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【完結】序芝居  作者: のぼぼん(º∀º)
【起】〜天地創造〜
37/160

35話『叛逆~Rebellion~(後編)』★




      まだ光は抗う。


      まだ闇は迫る。






     ──交差する陰影。


















 ルシフェルとミカエルの一騎打ちの攻防は今だに拮抗していた。


 白熱した闘いを繰り広げるルシフェルとミカエルは天空までも舞台に、羽根を散らして争い合う。




「我が弟ながら、なかなかしぶといではないか!」




 しばし宙空で戦った後、翼を下げ地に降りる。距離を置いて対峙して、刃を向け合い睨み合う。しかるに、双方の剣には相手の血を一滴もついてはいない。




「それにしてもあのイエスはいないのか!天使らが命懸けで天界の一大事だと言うのに、神の世継ぎはまったく姿を見せぬではないか!それとも、羽根なしの非力な御子様には天界を二分するこの(いくさ)(むご)すぎたか?」




 まるで熱の入った演説をするかのように、悪意と侮蔑を混ぜ込んだ弁舌(べんぜつ)を振るルシフェルに対し、ミカエルの視線が鋭くなる。




「それ以上御子様を愚弄(ぐろう)されるな、代わりこのミカエルが相手では不満だったか?」


「いいや?弟よ。むしろ逆だ。貴様なら相手にとって不足はない。事実、このルシフェルを相手にここまで持ち堪えたのもミカエル、貴様が初めてだ。久々に誰かと対等に闘えたのだからな、それなりに楽しませてもらったぞ」




 幾度となく頷き、満足したようなそぶりを見せたルシフェルは、再びミカエルと向き直った。

 その雰囲気の変化を感じ取り、ミカエルは嫌な予感を覚える。いくつもの死線を(くぐ)ったことによって鍛えられた直感が騒ぎ立てるのだ、()()だと。




「ただ、いい加減飽きてきたのでな、」




 ルシフェルは独り言のように呟く。

 ──その瞬間。





「そろそろケリをつけたいと思っていたところだ!!」




 ルシフェルは背中に生えた十二の翼を一度大きく広げてから、一気に力強く羽ばたいてミカエルの方へ突撃する。

 その動きは疾風の如く、これまでと比べ物にならない程の目にも止まらない速さで間合いを詰められる。



「なっ、」



 そして容赦のない物凄い風圧がミカエルを襲い、彼の言葉を遮ると共に容赦無く吹き飛ばした。

 爆風が起こした錆びた砂煙により、ミカエルの視界に映る全ての輪郭が薄れた。



 (しまったッ)



 「敵」を見失う焦燥感に浸る余裕なんてあるはずもない。ましてや、相手はあのルシフェルなのだから。


 そして、やはりその瞬間はすぐに訪れた。


 自分のものと違う息遣いがミカエル自身にも聞こえるほどの距離に達した瞬間が──。



 刹那、


 閃光が一条眩しく煌めき、数拍遅れて風を切り裂く音が鼓膜を震わせる。


 冷たい光を放つ刀身が砂煙を引き裂いて現れる──百戦錬磨(ひゃくせんれんま)の経験値がミカエルに教えた。名声に違わぬ神の次の力を持つルシフェルだけあって、油断は決してしない。一秒たりとも!


 だが、それでも警戒する以上にルシフェルのステータスはミカエルの遥か予想を上回る。技の発生速度が予想より断然速く、強く輝く刀身が迫る。



 ──速いッ!!



 無造作に、しかし確実に相手の命を屠る強さで振り下ろされる闇の刃。

 必殺の威力を孕むそれを正面から食らったら、再起不能な程のダメージを負うに違いない。しかし、速すぎて避けるのはもはや不可能。



(──ならば、それを受け止めるのみ!)




 キィンッ!!!




