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【完結】序芝居  作者: のぼぼん(º∀º)
【起】〜天地創造〜
33/160

32話『未来のない明日を贈るため』★

 ルシフェルは今、不思議な感覚に陥っていた。これを何と説明してよいか、分からない。


 愛した神から突き放された哀惜と、その神が寵愛する(ヒト)への憎悪、そして神への忠順のみですべてが成り立つ天界ヘの怒り。そんな負の感情が、ルシフェルの心を相変わらず支配していた。


 ──それにもかかわらず、頭の中は妙に冷めているのだ。











 






「よくもまぁ、当の本人を蚊帳の外にして貴様らはそれほど好き勝手に論争できるものよ」

 



 高らかに笑っていたルシフェルは不意に笑いをやめ、どこか他人事のように肩をすくめた。そのあまりもの温度差にミカエルは訴えるように叫ぶ。




「なぜそこまで落ち着いていられるッ!!“堕天”だぞ!もうこの天界に君の居場所が無くなる!そして、堕天した天使は地獄にその身を永久にに囚われる!それは君も

とて分かっているはずだ!ルシフェル!」


「ああ。わかっているとも。だが、すべては“神の意のままに”、であろう?まさに貴様の理想論より語る天使のあるべき形ではなかったか?」


「グ......、」




 今まで感情的に暴れたルシフェルが嘘だったかのように、静かだった。不気味なくらいに。そんな彼の態度にミカエルが言葉に詰まっていると、





 〈ルシフェルの身柄を連行せよ〉





 神が放つ言葉に呼応し、(たちま)ちルシフェルの足元には光の陣が浮かび上がり、その身体はあっという間に縛りつけられた。

 と同時に、その身を強制的に床へと縫い留めようとする力が働く。



「グぅ、!?ヌォオッ!!」



 呻き声と共に、ルシフェルは地面へと崩れ落ちそうになるが、彼の矜持(きょうじ)がそれを許さなかったのか、なんとか片膝だけ地面につくだけになった。


 巻き付けられた光の鎖からは煙が上がり、甲冑からは焦げるような臭いがした。


 ガブリエルの【水の鎖(アクア・チェイン)】よりも遥かに上回る拘束力が一目瞭然である。

 さすがのルシフェルもそれを破ることができないようだ。




「ルシフェルッ!!」



 大地に座り込んでいたミカエルが、前のめりになって悲鳴のように叫ぶ。


 だが、ルシフェルは僅かに苦痛に耐える唸り声を上げるだけで、ミカエルを見ようとせず、ただひたすらに神のいる遥か上空を見据えるだけだった。



 〈人を害した咎により

 明日堕天の刑を執行するまでに 

     天牢に拘留せよ〉



 神の命令が下されると同時に、銀色の鎧を身に纏った二人の天使兵がその場に現れた。

挿絵(By みてみん)

 一対二枚の【()の翼】──それは中級三隊の下位・【能天使(パワーズ)】の階級を示していた。


 天使が使える特殊能力──【転移(ワープ)】を使って、遥か上空にある天界から瞬時に地上へやってきたのだ。



「大変恐れ入りながら、天使長。......いえ、ルシフェル様、貴方様を連行致すこと、どうかお許しください」



 座天使兵がルシフェルの体に触れようとした。



「触れるな!この無礼者!」



 しかし、ルシフェルそれを思いっきり睨みつけで払い除けた。


 予期せぬ反撃に、能天使兵たちは驚いた様子でその場で固まる。ルシフェルは鋭い目つきで彼らを見据える。



「気安く触れるでない.!.....この私を誰だと心得る?」


「──ッ!?た、大変失礼しました......!ご無礼をどうかお赦しくださいませ!」



 神に劣らぬルシフェルの威圧感にたじろい能天使兵たちは、ほぼ反射神経が作動し、慌てて後ろへと下がった。


 天使の最高地位を剥奪(はくだつ)されても、堕天を命じられた大罪人に成り下がったとしても、神に次ぐ力を持ったルシフェルのカリスマ性と威厳はそう簡単に失う訳ではなかったのだ。




