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【完結】序芝居  作者: のぼぼん(º∀º)
【起】〜天地創造〜
41/160

39話『死せる者たちの追悼』★


 その実、ルシフェルが地獄へ堕ちたあとに、ミカエルの心が一度壊れてしまったことがあった。


 反乱が終結を迎えると、天界の天使たちは皆一様にルシフェルに打ち勝ったミカエルを褒め(たた)えた。


 だが、周りが称賛すればするほど、彼は苦しんだ。なぜなら、ミカエルにとってルシフェルは──父である神とは異なる──同じ魂を分つ片割れにして最愛な兄なる存在であったからだ。


 そんなルシフェルを自らの手に掛けただけでなく、周囲はそれを英雄と持て(はや)す。



 誰もミカエルを責めない。

 誰もミカエルを疑わない。



 それはミカエルにとってはこの上ないほどに唾棄(だき)すべき状況であった。


 あの惨状は、最後までルシフェルを信じる事を選んだミカエルの軽はずみな判断によって引き起こされたものなのだというのに。

 ミカエルがもっと情を切り捨てられたのなら、きっともっと違う最善な結末を迎えられたはずだ。

 一度そう思い込んでしまったら、後ろめたさに染まる心が平衡を保つことなんてできるはずもない。

 

 そして、ついにある日とうとう自責の念に耐え切れなくなったミカエルは七大天使たちに向かって懇願してしまった。





    『私を、殺してくれ』





 神を裏切ったルシフェルが同胞を手に掛けたことが大罪とすれば、ルシフェルが罪を犯す危険性知っていながらもそれを看過(かんか)し、挙げ句の果てには最後まで彼の討伐(とうばつ)に躊躇いを捨てきれなかった──ルシフェルと同じ魂を分つミカエルもまた造反に荷担した「裏切り者」で()()なのだと、



 そんな自裁を選びかねない危うさを持ったミカエルを──、




















 




 バキッ!!!!



 鋭い衝撃がミカエルの横っ面を捉えて、打ち抜いた。


 受身も取れずにすっ転び、ミカエルは座っていた椅子を巻き込みながら後ろの壁際まで勢いよく吹っ飛び、ドンと当たった壁を背にその場に座り込んだ。


 一切の、手加減は感じられなかった。


 視界が明滅し、何が起きたのかと周囲を見回すと、拳を上げた状態のウリエルの姿を捉えて、ようやくミカエルは自分が殴られたのだと気付いた。





「ちょっ!?なにしてんのォ!」

「ウリエル!いくらなんでもやり過ぎよ!」

「うむ。さすがに暴力は感心せんのだよ」




 案の定、仲裁に入ろうとしたラミエルに、賛同するガブリエルとラファエルの視線があちらこちらから向かって来る。


 だが、ここで終わらせるようではそれこそウリエルの苦渋な行動に意味がなくなる。

 ウリエルはミカエルへ向けるより幾分か強い視線で三人の七大天使(セブンズ)を黙らせた。


 憐憫(れんびん)が混じるミカエルへの視線と、非難するようなウリエルへの視線。


 見事対極になった状況も今のウリエルには瑣末(さまつ)なことだった。


 殴られながらも今だに虚ろな目をしているミカエルを見て、吐き捨てるように言い放った。




「副司令いえ、ミカエル天使長」

挿絵(By みてみん)

「甘ったれないでください」



 (さげす)む目つきで、ウリエルはこの場で朽ち果てたいミカエルの悲願を無慈悲にも切り捨てた。

 



「確かに結局はこのウリエルの懸念した通り、ルシフェルは天界に仇なす危険分子でした。同胞たちを(たばか)って組織した賊軍(ぞくぐん)を率いて、次々と罪なき天使たちを滅ぼした憎むべき敵だったのです。──ですが、それをこことぞばかりに貴方を責め立てるつもりはありません」




