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【完結】序芝居  作者: のぼぼん(º∀º)
【起】〜天地創造〜
31/160

30話『狂気の果てに』★




 ─────寒い。苦しい。



 動かせない身体。朦朧とした意識の中、ミカエルが真っ先に浮かんだのは苦痛の感情と蝕むような悪寒だった。



 (なん、だっ、これは...)



 「蝕まれた」と認知したと途端、さらに、「闇の呪い」は加速した。体内を荒れ狂う苦痛の種が芽吹こうとミカエルを苦しめていた。


 呼吸すらままならない程の激痛に息が詰まるばかりで、僅かな嗚咽(おえつ)すら漏れそうになる。



 (......とにかく、少しでも光の波動をっ、)



 視界はとにかく歪んでいて、今にも暗闇に支配されそうなミカエルは判断が早かった。


 最後の力を振り絞り全身に浄化の光を流し込むのを試みることで、なんとか意識を保たせることだけが精一杯だ。


 そうしている間にもルシフェルの心の籠の中に飼い殺された凄まじく渦巻いた負の思念が無遠慮にミカエルの体内に駆け巡り蹂躙していた。






            憎悪


 

 残虐


         傲慢


    狡猾


                狂気


          悪意



        絶望



 それは、聖なる天使が持ち合わせるにはどれも(おぞ)ましく体が震えるほど醜いものだった。


 それを身にもって知れば知るほど、ミカエルは朧げながらも理解できた。





 (ああ......きっと、これは...私への罰なのだ)





 ──ルシフェルの心の闇から目を背けた罰。







      ◇◇◇◇◇◇◇






「──ッ、!わ、たし、は」


「ラファエル!ミカエルが意識を取り戻したわ!」


「ふむ。とりあえず一命を取り留めたようだね」



 ラファエルの的確な応急処置のおかげで、ミカエルの意識を闇から引き上げることに成功したのだ。




「ミカエル!しっかりしてくださいまし!」


「、ル......ルシ、フェル......!」





 体を動かせずに横たわるミカエルは目覚めば、唸るようにルシフェルを呼ぶ。

 紡がれたその名は酷く掠れていて、無慈悲にもけたたましく鳴り渡る雷雨の音に呑み込まれてしまった。




「......フン。いくらラファエルの治癒でも、消滅を免れそこで無様に這いつくばるだけで済む訳があるまい。咄嗟に【光】の力で相殺(そうさい)したのだろう?さすがは我が魂の片割れだとでも言っておこう」



 【闇】を守護する熾天使の聖術の一つ──【闇空洞(ダークネス・ホール)】は触れたものの存在を瞬時に消す能力があった。

 まさにルシフェルのみに与えられた畏怖の念さえ抱かれざるおえない脅威なる能力。


 ミカエルが重体で済んだのは、ルシフェルの攻撃をその身で受ける際に自身の光の力でダメージを大いに軽減させる──そういった機転が功を(そう)したのだ。



「だがまぁ、風前の灯火には変わりはないか」



 退屈そうにルシフェルがそう言うや否や、ミカエルの身体に不気味な紫の渦模様が浮か上がる。

 さらに肉体からは遥かに(いびつ)で戦慄するほど闇なる聖力が垂れ流されじわじわとミカエルを蝕む──まるで食い尽くそうと言わんばかりに。


 それを、ラファエルが庇うように強く否定する。



「このラファエルがいる限りそうはさせないのだよ。ミカエル。もう少し耐えてくれたまえ」



 このままではいくら光の天使でも滅びを免れない。そう即座に危険と判断したラファエルは素早くもしなやかな動作で両掌から聖力を放出し、それをミカエルの全身へやさしく押し当てる。



