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【完結】序芝居  作者: のぼぼん(º∀º)
【起】〜天地創造〜
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17話『リリス登場』★

 それは、ルシフェルの苦悩を蹂躙(じゅうりん)する──禍々しい悪意に満ちた嗤声だった。


 突如として静寂を裂くように響き渡った自分以外の声音にルシフェルは瞠目する。


 ひどく禍々しく淫靡(いんび)な響きに鳥肌が立つほど不快であった。

 ルシフェルは周囲を警戒するように鼻先を左右に何度も動かす。その直後、先ほどまでのは確かに存在しなかった妙な気配を感じ取った、












       ──自分の()()から。






        「!!」




 ゆっくりと後ろを振り返ると、背後には──いや、厳密にいえば、()()()()()()()から一つ奇妙で大きな歪みが生まれていた。


 その歪みから黒い雫が落ち、やがて明確な輪郭をなぞって徐々に露わになって姿を現したのは─────・・・・・・

















「初めまして。ご機嫌よう♡」


挿絵(By みてみん)


 大きな羽の生えた黒い人型の女性的なシルエット。


 体のラインに沿った申し訳程度の──もはや布切れという名の衣服は妖艶な肢体を浮き彫りにし、豊満な胸は隠し切れない双丘の間にくっきりと魅惑な谷間を刻んでいる。


 さらにその上には体にふさわしい端麗で艷やかな顔があった。毒々しいまでの紫を彩った肉感的な厚い唇がその顔を飾っていた。


 長いまつ毛の間から目を細めて、ルシフェルをじっと観察している。見据える双眸は血を垂らしたように爛々と赤く輝いていた。


 ──この天界では間違いなく異質な風貌である割には、こちらに対する敵意は感じられない。


 だが、ルシフェルの目がそれと目が合ったとき、一瞬その瞳の奥底に邪悪の影を見たような気がした。その途端、耳の奥で妙なノイズ音が響いている。




(なんだ.....、この感覚は......)




 天界では決して存在しない血染めの双眸を見る度に、頭蓋(ずがい)が崩れるような痛みとノイズがルシフェルを容赦なく襲う。




「ルシフェル様さっきからそーんな悲しそうにしているけど、どうしたのぉ〜?」




 至極当然のように問いかけられ、ルシフェルは内心困惑した。

 この者はいつからここにいたのだろう。どうしてルシフェルを見ていたのだろう。そもそもこの見知らぬ女は一体何者なのだろうか。一方的にルシフェルを知っているような口振りがどうも引っかかる。ただの不法侵入者ではないようだ。


 思考や会話の邪魔にならない程度の耳鳴りを意識から外し、静かに迎撃態勢を取りつつも、彼は目の前で宙に浮かぶ不法侵入者の一挙手一投足(いっきょしゅいっとうそく)に神経を張り巡らせていた。




「いや〜ん!至高無上(しこうむじょう)の天使長様から初対面でいきなりそんな熱い目線を送られるとアタシ惚れちゃいそうかも♡」


「......何者だ。見たところこの天界の者ではないな。何が目的でここへ入った」




 声を低くして、ルシフェルは値踏みするような視線を伴いながら女の真意を問う。しかし、女はその剣幕(けんまく)をゆらゆらと揺れながらあっさりと受け流す。




「あららーん?無視〜?ていうか案外冷静なのねん?普通自分のテリトリーに不法侵入者がいたら、もっと怒ったり、慌てたりするものじゃなぁい?」


「質問に答える気がないなら、今すぐここで排除する」



「いやん!こっわぁ〜いん♡うふふふっ」




 ルシフェルからの低い恫喝(どうかつ)に対して女は楽しそうな声をあげて黙殺するだけだった。そしてその蠱惑的(こわくてき)な唇が柔和な笑みを結び、破顔すれば、




「どうしても知りたいようだから特別に教えちゃう♡アタシの名前はリリスよ♪そして。目的は......そうねぇ〜素敵な天使長様を独占して二人っきりでお話をしたかったのん♡」


