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【完結】序芝居  作者: のぼぼん(º∀º)
【起】〜天地創造〜
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19話『魔帝の片鱗』★

 いつからだろうか。

 忠誠を誓うべき神に不満を抱き始めたのは──。


 なぜだろうか。

 愛するべき神に並ならぬ憎悪を募らせたのは──。



 神から最初に創造されたルシフェルはこれまで天界の何者よりも神に献身的に尽くし愛したことを自負していた。

 だから自分が天使の中で最も神の御寵愛を一身に受けるべきで、それは今もこれからも変わらない。



      ──そう、思っていたのに。
















 きっかけは、きっとほんの小さな(ねた)みであろう。


 【御子(みこ)】の降臨、そして何より【(ヒト)】という被造物(クリーチャー)が誕生してから、すべてが変わってしまった。

 天使よりも後から創造されたにも関わらず、能力も思考も全て天使に劣るくせして、今や神のご寵愛(ちょうあい)を独り占めしていた。


 神を知ったと思っていた哀れな美しい(あけぼの)の天使は、神を知ったと思い上がっていたことを知る。


 【(ヒト)】を憎悪する一方で、そんな出来損ないの被造物(クリーチャー)を目に掛ける神には絶望から冷たい幻滅へ変わった。

 それからルシフェルは(おご)り高ぶり、その胸に少しずつ神への反骨心が芽生えていく。次第に神に対する反抗的な言動を取ることが多くなり、神への恨言を漏らすようになったのだ。

 しかし、そんなルシフェルの憤怒は当然神に絶対忠順とされる全天使の総意であるはずもなく、やがて周囲の天使たちとは様々な軋轢(あつれき)を生じ、ルシフェルはいつしか天界では孤立化が深まっていった。



      【反逆の熾天使】



 今ではその神に次ぐ圧倒的な力と(あい)まって、ルシフェルの名声は輝かしい天使長という称号とは裏腹に、不名誉な形としてこの天界に波紋を広げた。


 あの社交殿(ソーシャルプレイス)でルシフェルにぶつかってきた下級天使たちのあの異様な怯えっぷりも、今思えばルシフェル自身への「畏怖」だけでなく、ルシフェルの疑惑からくる「恐怖」もあったのだろう。


 ふと、芯まで冷えるようなミカエルの声が、またしても脳裏で攪拌(かくはん)する。






『天界の者として、責務を果たし、今の君の思想や言動は相応しくはないと判断するべきだ』



『たとえ我が兄弟であろうと、神への忠誠として君を処罰せねばなるまい』







 今の天界は狂っている。


 低俗な被造物()を創り出した神に何ら疑問を抱かずに崇め続けるのだ。ルシフェルは己の「自由の意志」に従い、その狂いを正すために立ち上がったというのに、なぜそれが分からないのか。



 誰からも理解されない虚無感。

 容赦なく突きつけられる疑惑。


 やがて湧き上がる疎外感は渦を巻いてルシフェルを襲う。──それはまさに「孤独」というものだった。


 行き場を失った()えがたいそれがルシフェルに取り憑き、怒りと虚無の渾然とした情感が彼を飲み尽くした瞬間、ルシフェルの胸の内に──自分でさえも身震いしてしまうほどの──ある背徳な征服欲が生まれ落ちた。





   “己が、神になってやる”。







      ◇◇◇◇◇◇◇






 ほとんど無意識にこぼれ落ちたそれは、間違いなくルシフェルの本心だった。一拍遅れて得も言われぬ良心の呵責(かしゃく)と後悔がせり上がった。


 ルシフェルの深層心理にあるそれには、「神の座を奪い取る」という反逆心が巣食っていたのだった。

 同時にそれは、「己こそが神に相応しい」という傲慢な野望を意味していた。本来であれば誰にも見せない、見せてはならない──神が絶対である天界にいる限りでは(あば)かれるわけにはいかない──罪深き心の闇。