「風よ。かの者へ癒しの加護を与えたまえ──【風の祝福(ブレス・ウィンディ)】」



 呟き、ふいに柔らかなそよ風が吹き始め、淡いグリーン色の光となってラファエルの両掌に集約された。

 それを横たわるミカエルの全身をゆるやかに覆うと、その淡い光でもって痛みと侵食感を塞ぎ止める。



「す、すごい......!」



 側から見てるアダムからは感嘆の吐息が漏れる。その瞳が釘付けになるのは、瞬く間に回復するミカエルの身体だった。

 あれほど纏わり付いていた毒々しい闇の穢れは綺麗に浄化され、先ほどまでに変わり果てたミカエルの体は、既に動きに支障が出ない程度には回復していた。


 腐敗した大地をも浄化する程のラファエルの強大な治癒力をもってすれば、光以外で対策不可能なルシフェルの闇の侵食を一時的に食い止めることができた。


 そんなミカエルの回復を見届けて、



 〈嗚呼 ルシフェル なんたる狼藉〉



 地上は物々しい雰囲気に包まれている。


 神の厳つい声がその他の七大天使の感情を加速させた。暴動が起きかねないその状況を目にしたミカエルは、




「....っ、ハァ、ハァ...っ。ルシフェル!今までの非礼を、(しゅ)()びるんだ!」


「副司令。もう喋るな......。闇の負荷(ふか)を完全に除去したわけではない。緊急処置はしたが、君の体内の奥底に深手を負っていることには変わらないのだよ。あまり体を活動化させてはまた症状が進行する。それが完了してしまえば今度こそ破滅は免れないのだよ」



 いくらこのラファエルでも【無】から【有】へ創り出せない。要は、取り返しのつかない事態になってしまう。



「ダメ、だ.....、今すぐルシフェルを、止めなければ......っ、」



 危惧(きぐ)するラファエルの制止にはどこか切羽詰まっているにも関わらず、ミカエルはそれを聞き入れることはしなかった。

 時折呻き声を漏らしながらも、執拗にルシフェルに訴えかけた。少しでも彼に伝わるように。



「きっと、今なら、っ、....我が主も、慈悲を.......与えて下さる!ルシ、フェル!詫びるのだ...っ!」



 そんなミカエルを横目にルシフェルは、薄っすらと笑い、



「──私は何も間違ったことを言っていない。これまでの発言を撤回する気もない!!!」



 と、無情にもミカエルの訴えを切り捨てた。



 包囲されて怯むどころか、ルシフェルは周囲を睨みつけ、凶行に走ってなおも反撃しそうなその勢いに──、



「──【水の鎖(アクア・チェイン)】!」



 突如現れた鎖に模した水に拘束され、ルシフェルは体の自由を奪われた。


 それは猛雨によってできた地面の水溜まりが聖力によって波紋を広げ、発動されたものだった。


 抑えるのに精一杯な力強い抵抗。

 抑え切らないほどの荒れ狂う殺意。

 それら両方の「沈静」を狙った柔軟な水には、思い当たる節があったからだ。


 ルシフェルはすかさず激しく頭を振り、自分を束縛する元凶を睨みつけた。


「──ガブリエル。なんの真似だ」


挿絵(By みてみん)


 恫喝を込めてガブリエルに解放を要求するも、彼女はただ苦しげに顔を伏せるだけだった。



「ルシフェル天使長!ああ、どうかっ、ご無礼を御許しください。ですが...!!後生ですから、もう、これ以上罪業を重ねないでくださいませ!」



 ──その眼差しは慈悲を施して罪の償いをと乞うていた。


 しかし、懇願と言ってもいいほどのガブリエルの説得をも切り捨てるかのように、ルシフェルは射殺す勢いで睨みを増し、




「これしきの拘束など......笑止ッ!!!」





 パシャアアアアアアンッ......!


 



「きゃっ.......!」


「ガブリエルッ!」




 次の瞬間には、糸も簡単に【水の鎖(アクア・チェイン)】の拘束をあっさりと破った。




「片腹痛いな。こんな生半可な拘束でこのルシフェルを止められるとでも思ったか。ガブリエルよ。やるなら絞め殺すつもりでやるべきだったな」



 そこで、ガブリエルの横に控えたウリエルが彼女を庇うようにルシフェルの前へ大きく出て、ルシフェルを睨み返した──その双眸には憤怒と侮辱の色がハッキリと滲んでいた。



「──天使長!!貴方にはッ、ことごとく失望しましたッ!!同胞を......!!──己の片割れの弟を傷つけてもなおその蔑みな態度ッ、そこまで貴方は堕ちぶれるのだ!!」