「ふざけてるのか貴様」


「あ〜ん!そんなつれないところもまたス・テ・キ♡」




 間断なく切り捨てたルシフェルの黄金の双眸が獰猛(どうもう)な殺意を灯したことなどまったく動じることなく、リリスという名の女は楽しげに笑い飛ばしたのだ。


 どうやってこの女が【闇の神殿(ダークネス・パレス)】に忍び込んだかは知らないが、一度入ってしまっては、神殿の守護主であるルシフェルが許可しない限り、もうこの場所からは逃れられないのだ。


 そんな圧倒的に不利な状況であるにもかかわらず、その女の節操のない態度がまたルシフェルの(しゃく)に触ったが、伊達(だて)に天使長をやっているわけではないため、そこはすぐに冷静さを取り戻した。




「真面目に答える気がないならもういい。いつまでも侵入者と茶番をするほど私は暇ではない。......覚悟は出来ているであろうな」




 そういう言うや否や、正体不明の女に向けて手を(かざ)し、攻撃体制に入った。僅かな(わだかま)りが残るが、とにかく不法侵入者を排除するのが、今やるべき最重要事項であるはずだ。




「無駄よ♡」




 しかし、ルシフェルの鼓膜を叩いたのは、妙に自信を持った決して折れることのない芯の通った声であった。

 視線の先にいる女は胸の前で堂々と腕を組んでいて、ある種の貫禄すら感じられる。




「今ここでアタシを攻撃したってなんの意味もないわよん♪」


「この期に及んで虚勢(きょせい)を張るか」


「うふふ♪それはどうかしら?」




 リリスがどこまでも空気を読まないこと甚だしい態度。それは、ルシフェルの最終警告を踏み(にじ)るに等しい行為で、


 ──ルシフェルの冷たい殺意を実行に移させるのに、十分な意味を持っていた。




「うふん♡だって今ここにいるアタシは「【闇波導(ブラック・ショックウェーブ)】」




 悠長に不法侵入者の御託にかまってやる義理は無い。ルシフェルの恫喝(どうかつ)に物()じしない敵を殲滅するのが最優先事項なのだ。

 そう素早く結論を出したルシフェルは、言葉を紡いでいた女を嘲笑うかのように無視し、得意の闇系高等聖術を発動する。




 直後、闇の力が肥大化した。



 スザザザザァァァァ・・・・!!!



 瞬く間に蓄積された闇エネルギーの波打つ流弾が爆発したかのように具現化する。それは発生源であるルシフェルを真ん中に、目にも止まらぬ速さで目の前のリリスを飲み込んで、闇の中へと閉ざしていった。




 すべては一瞬の出来事だった。









      ◇◇◇◇◇◇◇





 始末した、つもりだった。




「ちょっと〜!普通あそこで撃つぅ〜?まだ話終わってないのに失礼しちゃうわねん!レディがお話をしている時はお利口に耳を傾けるのがいい男ってものよ?」




 暴発させた闇の塊が霧散した後、そこには「無」──ではなく、両手を腰に当てプリプリと可愛らしく怒るリリスの姿がそこにあった。


 この状況にあまりにも不相応なその光景に一瞬目を疑うも、すぐさまにリリスへの警戒心をより一層強化して、



「......ハッタリという訳ではないようだな」


「んもうっ!本当に容赦ないのねん!そこがまた痺れちゃうけど♡」


「何故だ。私の攻撃を受けて無傷でいるとは、どういう小細工だ」



 ルシフェルの闇の力は、呑み込まれた存在を消失させる悪夢の顕現(けんげん)だった。


 その闇に(ほうむ)られたはずのリリスがこうして五体満足でいられるということは、その致命打を回避されたということか。

 いや、手応えはあったのだから確実にルシフェルの神術は命中はしたはずだ。しかし、リリスは無傷だった。どのみち目の前の異常な「結果」に納得いかず、ルシフェルの心に(さざなみ)が立つ。



