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【完結】序芝居  作者: のぼぼん(º∀º)
【起】〜天地創造〜
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7話『神の試練』★

 ようやく落ち着いたのか、ルシフェルは静かに息を吐き出した。呼吸に合わせてゆっくりと肩が落ちていく。



「失敬。少し取り乱してしまったな」



 予想に反してルシフェルの声が嫌に穏やかだった。柔らかな響きに先刻の覇気はない。しかし、その物憂いの背中にはまだ僅かばかりの苛立ちが立ち上っている。


 ルシフェルは天井を見上げた。


 そしてふいに、居心地の悪い沈黙を破るように、ミカエルに問うた。




「──貴様は己の信念のためならば、禁忌を犯す覚悟はあるか?」








 




 


 

 初めは独り言のようなものだったのかもしれないとさえ思うほどの小さな問いかけ── それでもミカエルの頭を持ち上げるには充分だった。



「なんだって?」



 ミカエルの訝しげな態度を気付いているのか、ルシフェルは少し語気を強め、同じ質問を繰り返した。



「貴様は己の信念のためならば、禁忌を犯す覚悟はあるのかと、言っている」


「──罪を犯す覚悟、だと」



 なんたる愚問。


 今までのミカエルの言葉なんて届かなかったのか、それは規律を重んじるべき天使が発していい質問ではなかった。──如何(いか)なる時であっても、天使は禁を犯すことなどあってはならないからだ。


 ミカエルは何も答えられない。


 天使としての禁忌に触れかねない愚問に答える事自体ですら、神への裏切りになってしまう気でさえしたからだ。



「どうなのか?」


「......」


「なぜ、答えん」


「......」



 天井を見ていたルシフェルの視線が返事を求めるようにミカエルへと移ったが、今のミカエルは、彼を見つめ返すことができない。


 しかし、ルシフェルの目は鋭くミカエルを捉えて離さない。彼がこういう目つきをする時は、相手の出方を見定めるときと決まっている。


 強い視線に耐えられなくなったミカエルは、顔を横に背けた。それでも、どうしてもルシフェルの問いには共感できず首を左右に振って拒否を示した。



「......ルシフェル!一体、どうしたの言うのだ」



 今日のルシフェルは様子がおかしい。


 いや、正確に言えばここ最近といったところか。ルシフェルは常に我が道を行く唯我独尊なところがある。

 しかし、それに相応するカリスマと美しさゆえ神から最も愛され、同様にこれまでルシフェルも神に忠実であったはずだった。


 ところがこの頃のルシフェルは神に異を唱える振舞いが目立つ。初めは腹心としての進言によるものだとは思ったが、次第にエスカレートし、妙に対立を意識したものに変化していく。

 それが「神に最も近しい者であるこそ」と天使達の間にカリスマを発揮する一方で、「身の程知らずな傲慢さ」と、一部の天使たちの顰蹙(ひんしゅく)を買っているのはルシフェル自身も自覚をしているはずである。

 ──ことの後者においては、実のところミカエルも例外なく、彼としても日に日にルシフェルの傍若無人な振る舞いに違和感を覚える。


 やがて、ミカエルはルシフェルに対する懸念と警戒心の入り混じった感情を強く抱き始めた。



 (あんなに共にいたのに......、今は君のことが何一つ分からない)



 共に誕生した日から兄弟の絆を築き上げてきたが、元からのルシフェルの孤高な性質ゆえ、やはりどこか隔たりを置かれているのだと改めて認識する。

 そしてそれを追撃するかのようにルシフェルの不穏な変化が自分たち兄弟の間に少しずつ溝を生んでいくことに、ミカエルは不安に苛まれていた。



 (ルシフェル、もしや君は──)



 突として湧いた疑念が胸騒ぎへと変わる。その理由に心当たりがありすぎたからだ。

 むしろ導き出される答えがそれただそのひとつだけで、他の可能性を考えるほうがきっと難しい。


 だが、その思考に辿り着いた途端、ほんの僅かな猜疑心がたちまち罪悪感の曇りとなってミカエルの心を濁した。

 もとよりお人好しなミカエルは他者を疑うことに長けていないのだ。それがよりにもよって他の誰でも無い──自分の片割れの兄弟にそれを向けざるおえないことに悲観してしまったのだ。



「天界たる天使長がそんな不相応な発言を口にすること自体異常だ。どうかしていると君は思わないのか!」



 頭の中に暗雲の(ごと)く広がる疑念を即座に掻き消すかのようにミカエルは懸命に言葉を訴えた。



「“どうかしている”か。果たしてそれはどちらだろうな」


「──どういう意味だ、」



 隣から、フッと笑う息遣いが聞こえる。



「我が魂の双子ミカエルよ。我ら兄弟が創造されし日に、共に神に誓ったことを忘れてなどいまい?」

挿絵(By みてみん)

「ああ。もちろん覚えているとも。いつ如何なる時も、どんなことがあろうと、誰でもない、主だけを信じ、その御意のままどこまでもついていくと......」



 ミカエルの脳裏で、ひどく懐かしく、しかし決して色褪せてはいないかつての記憶が浮かんでは消えていく。



『共に心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、我が神のみを愛す』



 互いの拳を突き合わせ、誕生したばかりの片割れの天使── 兄ルシフェルとの力強い誓約が今でも確かに耳の奥で響いている。



「なぜ、突然そのような話を持ち出して......?」



 いまいち話の流れを掴めないミカエルを置き去りにし、ルシフェルは「これから話すことは一切他言無用だが」と前置きをして話を続ける。



「神は御子(みこ)のみならず、人すらも(・・・・・)すべての被造物(クリーチャー)の頂点に置こうとしている」



「!」




 御子(みこ)はともかく、まだ創造されて間もない(ヒト)も、被造物(クリーチャー)の頂点に?