 ウリエルは吼えた。


 だが、それに応答するのも億劫(おっくう)なのか、ルシフェルは無言でそれを冷たく見据えるだけ。


 ウリエルの双眸が憤怒の炎に(たぎ)っていたとすれば、ルシフェルの瞳に広がるのは淀みのない暗闇の静謐(せいひつ)さだ。



「ミカエル副司令は、貴方を信じていたのに......ッ!!」



 誰にも聞こえないように小さく呟き、どこまでも痛痒を感じさせないルシフェルの態度を懲らしめようといわんばかりにウリエルは拳を握り締めた。──その募る攻撃性はいつ暴発してもおかしくはなかった。


 だが、それでもウリエルは耐えた。

 耐えるしかなかった。


 どれだけ怒りが湧こうと、憎しみが募ろうと、自分の中で行き場を失った激情を、無理やり殺すしかなかったのだ。


 天使長という地位を剥奪されたとはいえ、相手はあの天下無双のルシフェルだ。いくらウリエルでも迂闊に真っ向から挑むのは、流石に立場的にも実力的にも()が悪い。





「どうした?ウリエルよ。かかってこないのか?ご立派なのは口先だけではなかろうな」


 だが、そんな生来(しょうらい)激情家なウリエルのなけなしの忍耐も、結局は憎々しいルシフェルからの露骨な挑発によって完膚(かんぷ)なきまで叩き壊され、



「ッ、野郎ッ!どこまでおちょくれば気が済むのだ!」


「ウリエル!ダメよ!」


「さすがに相手が悪すぎるよー!」


 そんな短慮が爆発し、周りの制止を振り払いながらも、ウリエルが勢いに身を任せてしまおうとした瞬間──、



 

 〈双方とも 鎮まれ〉

 

   


 相対するルシフェルとウリエルの間に割り込んでくる神の声によって終止符を打たれる。


 そして、



 〈ルシフェルよ 実に嘆かわしい 〉


 〈これまで汝の行いには

       度々苦言を呈した〉


   


  〈汝の目の余る所業の数々

   これ以上 赦す訳にはいかぬ〉



 異様な圧迫感。


 ──直後、雨はさらに勢いを増し滝のように降り始め、吹き荒れる風も凍えるまでの冷たさを纏う。


 その超常現象はいよいよもって、神の逆鱗に触れた顕現。



 〈今までは我が甘さ故 

     目を瞑ってきたまで〉


  〈されど それでは

     他の天の子らに示しがつかぬ〉




 〈(ヒト)に対する不敬

  すなわち 我に対する不敬なり

   それは充分謀反罪に値する〉



 突き放すような(こと)()はこれまでにない程冷ややかで、




 〈因って その罪深き業を(もっ)てして〉




 豪雨が激しく地面を叩きつける音も、吹き荒れる風の音も聞こえない。


 世界から音が消失し、色すら消えた世界に取り残される錯覚に陥る。




 〈──汝には“堕天”を命じ与える〉




 刹那、その場にいるルシフェル以外の天使たちはどよめいた。




「堕天ですって......?」

「主よ。それは誠か」




 堕天。


 その身から天使としての地位の剥奪、及び──天使の象徴である翼を剥奪するものとするのが罰則となっている。


 翼を剥奪することはすなわち、天使としての資格を失うことであり──「天界からの追放」を意味する。

 つまり、実質上は天使としての「死」に相当し、天界においては最も重い刑罰である。


 何より、通常天使の翼よりも倍の数──特別に十二もの翼を授けられたルシフェルからすれば、それらをすべて奪われるのはなんとも惨めで、これ以上の屈辱はないだろう。


 本来、堕天する場合は天使本人の意思が大きく関係してくる。神への反逆、離反、自由を求め、少なからずは()()()()()()天界を見限り、立ち去る覚悟と諦めがあるものだ。


 だからこそ──天使自身の意思と関係なく──神から直々に指名され強制的に堕天させられるのは、天界の長い歴史でもルシフェルが初めてなのだ。


 神の怒りはついに究極の形へと進化し、全霊の拒絶感をルシフェルに突きつけたのであった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 久しぶりのコメントです。 ついにルシフェルは堕天しましたね。 神は判断が遅いというか何というか……神はそれほどまでにルシフェルのことを大切に思っていたんですね。 さて、神から堕天の罰が…
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