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【完結】序芝居  作者: のぼぼん(º∀º)
【起】〜天地創造〜
28/160

27話『傲岸不遜の向こう側』★

 すべての神の創造物は、定められた己の(くらい)の上に立つ権威に従うべきである。

 なぜなら、神によらない権威はなく、この世に存在している権威は、すべて神によって立てられたものだからだ。


 従って、権威に逆らう者は、神の定めに(そむ)く者である。叛く者は、自身に裁きを招くことになる。


 つまり、ルシフェルが人への服従を拒むのは、神を全否定するに値する行為であることは自明の理なのだ。





「我が(しゅ)よ!たとえ貴方の御命令であっても、このルシフェル断固として、(ヒト)の存在など認めはしないッ」





 それでも、これほどの衆人環視(しゅうじんかんし)の前で堂々と、ルシフェルから神へ発せられる拒否の言葉はとても力強く、なおも迫力を失うことはなかった。


 その光景を誰もが息を呑んで見守っていた。もはやその失言を誰が口にしたのかは問題ではない。問題なのは、それによってどんな恐ろしい事態が引き起こされるか、だ。




    〈────────〉




 しかし、神は再び沈黙を守り続ける。



 シュゥウ... 、と身を切るような一陣の冷たい風が、吹き付けてきた。

 それも青く澄み渡る上空からきたように思われた。まるで神の不穏な御心(みこころ)を表しているようで、それがまた恐ろしい。


 

 そこで、




僭越(せんえつ)ながら、ルシフェル天使長。私から一つ発言よろしいかね?」

挿絵(By みてみん)

 その問いかけはラファエルの口から発せられていた。

 彼は片眼鏡(モノクル)を持ち上げ、理知的な輝きを瞳に宿して、真っ直ぐな視線をルシフェルへ向けていた。

 


「......聞こう」


「では、失礼して。この私が思うに、なぜ天使長はそこまでして我が(しゅ)のご尊命を(かたく)なに拒否するのか、どうも()に落ちないのだよ。よろしければ是非ともその真意をお聞かせ願いたい。それに関しては、ここにいる全員が同じ思いだと思いますがね」


「......、このルシフェルの真意を問うか」


「ええ。本来神の命に叛くことは大罪に等しい。天使長とてそれを知らぬ身ではございません。だからこそ、何がそこまで貴方を駆り立たせるのか、そこを知らぬままですと我々も判断に困るのでね」




 ラファエルは瞑目し、小さく首を横に振りながらルシフェルの行動の原点に問いかけてくる。そうまでして、なにを望んでいるのかと。




「ラファエルの言う通りですぜ!天使長!貴方は我々全天使の代表として、確かに唯一偉大なる神への不服申し立てが許されている。いわば、貴方が神の右腕という特別な立場にあるというのは、我々は元より全員承知済みではあります!」




 地団太を踏み、そのやり取りに割り込んだのはウリエルだった。

 全員の注視を受けながら、彼は拳をギュッと握りしめ、




「──しかし!いくらそんな貴方でも、神に仕える天使という建前上の立場もまた変わりはない!たとえ神への進言や抗議ができても、神からの命令を拒否する権限は無いはずですッ」


「......フン。随分と上から物を申すように立派になったものだな。ウリエルよ。」




 ルシフェルとウリエルは静かに競り合う。見えない火花が二人の間に散っている。





「ウリエル。貴様はどちらかといえば、このルシフェルと同意見だとは思っていたがな。己よりも低俗(ていぞく)な種族に仕えることにはまったくなんとも思わんのか?」


「......正直に申し上がると、まだよく知りもしない(ヒト)という種族に従うことを、心より受け入れているかと言えば、それは嘘になる。他の者と比べたら、いかんせんこのウリエルにはそれほどの融通性(ゆうずうせい)がないのでな」


「そこまで自覚している身でありながら、なぜそう容易く(ヒト)に平伏すことができる。貴様の天使としての誇りはその程度のものか」


「簡単なことです!どんな命令であろうと、たとえそれが天使の沽券(こけん)に関わろうとも、我々の神がそう望んでおられるからですぜ!(しゅ)の望みを叶えるのが我ら天使の役目であろう!」


「ほう?やがて堕落する(ヒト)の脅威に目もくれず、神の望みならどんな不条理な命令でも貴様は盲目に従うのか。神以外の者に頭を垂れ、それで天使としての誇りも威厳を捨ててもいいと?実に理解できぬ。ウリエルよ。貴様ならとは思ったが、所詮違わず神の傀儡でしかなかったか」



 

 単純な失望こそがルシフェルの双眸(そうぼう)に浮かび上がる。


 だが、



 (堕落......?人の脅威......?)



