32.5話『夢か現か』★
真実は、──いつだって残酷だ。
何故、どうして、と
疑問ばかりが渦巻いていた。
それでも、一つ、確かなことがある。
──己が知る父なる神は
もう、どこにもいない。
混乱を越え、その真実を飲み込んだ瞬間、鎖された視界が憤怒で真っ赤に染まり、隠しようも誤魔化しようもない憎悪に魂が捻れ、悶えた。
何もかもを失った。
そして、たった今、『神の最初の創造物』としての自らを支える最後の柱が、心の中から蒸発してしまいそうだった。
『過去』を切望し、
『現実』に失望し、
『未来』に絶望を抱く───
〈ならば、汝は、運命に屈するか〉
声が聞こえた。
漆黒の中から耳に届いたそれはどうしてか音ではなく、誰かの意識だ。
その感覚はどこか親近性に近い安堵感を伴っていて、奇妙な既知感を覚えたものだった。
初めこそは、神だと思った。
なぜなら、ルシフェルの心に直接語りかけてくることができるのは神しかいなかった。いないはずだったからだ。
しかし、その声は神のものではなかったのだ。
威厳に満ち、聞くものの心を掌握してしまうような高潔なる響きは寸分も違わずも、本能的にそれを神とはまた別の、──次元を越えた──更なる存在の声であると感じさせられる。
声は、なおも語り続けた。
〈運命の奴隷として眠りつき
無へと還るか〉
──無へと還る。
それも、一興かもしれない。
希望を失った己という存在が再び闇へ還るべきだと、魂がそう渇望する。何もかもを捧げだして、このまま無の虚空へ消えてしまいたい。それが叶うのならば──、
〈その心は、誠か〉
呼びかけは、不意にその色を変えてこちらの心を揺さぶってくる。
覚悟を問う言葉。今の感情をそのまま形にすること、その意思を見極める言葉。
当然だと、そう思うのに、消え行く定めを望む本能に躊躇いを含み始める。
〈このまま己の終わりを、受け入れるか〉
──終われる、はずがない。
超越なる存在からの問いかけに、今度は即座に応えた。何もわからないまま終焉を迎えることだけは感情が抵抗した。
とめどなく押し寄せてくる、神の喪失からくる本能的拒絶は、もはや終わりに手をかけた彼のすべてを埋め尽くした。
終われない。
終われるはずがない。
終わっていない。
──終わりになんぞしてたまるか!
もうなにも残っていない、残されていない。この掌からすべてこぼれ落ちてしまったが......、
今からそれを拾い集めにいこう。
消失した神の愛をもう一度この手に取り戻すために──、
〈 踊れ、抗え。
運命を嘆くには まだ 早い 〉
不動の声が途端に、この世の全てを嘲るような魔性な嗤笑に塗り替えられるのを、
──最後に、聞いた。




