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【完結】序芝居  作者: のぼぼん(º∀º)
【起】〜天地創造〜
2/160

2話『禁断の果実』★

 世界の創造を終えた神は、東のエデンに園を創り、(ヒト)のアダムとすべての生き物を住まわせた。


 そこで神はあらゆる種類の生き物をアダムの元へ導き、彼にそれらの名前を付ける義務を命じた。名前を与えられた動物は皆、アダムの支配下に置かれるようになるのだ。

 

挿絵(By みてみん)


 ──人と動物が共生する、平和と繁栄が約束された楽天地(らくてんち)


 ──飢餓も争いもない、全てが幸福に満ち足りた理想郷(ユートピア)



 のちに、【エデンの楽園】と呼ばれ、伝説として語り継がれていく。


 







 







 ──ある日のこと。


 アダムは大きな木の下で果物を食していた。



      〈アダムよ〉




 脳内に響く神の呼び掛けに、果実を持つアダムの手が休む。相変わらず神出鬼没(しんしゅつきぼつ)な己の創造主にもはや慣れてしまった。


 いや、そもそも最初から姿を見せない神に違和感を覚えたことはない。神の言う事為す事すべてが当然なのだとアダムは自然と受け入れている。──()()()()()()()()()()()




    〈聞こえるか アダム〉




 催促に変わる二度目の呼び掛けに、アダムは急いで口に含む果実の残滓(ざんさい)を飲み込んで応答した。




「んぐっ、……ええ、聞こえますとも。我が(しゅ)よ」




     〈進捗(しんちょく)はいかに〉




「問題はありません。生き物たちはうまく調和して暮らしていますし、(しゅ)より管理を任された作物もこの通り立派に育っていますよ。すべて順調ですので、ご心配なく」





     〈うむ ()(かな)


 〈して 本日 汝に忠告すべき事あり〉





 不意に前置きをする神の声に──ほんの(わず)かではあるが──気を張った重いものが込められているように感じたからだ。


 ──それでも、その声が無機質であることには変わらないが。



「忠告?」



 唐突のことに、アダムは思わず鸚鵡返(おうむがえ)しに聞いた。





 〈園の果実はどれを食してもよい〉



 〈されど 決して口にしてはならぬ

 禁断の果実(・・・・・)あり〉





 神の淡々とした物言いに戒めを感じられるのは初めてだった。アダムは平静を装って、神に問いかけた。




「ふむ。初めて聞きますね。そんなものがこのエデンの園のどこかに…?」




 〈汝は既に一度目にして 知ってあろう〉



〈園の中心にある 二つの大木(おおき)の一つ

         ──【知恵の木】なり〉

  



「──!!」





 アダムは思い当たったかのように驚愕し、瞠目した。日常で身近に感じ、目にするものが、まさか禁忌であったとは微塵(みじん)も予想がつかなかった。





 〈知恵の実 ソレを口にした者は〉



 〈正誤(せいご)善悪(ぜんあく) ありとあらゆるものを 

     己の判断を以て下すようになる〉



 〈されど 汝がソレを(しょく)せば〉




「……食せば?」




 そこで神は、一度言葉を切った──。


 アダムは恐る恐る、その続きを(うなが)す。
































 〈──“死”あるのみ〉



 ゾゾっと、アダムは背筋が寒くなるのを感じた。



「……“し”?」



 それは、一体なんだ?



 初めての言葉。


 アダムの頭の中では、困惑と疑問が竜巻(たつまき)のようになって、グルグルと回る。彼は神の言葉をどう受け止めたらいいのか、消化に困っていた。


 知らない言葉であるはずなのに、どこか心に絡みつくような嫌な気分にさせる言葉。


 だが、意味を分からずとも、本能的にそれは良くないものであるとアダムは察した。その言葉を耳にした途端に彼の身体中に戦慄(せんりつ)が走ったのがその証拠である。




 〈左様(さよう) 故に 死から逃れるには

        戒めを破るべからず〉




 ──しかし、何故だろう。


 こんなにも得体の知れない不安と空虚な不快が胸の奥底に(わだかま)るのに、それを知りたい欲に駆られてしまう。


 それは「好奇心」という名の感情。


 実に、奇妙な感覚だ。



 『()』とは─────……













呉々(くれぐれ)

   戒めを破らぬことだ

        良いか アダムよ〉





 さらに深く思索の海に沈めようとするアダムを勢いよく(すく)い上げるように、釘を刺す神の声がアダムに迫る。


 その執拗(しつよう)に念を押す声色には彼の思考放棄を(うなが)す気迫があった。




〈もしや 異論がある訳ではあるまい〉





 圧倒的な存在感、威圧感、超越者たる者としての格の違い──それら全てがアダムという矮小(わいしょう)な存在の意思を、心を、魂を、見えない指先で絡め取って彼の主導権を強く握り締めていた。