「フン!天牢までは己の足で歩ける。それでいいだろう」


「え、えぇ。もちろんでございます。.....ご協力心より感謝致します!」


「なぁに、そう気構えるでない。ここまで来て無様なに抵抗したり、逃亡を図るなどの無粋な真似をするほど落ちぶれておらぬ──このルシフェル、逃げも隠れもしない」




 その正々堂々とした立ち振る舞いに能天使兵も感銘を受けたのか、敬意を払って深く頭を垂れた。




「はっ!寛大なるご対応を賜り、誠に恐縮でございます!!」


「では、参りましょう!ルシフェル様」




 そのやりとりを見届けたミカエルは衝動で起き上がり駆け出そうとした。が、後ろから誰かに腕を掴まれた。


 またもやウリエルかと思い振り向けば、



「ダメだよ?副司令」



 それはラミエルだった。


 彼は咄嗟の判断でやんわりとミカエルを押し止める。だが、ミカエルの方はそれで収まるはずもない。



「だがッ、ラミエル!」


「ダメなものはダーメ!もう(しゅ)は、決心なされたよ?今邪魔に入ったら、連行妨害として間違いなく副司令も同罪になっちゃうよ。最悪ルシフェル天使長の罪だってより重くなりかねない。それこそ誰も望まないね!」


「っ、」


 普段の楽天的なラミエルとは思えない真剣な様子に、わからざるを得ない状況を直視されたミカエルは暴走しそうなほどの苦い思いを飲み込んだ。




「それにさぁ……、副司令以外にだって我慢してる子がいるんだよ?」





 最後に一言付け足したラミエルの言葉に、ミカエルはハッとなって、ハニエルの方へ顔を向けた。


 体のところどころ地面の泥で汚れていて、未だに地面に跪いた状態のまま放心してるハニエルは、ショックで潤んだ目で、連行されるルシフェルを見つめていた。


 やがて唇をわなわなと震わせて、その双眸からは涙が湧いて、止めるのを知らないかのように大粒のポロポロと頬に流れていた。


 それを目にした瞬間ミカエルはどうしようもない悲愴感(ひそうかん)に苛まれながらも、何の手も打つことが出来なかった。ハニエルだって今すぐにでも駆けつけたいのだろう。お慕いする天使長の元へ。



 ──天使は神の意に反する行動はしてはいけない。



 その呪縛がミカエルとハニエルの衝動を繋ぎ止めていた。彼らの心の内の葛藤など知る由もなく連行されるルシフェルは、ミカエルの横を通り過ぎようとする。


 思わず体を踏ん張ってルシフェルを追いかけようとしたものの、まるで感覚がほとんど失われているように、ミカエルの身体が思うように動かなかった。

 頭の後ろで意識が少しずつ蝕まれていた。すべてが消えてしまう前にと、その場でミカエルは懸命に大声を振り絞った。



「──ルシフェル ッ!」



 返事など期待していなかった。最後の(わる)足掻(あが)きとして彼の名を叫んだだけだった。



「─────」



 しかし、ルシフェルは一瞬体をビクリとさせ、意外にも立ち止まりミカエルへ意識を向けた。

 それだけでミカエルはまだ希望はあると縋りたい気持ちになる。




(今すぐこの場から君を連れ出したい)




 そんな禁忌なる衝動を必死に抑えながら、ミカエルは口を開いた。


 


「これが、君が言う“神の試練”なのか!?」


「......、その結末もこの有り様だがな」


「──っ!君はこれでよかったのか!?神への絶対的な愛を守り抜いて、その結果が不名誉な罪禍を科せられたまま処刑される──このような結末なんてッ」


「言ったはずだ。真に神を愛す者なら、神の理を叛く先に訪れる神の断罪さえも喜んで受け入れるものだ、と。私はもう思う存分に神への愛を貫いた。その試練の結果が堕天なら、それさえも受け入れよう」



 断じて、ミカエルの発言はルシフェルの本質を捉えてなどいなかった。


 ルシフェルの思いの根源は、いつだって「神への絶対的愛」を発端としている。(ヒト)への服従拒否はあくまでその理念を貫くための必要な過程でしかない。

 


「まぁ、唯一心残りがあるとすれば、最後に(ヒト)の”堕落性本性“を神に立証できなかったことだな」

 

「堕落的、本性......?」



 そこで、ルシフェルは上空を一瞥して、言葉を続ける。



「フン.......、神は(ヒト)を能力的に天使に劣る意味での失敗作だったと仰るが、実際そんな生温い代物ではなかったのだ」


「どういう、意味だ......。それで(ヒト)を脅威として敵視することに関係するのか?」


「なぜこのルシフェルが(アレ)を“欠陥品”呼ばわりをするかは、所詮今の貴様らでは到底理解できぬ、いや、理解しようとしないだろうな。これ以上に言葉を尽くすのは無粋(ぶすい)であろう」



