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【完結】序芝居  作者: のぼぼん(º∀º)
【起】〜天地創造〜
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10話『統御天議会』★

 本来の統御天議会の形式としては、上座の議長席──天使長のルシフェルがそこに着くことで始めるものなのだ。


 しかし、議会の円卓には7つの席があり、この頃は全ての席が埋まることがなかった。


 それも議長のルシフェルが頻繁に無断欠席が原因である。その度に副司令官であるミカエルが代わりに議会の進行役として務めていた。


挿絵(By みてみん)


 統御天議会は神の代弁者で代理人の役割を担う最高機関。──その議会を無断欠席するなどと、神の命を背負う重任を放棄することは神を冒涜するに等しい行為である。


 故に、本来であれば弾劾(だんがい)すべき由々(ゆゆ)しき事態なのだ。















「議会が開始してからもう随分と経つ。おそらく天使長は、本日()欠席の可能性が高いだろう」




 あろうことか天使長ルシフェルがその禁を犯したことを示唆(しさ)するミカエルの言葉を聞いた途端に、ハニエルは甲高い声で激しく異議を(とな)えた。 

 



「えぇえ〜〜!今日もルシフェル様欠席なのぉ〜?なんでなんでぇ!ここ最近ずっとじゃない!それなのに議会続行なの!?」



 同じく七大天使(セブンズ)という立場でも、ハニエルは多くの天使たちに違わず、ルシフェルに強い憧れを抱いていた──それこそ彼女が七大天使の一員になる前から、長い間ずっと。


 天使長ルシフェルとお近づきになるため。言うなれば、純粋な一途さと若干の不純な動機で、ハニエルは【七大天使(セブンズ)】に自ら立候補したといっても過言ではない。彼女はルシフェルに恋する者に近い傾倒(けいとう)を示していた。


 要するに、ハニエルは極度のルシフェル至上主義なのだ。




「議長が在席でなくとも、議会自体を取りやめるという決まりはない。......よって、ルール的にはなんの問題はないのだ。ハニエル」




 ルシフェルを抜きで議会が続行することに納得いかないハニエルを、ミカエルは冷静に応えた。それでも、ハニエルは口を尖らせてぼやく。



「む〜っ!だとしても思うんだけど、あたしたちのリーダー抜きで大事な議会をやる意味あるの?ここ最近ずっとルシフェル様抜きで議会をやってるじゃない!これってもう立派な“仲間外れ”だよ!」





 ある程度の反応は想像していたミカエルだが、



 (仲間外れ、か)



 

 それでも一理あるハニエルの異論を受けて、ミカエルは小さく同じ言葉を心の中で呟いた。そして少しだけ気を落とした。


 果たして、今のルシフェルには「仲間意識」というものを抱いているのだろうか。──そんな強い悲観を伴った思考にミカエルはすっかり陥ってしまった。




『所詮神の(しもべ)でしか無い貴様とは、わかり合うはずもなかろう』




 光を失い、増幅した闇が渦巻く、あの日見たルシフェルの双眸が脳内に過ぎる。


 たったひとりの兄弟が告げた、寸分の隙も与えぬ拒絶の言葉が耳の奥で反芻(はんすう)される。

 憤怒も嫉妬も諦念(ていねん)も嫌悪もただ一息に飲み込んだ揺るぎないルシフェルの意志は、すでに天高く分厚い()たりと化してミカエルの心の奥底に虚しく横たわっていた。


 その瞬間に容赦なく突き付けられる悲壮感。それと同時に、急激に湧き上がる無力感は渦を巻いて今もミカエルを襲っていた。


 そんな押し黙るミカエルの様子を見たハニエルは、腰に手を当て鼻からふんっと息を吐いた。



「ねぇちょっとっ!ミカエルちゃん!なんで(だんま)りなわけ〜?そもそも、なんでルシフェル様は議会に参加しないの?なんで最近姿を見せないの?ミカエルちゃんなら知っているんじゃないの?」


「.......それは、うむ」




 眉を寄せるハニエルの声は鋭く、口調も次第にミカエルを問い詰めるようなものに変わっていた。矢継ぎ早に繰り出される質問に、ミカエルは口を濁すしかなかった。



 あれから──“(ヒト)”の誕生を巡って、ミカエルとルシフェルの間に軋轢(あつれき)が表面化したあの日以来、ルシフェルは忽然として議会への出席率が激減する状況が続いていた。

 だから、ミカエルには少なからず思い当たる節がある。しかし、



 (──言えるわけがない)



