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【完結】序芝居  作者: のぼぼん(º∀º)
【起】〜天地創造〜
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8話『双生天使の決裂』★

 神は、『乗り越えられない試練』を与えないというが、今だけミカエルはそれを虚構(きょこう)であるとすら思える。




「貴様とて七大天使(セブンズ)──天使の中でも(しゅ)のお側に仕えることが許可されている天使の一人。そんな我らの上位に、神ではなく、神継ぎの【御子(みこ)】や【ヒト】という下等種族を配属されようとしているのだぞ」



 ミカエルが弾かれたように顔を上げれば、ルシフェルから読み取れるような感情は何ひとつ浮かんでいなかった。


 ルシフェルも今度はミカエルに応えるかのように、同じく見据えて間断なく最後の言葉を続けた。




「今まで神のみに絶対の忠誠を誓った天使(我々)にとって、これほどの屈辱があるのか……!?」


「ルシフェル ……」




 必死に訴えるルシフェルの悲痛な叫びに、ミカエルは心を痛める。















 あくまでミカエルの推考ではあるが、これほどまでにルシフェルが執拗にヒトを忌避するのは、おそらく、他にも神から直々に何らかの啓示を授かったのだろう──まだミカエルや他の天使達が知らない【ヒト】についての何か(・・)を。


 それがまだ天使長であるルシフェルにしか知らされていないということは、かなりの極秘ものであるはずだ。

 そんなルシフェルと比べて、【ヒト】に関しての情報量が圧倒的に少ないミカエルとしてはまだ彼への共感を持てないのが正直な話。




「君のどうしようもなく悔やむ気持ちは心底お察しする。ルシフェル。だがそれでも、私は……、君に、」



 神を否定してほしくはなかった──どんな理由であれ、他の誰でもない、ルシフェルだけは。ミカエルのどうしようもない葛藤が伝わる。




「……なんだ。言ってみろ」




 ルシフェルはまるでそこから目を背けるように、ゆっくりと身体ごと明後日の方向へ視線を逸らした。

 その時。ルシフェルが背中を背ける瞬間。──真剣な双眸に浮かぶ何かを、ミカエル感じ取ってしまった。




(ああ、そうか)




 兄弟の情を(まじ)えてルシフェルに応じるなど論外だ。同情と言えばそれまでだが、そんなものは逃避と何も変わらない。いつか必ずルシフェルと衝突する日が来るのは目に見えている。



 ──心にない同調なんて一時の気休めを、ルシフェルは求めていないのだ。



 この返答だけは誰にも委ねてはならない。軽はずみな気持ちで応えることは許されない。


 ミカエルはルシフェルと向き合う覚悟を問われていた。それはルシフェルのためではなく、自分自身のため。




(すまない。ルシフェル)




 今きちんとここで、天使の()()()としてミカエルなりの誠意を示すしかない。

 


 ──それが、彼らの行く道を決定づけるとは知る由もない。



 どれくらいの時間、二人の間に会話が消えたのか分からない。その重苦しい静寂を最初に打ち破ったのは、ミカエルだった。





「……私は、兄弟として、神を愛する同志として、君の苦衷(くちゅう)を汲み取るべきだろうな」




 覆面(マスク)の下に潜む表情を引き締めように小さく息を吸い込むと、最大限の誠実を以てミカエルは決意を固める。




「だが、私も君と同じく【七大天使(セブンズ)】の一人だからこそ、天界の者として、責務を果たし、今の君の思想や言動をふさわしくないと判断するべきだ」



 

 ミカエルなりに一つ一つ慎重に言葉を選んだ。実を言えば、ミカエルは何も、ルシフェルを否定したい訳では無い。

 ただルシフェルがどこか遠くへ、ミカエルの理解が及ばない場所へ行ってしまいそうな気がして──その僅かな焦燥感が兄弟としての私情よりも、神の眷属(けんぞく)としての責務を優先させた。





「君の言うように、神はかつて我々に“神以外を拝してはならない”という大命を既に下している。そして、神が何を思って天使が(ヒト)を拝することを望んだのか、神の(しもべ)でしかない私がその御心を図るなんぞ実に畏れ多いことだ」


「フン。(まさ)しく神の傀儡(かいらい)に値する発言だな。貴様には、『己の意思』というものがないのか?」




 大きな失望を隠そうともしないルシフェルの糾弾(ふんきゅう)に、ミカエルは語調を強めて言葉を被せる。





「確かに、天使には【自由の意思】が許されている。──だが、所詮(しょせん)それは天使の使命に支障のない最低限の範疇(はんちゅう)というのが大前提だ。神の特別である君だけは無限大なる【自由の意思】を許されているかもしれない。だが一般的に我々天使はどんな命令であれ、それを異議を唱えることも、背くことはできぬのだ。それを忘れたわけではないだろう?」





 「神に特別に愛されているルシフェルとは違う」──ミカエルの言葉には僅かに一線を引くニュアンスが込められていた。


 他の天使たちと最も大きな異なる点として、ルシフェルは自らの意思で神に仕えるか、神に背くかを選ぶことができる──つまり、完全なる【自由の意志】を備わっている。


 だが、それはルシフェルが特別として創られているだけの話。他の天使たちはそうはいかない。通常の天使族は神に絶対の忠誠を誓い、命令に背かないといった強い呪縛的な性質を持っているのだ。




「私を含め、天使が皆、己の意志だけに従うままに行動できるわけではない。我々は……、私は、何があってもただ神の御意に従う。『神の理』に従うのみだ」





 神のすべてに仕えることが当然であり、日常であり、幸福だ。それが、一般の天使たちが生まれた時に神から与えられた不変の常識で、定型の意識だ。


 