「うふん♡だからさ〜!人の話は最後まで聞くものなのよ♪別に無傷って訳ではないわよぉ?さっきのルシフェル様の力でちゃんとアタシは跡形も無く消滅したわよ?まぁ、正確言えば、()()()()()()()()()()()()()アタシが操る【(ロスト)】が──なんだけどね?」


「何?」



 リリスが本体が今ここにはいない──その事実よりも、ルシフェルには聞き逃せない言葉があった。彼の万全な警戒網に引っかかる単語はそう、




 ──【(ロスト)】。


 もはや天界で知らぬ者などいない。神に創造されしすべての健全なる森羅万象に怪異や堕落をもたらす忌々しい存在。即時滅殺の掟が神より下されるくらい、【(ロスト)】と接触することは御法度(ごはっと)である。──それを“操る”などとあっさりと言ってのけられたリリスの正体がますます掴みきれない。


 鼓膜を震わせた単語に瞑目し、リリスの言葉を確かめるように黙り込むルシフェルを大して気にも留めず、リリスは「という訳で♪」と言葉を強く言い切り、



「今アンタの目の前にいるのは【(ロスト)】にアタシの思念を接続(リンク)しただけの仮初の存在。要は、今アンタの目の前にいるアタシはただの幻影(まやかし)に過ぎないわけ♪」



 ルシフェルは心の底から珍妙なものを見るような目で得意げに語るリリスを見下ろしながら、思考を走らせる。そしてすぐに(はしら)の神殿の仕様を開陳(かいちん)する。



「それはおかしな話だ。そもそも【(ロスト)】のような低俗な穢れものがこの神聖なる七大天使(セブンズ)の神殿へ入って来れるわけなかろう」


「そうなのよねぇ〜確かに【(ロスト)】単体ではこの神殿の守護膜(バリア)に邪魔されて中に入れないのよねぇ〜!ホントリリス困っちゃう〜」



 困った風に眉尻を下げるも、すぐに口元に人差し指を添えて、リリスは愛らしくウィンクして見せた。



「な・ん・て♪実は気づいちゃったの!ルシフェル様の()()()()()()()()(ロスト)】ならどうやら神殿の警戒対象外らしいのよねん♡」


「──!」


「うふふ♪余程【(ロスト)】の駆逐に強い使命感に駆られているのね♡でもダメよ?いかに天下の天使長様であっても、さすがに神の負の産物との過度な接触はお体に毒よ?」



 目も眉も三日月形に笑っているのに、リリスの瞳の奥は笑っていない。



「貴方自身にだって自覚があるのでしょう──少しずつその身にこびりついて一体化なりつつある【(ロスト)】の残留思念を、ね♡」


「───」



 押し黙るルシフェル。この状況であれば口早に言い返してくるところを、沈黙を選ぶ彼の心中は(うかが)い知れない。

 否定もしないが、肯定もしない。そんなルシフェルの態度にリリスはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。



「まぁ、アタシとしてはルシフェル様と二人っきりになるための千載一遇(せんざいいちぐう)のチャンスだから、是非とも貴方に付着(ふちゃく)した【(ロスト)】を有効利用させてもらった訳だけどねん♪だ・か・ら!ここでアタシを始末したって無駄なのよん!そうなってもまたアンタにまとわりつく一部の【(ロスト)】を拝借してアタシはめでたく復活よ♡」



 リリスの話は荒唐無稽(こうとうむけい)であると、ルシフェルは思った。しかし、現実としてそれを突きつけられてしまえば反論する言葉がでないのも現状だった。


 そして何より、このリリスという曲者(くせもの)が禁忌とされる【(ロスト)】の主導権をなぜこれほど強く握っているのか。天界の者としてそれを到底聞き捨てならぬものだ。


 息を止めて、ルシフェルは思考を整理した。そして、リリスと初対面のときに、彼女が天界における一部でしか知り得ない【(ロスト)】の秘匿措置を言及する発言を思い出して、もしやと気付いた。