 ルシフェルの異変を。彼の本懐を。


 天界の秩序を脅かす過激思想の種──ルシフェルの危険性を隠蔽(いんぺい)するのは明らかに得策ではない。 


 だからと言って、天使として赦されるべきではないルシフェルの「自由の意志」の内情を七大天使(同胞)たちに吹聴(ふいちょう)してしまっては、万が一にも反逆疑惑が広まれば、ルシフェルへの疑念は表に出ずとも、募っていくだろう。

 そうなれば、天界に於けるルシフェルの権威も信頼も大いに失墜(しっつい)し、最悪の場合では天使長の失脚も(まぬが)れない。


 激しい板挟み(ジレンマ)に苛まれるミカエルはもはやハニエルを納得させられる言葉を持ち合わせておらず、ただ俯いて口を(つぐ)むしかなかった。




「こらこら。もうそのへんにしたまえ。ハニエル君。あまり副司令をイジメるものではないのだよ。これ以上の発言は不躾(ぶしつけ)にあたる」


「ラファエルちゃん...っ!で、でもぉ〜」


「本日の議会は“天界の治安維持法“に関する審議だ。よって、君の質疑は既に議題から大いに脱線している」


 

 ハニエルの気持ちを落ち着かせようと、彼女の肩に静かに手を置き優しく宥めるのは熾天使のラファエル。


 【風】を司るラファエルは【神の癒し】と評され、天界の中で最も強い治癒の力を持っている博識家である。

 その癒しの力は心や肉体だけでなく、大地など自然界をも癒すといわれているほどの威力を発揮する。


 ラファエルの癒しの力があるからこそ、天使兵たちは戦いに身を賭すことを(いと)わないため、戦線では決して欠けてはならない「軍医」を務める。



「それに、ハニエル君。君の幼い主張はここにいる全員に対する“神への職務放棄罪”の教唆(きょうさ)以外の何物でもないのだよ。ここまで言えば分かるかね?」



 風の如くハニエルの激情をも柔らかく包み込むようなラファエルの仕草とは裏腹に、その瞳には毅然(きぜん)とした光が穏やかに浮かんでいる。



「う......それはぁ、でもっ、ルシフェル様が......」


「天使長贔屓(びいき)なのは結構だがね、君とて七大天使(セブンズ)の一人に選ばれし者。それを誇りに思うのなら、ぜひとも優先順位をきちんと(わきま)えたまえ」


「う......うぅ......!はぁい〜」



 最後まで諭す口調こそ温厚に保つも──ラファエルはこの中で一番図体が大きいことも(あい)まっての威圧感──まったくの正論にさすがのハニエルも抗弁できず、渋々と押し黙るしかない。

 ラファエルのおかげで窮地(きゅうち)から脱し、ミカエルは安堵する。しかしその反面、心が痛かった。


 そうしてハニエルからの反論がないことを見届けると今度はラミエルが彼女に優しく言葉を掛ける。

   




「まぁハニーの気持ちもわからない訳じゃないけどさ〜!ほら、今の天界って混迷期だし、ルシフェル天使長も色々と対処に忙しいんじゃない?」


「え、.....どういうことぉ?」


「ただでさえ“御子(みこ)様”とかいう新たな支配者の誕生だけでも天界をびっくり仰天(ぎょうてん)させたのにさ、それに加え今度は創造したばかりの“(ヒト)”への並ならぬ特別扱いだよ?みんなてんやわんやだよね〜!今頃天使長に照会(しょうかい)が殺到しててもおかしくはないと思うけどね」



 ハニエルの不信感を払拭するように、ラミエルは彼女が求めるところを明確にしていく。




「......じゃあ、最近ルシフェル様はその対応に忙しすぎて議会に出られないってことぉ?」


 


 ハニエルの言葉を代わりに応えたのはラファエルだった。




「──天使長の近況についてはともかくとしてだね、ラミエルの言うように、現在我々天界は混乱の渦にあるのは事実なのだよ」



 円卓の端に座るラファエルは議会では書記の役割も兼ねているのか、分厚い本に議事録(ぎじろく)を書き留めていく。

 しかし、その手は全く動いていない。ペンすら持っておらず、まるで見えない誰かが文字を書いているかのようにラファエルの力で自動で記録されていく。




「こちらの記録によれば、天界の各層に衝突や暴動が何件の報告が我々に上がっているがね、原因は見るからに正しくその“(ヒト)”にあるようだ。ここへきて秘めたる不満を訴える声が続出している。よって、本日の議会はまさにその対策について議論するのだよ」