「たとえ、神への絶対的な愛を捨ててもかッ」


「──それも、神の『望み』となれば」


「ッ!貴様ッ、貴様の神への愛はその程度のものなのか!?」




 ──だが逆に、


 「どうして」それが当たり前なのだと懐疑的になったり、「どうして」どの天使もが一心に神への帰属(きぞく)意識(いしき)を貫くのかに違和感を持つことができるのは、ルシフェルの【自由の意思】があまりにも完璧過ぎただけの話。





「……ああ。なんとでも言うがいい。ルシフェル()にとって神の(ことわり)を切り捨てることが神への忠誠なら、神の理を貫いてこそが我ら天使にとっての忠誠だ──それが、私の神への『愛』だ。」





 だからこそ、そんな天使の性質としての使命感が、ルシフェルを正そうとする正義感が、迷いにいたミカエルをそう導いた。


 それは、互いにとっての決定的な一言だった。絶句するルシフェルに、ミカエルはさらに畳み掛けるように言葉を継いだ。




「ルシフェル 。考えを改めないか。私はこれからも君と共に神の創造するすべてを守り抜いていきたいと思っている。これ以上神の御意に逆らえば、いくら君でも“反逆罪”になってしまう可能性がある」




 「そうなったら私は……」それまで滔々(とうとう)と続けた述懐(じゅっかい)を止め、ミカエルは一瞬逡巡した。


 だがそれもすぐに真っ直ぐに前を見据え、黄金のの瞳に真摯な光を湛えると、一切の迷いを含まぬ芯の通った声音できっぱりと告げた。




「たとえ我が兄弟であろうと君を処さねばなるまい。──頼む。あまり私を惑わせないでくれ。」





 後半のそれに至ってはもはや懇願(こんがん)である。




「……」




 しかし、それに対してルシフェルは無言の対応を返すのみであった。


 ミカエルの言葉が果たしてどこまで彼に届いているのかわからないが、零れ落ちた本音はもう喉奥に戻ることはない。

 居た堪れない様子でミカエルは双眸を地面に落とす。有耶無耶(うやむや)にすることも、沈黙を貫く選択もあったが、それはできなかった。したくなかった。それはミカエルなりの誠実だからだ。


 ルシフェルに、ほんの少しでも己の思いをわかってほしかった。神への忠誠のあり方を一度見つめ直して欲しいと。


 ミカエルは口を結んで深く俯いたままだったから、ルシフェルが諦念を含んだどこか哀愁漂う瞳で背中越しに彼を横目で見ていたことに全く気がつかなかった。


 再び訪れるルシフェルとの間に横たわる気まずい沈黙が消え去るのを、ミカエルはひたすらじっと待つので精一杯だったからだ。





「──そうか、貴様の考えはよく分かった。これでも上に立つ者。思想が違えど、それを無碍(むげ)に否定しようとも思わん」





 これでルシフェルとの正面衝突が終わる。だがそのことに安堵するよりも、ルシフェルらしくもない引き際と、唐突感が否めない潔さに違和感を覚え、ミカエルは閉口(へいこう)した。




 その束の間。









「 反 吐 が 出 る が な 」





 動けなかった。

 指一本動かせなかった。



 狂気。



 ルシフェルの凪いだ感情の向こう側に潜む、狂気としか形容しようのない悍ましい何かを確かに感じたせいで──それがほんの数秒のこととはいえ──ミカエルはルシフェルの異様な気迫に完全に呑まれていた。




「…….ルシフェル?」




 それでもミカエルは呼び掛けられずにはいられなかった。そうすることで胸の内に広がる畏怖感を少しでも消滅するのではないかと、という思いがあったからだ。


 だがそんなミカエルを嘲笑うかのように、ルシフェルからは返事がなかった。ただひたすら不気味な沈黙を保っていた。



 ……どれくらいの時間が経ったのだろう。



 ようやくルシフェルは妙に緩慢とした動きで歩きだした。ミカエルに背を向けて、それで話は終わりとばかりに大聖堂の出入り口へ向かう。


 表情の見えない。感情の伝わらない。


 ──そんな彼にミカエルは底冷えするような悪寒を覚えて、とっさに遠ざかろうとするその背に指を伸ばす。届くはずないと分かっていながらも。




「ルシフェルッ!!」




 反射的に呼び止めたミカエルの声に、意外にも彼は律儀(りちぎ)に応じてくれた。




「……どうやら私の考えが甘かったようだ」




 すぐ立ち止まるがルシフェルの顔は向けないまま。




「他の天使ならまだしも、同じ魂を分つ兄弟にでさえこうも大きいな(へだ)たりが(もう)けられるとはな」




 そして思い出したかのようにミカエルの方をゆっくりと振り向いた。




「──ここまで来るともはや『呪い』だな」




 振り向いたルシフェルの目は何も語りかけてはいなかった。どれだけ見つめてもその奥に何かを見つけることはできなかった。


 あるのは、──「失望」のみ。





「だが、これではっきりした。所詮神の(しもべ)でしか無い貴様とは、わかり合うはずもなかろう」




 変わらず煌めくその黄金の瞳の奥底に、混沌とした血染めの紅が一瞬渦巻めいてた気がした───




挿絵(By みてみん)

「なあ? ──我が親愛なる兄弟よ」





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― 新着の感想 ―
[良い点] 兄弟の決別きましたね。 ですが、完全な自由意志があるルシフェルと、神の意思に背くことができないように制御された意思しか持たないミカエルとでは、同じ次元の思考をすることなどできませんね。 ……
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