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【完結】序芝居  作者: のぼぼん(º∀º)
【起】〜天地創造〜
5/160

5話『天界の噂』★

 そこからしばらく空を舞い、ルシフェルは目的地へ到達した。


 羽根をしまい、顔を仰ぐ。


 ルシフェルの眼前に飛び込むのは荘厳(そうごん)なる白と金の基調(きちょう)。主に天使たちの討論会や重要会議、そして自由交流を目的とした建築物──【社交殿(ソーシャル・プレイス)】が聳え立っていた。



 (待たせてしまったか)



 余計なもののせいで時間を食らった、いらぬ心の隙を与えた結果がこれだ。


 無駄な時間を浪費して予定が押してしまっては、呼び出した張本人(ルシフェル)が遅れたら世話がない。




(まぁ、あやつなら何も言わんだろう)




 もっとも、その呼び出された側のお人柄の良さが、そんなことを気にも留めないことを易々と想像できる。


 ふと、ルシフェルは無性に胸がざわつく。これから会う人物と交わす話はルシフェルにとっては決定的に重要なものだからだ。

 少しでも遅れを取り戻すように、ルシフェルは建物の中へ入ろうと早足で歩き出す。



 足は前へ、心は未来へ、意思は目的へと向かって進んでいるはずなのに、




 ──じりじりとルシフェルの後ろから得体(えたい)の知れない不安が迫ってきているような気がするのはなぜだろうか。









      





 ざわざわ。




 足を踏み入れた宮内には、社交場だけあって様々の階級の天使が溢れていた。


 ルシフェルがそこへ足を踏み入れた途端、ザザザッとその場に集う天使全員の注目が一斉に注がれた。

 それに構う様子を微塵も見せず、ルシフェルは泰然自若(たいぜんじじゃく)とした足取りで有象無象の群れの山に分け入っていく。


 そこでようやく天使たちも正気を取り戻したように、今の心情──即ち、ルシフェルへの感想を小声で囁き合う。


挿絵(By みてみん)


(ねぇ、見て!ルシフェル様よ!相変わらずお美しいわ......)


(あら、本当ね。あのお方がわざわざこんな公共の場所にお見えになるなんて珍しいわね)


(私たち天使ってどんなに修業積んだとしても羽根の数は最高6枚までだけれど、ルシフェル様は生まれながらに我ら(しゅ)より羽根を12枚も授けられているのよな?)


(え!そうなのか!?)


(おい。さては新人だな?この天界では常識だぞ)




 輝かしい光を放ちながら、天使長ルシフェルは宮殿の渡り廊下の地面を踏み締めていた。その一歩一歩が道行く天使たちを釘付けにする。



 誰もが憧れる、神の"特別"。

 誰もが認める、天界最強の天使。



 皆見惚れていたのだ──神にも届きうるその才能と美しさを。




(さすがルシフェル様。最も神に近い存在でいらっしゃるだけある)


(普段はその羽根をしまっておられると聞くが、いつかこの目で見てみたいものだ)


(フン。戦陣に立たぬお前なんて一生見る機会なんざないだろうとも)


(そんなに言うなら、ルシフェル様にお声を掛けてみなさいな)


(いやいや!そんなこと下級天使の私ができるはずなかろう!)


(まぁ、畏れ多い気持ちは無理もない。ルシフェルは崇高なるお方だからな。我々一般の天使ではとてもじゃないが近寄り(がた)いしな......)




 心浮き立つ天使たちの耳の打ち合いは声こそ(ひそ)めているものの、そこには偉大なる天使長に対する強い憧憬と尊敬に満ちていて、空気と共に直接ルシフェルの耳に響く。


 しかし、一方では、




(いや......、近寄り難いというのは否定しないが、そうではなくだな、こう......例の疑惑な意味でだな──)


(おい、ここでその話はダメだ!そんな噂程度の憶測な話をしては天界を揺るがしてしまう大惨事に発展してしまうではないか)


(そうだぞ?それに見るからに今日のルシフェル様はご機嫌がよろしくない。万が一あの方の御耳にでも入られたら!)