 本当の逃れられない「畏怖」を前に、こうして(ヒト)は情動すらも封じられるものなのだ。



「ぁ、……」



 息ができない。心臓の鼓動を意識できない。


 冷や汗すら浮かばず、服従せねば瞬き一つすら創造主の許可を得られない錯覚にすら陥る。神と自分との絶対的な隔絶(かくぜつ)をアダムは痛感した。




「ッ!し、承知した。……っ、我が(しゅ)の仰せのままに」

























    〈()(かな)





 途端に、その場の空気が和らいだ。



 さて、と神はすぐに次の話題に移ろうとした。どうやらアダムが戒めをしっかりと心得さえすれば、必要以上にもう『禁忌の果実』について触れるつもりはないようだった。


 重い牽制(けんせい)から解放されたアダムは無意識に胸を撫で下ろした。




 〈()(じつ)

  今や汝の(つがい)を与えん〉



「“つがい”?なんですか。それ」



 今日はやけに耳に馴染(なじ)まない言葉ばかりを聞く。アダムはしきりに首を(ひね)る。




 〈汝 何時(いつ)ぞや申したであろう〉



     〈“相手を求む“ と〉




「……それは、うむ。確かに恐縮な身でありながら、先日我が(しゅ)に畏れ多い願いを言ってしまいました。申し訳ないと思っております」




 ここ最近アダムは──神の代理者として──すべての生き物を支配するにあたって、一つだけ思うところがあった。



 エデンの園に棲まうすべてに生き物には【(オス)】と【(メス)】のペアで創造されている。



 ──ただ唯一、(ヒト)のアダムを除いて。



 そうなのだ。(ヒト)だけは最初に創られた時には(つがい)が存在せず、「(アダム)」だけとなっていた。


 そのことについて彼は常日頃から不満を募らせ、ついに勇気を振り絞って神に自身の願いを告げた。


 ──自分に相応(ふさわ)しい相手が欲しい、と。


 ところがアダムの希求(ききゅう)とは裏腹に、神は何故か渋りを見せた。心なしか口調もいつもより珍しく歯切れが悪い。


 だからアダムは、てっきり己の烏滸(おこ)がましさが神の顰蹙(ひんしゅく)を買ってしまったのだと反省し、以降は金輪際(こんりんざい)その話を持ち出すことはしないと心掛けた。


 なのだが、



「も、もしかして……!」



 あれから神の気が変わったのか。


 もしかすれば、万物の中からアダムに相応しい相手を選抜してくださったのではないか──そんな望外の期待感で頬を緩め、彼は神の話の続きを待ち()びた。



 〈(ヒト)一人(ひとり)でいるのは よろしくない

 汝にも (つい)なる存在が必要なり〉



 〈とはいえ ここに生きるものでは

        汝の相手を(つと)まらぬ〉



「そんな……」



 アダムは深く落胆(らくたん)した。しかし、次の神の言葉が再びその目に期待の光を(とも)す。




 〈(ゆえ)に 新たに創造せむ〉




「それって…!わたしのための、つがいを創ってくださる、ということですか!?」




 〈()って 汝の協力を求む〉




「……え?協力、ですか?一体なにを、」



 違和感──それがアダムの言葉を途切れさせた。


 途端、体を支え切れずに、真っ直ぐ立っていたアダムに身体が大きく(ずり)下がる。






 え?





 当惑(とうわく)するも、咄嗟(とっさ)の判断で踏ん張る。が、堪え切れない。地面に崩れ落ちる。



「な、んだ…、これ、は……」



 痛みは、ない。


 ただ、身体中にビシビシと痺れる不快感がある。血流が止まって麻痺する感覚、それと似た倦怠感がアダムの体を支配していた。



(しゅ)よ。何を、…なさるおつもり、で?」



 アダムの意思を黙殺(もくさつ)した、問答無用な身体の異変──そんな現状を認識するのを許さないかのように、途端に激しい眠気がアダムを襲う。




 〈(しば)し 眠れよ〉





 その声を最後に、意識が一気に遠ざかり始める。


 それまで鮮明だった意識が切り離され、世界が急速に霞み始め、



 アダムの意識は──闇の底へ落ちていった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど、楽園には「死」という概念さえ最初はなかった、もしくはアダムは知らなかったんですね。 それでも「死」という言葉はアダムを恐れさせるだけの存在感があった。 今、私たちが当たり前に使っ…
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