 それでも、敵に胸の内を見せてしまった。ルシフェルの心の隙間に(いぶ)る野望を(あらわ)にしてしまった。


 魂の片割れ(ミカエル)にすらここまで打ち明けることはなかった。到底打ち明けていいものでもなかった。ルシフェルの心のずっと奥深くに仕舞い込んでいたものを、今ここで陽に当てようと思ったのはなぜだろう。


 敵に易々(やすやす)と暴かれた一種の自暴自棄(じぼうじき)にも似た感情からくるものもあるが、おそらく自身の野望を鋭く見抜いたリリスにある種の奇妙な親近感を抱いたせいなのだろう。


 もっとも相手が天界の敵(魔族)であるだけに滑稽(こっけい)な話ではあるが。いや、むしろ神と対立する魔族だからこそ、この時ばかりは気兼(きが)ねなく打ち明けたのだろう。

 そのせいか、当初リリスへ向けた攻撃性は不思議と僅かに緩和したルシフェルは不意に自嘲を漏らす。

 



「フン。天界の首領たる者がこのようなおぞましい野望を秘めるとは烏滸(おこ)沙汰(さた)。このルシフェルを笑いたければ笑うがよい」



 この天界では決して許されざる抱懐(ほうかい)をてっきり揶揄(からか)われるものだとは思っていた。


 しかし、そんなルシフェルの予想に反して──、


挿絵(By みてみん)


「......ああ♡やはり、()()()()の目に狂いはなかったわ♡」




 リリスの顔には恍惚(こうこつ)とした甘美なる微笑みを浮かんでいた。それを不本意にも、ルシフェルの視線は一瞬だけ釘付けになってしまった。





「ああ〜!なんてお(いた)しい!ルシフェル様!これまでずっと辛い思いをしていたのねん!」


「やめろ。(あわ)れみを求めて腹心を()いた訳ではない」


「ええ!ええ!もちろんわかってるわん♡でもね、どうしても同情しちゃうの!ルシフェル様は今まで一心に神を愛し尽くしてきたのに、肝心な神は今では早速(ヒト)なんかに目移りしちゃって、ほんと薄情よね!」



 リリスは嬉々としてルシフェルの周辺を飛び回る。歌うようにリリスの(つや)やかな唇から滔々(とうとう)と放たれるその嘲りは、間違いなくルシフェルの心を蝕む呪いだった。



「これって恩を仇で返す所業以外のなにものでもないじゃない!(ヒト)なんてどこまでも己の欲のために汚れる(けが)らわしい生き物なのにね♡」




 ──そして、その呪いの言霊(ことだま)がやけに(うるお)い歪んでいたことに、ルシフェルは引っかかるものを覚えた。




「......貴様。魔族風情がやけに“(ヒト)”について知ったような口を叩くではないか」



 (ヒト)が誕生してまだ間もない。天界では(ヒト)についての情報はまだ未知数。天使長のルシフェルでさえ、(ヒト)について知ることが限られている。


 天使、空、陸、海。ルシフェルは神と共にさまざまな森羅万象を作り上げた。


 万物の創造という神の偉大なる御業に携わる事ができたのは神の右腕としての特権だったからだ。それだけルシフェルは神の特別だったから、【御子(みこ)】の件はともかくとして、神は何かをなさる時に必ずルシフェルにも沙汰(さた)を求めていた。


 それなのに、唯一【(ヒト)】の創造の所業だけが神の独断だった──ルシフェルに相談さえもなしに──それはルシフェルにとって初めてのことだった。


 たった今知った【魔族】の存在といい、次々と発覚される「神の隠し事」に、神への疑念に拍車が掛かる。その事を加味して、ルシフェルは妙に【(ヒト)】について熱く語り出す目の前の魔族にも再び不信感を覚えずにはいられない。