 

 当事者が口を閉ざしている間にも、外野の声は歯止めを忘れて拡大し続ける。


 その状況の稚拙な悪化に耐えかね、ルシフェルは内心思いっきり悪態をついた。




 ──愚か者め、一文一句(すべて)聞こえているわ。



 しかし、彼らの言う事もあながち虚言でも憶測という訳でもない。


 ここ最近に始まる、ルシフェルが神のご意向に逆らった振舞いが天界を紛糾(ふんきゅう)させている。それは事実であるのだから。

 だがそれにはきちんと理由というものがある。それは──、




(──噂といえば、聞いたか。あの話)


(......ああ。“ヒト“の創造のことか?)




 ピタリと、一瞬ルシフェルの歩調が緩まる。




(神が“御子(みこ)”を生み出されたのは知っていたが、今度は”ヒト“だって?)


(......なにやら、(しゅ)はその“ヒト”をも目を掛けていらっしゃるとか)




 宮殿の廊下を踏みつけるルシフェルの足裏の感覚は、壁一つ隔てたように遠のいていった。

 天使達の何気ない噂話が確かな輪郭に縁取られて──決して逃すまいとするように──じわじわと彼の脳の中枢を揺さぶっていく。




(我が(しゅ)のお気まぐれではないのか?)


(まぁ、その可能性も否めないが、噂で聞く限りでは大層なご寵愛っぷりだそうだ)


(ほう?それは是非ともその“ヒト”とやらを一度目にしたいものだな)


(我々のような下位三隊の天使には今後ヒトとの接触する機会が最も多い立場とされるゆえ、そう遠くないうちに叶えられそうだが)


(はぁ......、にしても.......、こうも立て続けに天使族以外の上位被造物(トップ・クリーチャー)を生み出されては、我々も面目(めんぼく)が立たないではないか。我が(しゅ)は一体どういうおつもりで──)


(こら!それ以上は神への冒涜だぞ)




 次第に囁き声はその大きさを増し、広間全体にどよめきとなって広がる。




 ──嗚呼、実に腹立たしい。



 消えることのない憎悪が、失われることのない絶望が、ルシフェルの胸の中に一度鎮めたはずの闇が再び這い上がり、全身に負の活力を(みなぎ)らせている。


 ──そして、




(──!おいっ、ま、前!)


(......え)





 ドスッ!!




 増幅していく負の感情の奔流に終止符(ピリオド)を打つように、ルシフェルに軽い衝撃が伝わる。


 先程騒ついた空間が嘘のように一転して静かになるのも(つか)の間、今度は一気に張り詰めた雰囲気へと変わった。


 廊下中の天使たちの視線が一斉にその状況に突き刺さった。皆一同顔を真っ青にして、息を飲んだ。


 どうやら話に夢中するあまり、前方にいるルシフェルに気付かずに一体の下級天使がそのままの勢いでぶつかってしまったようだ。

 後半からルシフェルにとっては不愉快極まりない噂話を延々と口にしていた天使のうちの一人だ。



「......ぁっ、ル、ルシフェルさ、ま......!」



 ぶつかった衝撃で床に尻餅ついた下級天使はビクビクとゆっくり顔を上げた途端、ヒッと小さく上がりそうな悲鳴を飲み込んだ。


 ──それはまさに目の前で自分を見下ろす存在に対する「畏怖」だった。


 目の前に聳え立つルシフェルは独特の権威と絶対的カリスマ性を発散させ、ただ立っているだけで尋常ではないオーラを発しているのだ。

 さらに不幸にも今日のルシフェルは虫の居処が(すこぶ)る悪いせいで、普段は深さを持つ理知的なその黄金の瞳の色も、今は感情的な冷たさを無為に撒き散らし、鋭ささえ持つ。



