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【完結】序芝居  作者: のぼぼん(º∀º)
【転】〜カインとアベル〜
92/160

29話『カリスマ覚醒!《神の遊牧》の底力!』★


 膝がガクガクとする。奥歯がガチガチとぶつけ合い、指先はブルブルと震えた。



(クマって......、こんなにも大きいんだ)




 眼前、こうして対峙した熊の体躯を改めて想像以上に大きく感じられた。それは想像以上の圧倒的な敵意に気圧されているせいなのかもしれない。


 それでも、このときアベルの脳裏を支配したのは、すぐ目前に迫る「死」の具現に対する感情ではなく、自分のすぐ背後に横たわる父の安否のみだった。




(今度はぼくが、家族(お父さん)を守らなきゃ)



 兄も、父もアベルを守ってくれた。

 だから今度はアベルの番なのだ。


 そんな強い決心があったからこそ、足の震えも、心の畏怖も、魂の(おのの)く悲鳴もすべて無視できた。

 だから懸命に両手を伸ばし、熊の爪や牙が倒れる父へ届かないように己の身を盾にすることを少しも躊躇(ためら)いがなかった。


 それは意識してのことではない。


 ただ「必ず父を助ける」という鋼の意志がアベルの身体をそう促したのだ。



 とはいえ、



(今すぐにでもお父さんを連れて帰りたい。だけどこの状況じゃ、ムリだよね)




 そんな健気(けなげ)な少年の心意気に免じて、あっさりと身を引いてくれるような相手だったのなら救われたのかもしれない。


 しかし、眼前に迫る現実は無慈悲で、獣欲(じゅうよく)満ちる野生の前ではアベルの勇気も切願(せつがん)もなんの意味も持たない。



 だから──戦うしか、ない。



 戦う。すなわちアベルも反撃を仕掛けるということだ。




(反撃......?)




 攻撃という脳内の単語の出現に、スバルの脳裏にカインが発動させた「意思を持った畑の白菜」が蘇る。




 (そ、そうだ......!カイン兄さんの力を見倣って、ボクも)




 《神の遊牧(ノマディス)》の力をより多く注げば、家畜のケレンをさらに強化できないのだろうか。──カインの《神の豊穣(ハーヴェス)》の恩恵を受け、「罠野菜」に特殊進化したあの白菜のように。


 しかし、当然リスクもある。


 アベルが動くことで目の前の巨獣を刺激し、カリスマの昇華(しょうか)が成功する前にその爪の、牙の、矛先を向けられる危険性。

 ──そこまでの予測に思考が至った時、どうしても畏縮(いしゅく)という内なる敵が急速にアベルの心を挫こうとするのを感じ取る。



(もし失敗したら......)



 それは、恐怖だった。


 だが、敵の迫力への恐怖ではない。

 大切な家族を守れないことへの、恐怖だった。




 (いやだ、そんなのやだ!)




 しかし、その恐怖こそがアベルの「覚醒」を(もたら)したのだ。

 


 やれるかじゃない、やるんだ──!!



 このような一触即発(いっしょくそくはつ)な状況でアベルが何をしても大きいリスクが見舞われるのをわかっていても、何もしなければ命を奪われるだけの結果を迎え入れるのだけは御免(ごめん)(こうむ)る。

 

 だから、




「──あいつを、倒したい」




 小さく、その希望を口にする。


 その瞬間に、




「へ?」



 思わず、空気の漏れる間抜けな声が出る。


 それもそのはずで、そこにはこんな緊迫した状況でアベルの目を疑うような光景が広がっていた。




 メェエエエ──────!!!!




 そのままケレンの体が小刻みに震え出したかと思うと、突然雄叫びを上げ、その足元から眩い光が溢れる。




「ケレン!?」



 目の前の山羊に()()が起きたのだ。


 ケレンが大きく唸り声を上げ、輝かしい黄金の光を纏った瞬間、その大きな体をさらにギュッと縮める。全身の力を(たわ)めるような姿勢。


 その光景は、一部始終(いちぶしじゅう)を見届けようと固唾(かたず)を飲んで目を細めるアベルの視界を独占する。


 刹那、



「!!!」




 爆発的な勢いでケレンの体躯が肥大化(ひだいか)する。


 通常のサイズの山羊が、(またた)く間に巨大な熊にも劣らないサイズへ変貌──アベルはぽかんと口が開き、



挿絵(By みてみん)


「ケ......ケレン、なの?」



 一体、何が起こったというのだ。



 《神の遊牧(ノマディス)》の恩恵で進化したケレンは、金色を帯びた白の毛並みは美しく、顔つきは精悍(せいかん)で凛々しかった。

 さらに、元より耳のあたりから横に張り出すように生えていた角のほかにも、その頭上には天まで(そび)えるが如くの長く鋭い二本の大角が追加されていた。



 ──これが、ボクの「神の力(カリスマ)」?




