興味を持っていた。
昭和はお父さんが生まれて義務教育を受けてた時代。お母さんはもうちょっと若くて今年三十六歳だから、ほぼ平成って言ってたけど、一応昭和生まれ。おじいちゃんを昭和のオヤジと悪くいうけど、みんな昭和生まれだ。
ふたを開けると、古い絵ハガキが十枚出てきた。
「手紙?」
「戦地から送られた手紙みたいだ。おばあちゃんのタンスの引き出しにずっとしまってあった。ああ、この缶は、うちに持ってくるためのだから最近のモノだよ」
これこそ結奈に見つかったら大変だ。クッキーの缶なんかに入れてきたし、結奈が寝てなかったらすぐに見せてくれなかっただろうなと玲奈は思った。
表は有名な画家っぽい人の風景画。美術館とかのお土産コーナーにありそうな絵ハガキだ。おそらく白かっただろう裏面は茶色くなってて、下半分にぎっしり文章が書かれていた。切手部分に「軍事郵便」という文字が印刷されて、その下に検閲欄というのがあって誰かの印鑑が押されていた。
「すごい。なんか資料館とかのガラスケースにあるやつみたい」
「そのぐらいの歴史的価値があるよ。だから、あじさい館に寄贈しようかと」
あじさい館は、廃校になった小学校を利用して作られたコミュニティーセンターだ。施設の一部に平和祈念資料室が作られて、今から七十四年前にあった戦争、この地域で起きた空襲に関する資料が集められている。学童疎開中に書いた子供たちの手紙や兵隊さんが戦争に持っていたもの、空襲で黒焦げになったお弁当箱など展示してあり、玲奈も何度か見たことがある。
手紙は旧字体も混じってて達筆過ぎて読めないけど、宛名に書いてある「千代子」というおばあちゃんの名前ははっきり読めた。
<白井キヨ様 廣様 千代子様>
「おばあちゃんは結婚する前、白井だったんだ」
おじいちゃん、八木政昭と結婚して八木千代子に。そしてお父さんが生まれた。
「いや旧姓は黒沢だよ」
「え? 白じゃなくて黒なの」
「ああ、ちょっとややこしいんだけど」
お父さんは、カウンターの隅に置いてあるメモ用紙を持ってきて名前を書き出した。
白井武雄。白井キヨ。その二人を繋いだ棒線から縦線を伸ばし、千代子と書いた。つまり武雄とキヨの子供が千代子という家系図。
「武雄さんが、戦死してしまった」
武雄に×印をつけ、キヨの反対側に黒沢と書いた。
「戦後、キヨさんは黒沢さんと再婚」
千代子の字を○で囲み、隣に政昭と書いてまた棒線でつなげて、縦棒を伸ばした。
「千代子と政昭の間に生まれたのが、お父さん」
お父さんは名前を省略して、自分で自分を指さした。
玲奈はその先の家系図を頭の中でたどった。お父さんとお母さんから生まれたのが玲奈。
「つまり、武雄さんは、血のつながった曾おじいちゃんってこと?」
「そういうことだ」
玲奈はドキドキした。テレビで芸能人の家系を遡る番組を見たときのような気分だ。父方の曾おじいちゃんが二人いたということに、歴史的な物語を感じた。
「でも、千代ばあちゃんは、武雄さんのことは何にも覚えてないって言ってた。昭和十八年生まれだから、戦時中は大きくても結奈ぐらいじゃないかな」
「結奈ぐらい……」
玲奈はスヤスヤと寝息を立てている結奈を見た。
この年じゃ、手紙をもらっても、お父さんが死んじゃっても覚えてなんかないよね。
玲奈は、ハガキの宛名をもう一度見た。
<白井キヨ様 廣様 千代子様>
キヨと千代子の間にもう一人名前があった。読めないので漢字を指さした。
「これ誰?」
「お兄さんかな。七歳上にいたらしいって」
「へえ、千代ばあちゃん、お兄さんいたんだ」
「空襲で亡くなったそうだ」
「え」
空襲。その言葉は、戦争中という意味を持つ。
このハガキを受け取った時代、つまり子供の頃死んだ。きっと玲奈と同じ年頃だ。
ドキドキした上にお腹がすきすぎてるからか、玲奈は胃のあたりがムカムカした。
知らない人、しかもずっと昔の、戦争の話なのにすごくショックだ。
千代ばあちゃんのお兄さんってことは、玲奈にとって親戚。少しは同じ血がながれているからだろうか。
「お兄さんのことも覚えてないよね」
「だろうね。この手紙はキヨさんの形見としてずっと持ってたみたいだ」
「この話は、政昭おじいちゃんは知ってたの?」
「ああ、若い頃に聞いたらしい。千代ばあちゃんの大事なものだから、自分はどうすればいいか分からないんだって。それで、あじさい館に寄贈するのがいいんじゃないかって話になったんだ。確かに、お父さんがもらっても、それをまた玲奈に引き継いでも困るよな」
「うん……」
いくら大事なものでも、個人的な手紙を子供や孫に引き継ぐ意味はない。
その時代が垣間見える資料として、資料室に寄贈するのは一番いい方法だ。
「これ、わたしが明日あじさい館にもって行ってもいい」
「いいけど、大丈夫?」
「うん。資料室の池上さんとはトラ年仲間で仲良しだから、お父さんより親しい自信ある」
「そうか。じゃあお願いするよ。説明文みたいなの書いてつけとくから」
「まかせて」
「なんか面白そうね。汚しちゃ行けないから、さっさとしまってしまって」
お母さんが、キャベツが添えられたコロッケをカウンターに並べながら言った。
「おお、コロッケか」
お父さんが嬉しそうに手紙を缶にしまった。