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【完結】序芝居  作者: のぼぼん(º∀º)
【起】〜天地創造〜
32/160

31話『堕天』



「え?堕天……?ルシフェル様……が?」



 神の処分宣言にハニエルの瞳が驚愕に見開かれる。


 一般の天使ならともかく、神に最も愛されたはずの最高位の天使長が強制的な堕天宣言をされるなどは前代未聞。

 その場にいた天使の誰もが驚きを隠せないでいた。


 もっとも、ルシフェルが堕天を命じられたのは、再三なる神への命令違反によるものなのか、それとも前々から神への忠誠心の放棄を見抜かれたからなのかは定かではないが。




「……それが、我が(しゅ)のご決断か」



 そう、静かなる問いかけ。




〈我は命じなり 

   人の子への危害は 禁忌とされる〉


  

〈──()()は  必要だ  〉





 いずれにせよ、それほどまでに、その者──ルシフェルのこれまでの所業の数々が未だかつてない神の逆鱗に触れたのは事実だ。




「ククク、このルシフェルの堕天に値するほどの償い、か。アハッハッハッ!」




 神の返答がおかしいと言わんばかりに笑い声を上げるも、ルシフェルは一度自嘲げな言葉を切り、




「──それほど(ヒト)が大事か」



 その短い一言には、ルシフェルの万感な思いが込められていた。だが、




 〈我が曙の子──ルシフェルよ〉


 〈実に心苦しく思うが 

     汝は天界から立ち去ねよ〉




 神の決定的な言葉がルシフェルの胸を貫いた。


 最も愛された熾天使はとうとう神にすらも見放されたのだ。



 否定された。打ち砕かれた。

 幻想は、粉々に崩れ落ちていく。


 肩が重くなり、全身に見えないなにかが覆いかぶさり、猛烈な眩みがルシフェルを襲う。


 視界がぐるりと回り、濁り淀んだ感情が胸の中で渦を巻き──、



「……そうか」



 それと同時に、ルシフェルの力は抜けていく。見捨てられた形になった彼は肩を落とし、脱力したように俯く。



「最後に、ちゃんと確かめられた」



 (はた)から見れば「自業自得」──そんな印象を抱いてしまう姿であろう。だが、それは後悔や絶望といった脱力感からくるものとは違う。


 奇妙にも一つの所行(しょぎょう)をやり遂げたものの達成感に宿る類のもので、自分の役目はこれですべて終わったような清々しさに満ちていた。




「御意」





 そこで、ルシフェルは大きく雨天を仰ぐ、


  


「──それが、我が主の望みとあれば」


  


 その響きは納得であり、諦観であり、決意であり、──つまりは、終わりだった。


 しかし、



「いやぁ!いやですぅ!神様!!お願いですっ!ルシフェル様をお許してください!」




 そこで決して終わらせようとしまい強い意思が割り込んでくる。

 これ以上ルシフェルへの仕打ちを見ていられなくなったのか、ハニエルが飛び出した。





「罰が必要でしたら、ルシフェル様でなく、わたしが、このハニエルが代わりに墮天しますからぁっ!」



 両手をついて、頭を地面につけてひれ伏し必死に神に泣訴する。




「ハニエル!何をなさいますの!?」


「ちょ、ハニー、さすがにそれはまずいよ」




 ハニエルの突然の行動に、思わずガブリエルとラミエルがぎょっとして声を同調させた。




「ハニエル!貴様ッ!何を馬鹿な事をほざいてる!我らが主に対してなんたる無礼な!」




 当然そんなハニエルの挙動をウリエルが見過ごすはずもなく、彼女を強く叱咤した。


 しかし、そんなウリエルが目に入らぬようで、ハニエルはひたすら地面につけた額を擦り付ける勢いで頭を下げた。



「神様!ルシフェル様は不器用でわかりにくいけど!そのやり方はみんなからは褒められなくても!本当は誰よりも神様のことを愛しているのです!だから、どうか、どうか!!」



 早口で、声が上擦り、喉が詰まり、そして、最後は──、


 

「どうかルシフェル様をお見捨てなさらないでぇーーーー!!」



 悲鳴のような訴えの叫びは、周囲の七大天使たちの動揺を引き出した。


 豪雨による地面の泥水の汚れなんて全く気にしない。

 普段オシャレや身なりを誰よりも気にするハニエルからは想像つかないほどの必死さだった。それだけ彼女がルシフェルに傾倒しているのが伝わってくる。


 そこでさらに、



(しゅ)よ!主のお怒りは、心よりお察し申しあげます!」




 ミカエルもまた追随するように、渾身の力を振り絞って立ち上がった。


 ミカエルの傍で寄り添うラファエルは口を出すつもりはないらしいが、ミカエルに対して物言いたげに細められている。

 大方、無理をするなと言外に釘を刺しているのだろう。


 だが、自身の不調なんて構う場合ではない。このまま傍観に徹すればミカエルにとって本当に取り返しのつかない結末になってしまう。

 内心ラファエルに謝罪しながらも、ミカエルは神のご決断に対して表明する。




「確かにこれまでのルシフェルの横行を許すことはできません。しかし!ルシフェルを堕天させてしまえば、間違いなく天界が混乱してしまいます!それを鑑みて、ルシフェルの裁量減刑の余地はあるのではないでしょうか!」