 そんなルシフェルの猜疑を強めた視線に、リリスはあっけなく笑い飛ばした。




「キャハハ!知ったような口も何も〜!!非常に不本意な事実だけどぉ、アタシも()()(ヒト)だったし〜?」


「......なに?」




 それはルシフェル自身でも驚くほど冷めた響きだった。氷塊をどれだけ沈ませても足らぬほどに。




「あらやだ!つい口が滑っちゃったわ〜!」





 白々しくいかにも「やらかしてしまった!」みたいな反応をとったリリスだが、すぐにあっけらんとした表情に戻る、飄々と言葉の続きを紡いだ。





「......まぁ〜遅かれ早かれバレることだからいっか♪ええ、そうよ!アタシはね、元は(ヒト)として神に造られたの♪でもね、だんだん神への服従がバカらしくなって、裏切ってこうして魔族になったの♡」





 まるですべてから解放されたかのような清々しいリリスのニヤついた顔が無性にルシフェルの神経を逆撫(さかな)でる。




「いいかしら?神の被造物が必ずしもみんな神に忠実とは限らないのよん!()()()()()()()()、分かってくれるわよねん?」



 リリスは胸の前で深く腕を組んで何やら知ったような口で延々と喋り続けている。 その言葉の最後にはいやらしいほどの皮肉が込められているが、ルシフェルはそれを気にする余裕はなく、拳を震わせて沈黙するだけだった。



 ──(ヒト)が神を裏切って魔族に?



 どうしても聞き捨てならない情報に、その脳内は激情で真っ赤に染まっていたからだ。それには気づかず、リリスは言葉を滔々と続ける。




「特に(ヒト)なんて!案外アンタ達天使に比べたら、大した神への忠誠心なんて持ち合わせていないわよん?ほら見て!このアタシがいいお手本でしょう♪」




 ──リリス(この者)みたいに堕落した(ヒト)がこれからも湧き出るというのか?



「悲しいわよねぇ?神の愛が(ヒト)に移られて、」



 ──それでも、神は(ヒト)を寵愛する。



「もどかしいわよねぇ?自分達天使がぞんざいに扱われることを」



 ──我ら天使よりも特別視する




「絶望しちゃってるわよね?己に忠順な清き天使よりも、己を裏切る罪深き(ヒト)を選ぶ神のことが.....こんなのってないわよねぇ」



 ──そのような不条理、



「これ以上憐れなルシフェル様を、アタシは見ていられないのん!だから、ね?ルシフェル様!」



 ──あっていいはずがない!!



「──()()と一緒に来ない?」




 ルシフェルはハッと我に返った。


 延々と続くリリスの言葉はまるでどこか遠いもののように感じたが、最後の勧誘だけは鮮明にルシフェルの鼓膜を叩いた。

 やや掠れてはいるが、澄んでいるためルシフェルの耳元で囁かれているような錯覚を与えるその誘惑の旋律は、その禍々しく淫靡な響きにぞわりと鳥肌が立つ。


 リリスは魔族だ。その発言自体は特段不自然なものではない。


 問題なのは──、




「......、このルシフェルに、貴様ら魔族の神への謀反を加担しろというのか!」




 ルシフェルは押し流されかけていた意識を引っ張り出し、リリスの澄まし面に喰ってかかる。(いぶ)かしい彼の様子が滑稽(こっけい)に映るのか、リリスは愉快そうに笑う。




「んー?すこーしだけ趣旨が違うかしらぁ〜?ルシフェル様には魔界へ来て欲しいの♡」



 リリスの言葉にいまいち要領を得ないルシフェルに、彼女はさらに言葉を継いだ。



「あ、魔界というのは魔族が棲む世界のことよん!天界でも、地獄でもない。()()()()だけが創り出せる世界♡」


「サタン?」




 突然リリスの口から出た知らない人物名にルシフェルは思わず怪訝そうに鸚鵡(おうむ)返しをした。



「そう♪我が魔界の頂点となる絶対的支配者(オーバーロード)──魔帝サタン様♡ルシフェル様を同志として魔界へ迎え入れるのを心待ちしているのよん?」




 ただ、その当惑すらも受け入れるように嫣然(えんぜん)とリリスは微笑みを浮かべた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 神への不信感が募るルシフェルは、さぞ孤独だったでしょう。 誰にも本心を語ることができず、語ったとしても否定されることが目に見えている状況で、周りと溶け込むなど不可能なことです。 そこに、自…
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