「......今この天界に群がる【(ロスト)】の大量発生現象も、貴様の()(がね)か」


「あらま!これはびっくり!まさかの大正解!!」



 ルシフェルの確信をついた指摘に一瞬目を見開くも、すぐに笑顔でそれをあっさりと容認した。



「その通りよ♡アタシの魔力で【(ロスト)】の大群を寄せ集めて、この天界に仕掛けたの♪もっとも、その容疑がまさかルシフェル様に向けられるのは流石に想定外だったけれど♪」



 あっけらかんと、何食わぬ顔で白状したリリスに、ルシフェルの感情はもはや憤怒すらも湧いてこない。


「ほう......?では【(ロスト)】騒動の元凶がこうしてノコノコとこのルシフェルの前に現れたのも、よもや自首するためという訳でもあるまい?」


「ああん!ルシフェル様には悪いと思う気持ちはあるけどぉ〜、自首して捕まりに来た訳じゃないのよねぇ〜、あくまでルシフェル様とお話したかっただけなの!ごめんなさいね〜?」


「フン。いいだろう。そこまで言うならば、お望み通り、貴様との対話に付き合おう」


「あらら?随分と素直になったわね。どういう心境の変化かしら?まぁ私としては好都合な展開だけど♡」


「まず早速私からの質問に答えてもらおう。言っておくが拒否権はない」


「うふん♡強かなのね♡でもアタシの言葉に耳を傾けてくれるようになったのはようやく一歩前進ってことかしら♪」


御託(ごたく)はいい」


「いやん!せっかちなのね♡」




 どんな形であれ、ルシフェルの方から自分への関心を持つようになってくれたことにリリスは大層満足しているようだ。その観念とも歓喜とも違うその表情は、ルシフェルに警戒心を促させるには十分ではあるが。




「──貴様、いかにして【(ロスト)】を手懐けた?」


「あららん?まず聞きたいのはそこぉ〜?普通は自分の冤罪を晴らすために、そこは今回の騒動を仕組んだ動機を問いただすところではないのぉ〜?」


「そんなもの今となっては()()()()()()ことだ。それよりも、このルシフェルには把握すべきことがある──先程、貴様は【(ロスト)】に己の思念を繋いだと言っていたな」




 そう。この際、ルシフェルの冤罪なんて彼自身にとっては取るに足らない問題だ。


 ルシフェルの中では既にリリスの排除よりも、少しでも彼女から有力な情報を引きずり出すことを最優先に切り替えたのだから。



「“アレ”は、神が存在する限り滅びることがない厄介な存在である上に、いかなる生きとし生けるものに堕落や変異をもたらすのだ」



 そこでルシフェルの視線がキツくなり、追及の言葉の鋭さが増す。



 

「──そんな誰の手にもおえないはず産物をなぜ貴様のような者が操るなどという芸当ができる?」



 

 対話の始まりというより、質疑応答の始まりといっていい。

 掴みかからんばかりの勢いでリリスに詰め寄り、ルシフェルは彼女の真意を強引に問い質そうとする。

 が、それでもリリスの機嫌を損ねることはなく、案外すぐにルシフェルの質疑に応じてくれた。


 しかし、



「答えは簡単♡【(ロスト)】という存在を、私のすべてをもって()()()()()からよん!」


「──は、」




 ──彼女が紡ぐ内容は、天界の者(ルシフェル)にとってあまりに得体(えたい)の知れない、拒絶反応を起こしてしまうほどの(おぞ)ましい嫌悪の体現だった。



「だってぇ、それが神に(そむ)()()の条件だから♡」



 と、あらゆる感情を吹っ切って、リリスはただ楽しげに笑ったのだった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 出てきましたね、新しいキーワード「魔族」が。 魔族とは、つまりは悪魔のことでしょうか。 リリスというのも著名な悪魔で、確か性欲を司る悪魔だった気がします(うろ覚え) さて、ロストを操る技…
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