 分かっていたことだった。ルシフェルの脅威を、いや、ルシフェルが天界から離反すること自体が遅かれ早かれ目に見えていたことだった。


 問題なのは、それをミカエルがどのように()()()をつけたのか、だ。





「貴方の本意はどうであれ、結果的に貴方がルシフェルを地獄へ追いやったのは紛れもない事実です。粛清の誓いをきちんと果たし、キッチリと天界の者たちへの落とし前をつけさせて頂いた訳です。現に審判で貴方を擁護(ようご)する天使たちがほとんどでした。それが天界の答えです。──もう我々に、ミカエル天使長を紛糾する権限がないですぜ」


「…………そんな、ことでは「なんてフォローしたところで、貴方はきっと受け入れないのでしょうな」



 苦悩の闇に引きずり込んでしまったようなミカエルの負い目を見透かすように、ウリエルは淡々と覆い被さるように遮る。




「だからといって生憎こちらも越権(えっけん)行為のリスクを(おか)してまで、天使長に消滅なんて逃げ道を与える程優しくはないですぜ。ですから、」




 ウリエルは顔を上げ、自身の意志を示した。

 果てしない後悔を終え、犠牲になってしまった天使たちの無念を反芻(はんすう)するのではなく、自身の今の気持ちを見つめ直し、そして、示した。





「──取り返しのつかない罪は償えばいいのです」


「……つぐな、う」


「はい。今回のような惨劇が二度と繰り返されないように、天界の安寧が未来永劫(えいごう)にわたり続くように、貴方はちゃんと生きて今度はあのルシフェルの代わりに貴方が天界の光になってください。それが散って逝った者たちへの贖罪(しょくざい)──せめてもの手向(たむけ)となるでしょう」




 ウリエルはまるで、それが絶対に正しいことであるのだと、そう信じているかのようにはっきりと口にする。


 過去に囚われ、(あやま)ちをいくら悔いたところで、現状は何も変わらないことをウリエルは知っている。罪悪を背負うために立ち止まるのは、愚か者のすることだ。

 残された者たちができるのはただ一つ──罪悪を背負い、そして未来を考えることだけ。


 だが、ミカエルにはそんな風に(したた)かに割り切ることなんて──、


 


「……でき……ない」





 目を逸らしたミカエルは、何とか声を絞り出す。だがウリエルは、彼の逃げ道を塞ぐようにすぐさま否定した。



「いいえ。貴方ならできます」



 ──ウリエルはどこまでも、ミカエルの弱さを許さなかった。



「これは()()()()()()()()()ことなのです」



 どうしてそうまで信じてくれるのだろう。自身ですら見限ったミカエルにどうして立ち上がれと、諦めるなと、すべてを救えと、ウリエルだけは心を鬼にしてまで訴えてくれるのだろう。



「貴方が、この天界の唯一の“希望”。──我々にとっての“英雄”なんですから」



 天界の命運を託す言葉。無条件で、全幅の信頼を寄せるその言葉に、ミカエルの心が静かに震える。




「ウリエル……、私、は…….」


「だから、どうかお願いです。ミカエル天使長」




 顔を上げれば、感情を表に出さないよう窘めたウリエルの瞳には、明らかに言い知れない激情が(たた)えていた。




「──天界を、我々を()()()()()()頂きたい!」



 







      ◇◇◇◇◇◇◇











 あの時のウリエルの言葉がミカエルにどういう影響を与えたのかは、ミカエル本人にしか知り得ないことだ。


 ──ただ、ガブリエルは心配だった。


 今では天界で最強の力を持っているにもかかわらず、未だに非情になりきれないミカエルはいつかまた押し潰されるのではないか、と。



(ミカエルは、優しすぎるから……)