 淡々としたラファエルの述懐(じゅっかい)に、ラミエルは肩を(すく)めると、




「ラファエル先生それマジ?思ったよりも深刻じゃん。そういえば、天使長が急に議会の欠席が多くなったのって、確かその(ヒト)とかいう被造物(クリーチャー)が誕生して以来だろう?なら、ハニーだってわかるだろう?天使長という偉大な立場ならルシフェルサマは今がまさに一番忙しい時期でしょ、......色々とね!」


「そう...だけど!でもそれなら一言言ってくれたっていいじゃない!ルシフェル様があたしたちに何も言わずにこれだけ無断欠席が多いのって、どう考えても変だよ!」



 現在に至っては議会に限らず、ルシフェルはとうとう常時にさえ姿を現さなくなった。いくら多忙といえども、全てにおいての最高責任者としての無責任ぶりには、そろそろ看過(かんか)できないものになってくる。


 現にハニエルの指摘に、さすがのラミエルも否定できずに肩を竦めるだけだった。その一方で、未だにミカエルも己だけが知る心当たりを打ち明ける決心がつかない──その後ろめたさに小さく顔を伏せた。



 ──その時だった。

  




「......あの、お話に水を差すようで大変恐縮なのですが」

 



 その凜とした透明な声は唐突(とうとつ)に、しかし明確に、その場に少しずつ蔓延(まんえん)する(どよ)めきを切り裂いた。全員がその声を辿(たど)れば、優雅な(たたず)まいでガブリエルが小さく手を挙げて構えていた。



「実は本日、皆様にお伝えしないといけないことがございまして......、」


「なぁに?ガブリエルちゃん!もしかしてルシフェル様について何か知ってるの!?」


「いいえ。残念ながら天使長の事情の詳細については(わたくし)も存じ上げません。ただ、──」



 小さく俯き、ガブリエルは首を横に振りながらハニエルの期待を否定する。そこで一旦言葉を切ると、いつもと変わらぬ温厚で丁寧な響きにごく微量の緊張を混ぜた声音で続ける。




「──つい先程(・・・・)我ら(しゅ)より、ここにいる皆様重要な通告をお預かりしております。それこそ......現在この場にいらっしゃらない天使長関連のものです」


「なに......?(しゅ)からだと?」


「ワオ!この絶妙なタイミングで?まさに神速の伝令者(メッセンジャー)だね」


「【神の人(ガブリエル)】よ。その内容は一体なんなのかね?」


「それは──」



 なぜかそこでガブリエルは言い淀む。どこか逡巡(しゅんじゅん)する様子が見られる。




「......ガブリエル?どうしたのだ?」



 不思議に思ったミカエルがゆっくりと問い質せば、やや間を置いてガブリエルは気まずそうに切り出した。



「......いえ、申し訳ございません。やはりその、少々混乱を招く内容なだけに、(のち)ほど議会の終了後に皆様にお伝えさせて頂く方がよろしいかと、」


「ガブリエルちゃん......?どういうことぉ!?神様からルシフェル様についてのお知らせを預かっているのなら、勿体ぶらないで早く教えてよぉ!」


「ガブリエル。君が何を懸念(けねん)しているかは分からぬが、気遣い無用なのだよ。どのみちこのままだと議会の進捗(しんちょく)が進まないのでね」




 ハニエルはともかく、ラファエルの穏やかな(うなが)しを皮切りに、ラミエルを含めた他の七大天使(セブンズ)も同調する。



「まぁ、どうせ遅かれ早かれ知るんだし?ハニーも見ての通りこの調子だし、それにガブリーがそんな出し惜しみされちゃうと僕もなんだかすごく気になってきたし、ね?ミカエル副司令」


「.......ああ。問題ないだろう」


「......」



 声を荒げ、自分に飛びかかっていきそうなほどに興奮状態にあるハニエルを見て、この期に及んで彼女に応じない選択肢なんてないのだと全員悟ったのだろう、ガブリエルに伝令を(うなが)した。

 ──唯一ウリエルだけ、先ほどから妙に沈黙を貫いていて、ただ遠巻きに状況を傍観(ぼうかん)していた。



「──承知しました。......では、改めまして我ら(しゅ)より通告です」



 全員の口が閉ざされ、自分への注視が集まるのをガブリエルは待つ。

 その意図を察して広間に静寂が落ちると、彼女はひとつ頷きを置いて切っ掛けとし、その後の言葉を告げることを苦渋の決断として、



「本日を以て、天使長ルシフェルは統御天議会の議長を辞任(・・)致しました」



 神より知らされる、衝撃の事実をそのまま伝えた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] いやー、きましたね。 ルシフェルの辞任。 つまりルシフェルは本気で反逆(?)しようとしています。 もしかして天界で起こっている暴動はルシフェルが先導しているのでは? と思ってしまいます。 …
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