「おい、ちゃんと前を見ろ!よりにもよって天使長にぶつかるなんて、──ルシフェル様大変失礼致しました!こいつ、少々ぬけているところがございまして、その」


「っ、申し訳ありませんッ!前方に気を、配っておらず、その、ッ......、ど、どうか私めの無礼をお赦しくださいッ!ルシフェル様!」




 ──やってしまった。



 顔にそう書いてあるのを易々と読み取れるほど、青褪めた表情でぶつかって来たその下級天使はじっと棒のように突っ立っているのだ。激しい動揺のせいでまともな言い訳も並べ立てることができないほどに。


 その同伴者である一体の下級天使も石のような硬い表情で、喉元で鳴るような心臓の音をゴクリと飲み込んで事の成り行きを見守っている。


 【覆面(マスク)】の掟を課されない下級天使は実に表情が分かりやすい──滑稽なほどに。そんな矮小で無様な彼らの様子をルシフェルは内心で憐れんだ。


 そしてかなり間を置いてから、ようやく口を切った。



「......気をつけろ」



 たった一言の短い言霊は凄まじい威圧感を放つ。

 大岩を転がすようなその重々しい声──そこに宿っている威厳の(けた)が違いすぎている。


 この世ならざる権威を(はら)んだ、無条件に他人を服従させる性質の声音が無性に恐ろしくなった下級天使たちは細かく首を振り動かしながらジリジリと後ずさる。


 「畏怖」が「恐怖」へ変わった表れなのか、彼らの顔面に痙攣(けいれん)さえ出始めている。


 しかし、ルシフェルの方もそれから一様に口を閉ざすだけだった。


 これまでの鋭く光らした目を潜め、今度は無機物を見るような眼をして黙ったまま相手を見下ろす。

 傍観していた周囲の天使たちも「触らぬ神に祟りなし」ということで、相変わらずその状況を敬遠していた。



 ──そんな異様な膠着(こうちゃく)状態が続く中、今度は気まずさと緊張の色が濃くなった。






      ◇◇◇◇◇◇◇






「──こんなところにいたのか」



 決して大きくはない、怜悧で穏やかな救世主の到来を告げる声が、しんと静けさの広まるその場の沈黙を破った。


 ルシフェルを含め、その場にいる全員が振り返ると、そこには魂の片割れである弟のミカエルが立っていた。




「あ、あれは【七大天使(セブンズ)】のミカエル様......!」




 廊下が、やっと重苦しい空気から解放されたといわんばかり様子で再びざわつき始める。


 天使長に加え、戦線の最前列で指揮を執る総司令官のルシフェルを補佐をし、時に「共闘」する副司令官のミカエル。


 兄ルシフェルが「神の右に座す者」ならば、それとは相対に、双子の弟のミカエルは「神の左に座す者」である。

 故に、ルシフェルを畏怖する者がほとんどであるこの天界の中で、ミカエルは彼と対等に話せる関係にあたる希少な存在でもあった。


 双生だけあってその風貌は共通点は見出せるものの、近寄り難いルシフェルと比べればミカエルの漂う雰囲気は慎み深く穏やかである。


 相手を畏怖させるルシフェルに比べて、ミカエルの物腰柔らかさは不思議と相手の緊張感と警戒心を和らぎ、人を安心させるものがある──ルシフェルとはまた別の、多くの者を惹きつけるカリスマを持つ熾天使だ。