 すべてを背負ってしまうあの背中に生える六枚の光の翼を見る度に、その重責を思えばガブリエルの胸は苦しくなる。




「「……」」



 ミカエルもガブリエルも、黙り込んでジッと大神樹の下に咲かせる水仙の蕾たちを見下ろし続けていた……。



 しばしの沈黙の後。先に口火を切ったのは、



「……これで、最後にしよう」


「え?」



 今までずっと罪の意識に苛まれていたミカエルがふと、それを呟いた。一瞬、何を言われたのかがわからなくて、ガブリエルは呆けたような声を出していた。



「あれから……、ウリエルから重い叱責を受けてから、私なりにいろいろと、考えたのだ……」


「……何を、ですの?」





 まるであの時ウリエルに返せなかった言葉を静かに呟き、そこでミカエルはやっとガブリエルの方へ視線を向けてくる。


 予想外のその発言にガブリエルは戸惑いつつも、しっかりと彼の言葉に耳を傾ける。





「私にできることを。──私の、なすべきことを、だ。散々悩み抜いた結果、私はこう結論づけた」




 ミカエルは自分の中の考えを形にするように、




「こうしていつまでも未練がましく過去に縋りついて謝るのは、()()()()()()()()()()、と」





 ──ウリエルの思いは、確かにミカエルに届いていたのだ。


 荒療治(あらりょうじ)としか思えない、あの時のウリエルの言葉の数々はミカエルの琴線に触れ、最後には彼が立ち直るきっかけに繋がったのだと、ガブリエルは理解する。


 


「ウリエルの言う通りだったのだ。何もできなかった過去を悔やみ、恥じ、諦めに変え、最後には消滅を望む罪滅ぼしなど所詮ただの逃避であると、」



 ルシフェルの暴走を、──反乱の悲劇を食い止められなかったミカエルには取るべき責任が、果たすべき義務があると言うのに。

 


「我が同志からの重い一撃を喰らって、ようやくそれに気づくなど実に不甲斐ない話ではあるが」




 あの時ウリエルに殴られた頬の部分に手を当て、そう遠くない重たい感覚を思い返す。ウリエルの言葉と拳で、弱った根性を叩き直された気分だ。

 ひどく乱暴で、単純なやり口だったとは思うが、ミカエルの目を覚ますには充分なくらいの思いが伝わったのだ。




「私には初めから退路など、用意されていないことを思い知ったのだ。私の逃げ場所は、この天界でしかない。にも関わらず、君たちを置いてひとりだけ(らく)になろうとしていたのだな──」



 逆境に挫け、無様な己の小ささを自覚し、敗北感に塗れて逃げ出そうとしていた。──語られるミカエル言葉の中は、一見弱音にも思えるが、相対的にその背は誰の支えが無くとも風に耐えられるように見えた。



「正直、今もまだ何が正解で、何が間違いなのか、私自身ですらわかっていない。それを見失ったまま前へ進む(おそ)れも未だに私の中にある」



 それだけ体験した非道な裏切りが、ミカエルの魂を酷く深く傷付けたのだ。

 

 だから、




「過去を振り返らず、現実に足を取られずに前だけを真っ直ぐに見て進むのが正しい選択だと、胸を張って言える訳でもない」




 本当は逃げたくなった。


 何処にもいたくなかった。




「だが、それらを言い訳にして立ち止まる選択こそが一番の罪なのだと、ウリエルは私にそう言いたいのだろう」



 しかし、それだとすべてを切り捨てることになる。そうなれば、まさしく()()()()()()()()ではないかとミカエルは思った。




   『弟よ。天界を、頼んだ』




 叛逆の日。ルシフェルが地獄へ堕ちる直前。


 あの瞬間に聞こえてしまった、兄である彼の最期の言葉が不意に蘇る。



 ──今なら、その意味をようやく理解できた気がした。



 ミカエルは静かに目を伏せ、思考の糸を手元に手繰り寄せる。

 



(ルシフェルは、私に(たく)したというのか)




 ──天界の未来を。



 

 しかし、そんな自分勝手な願い、ミカエルは一度たりとも望んでなどいない。


 天界の未来を導くのは【明けの明星(ルシフェル)】にこそふさわしいと今でも強く思っている。





(これでは君のエゴを“押しつけられた“ようなものだ。ルシフェル)




 最後にルシフェルが残したあの言葉の真意こそ計り知れないが──ただなんとなく──ルシフェルはミカエルを天界に縛りつけようとしている気がした。


 ともあれ、




(ルシフェルの半身として、この私にはそれを引き継ぐ義務がある)