 諦念を瞳に宿して首を振るルシフェルの姿に、ミカエルは言葉を続けられずに押し黙る。だが、



「だから、()()()()()()()()()()。いずれはその時が来るだろう──案外そう遠くないうちにな」



 無用な言及を避ける一方で、後々に起こる禍根を意図する言葉。意味深に目を細めたルシフェルの嗤笑にミカエルは嫌な予感を覚える。


 しかし、ルシフェルの僅かに憂いを宿した双眸がそれ以上の言及を拒み、ミカエルの追及をそれで断ち切った。


 それに対しミカエルはますます焦燥感が募っていた。その感覚を理解し、ミカエルは自分の内面の焦りに対して疑問符を抱く。



(なぜ、これほど胸騒ぎが止まらぬのだ)




 得体の知れない感覚に冷や汗を浮かべるミカエルは、




「もしや、君は最初からこうなる事を心のどこかでわかっていたんじゃないのか......?」


「......さあな。どのみち、私の運命はきっと変わりはしないだろう」


「運命......?君が探し求めていた神の愛が導いた結末がこれか!そんなのッ」



 ──あんまりではないか!


 最後の叫びはもはや問い掛けではなく、悲痛な訴えだった。


 ミカエルのそれは周囲の熾天使たちの思いと同調するように空気を震わせる。


 神の愛に偏執(へんしゅう)するあまり、神の理を蔑ろにすることを厭わない。その結果破滅の道を歩む──そんな運命をなぜ受け入れることができるのか、ミカエルには到底理解できなかった。


 


「──神の愛、か」



 そうポツリと吐き捨てると、ルシフェルは空を仰ぐ。錆びた黄金の瞳にどこか寂しげな光が灯るのを、ミカエルは見逃さなかった。


 分厚い鉛色から落ちる大粒の雨雫に視界が霞んでも、ルシフェルの双眸は眼前の翳りの空の奥に潜む神の輪郭をはっきりと捉えていた。



「果たしてそれは今、()()にあるのだろうな」



 ──その瞳に映るのはこれまで追従して

きた父なる神。



 ルシフェルの言葉の口端には確かな力ない笑みが宿る。始めは演技かと疑ったけれど、すぐにそうではないことに気づいた。


 あれだけ頑なに自閉的(じへいてき)であったのに、この瞬間だけ、誰にも明かされることのないルシフェルの心の柔らかい部分が確かに見せてくれたのだ。


 神の御子の誕生以来、荒涼としていた瞳に悲しみは垣間見えて、ミカエルは胸を痛めた。


 そんな感情をまだ持っているのなら、どうして神に逆らったのだ。


 なぜ神が寵愛する(ヒト)に牙を()けたのか。


 ルシフェルの根底にあるのが憎しみか、神への変わらぬ愛なのか、分からない。


 彼の本質が見抜けない。


 その目に浮かぶ哀しみは、本物なのか。


 

「......話し過ぎたな。さらばだ」


「ッ、待て!まだ話が!」



 しかし、ミカエルの叫びに今度こそ応えることなく、ルシフェルはその場にいる全員を残し、背丈程ある大きな十二の翼を広げ上空へ飛ぶ立つ──能天使兵たちと共に。



 遠ざかっていく背中。


 何故だか、胸騒ぎが止まらなかった。


 ミカエルはその遠ざかっていく背中を、ただ見つめることしか出来なかった。



 結局はルシフェルの思惑が明らかになる事はなかった。


 それを知れるはずのあの日──ルシフェルからのシグナルを見落としたのはミカエルの(あやま)ち。


 最後の機会は、彼自らこの手で握りつぶしてしまったのだから。


 そして、



 (ぐ......、まずい。もう、限界だ......)



 ぷつんと、自分の中でなにかの糸が切れるような音がしたのをミカエルは聞いた。張り詰めていた緊張の糸が切れたことで、心の重石が一気に崩壊したのだ。


 それを最後に、意識が一気に遠ざかり始める。


 それまで鮮明だった意識が切り離され、世界が急速に霞み始め、視界が大きく傾く。身体が倒れ込んだのかもしれない。


 周囲の七大天使やアダムたちが焦りを浮かべ、すぐ近くで顔を覗き込んでくるラファエルが辛うじて見える。



「──それ見たことか」



 呆れたような、それでいてどこか哀しげなラファエルの嘆声を最後に今度こそ何もかもを置き去りにして、ミカエルの意識が暗闇の底へと沈む。

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