「なッ!?副司令まで何をおっしゃいますッ!」



 そこですかさずウリエルの非難が飛んでくるが、ミカエルはなりふり構っていられなかった。


 その瞳に浮かぶのは焦躁と、そして決死なまでの懇願の色だった。


 本来であれば、神の決断を覆す言動などルシフェル以外の天使の場合は不敬に値する。

 しかし、この時は、この時ばかりは、天使としての行動理念に反してまでも、ミカエルの中にどうしても譲れないものがあった。



「我が至高なる(しゅ)よ!どうか御慈悲を!ルシフェルの堕天をご再考願います!」



 ミカエルは体の痛みに堪えながら、ハニエルに追随し、その場に跪いて、深く(こうべ)を垂れ、嘆願した。




「我が兄弟──ルシフェルの極刑だけは、どうかお許しを!」



 ルシフェルという罪人を庇うための行いであるが、皮肉にもミカエルのその姿こそが慈悲ある酌量を求める罪人のようであった。


 ミカエルとハニエルの願いに、神は暫し沈黙する。


 やはり無謀な願いであったかと、ミカエルは内心冷や汗が流れた。



「副司令!いい加減にしてください!なぜ今だにルシフェルを庇うのですかッ!?我が神の命を背く愚か者ですぜ!?それも一度ならず三度までも!天使長の権限とはいえ、ここまでの暴挙が許される道理はない!」



 口を挟むウリエルが当然のような口ぶりでそれを却下する。ミカエルを見据える目つきには凄い鋭い光を帯びていた。




「確かに副司令の言い分には一理ありますぜ。ルシフェルが堕天となれば天界全体が混乱し、多くの崇拝者が悲しみ嘆き、最悪()()()を始める。そうなれば、更なる混乱を招くことは間違いないでしょう」



 ウリエルの言を聞き、瞑目し俯くミカエルの内心は計り知れない。それを逃さないようにウリエルは殊更その視線を鋭くし、



「だがしかし!!堕天した者を後追いしたいのなら、そうさせておけばいい!」


「っ!ウリエル、何を、」


「ルシフェルの崇拝者が多いことは周知事実!当然追う奴らも同じ神への反逆者と見なされる!それで天界にどれだけの裏切り者が埋もれていたのか、この際はっきりするのですから」




 「至高無上の神を背く身の程知らずを(あぶ)り出す機会ですよ」と最後に冷たく語るウリエルは片手を出し炎を纏った。


 その燃え盛る炎からは殺気しか感じない。ウリエルは、最悪な事態を想定した上でその考えは変えないでいるつもりだ。


 罪徒を炙るための業火を片手に纏ったまま、ウリエルは昏く据わった目をルシフェルへ投げた。神の赦しさえ有ればすぐにでもその炎の役目を生かしたであろう。



 

「そいつらは全員粛清の対象とすることで、天界の汚点の清算となります。むしろ、好都合ではありませんか!」

 



 「天界の秩序」を保守するミカエルに対して、「叛逆者の排除」の履行を優先するウリエル。──過激な思想を持ちいるものの、それはすべてウリエルなりの神への愛の形に過ぎない。

 もしかしたらウリエルこそが本来神が求める天使があるべき形の典型かもしれない。罪と不浄を嫌うウリエルの本来の役割の片鱗が垣間見られた。




「ウリエル!君はそれを正しいことだと思ってるのか!?」


「正しいかどうかではありません。()()()()()()()()です。それを基準に“正”か“邪”を問うのであれば、“裏切り者の徹底排除”──私の判断は間違いなく“正”だと断言できます!」




 ウリエルは毅然と言い切った。


 ウリエルのあまりな気迫に、気圧されたミカエルの覆面の奥は顔を歪める。ウリエルの一貫とした絶対的信念に脱帽すらしてしまう気持ちだった。



「ぐ……、私、は」



 いよいよ反論できないミカエルは口を濁す。ウリエルの言うことすべてが天界においては「正論」だからだ。

 ミカエルの絶望感と無力感に沈む色を灯す双眸と視線が絡む瞬間、ウリエルはやるせ無い思いで内心舌打ちをした。



 ──そんな目を、させたかったわけではないのに。



 茫然とするミカエルに、ウリエルは心配を一滴だけ垂らした抑揚を欠いた口調で切り上げた。



「……副司令。すべては我が(しゅ)の御意のままであれば良いのです。貴方が、気に病むことなど、何一つありはしませんぜ」



 これ以上ミカエルが神のご意向を無視した行動を続けば、彼までもが同じくしてルシフェルの堕天に相応する処罰を与えられかねない。


 罪人擁護として最悪の場合、ミカエルも同罪となってしまうかもしれない。ウリエルは内心それを懸念していた。


 


「ククク、」



 口論するミカエルとウリエルの前で、俯いて顔を隠したルシフェルの肩が震える。 なんだ、と怪訝そうに振り向くウリエルの前で、彼は弾けるような勢いで顔を上げると、




「ッフ、───ハッハハハハッハ

 ハ!!!」




 張り詰めた空気を切り裂いたのは、これまでずっと沈黙を徹していたルシフェルの高笑いだった。

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― 新着の感想 ―
超絶久しぶりに読みました。 いやールシフェル、愛されていますね! あれだけ神に逆らって、その態度を見てきた天使たちでさえ、彼をかばうのですから。 そんなに愛されることできるのなんて一握りの存在なのに。…
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