 その時、ここで初めて聞く情報にミカエルは引っ掛かりを覚えた。

 そういえば先程もルシフェルは、何気(なにげ)に人が神を裏切る危険性を指摘する内容が見られたが、そのような趣旨についてはあの決裂した日──彼がまったく言及していなかったのはどうも気がかりだ。


 違和感。次にそれがミカエルの直感を刺激した。根拠はない。ただまるで電流が走ったかのようにミカエルの中に閃く。


 確かにルシフェルの口から強く主張される天使の権威の保守というのはきっと建前で、──本人は決して認めないだろうが──少なからず「(ヒト)への嫉妬」もまた本心なのだろう。


 しかし、




「本当に、それだけか?」




 間を置いて、無意識にミカエルの口から絞り出された、掠り切った小さな問いかけ。そのぽつりとした問いかけは、独り言で終わるはずだった。




「──なに」




 だが、それを耳聡く拾い上げたルシフェルは意識の半分をウリエルに()てながら、横目でそっとミカエルに微かに揺らいだ視線を寄越(よこ)した。


 覆面(マスク)で相変わらず表情の見えない顔だが、その瞳にほんのりと感情が渦巻いて見えるのは兄弟として長い付き合いの賜物か。



「ルシフェル。君はこれまで天使の矜持(きょうじ)と名誉を守ることを大義名分としているが、(ヒト)への服従を頑なに拒否する理由としては、果たしてそれだけなのか?」



 つい先程までは、それこそがルシフェルの真意であると思っていたが、先程のルシフェルの言葉尻が、それを否定するように思える。


 神に次ぐ絶大な権限を持ち今では少しばかり高慢な振る舞いが目立つルシフェルだが、その一方で大衆の上に立つ者としては最低限の筋を通す矜持(きょうじ)も持ち合わせている。


 いわば、ミカエルに限らず誰もが知るルシフェルは気高く聡明で、誰よりも義理高い天使だった。

 そんな彼が「(ヒト)に仕えよ」と命令された程度で不満を覚えたとして、そこからさらに愛する神に背くほどの強い対抗心が芽生えるものなのだろうか。


 「嫉妬」──さすがにそんな感情論だけで至高なる神の命、すなわち、アダムへの服従を拒絶するのにここまで固執しないはずだ。

 


 そう、どうにも腑に落ちない。

 冷静に考えれば考えるほど。


 ルシフェルが未だかつてないほど強く神を否定することも、(ヒト)を異様に嫌悪感を寄せるのも、


 その言行(げんこう)不一致の底には深い事情があるはずなのだと、──そんな首をもたげた期待から導き出した答えは、所詮ルシフェルを信じたいが故の都合の良い幻想だと言うのは否定できない。それでも、


 その含意を節度ですっぽりと覆い隠して、次にミカエル口を開こうとする時だった。




「理解を苦しむのは私の方ですよ。ルシフェル天使長。」




 どうやらそのルシフェルの違和感に気づいたのはミカエルだけではなかった。



「私は直情に走りやすいが、物事を客観視することくらいはできます」


「......何が言いたい。」


「貴方は尊大な方ではあるが、ミカエル副司令のおっしゃるように、それしき理由だけで、こうも執拗(しつよう)に我ら神に反発するような場を弁えぬ愚か者でないことくらい知ってます。......曲がりなりにも貴方は我々のリーダー、天界を統べる傑出(けっしゅつ)したお方ですからね」



 ルシフェルは奇妙な生き物でも見るような目でウリエルを見つめていた。

 思想上でも性格上の相性においても、ウリエルは昔からルシフェルとはよく折り合いが悪かった。それは周知の事実だし、当の本人たちも自覚していることだった。


 天使であることに誇りを持つウリエルは、自他に対して神の理の徹底した「厳守」と、天使としての「忠誠心」を強く保つ姿勢こそが、神に仕える者のあるべき姿だと考えている。──そんなウリエルの考えは、天使としては正しいものである。


 だからこそ、神の理に囚われ過ぎることを危惧したルシフェルとの間で、これまで意見の対立が起こるのは至極当然の話だった。


 


「フン。あのウリエルがなんとも.......意外だな」


「.......何がです」


「普段の貴様なら真っ先にこのルシフェルを(たて)()くというのに、どういう風の吹き回しだ」




 だからこそ、今さらながら、それもこの期に及んで、少なからず常時(じょうじ)よりも客観的に評価してくれるウリエルのことが、ルシフェルには不可解でならなかった。




「......俺は.......、私は貴方を好ましく思わぬ故に、日頃から無礼な言動が多いのは自覚しておりますだが先程申し上げるように、公平な視点から私はあくまで正当な評価を述べたまでです──それに、」





 そこで一旦言葉を止め、ウリエルはミカエルの方へ一瞥(いちべつ)する。





「......らしくもなく、どこかのお人好しにほんの少しだけ感化されただけです。」


「──!ウリエル......」




 驚くようにこちらを見るミカエルを視界の端に捉えながらウリエルは、ルシフェルに向き直り一歩近寄った。


 風が吹いていた。


 一際強いそれが吹きつけ、向かい合う二人のマントや服の(すそ)が激しくたなびく。


 ルシフェルの胡乱(うろん)げな瞳と、ウリエルの真剣な瞳──似て非なる両者の黄金の瞳が交わる。



 お互いの瞳が互いを探り合う。

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― 新着の感想 ―
[良い点] あんなことがあっても即座に裏切りの反逆者としてルシフェルを処分しない天使たち。 そこにルシフェルに対する確かな信頼を感じます。 それにしてもルシフェルは「人が堕落する」と分かっているよう…
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