X話『いつかの水の記憶』★
──どうして、こんなことに。
冷たい水は飛沫を上げてそんな自分の疑問ごと身体を呑み込むと、そのまま静かに流れを戻した。
目の前の影が身を乗り出してこちらに手を差し伸べる頃には、自分の体も見えなくなっていた。
激しい水音。
洪水のような濁流の音が耳元で聞こえる。
上から下へ、重力に従って激しい飛沫を上げる瀑布のようだ。
耳元で、あるいは頭蓋の内側で響くとめどない轟音に脳を揺さぶられながら、意識は覚醒へと導かれていく。
(つめたい、)
(くるしい)
ごぼっ、と空気の泡が漏れて、口内に水が流れ込んでくる。
(いき、できない)
身体を丸めて両手で口を塞いでも、身体はどんどん水の中に沈んでいく。
(......だれか、たす、)
酸素が足りない。
(“────”)
死んでしまうのか。
こんなところで、水死体になってしまうのか。それは、
──嫌だ。
そう思った瞬間、
『──忘れよ』
忘れる?
『すべて、忘れてしまえば良い』
ああ、そうだ。
きっと、これは、わるいゆめだ。
目の前の冷たい水の世界が黒いモヤのようなものに包まれて、視界がブラックアウトする。
──水の音も匂いもすべて消え失せた。