 と澄んだ音がして、暴走の闇を纏う刀身をミカエルは間一髪で頭上で受け止めた。




「ほう?今のは仕留める自信があったのだが......受け止めたか。ククク、腕を上げたようだな。ミカエルよ」




 昔、ルシフェルとの剣の稽古を思い出させるような口調で彼は感心そうに語った。

 それこそこんな熾烈な戦場でなければ、ミカエルは尊敬する兄の賞賛に素直に喜んでいたであろう。



 ギィイ....、ギギ....、



 戦場の弱者という血肉を求める硬質な刃と刃の奏でる音が、殺伐とした天界の空気に垂れ込む。


 二人はお互い一歩も譲らない。


 互いに睥睨(へいげい)しながら、命を一糸繋ぎ止めているような(つば)の迫り合いの最中、ミカエルは込み上げる思いでルシフェルに詰め寄る。




「もうよせ!ルシフェル!自分が何をしているのかわかっているのか!こんなことをして何の意味があるッ!?」


「愚問だな。我が堕天の罪が神の御意向に叛いた謀反罪とされる。だから、その通りに、()()()謀反を起こしたまでだ」





 困惑するミカエル。だが、その前でルシフェルはどこか心が晴れやかな様子だ。


 まるで長年見つけられなかった答えをようやく導き出したかのような顔つきと口ぶり。その彼の変貌ぶりにミカエルは一瞬声を失ったが、




「ッ、君は、私に説いたではないか!“神から下されるいかなる罰をも受け入れることこそが愛”なのだとッ、あの時の言葉は偽りであったのか!」


「フン。神に対する心に偽りなどありはしない。確かに昨日まで私は消える運命を甘受しようとした。それ故に(いさぎよ)く自ら足を天牢へ運んだのだ──しかし、気が変わった」





 激昂するミカエルと反対にどんどん感情の波を失っていくルシフェル。紡がれたその言葉尻は冷徹に、ミカエルの剥き出しの心を抉り、切り裂いていく。




「気が、変わった......?」




 心変わりというだけで、ルシフェルはわざわざ脱獄してまでこの反乱を起こしたと言うのか。そのような身勝手な理由で多くの同胞が犠牲となったのか。


 ......そんなの──、

 

 


「納得できる訳ないだろう!!!」



 ルシフェルが心変わり程度でこんな軽率な行動を取るはずがない。ルシフェルを最も知っているからこそ、ミカエルはルシフェルの言葉が信じられなかった。

 きっと、謀反を選ばざるを得なかった“動機(何か)”が、彼の身に起こったとしか考えられなかった。


 ──そういえば、




「君が先ほどの言う“変えるべき真実”とはなんだ!それでこの謀反とは何か関係あるのか!隠していることがあれば教えてくれ!ルシフェル !」


「貴様には関係のない事だ」


「な、」


「何者にも理解などされずともよい。私はただ己の願いを叶えるだけ。この願いだけはこのルシフェルだけのものだ」




 ──それは明らかな強い拒絶だった。


 努めて抑揚の消されていたその声に、ふと隠し切れない悲嘆の色が混じった。


 ミカエルからの呼び掛ける声が届かない、思いが伝わらない。

 あんなにも双子として傍に居たのに、あんなにも寄り添っていたのに。たった一人で立ち上がろうとするルシフェルをここまで駆り立てるものは一体なんだというのだろう。


 あそこまで強く意思を持つには相当の理由があるはず。

 それなのにそれが見えない、分からない。


 双子として通い合っていたはずの心が、今は遠い。


 ───────果てしなく、遠い。






「......、もう、ダメのか?どれほど手を尽くしても、すべてが手遅れだというのかッ」




 もう戻れないのか。それはミカエルの今しがたの言葉の中で、何度も繰り返された言葉だ。それを受け、ルシフェルは躊躇いなく頷く。




「ククク。そうだ。何もかもがもう遅い」




 それは、否応なしにミカエルに決断を迫り、




「もはや今の貴様にできることは、神に造反したこのルシフェルを処すのみだ」




 鮮烈な悪夢のような葛藤の中で、皮肉にもルシフェルのその言葉が決定打となった。


 その瞬間、ミカエルの胸中に浮かぶ最悪な結末を迎えることへの抵抗感。それを使命感と義務感で無理やりにねじ伏せて、ミカエルは己の残酷な心のありようを叱咤(しった)する。


 鋼だ。鋼の心になるのだ。


 天界の最善の未来を掴むために、途上の犠牲を許容し、受け入れろ。心の摩耗をどれほど費やそうと!



 ──すべては我が神のために!!!