 ミカエルが今の世界(天界)で生きることを放棄するのはただの無責任だ。


 分かっていた。


 ウリエルの言った「貴方にしかできない」の真の意味は、「貴方がしなければならない」だった。


 現在まだまだ荒廃寸前にある不安定な天界を救えるのは【神の如き者(ミカエル)】だ。決して地に墜ちる事を選んだ【明けの明星(ルシフェル)】ではない。


 大切だった兄を地獄へ行かせても(なお)、天界に残る事を選んだ、ミカエルだけなのだ。



 だから、



「約束しよう。これにて未来永劫我が身のすべてを天界のみに捧げると。ガブリエル。君に、いや皆の者に心配をかけたな」



 穏やかになっていくミカエルの雰囲気に、瞳も柔らかなものへ変わり、その中で眠っていた強い光が目を覚ます。先ほどまで抱いていた悔悟など、もはや片鱗(へんりん)も残っていなかった。



 

「だが、もう心配は不要だ。確かに今は一度廃れかけているが、天界の未来はこれから再び切り拓かれていくのだ」


「ミカエル……」




 大丈夫だと語るようなその心強い瞳は、きっと誰もが安堵し、微笑み返すのだろう。


 だが、その薄皮に覆ってしまった感情の乱れを密かに見透かしたガブリエルの心境は複雑なものだった。


 

 

「それと、……もう生誕の間(ここ)へは来ない」


「それで、いいんですの……?」


「亡くなった者たちを忘れないのと、亡くなった者たちのことをいつまでも引き摺るのは別だ」


「……寂しくなりますわね……」


「ああ。そうだな。だが、ここは私の無力な過去を彷彿(ほうふつ)させる場所。いつまでも過去(ここ)に縋り付いていては、立ち止まるのとはなんら変わりはない。それでは、亡き同胞たちも安心して眠りにつけまい」



 ミカエルとて、もうこの場所で同胞たちの死に寄り添えなくなることを心から惜しむ感情がある。

 ガブリエルが言った通り、ここでしかかつての彼らに触れ合えないのだという気持ちも理解はできる。


 だが、それでも、



「たとえ彼らの“存在”を感じられずとも、いつか復活を迎えた彼らが我々を忘れ去ったとしても、何もかもが完全に消えてなくなる訳ではない。生き残った我々が望む未来へ進み続ける限りは、彼らの気高い存在と意志は決して消えてなくなったりしない。だから私が、生きて、戦って、命を懸けたモノをちゃんと残していこうと思う」



 この選択は、ルシフェルの暴挙を止められなかった罪悪感を消す為の償いでもあると、自覚している。ただの自己満足かもしれない。



「ミカエルは強いですのね。……仲間の死を乗り越えることを選ぶのだもの」


「いや。乗り越えてなんかいないさ。そんな日は永遠に訪れはしないだろう。──だから、私は、同胞たちの犠牲を()()()()()()()生きていく」


「────!ミカエル。分かっておりますの?それって、」

 


 ──どれだけ過酷な道なのか。



 その後に続くはずだった言葉は、ガブリエルの口からは紡がれなかった。


 最後には己で立ち上がるべきだということをミカエルは知っていた。その目は、一つの助けも要らないかのように錯覚させる。

 そして、それはひとりでは周りを見回す事の出来ない者よりも、遥かに手を差し伸べにくい。


 強すぎる心が己の綻びに盲目とさせるのか、それとも、ミカエルはそれすら知りながら一人で立っていくつもりなのか。

 



「──それが、貴方の覚悟なのね」



 だが、ここでガブリエルが何を言ったとしても、すでにミカエル自身が最もそれを知っているのだろう。であれば代わりに、その尊き決意に尊重を示そう。

 だって今こうして見返す瞳も、何処かを見る瞳も、そこには既に迷いの欠片さえ見えなかったのだから。


 万感を込められたガブリエルの相槌に、ミカエルは強く頷いてみせた。





「ああ。たとえこの先の未来に引かれる道がどれだけ険しくとも、私は立ち向かわなければならない──それが、新たに任じられた天界の長としての使命だ」



 そうだ。ここから始めよう。


 過去は、どう足掻いたとしても決して変えられない。変えられるのは、今この先一秒後からの未来だけ。



 ルシフェルは変わってしまった。

     だから、己も変わるだけだ。



 己を奮起させ背筋を伸ばしたミカエルの姿は、まさしくこれから訪れる未来を予言しているようだった。



「──私に、ついてきてくれるか?」



 強く差し出されたミカエルの手を見つめ、ガブリエルは内心己を酷く恥じた。



(わたくしは、貴方を見縊(みくび)っていたのかもしれませんわね)