 《神の遊牧(ノマディス)》は、アベルの思いに応えてくれたとでもいうのか。


 山羊のケレンは凛と(たたず)み、真っ直ぐ熊を見据えていた。値踏みするような、相手の力量を測るような、そんな目だった。

 そして、なんとしてでも目の前の敵を倒さなければならない──そんな強い使命感も見て取れた。


 ともあれ、




「──ケレン。お願い。ぼくは、お父さんを助けたい。一緒に家へ帰りたい」




 家族を誰一人も失いたくない。



 そんな強い思いを込めてケレンに語る。ケレンも相棒(アベル)に頷き返してくれた。


 ここまで来たら一蓮托生(いちれんたくしょう)──二人の共闘宣戦の戦いがようやく今始まる。





      ◇◇◇◇◇◇◇





「行こう!ケレン!」




 アベルはすぐにケレンに飛び乗り指示を出す。


 最初に仕掛けるのはこちらだ!


 ケレンは相棒の意志に従って身を回し、地を削りながら疾走を開始。


 地を蹴るその足に土煙が立ち上り、その場を突き抜け、頭を突き出し、そのより脅威と化した大角を持って熊に猛然(もうぜん)と突進した。


 当然そのまま正直に攻撃を受ける熊ではない。




 グォオン!!



 熊も負けじとその角をへし折ろうと出迎いに横薙ぎの一撃をお見舞いしようとする。が、



「よし!」


 

 ケレンの反応は速く、間一髪で回避行動に移しており、熊のパンチは空を切った。

 熊の肉体がよろめき、しかしすぐに体勢を立て直した。


 もう一度熊が飛びかかろうとする直前、その後ろに滑り込むようにケレンが横切って、熊の背後に強く蹴りを入れる。


 グォン!という衝突で熊は跳ね飛ばされ、その体躯が地面に叩きつけられる前に再びケレンが間に入り、熊を角で引っ掛けた。


 直後、





「そのままおもっきり投げ飛ばして!」





 円運動の軌跡(きせき)が熊の巨躯(きょく)を冗談のように軽々と宙に滑らせた放り投げ、それからドシュッ!!と土の抉れる音がした。



 グォオオ......、



 砂塵(さじん)が収まるところには苦鳴(くめい)が上がり、くの字に折れた姿勢で熊が悶絶(もんぜつ)する姿が見えた。


 ケレンの角の太い部分で引っかかったため、ダメージはきっと小さくないはず。


 一矢(いっし)報いた。


 これまでずっと一方的に怯え、逃げることしかできなかったアベルはそう強く実感した。




「反撃の隙を許さないで!」



 だが、それでアベルは油断するつもりはない。すぐにケレンに次の指示を送る。

 ケレンは後ろ足を振るい、無様に転がった熊の顔面を弾いて、片方残された最後の視界を奪おうとした、が




 ゴォウオオオ!!



 突如として上体を起こした熊の爪の一撃によって頓挫(とんざ)した。

 ケレンは即座に後ろへ離れ、間一髪でその不意打ちを(かわ)した。



「ケレン。落ち着いて、相手の攻撃に注意して、どんどん攻撃を仕掛けて!」




 ヤギは少し首を傾げてアベルを確認し、姿勢を正しながら熊に頭突きを繰りだす。


 熊の分厚い鋼鉄(こうてつ)な毛皮でその数々の攻撃を軽減するものの、大山羊の角の凹凸(おうとつ)した部分で凄い勢いの頭突きを食わされているのだ。それが少しずつ熊の耐久力を少しずつ削り取っていく。