「ミカエル副司令官だ!」



 ルシフェルの前であんなに萎縮(いしゅく)した二体の下級天使もほっと息をついて、露骨に安心したのがわかる。


 決して大袈裟(おおげさ)ではなく、今この瞬間に彼らはきっと救われた思いでいっぱいであろう。それがますますルシフェルの神経を逆撫(さかな)でした。




「君が約束の時間に遅れるとは珍しいな。時間になってもなかなか現れないから探していたんだ」




 そう言ってこちらへゆっくりと歩いてくるミカエルはようやくこの場にまだ僅かに取り残された妙な緊迫感に気づいたようだ。




「む?──何かあったのか?」


「なぁに......大したことではない」




 疑問を差し込むミカエル対するルシフェルの物言いは無頓着なものだった。


 彼は未だに背後で固まってる二体の天使に冷たい一瞥を投げた。




「見物をする貴様らもだ。──散れ」




 すぐさま敏感にそれを受け止めた天使達は慎ましやかに一礼をすると、そそくさとその場から退散した。



「は、はい!」


「それではルシフェル様。そしてミカエル様も!ご、ご機嫌麗しゅう......!」


「失礼致しました───!!」




 ルシフェルの有無言わさぬ一言で、周囲の野次馬たちも触発されて、敬礼してから各々四方へ散っていく。



「機嫌が悪いな。ルシフェル 」


「......」


「......君らしくない。やはり、何かあったのではないのか?そういえば、私を呼び出した要件とやらを聞いていなかったな。また神からの重要な御告げか?」


「いいや。今日(こんにち)はプライベートだ。私の意志でここへ来た」



 ミカエルは不思議そうに首を傾げ、ルシフェルを見た。



「神の職務を放棄して、か?日々天界の職務に忙殺される君の立場からして、そこまで自由に融通の利く身だとは考えられないのだが......」


「......フン。安心しろ。そう長話をするつもりはない。それまで私の側近の天使に臨時代理を頼んである、業務に支障は出ないさ」


「そうか。なら、いいのだが......」


「......」



 それからルシフェルはしばらく無言だった。横目で立ち去った天使たちを見届けた後、フンと鼻をならして、ぽつりと言った。



「既にあんな下級天使にまで例の話が伝わっているとはな」


「例の話?“御子(みこ)様”のことか?」


「違う。もう一つ(・・・・)の方だ」


「......“ヒト”のこと、か?」




 ──ヒト。



 一瞬、その単語を耳にしたルシフェルの瞳に剣呑な感情が浮かび上がる。そしてミカエルの言葉にかすかに顎を引き、




「......貴様とて知っているだろう。我ら神が【ヒト】などという新たな生物を創造した。今ではこの天界の誰しもがそのトピックに強い興味を示している」



 「うんざりするくらいにな」と最後に辟易した様子でルシフェルは肩を竦めながら吐き捨てた。

 溜息混じりなその口調は嫌に刺々しい。ミカエルはここ最近のルシフェルの機嫌が悪い原因がその【ヒト】にあると察した。


 かといって、迂闊(うかつ)にこちらから本筋を切り込むような真似をすればルシフェルの性格上不興(ふきょう)を買いかねない。だから賢明にもミカエルはあえて気付かぬフリして何事もないように続けた。




「あぁ、その話なら当然私も耳にしているよ。君の言うように、この天界では存じない者などいないだろう」



 創造主である神が六日間で天地万物を創造された。


 天と地、山や木々、泉や河川。

 多種多様な生き物。


 神の御業により産声を上げた世界の中でも特に【ヒト】という被造物(クリーチャー)はこの天界において多くの関心が寄せられている。



「その“ヒト”がどうかしたのか?私を呼び出したのもその事が関連しているとでも......」



 静かなミカエルの問いには答えず、ルシフェルはひどく慎重で厳かなで表情で無言のままじっと彼を見つめる。


 やがて、するりと地面に視線を落とし、深い溜息をついた。




「──廊下(こんなところ)で話すのもなんだ、大聖堂へ移るぞ。この時間なら誰もおるまい」

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[良い点] なるほど、神は天使を作り、その後にヒトを作った。 神に愛されている特別な天使であるルシフェルにとって、それは神の寵愛を他の者に奪われるかもしれないという危機的な状況かもしれません。 生まれ…
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