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【完結】序芝居  作者: のぼぼん(º∀º)
【起】〜天地創造〜
35/160

33話『叛逆~Rebellion~(前編)』★



 明星は宵のような空に輝く、その名を持つ熾天使は、静かに、窓越しにそれを見上げた。



     ──暁は来れり。








      









 ややもすれば霞みそうなミカエルの意識野(いしきや)に映るのは、


 暴虐に蹂躙(じゅうりん)された天界の惨状だった。


 神の栄光により平和を保ってきたその世界は、今ではあたり一面、破壊と殺戮に侵された阿鼻叫喚(あびきょうかん)の世界へと変貌していた。


 夜が存在しない天界に一瞬それが訪れたのかと錯覚した──それだけ天界の空は常に澄んだ水色を忘れ、暗く黒くその表情を変えていた。

 夜天のように昏く染まる空の天井が深い青みを残す一方で、その下にある朱色は沈みゆくのを拒むかのように広がっていた。


 この朱色は、太陽が沈む残像ではない。


 眼下に広がるのは、炎の海原。

 まさに侵食する様に、(くら)き空を(ただ)れたような赤銅色へと染め上げたのだ。


 その下方には天界の者たち──叛逆の徒と天使軍兵士の間には激昂と共にぶつかり合う金属音。大気を揺るがす程のそれ鳴り止むことなく断続的に鋭く響く。

 挿絵(By みてみん)


 強く吹く風に運ばれてくるのは、血と肉と金属の焼ける臭い。



 散る赤。


   悲鳴。唸り声。

     

        そして、断末魔。


 あたりを埋め尽くす死屍累々(ししるいるい)


 光を喪う瞳たち......。


 どこまでも(おびただ)しいまでの恐怖と絶望があり、死の匂いが焼け爛れた淀みとなって、見渡す限りの視界を覆っていた。



 (......なんなのだ、これは、)



 ここは美しく平和な天の国なのに、なぜこのようなあまりにもふさわしくない醜い争いが起きているのだろう。



「ッ、はぁっ、──、」



 夕闇に似た紺と朱の狭間(はざま)で、ミカエルは六枚の光の翼を羽ばたかせ、剣を構えたまま、ゼーゼーと肩で息をしていた。


 途切れのない戦闘が生じさせる肉体的疲弊と、()()()()という大きな精神的消耗(しょうもう)によって、さすがのミカエルも頭の芯がぼうっと痺れて、思考力も集中力も格段に衰えていく。



(ダメだ.....逃げるな。ちゃんと向き合え!)



 しかし、たとえ思考力が鈍っていくにしても、己の行動指針となる物差しまで狂ったわけではない。──目の前の残酷な現実に動揺と混乱を覚えながらも、ミカエルは懸命に目を凝らした。


 火影(ほかげ)に呑まれたその視界の中央には、長いマントを風に(なび)かせ、息を乱すこともなく「熾天使」がこちらに剣を向けて佇んでいた。



 ああ、神よ。


 夢ならば、どうか早く醒まさせてほしい。





      ◇◇◇◇◇◇◇





「……今、……なんと言った?」



 部下ザドキエルの言葉に、ミカエルの思考が停止した。部下が何を報告したのか、すぐには理解ができなかった。



 混乱は前触れなく起こった。


 ミカエルがいる司令塔のそばで、突然、大きな爆発音が響き渡った。その音とほぼ同時に、彼の司令室がガタガタと揺れ、天井から砂埃がパラパラと落ちてくる。


 当初は敵の反神(アンチ)勢力がまたしても攻め入ってきたのだと思われた。


 だが、それは先程司令室に勢いよく飛び込んで来た主天使(ドミニオンズ)のザドキエル── 下位に属する天使たちを監視する役目を主に担う──その報告内容により否定された。



「ですからッ!!」



 辛うじて聞き返したミカエルに、ザドキエルがもう一度報告内容を繰り返す。気が動転しているのか、今度は裏返った絶叫が響き渡る。



「我が同胞たちが無差別に天界の内部のあちこちを襲撃しているのです!!──これは間違いなく()()ですッ!!」



 しんと室内が静まり返る。


 その衝撃的な報告内容を受けて、司令室内にいる七大天使(セブンズ)の幾人かが息を呑む様子が伝わってくる。


 静寂が落ちた室内に唯一残った音は、大声を張り上げたの主天使(ザドキエル)の荒い息遣いのみ。


 そして、


「──ッ、反乱だと!?どういうことッ!!」



 停滞の支配を解いたのはウリエルだった。彼は真っ先に動き、一刻でも的確な状況把握のために浮上してきた疑念をそのまま言葉にして投げた。

 それに対してザドキエルは、瞳を戸惑いと焦りに揺らめかせたまま姿勢を正し、



「我ら主天使(ドミニオンズ)の監視下にある階級の一つ能天使(パワーズ)──主にその多勢と見られる叛逆天使軍が天界の下層から上層にかけて攻撃範囲を広めており、現在下層所属の下位三隊の天使たちが中層へ避難しております!」