 その間にもアベルは《神の遊牧(ノマディス)》の力の継続を維持し、時には的確な合図を指示し、あとは振り落とされないようにしがみつくのが精一杯だ。


 それでも知能の高いケレンはアベルの意図と体力を把握して、背に乗る未熟な騎乗者を落とすまいと気遣ってくれているのがわかる。


 やはり、お利口な山羊だ。


 足が速くて、体力もあって、なにより賢い。忠義に厚い相棒。


 しばらくは熊との攻防が続き、ケレンにも疲れが見え始める。


 それは熊も同じのはず、なのに。


 兄のカインによって切り込まれて片足。

 父のアダムによって潰された右目。


 さらに、相棒のケレンによる数々の角突進攻撃で熊の体中に血が流している。

 それなのに、傷だらけの熊のその双眸から偏執的(へんしつ)な戦意の灯火を消さなかった。




「どうして、そこまで......」





 アベルは思わず訝った声で口にした。


 何故そんな傷だらけなのに退かないのか。人間を食べたことのないはずの熊がなぜそこまでして人間を襲うことに固執(こしつ)するのか。


 そもそも、この熊の(ただ)ならぬ執念は一体何なのか。


 ただひたすら尽きぬ悪意に、いよいよアベルの脳内は様々な疑問に埋め尽くされる。

 いつまでも惚けるアベルたちに熊は痺れを切らしたのか、片足を引き()るようにケレンに大きく飛躍(ひやく)した。




「ッ、ケレン!」




 ハッと我に帰り、いろんな疑問の追求なんて二の次に、アベルは今この瞬間を生き延びるためだけに脳細胞を燃やす。


 アベルの掛け声に、ケレンも熊に向けて突撃するが、



(──っ、躱された!?)



 山羊の目は顔の左右外側にあるせいで、頭突きの突進中は真正面が見えないのだ。それに加えて、熊は生来学習能力の高い生き物なのだ。そう何度も同じ攻撃を受けまい。


 その一瞬に熊はケレンの左に飛んだ。すれ違いに己の爪を横凪ぎにする。



 メェエッ!!


 それをいち早く察してケレンは抵抗するように後ろ足で熊の腕を大きく蹴ったが、その際に熊の牙が大きく掠ったのだろうか。途端にガクンッと動きが一気にぎこちなくなる。



「ケレン....足に怪我を...?」



 ケレンは右の後ろ足を少しだけ庇うような動きでそれでも迅速に後退ろうとする。 熊の攻撃に対する回避率が徐々に下がっている。きっと疲れで、徐々に反射神経と俊敏さが落ちてきたのだろう。




(相手の傷がひどいとがいえ、このままではまずい......)




神の遊牧(ノマディス)》という神の力を駆使したおかげで、なんとか猛獣と渡り合うことができているが、所詮は人間の子ども一人と草食動物一匹。


 それにカリスマ能力にだって、多くの健全なる精神力を必要とする。

 心身の消耗(しょうもう)が激しければ、疲弊(ひへい)が出てくればカリスマ能力の効果も持続力も低下するという悪循環(あくじゅんかん)に陥ってしまえば、アベルたちに勝機(しょうき)は訪れない。


 だからこそ、この圧倒的な暴虐という名の異常な生命力を前に、こんな正面切っての地力の比べ合いの長期戦は不利だとアベルは判断した。



 (戦えないぼくでも、(おとり)になるくらいは.....できる)



 アベルはケレンの首から手を離すと飛び降りた。



 しかし、



「──痛ッ!!?」



 タイミングが悪かったのか、足首に激痛が走る。これは着地失敗だ。



(まずい!足首.....骨折したかも)



 着地にしくじって無様に転び、転がりながら四肢をついて前方にいる熊を睨みつけた。


 熊は人間の獲物の方に大層ご執心らしく、今度はケレンから離れたアベルに完全に意識を注いでいる。



(クマは今、ボクに注意を向けている!今ならば!)




 互いに四肢を地について、距離を開けながら向かい合う一人と一匹。戦力差は明白で、勝ち目など毛頭なく、話が通じる余地もない。


 だが、アベルとて熊との一騎打ちで勝てるなんて微塵も思ってはいない。




 ──これは、()けだ。



 アベルはケレンを見た。

 遠くに構えるケレンも静かにアベルを見つめるだけだった。


 この劣勢そのものの状況で、それでもケレンは無謀なアベルの覚悟を信じている。その信頼に、親愛に、アベルは答えなくてはならない。


 




(────来る!)