「やむをえまい」




 ミカエルは誓いを立てるように剣を高く天へ掲げる。





「元天使長ルシフェル!汝は、すべてを裏切った!生まれ落ちた天界を!共に過ごし信頼を寄せてくれた同胞たちを!そして、生涯忠義を尽くすべき我ら神を──!」





 最後までルシフェルの本懐を知りえなかったミカエルは、なぜルシフェルが反旗を翻したのか、そして何故ルシフェルに同調する叛逆の徒がこれほど多く存在するかもわからない。


 ──だが、それらすべてはミカエルの昂る決意の前では取るに足らない問題となってしまった。



「汝を憎むべき叛逆者として!!神に代わり──」



 ミカエルの苦渋なる決断に呼応し、彼の手に掲げられた剣の切先が凄まじい唸り声を上げた。


挿絵(By みてみん)



 「このミカエルが──成敗する!!!」




 ルシフェルへと向けられるその剣はみるみるうちに黄金の光を宿り、轟々と音を立て聖なるオーラを纏う。

 その光のあまりな威力に、視界を妨げる邪魔な砂煙が吹き飛び、あっという間に掻き消された。


 ミカエルは「運命」に従うことにしたのだ。もはやそれしかの選択肢が残されていないし、それを選ばないことを許されない。




「ククク.......それで良い。それでこそ“新たなる天使長”として()()()()()だ。さすがは【神の如き者(ミカエル)】と言ったところか」



 それを見て満足そうに笑ったルシファーも己の剣を掲げた。



「では、それに敬意を示し、私も本気で行くとしよう。この()()を込めた剣がその証となりえよう!」



 剣は一瞬眩い光を帯びた後、紫の輝きから禍々しく変じた、黒々とした闇を纏った。


 空気が変わった──。


 先ほどまでのルシフェルとは雰囲気がまるで変わっている。



(なんだ、あの力)



 聖力と圧倒的に相対する邪悪なる気配に奇しくも見覚えがあった。そう、これまで幾度か天界に戦争を仕掛けたあの反神(アンチ)勢力と同じ──、



(そこまで、堕ちてしまったか)



 ミカエルはルシフェルの操る力の変化を目の当たりに、金の瞳を悲しそうにに歪ませた。


 一度神を叛いた闇の天使が手にするのは、もう以前のような美しい(あけぼの)の如くの「清らかで高潔なる闇」ではなくなった。



「これで、最後だ。この一撃で雌雄(しゆう)を決しようではないか」



 今ルシフェルの身に纏うのは混沌に沈む穢れ濁った闇。もはや、【闇】を司る天使としての間違った姿だった。




「──行くぞ!ミカエル!」




 ビリビリと大気が震える。それに合わせルシフェルが高らかに叫ぶと、渾身なる闇の一撃をミカエルに向けた。




「──覚悟ッ!ルシフェル!」




 ミカエルもまた、光の剣も持てして迎えるように突進する。




「ヌォオオオオオオーーーッ!」

「ハァアアアアアーーーッ!」




 互いの雄叫びが共鳴する。


 そう、この時ミカエルは刺し違える覚悟で、ありったけの力でルシフェルに剣を振り上げたのだ。


 ミカエルが相打ちだな、と二人の剣がまたぶつかり合う覚悟をして、次来るであろう衝撃に備えて体を強張らせた。



 しかし、



(────、)




 それはミカエルの予想を反したものだった。


 剣を交じり合う直前、ルシフェルは力強く満ちた瞳でミカエルを見つめる。


 身体に纏う濁りの闇とは相対的に、その目はすべてを悟り、覚悟を決めたような静かな光を湛え、澄み渡っていた。



(なぜ、そんな目をする──?)



 ミカエルがその違和感を感じ取った。



 刹那、不意にルシフェルは剣を握る手の力を抜いた。自ら斜め横を向き、それは己の身を無防備に差し出したように見えた。


 ──ルシフェル!?


 ハッ気づくも決死を込めた勢いが止まるはずもなく、そのまま剣を振り下ろすしかできなかった。



 ぬじゅりぃり...っ!!



 それは、刃越しの肉の感触。


 相手の鎧を貫通し、命を突き抜いた、掌に絡む重い感触。


 裁きを下したミカエルの手に、(おぞ)ましい感覚が侵蝕(しんしょく)する。


 

 


「ぐッ……っあ”ぁあぁあああ“ああぁあッ!!」




 ──ミカエルの剣が、確実にルシフェルを貫いていたのだ。

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