 それは、一見すると荒唐無稽な話だった。



「つまりだ、御子(みこ)のみならず、ヒトもまた我々天使への支配権を持ってしまうという事だ。そして、主もまた望んでおられるのだ。我々天使が『神以外の羽根なき者たち』を崇拝の対象として仕えろと。これが、何を意味するかを分からなぬほど貴様は愚図(ぐず)ではあるまい?」



 ミカエルの鼓動が一瞬跳ねる。

 


「......それは、」



 ルシフェルの質問に、ミカエルは言葉に詰まりすぐに答えようとはしなかった。その先は、天使として口にしたくないほどのおぞましい事態だ。


 ミカエルの視線は何かを迷うように(くう)を彷徨さまよう。そして、再びルシフェルを見た彼は躊躇(ためらい)がちに口を開いた。



「──“神以外の者に忠義を尽くせ”というようなものだな」


「御名答、とでも言っておこう。そうだ。かつて生まれたばかりの我々天使が“神のみに忠義を尽くせ”と命じられたにも関わらずだ。それではあまりに()()しているではないか!」



 憤怒が込められた台詞が、ミカエルの意識を深々と穿(うが)った。突き付けられたまさかの現実に愕然(がくぜん)とする。


 そして、ミカエルは自分がいかに何も考えようとしなかったのかを思い知らされた。



「御子や(ヒト)に仕える。その大命に従うということは、すなわち──【神の唯一性】の崩壊だ」



 ルシフェルの言葉は、ミカエルの内側を容赦なく(えぐ)っていく。(たた)みかけるように彼はなおも続けた。



「かつて我らが誓い合った“神への絶対的忠義”を破る、それはこれまで神に仕えるために創造された天使の存在意義を脅かすと言ってもいい──それこそ、禁を犯す事となんら変わりはないではないか」


「それは......」



 途端に動揺したようにミカエルが言い淀む。そんな様子を見てルシフェルは今までの溜飲(りゅういん)が少しだけ下がる思いをした。

 それで少し余裕を取り戻したのか、僅かな片手で口元を覆い、考えを巡らせる様子で次の言葉を紡いだ。



「ミカエル。私は思うのだ。なぜ(しゅ)はこの期に及んで、この矛盾のような(ことわり)を創り出したのか。どうもそれが引っかかる。──そして、考え続けた結果。一つの答えに辿りついた」



 指を立てて、ルシフェルはその立てた指をミカエルに突きつけると、



「今回の羽根なき者の誕生は、神が与えた我々への試練ではないのか、と」


「試練?」


「神の絶対的(ことわり)か、それとも、神への絶対的愛か。我々はどちらを選び、それを貫くべきか」


「......」



 ミカエルは息を呑んだ。



 ──試練? 我々が選ぶ? 



 ひどい虚脱感が体中に広がった。

 確かに神によって創られた天使は、ある程度の「自由の意志」が許されている。


 故に、ルシフェルは一つ頷き、



「そうだ。その相反する理は、己の信念を貫く覚悟さえ有れば簡単に乗り越えられる......!」



 だがしかし、しかしそれは、神が定めし(ことわり)を逸脱してはならない。


 いくら神への絶対的な愛のためとはいえ、そう簡単に神の理を破るという選択が許されるのか? 



(果たして、我が(しゅ)はそれを本当に望んでおられるのか)



 ──それもまた、一つの形で禁忌を犯すことになるのではないか。


 ミカエルは黙ったまま(うつむ)くと、両手を強く握りしめる。

 ようやく、ルシフェルの本懐(ほんかい)が見えてきた。本日ルシフェルが己の職務の一部を放棄してまで、ここへ来た理由がやっと分かった。



(だが……)



 ルシフェルを諌めるように、ミカエルは遠慮がちに口を開いた。



「それは、神への愛を貫くために、神に刃向かうことも厭わない......、ということなのか」


「言っただろう。それをするか否か。それが神が我々天使に与えた選択。──“試練”なのだと」


「その試練を選んだ先にあるものは──」


「さぁな。それこそ()()()()()()、だ。我々天使がそれを推し量るのはそれこそ無礼ではないか?」



 どこか他人事で、それも皮肉に(わら)いを含むルシフェルの言葉を最後に、柄にもなくミカエルは反射的に少し声を荒げた。



「そんな、不確定なもののためにッ、神の御意(ぎょい)に背くというのか!」



 ルシフェルの安い挑発に乗ってしまったミカエルは、直様(すぐさま)後悔する。だがもう手遅れだった。


 ルシフェルは、ゆっくりと彼の方に体を向ける。



「──そうだと、言ったら?」



 どこまでも平然と言いのけるルシフェルに、ミカエルは堪らずさらに声を張って反論する。



「少なくともッ、神罰は免れない!」


「フッ...それがなんだというのだ。愛する神からの残酷な断罪さえも喜んで受け入れる、それこそが真に神を愛する者(・・・・・・・・)だといえよう」



 ミカエルは絶句した。


 ルシフェルの「自由な意志」は、ミカエルの想像した遥かに超えていたのだ。




「ミカエル。この試練──貴様なら“どちら”を選ぶ?」




 ああ、これほど残酷な試練はない。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど。 神はかつて自分だけを崇拝しろ、と言ったのに、 人につかえるように言ってくる。 そして、それが神からの試練だと解釈したルシフェル。 最初の命令を遵守するか、それとも後から出た指…
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