 足首の骨折で身動きができないため、正面から迫ってくる圧倒的な質量によるプレッシャーに必死に耐えながら、アベルは心で相棒に指示した。



「ケレン!お願い!!」



 メェエエ!!


 アベルにダーゲットとして狙いを定める熊が二本足で立ちあがったところを、ケレンが後ろ足から素早く身体を半回転して狙いを定めて、前肢で踏ん張って後ろ二本足で熊を蹴りあげる。


 アベルに全集中している熊には見事にクリティカルヒットし、熊は大いに怯んだ。




「うおおぉおっ!」




 アベルも勇気を振り絞って、片足の激痛を無視して、熊の胴に渾身の体当たりをかました。


 さらにケレンも追加攻撃として──再び前肢に力をこれでもかと込め、二回目の蹴りを容赦なく熊に入れた。


 アベルとケレンの見事な連携に、翻弄される熊には為す術もない。




「ケレン!今だよ!!」



 ケレンは熊の正面に跳躍(ちょうやく)し、前足を着いた瞬間に前足を(じく)に胴をひねり、後足を進行方向に投げ出して地面を蹴った、勢いで一瞬上体が竿(さお)立ちになる。


 そして、


 頭を低くし、姿勢が低く戻るのと同時に、熊へと突進する!!




「いっけぇええええええええ!ケレェエエンン!!!」




 口を開き、歯を(のぞ)かせるほどにアベルは生まれて初めての咆哮(ほうこう)をする。そんな裂帛(れっぱく)の気合いの叫びは相棒のケレンにはしっかりと聞き届けた。


 吐き出すようなアベルの希望をカリスマが収束し、それを更なる昇華を成し遂げる。


 ケレンの持つ角は、さらに大きく、長く、切れ味の良い鋭い大角に変化を生じる。


 これまで以上に猛烈な勢いでケレンは熊の(ふところ)に飛び込み、


 

挿絵(By みてみん)


 心臓の位置に渾身の力を込めてその脅威なる大角を突き立てたのだ!


 激しい憎悪に顔を歪ませていた熊の表情が、一気に苦悶(くもん)の表情へと変わる。


 全身を震わせ、片足も必死に踏ん張っているようだが、遂には極限の限界を超えたのか、



 グウォオオオオオオオン!!!



 断末魔(だんまつま)咆哮(ほうこう)を上げ、飛び出そうな片目が一瞬赤く光らせると、



 スドォン......!



 突っ張らせて倒れたのだ。




「やった......の?」




 動きの止まる熊の鼻先にアベルはゆっくりと、一歩一歩近づいた。



 痛みに灼熱(しゃくねつ)

 安堵に弛緩(しかん)


 二つの要素がアベルの意識を強奪しようとする感覚、その狭間にあるまま、スバルは真っ直ぐ前を見る。


 アベルをジッと見つめる熊の左目───片方だけ残るそちらにアベルの姿を映しながら、





「ごめんね...。おやすみなさい」




 最後に小さな(いなな)きを残し、熊の瞳から光が失われる。


 自然と、その巨体からふいに力が抜け、落ちる体躯と滴る鮮血が朱色の濁流(だくりゅう)を作り出す。


 足下を伝う血の感触に、もうアベルは言葉を発することができない。


 その哀愁(あいしゅう)漂う背後にゆっくりと歩み寄ったケレンは後ろから彼の腕に鼻先を押し当てる。

 アベルも労りを込めて、ふすふすと音を立てて呼吸するその湿った鼻先を優しく撫でた。


 アベルとケレンが結託(けったく)して繰り出した──起死回生(きしかいせい)の最後の一撃。



(終わった......)



 命のやり取りの終焉を迎えた事をその身で思い知れば、今まで瑣末(さまつ)だと思っていた疲労感と骨折の痛みが怒涛(どとう)な勢いで一気にアベルを襲った。




 (疲れた。痛い。でも、はやく...、お父さんを、連れて帰らなきゃ......)





 視界が大きく傾く。

 体が倒れ込んだのかもしれない。


 もう限界だ。

 


 すぐ近くで顔も覗き込んでくるケレン。その瞳には悲痛を(かたど)っていた。




(ごめんね。すこしだけ、寝る.......ね)




 アベルの視界が暗転する直前、










 向こう側で息絶えた熊の端っこに赤い影が横切った気がした。

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