 冷静に、落ち着いて、報告された内容を順次整理する。


 つまり、こういうことだ。


 天界の下層の領地の中間地点で突如巨大な黒い火柱が立ち上り、あっという間に四方八方へとその狂炎(きょうえん)を広げた。

 すべてを焼き尽くす勢いの闇炎は聖力ではないなんらかの邪悪なる力が宿っているようで、現場にいる天使たちでの消火は不可能とのことだった。


 下層に住む天使たちの恐怖と紛乱は急速に波及し、逃げようとした天使たちが雪崩のように中層へと一気に押し寄せた。

 その混乱を治めようと中位三隊の守備兵が増援されるも、まるでタイミングを見計らったように、黒炎の波と共に今度は下層の狭間の監視に当たっていた能天使(パワーズ)特攻部隊が襲撃してきたのだ。


 唐突による同胞の襲撃に騒然とするも、造反する能天使特攻部隊と中位守備天使兵たちとの攻防戦が始まる──


 と思いきや、能天使(パワーズ)部隊の襲撃が合図としたのか、今度は守備隊内部からも同胞に刃を向ける造反天使が次々と続出し、現場をさらなる混乱へと招いた。


 誰が裏切り者で、

 誰が敬虔(けいけん)なる同志なのか。


 そんな敵味方の区別がつかず、疑心暗鬼に陥りやすい状況によって激しい内紛が勃発した。その事態を収拾つかぬものとした元凶は──、




「首謀者は判明しているのかッ!?」



 この由々しき事態に、当然ながらウリエルは即座にその黒幕を割り出そうと奮起する。

 その瞳には明確な義憤(ぎふん)の灯火が燻っていることがわかる。



 「そ.....、それが......っ」



 ところが、差し出したその問いに、傍目にもはっきりわかるほどザドキエルはなぜか途端に躊躇(ためら)いの色を見せる。一瞬だけ、チラリとミカエルの方を見た気がしたが、すぐに視線を元に戻す。



「.......正直に申し上げますと、私自身としても大変信じがたいのですが、......っ、」



 そんな部下の煮え切らない態度に苛立ったウリエルは、未だに口をパクパクさせるだけのザドキエルに向かって、一喝する。



「どうした!ザドキエル!早く報告しろ!」



 催促を込めたウリエルの怒鳴り声を耳に入れたザドキエルはビクリとし、一も二もなく頷いてみせる。

 それから口を開きかけ、その内容が広まるのを恐れるような顔つきになり、



「......これはこれ以上中下層の指揮系統の混乱を避けるため、いえ、何を置いてもまず第一に当方の天使軍の士気低下を防ぐためにも!現段階においてはまだ内密事項なのですが──、」



 そう慎重に配した前置きをしてから、背筋を伸ばし切ったザドキエルは今まさに見てきたばかりの内容をこの場でぶちまける。



「そんな、バカな......、」



 中層の指揮官である彼の報告を一通り聞き終えた後のミカエルは、茫然自失(ぼうぜんじしつ)に陥ってしまった。

 唖然と言葉を作ることもできない彼を置き去りに、ラファエルはため息をついた。

 


「ふむ?その情報は確かなのかね?」


「ぶっちゃけ冗談だとしても、正直笑えない話なんだけどさぁ〜」



 全てを報告し終えたザドキエルの最後の言葉を、冷静を保ったラファエルは再度確認するように聞き返すと、すぐ傍のラミエルも参ったと言わんばかりに肩を竦めた。


 そんな七大天使(セブンズ)の二人の姿勢に顔を強張らせたザドキエルは、肯定するように何度も頷いた。



「......お二人方がそう仰りたい気持ちは心よりお察し申し上げます。ですが、誠に残念ながら間違いはございません!現場にいた天使達もはっきり見たと……」


「チッ!そいつらは、熾天使の見分けくらいはつくのだろうな!?」


「疑っている訳ではないけれど、混乱時の見間違い......、なんてことはございませんの?」



 次に舌打ちをするウリエルに追随(ついずい)し、念を押すように問うガブリエルに、ついにザドキエルは悲鳴のように声を荒らげた。




「無論でございます!我らの首領だった方のお姿を見分けつかない天使など、この天界に存在するわけがございません!それに七色の十二翼(じゅうによく)なんてそれこそこの世で()()()()()()()()()()()()()()()





      ◇◇◇◇◇◇◇





「どうした?もう降参か?」



 そう言って、焼け焦げた地肌を確かな足取りでゆっくりと踏みしめながら、その者──ルシフェルは鷹揚に前へと進み出る。


 ミカエルのそれとは違い、優雅に()()()()()()()()()()を羽ばたかせていた。


 薄闇に紛れるその威風堂々たる姿はほんの束の間、さながら「神」にも見えた。── 実に不謹慎だと承知ながらも、そう思わせるほどの風格と貫禄(かんろく)を漂わせていた。


 そして、その手には鋭い闇の輝きを纏った一振りの剣が真っ直ぐに伸びていて、やがて無慈悲にミカエルへと突きつける。




「本気で戦う気がないのなら──ここで朽ち果てて死ね」


挿絵(By みてみん)



 その切っ先からは今もなお、同胞たちの生き血が絶え間なく滴り落ちていた。

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