 ──ミカエルの強さを、決意を、覚悟を、信用していなかったのはガブリエルだったのだ。

 一度挫けたミカエルの心が完全に砕かれるのを恐れて、彼を腫れ物を触るように接していた時期さえもあった。おそらくほとんどの者たちがそうであったはずだ。


 だが、すべては杞憂(きゆう)だったのだ。


 ガブリエルが仲間としての庇護欲で、ミカエルがこれ以上傷つかないよう斟酌(しんしゃく)している間にも、ミカエルはミカエルなりの覚悟と決意をこの場所で固めて、過去から逃げずに立ち向かうことを決めていたというのに。

 そうする覚悟を、ガブリエルを含む仲間たちに見届けてほしいと願っていたのに。



(ウリエルは、最初からこれを見越していたのかしら)



 だとすれば。ガブリエルは柄にもなくほんの少しだけ妬いてしまう。

 こうしてミカエルは自力ですべてを受け入れるという答えを出した。隠した心の揺らぎも無くしたのだ。


 ──今思えば、その決断はウリエルが言葉巧みに啓発したものなのだから。




「ガブリエル?」


「──はい。もちろんですわ!ミカエル()使()()



 そう微笑んで、ガブリエルは優しくミカエルの手を握り返した。



「きっと、天界の天使たち皆も同じ思いかと存じます」


「…….そうだと、いいな」


「ふふ。貴方はもっとご自身に自信を持つべきですわね。わたくし以外の七大天使(セブンズ)の皆様だって貴方の思いに応えたいと常に思っておりましてよ?」


「…….ありがとう」



 ガブリエルの気持ちに感謝を伝えた後、一拍を置いて、ミカエルは告げる。



「もう時間だな。そろそろ行こう。万一(まんいち)にも神を待たせる訳にはいかない」


「ええ!」



 踵を返したミカエルはガブリエルと共に、【生誕の間】の出入り口の扉の前まで立つ。


 両開きの扉を前にして、ミカエルは静かに目を瞑つぶる。息を深く吸い込み、ゆっくりと吐き出した。

 再び目を開けると不安げな様子は一変し、凛とした(たたず)まいで前を向く。


 一歩踏み出した途端、巨大な白亜の扉がギギギと甲高い音を立てながら開いていく。


 そこから外へ出る前に、ミカエルは一度背後へ振り返った。



「────……しばしの別れだ。我が同胞たちよ。どうか安らかに眠れ」



 そう言い放つと、ミカエルは最後の別れの一歩を踏破した。背後に、己の弱き"心"を残して。








     

   “ありがとう”



        “さようなら”













 それは、幻聴なのだろうか。


 最後に、決して聞こえるはずもない同胞たちの声がミカエルの背中を押してくれたような気がした。


 ミカエルは一瞬だけ足の歩みを止め。



「……、」


「ミカエル?」




 立ち止まるミカエルに、ガブリエルは首を傾げる。──彼女には聞こえなかったのだろうか?



「……いや。なんでもない」



 そして、何事もなかったかのように、ミカエルは再び歩みを始めたのだった……。




 振り向きたかった。

 けれど、振り向かなかった。


 振り向いたら、堪えていたものが堰を切ってしまいそうだったから。だから、せめてここが彼らの至高の場所だと信じて……



 (いつかまた巡り会うその日まで)



 ──いい夢を。


 そう、心より祈りを送った。






 最後に、ドシンと重い余韻を残して、


 【生誕の間】の扉が閉された──……


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