終わりの始まり
平穏とは唐突に壊れるものだ。永遠に続くと思っていた日常があっけなく終わった時、俺達人間はどう生き残るのだろうか?
強い倦怠感を感じながら目を覚ます。世間では三連休だというのに俺は初日に体調を崩しベッド上の住人になってしまった。せっかくの三連休、趣味のサバゲー三昧だと思った矢先にこの体調不良は非常に勿体ない。ベッドの横に鎮座する前日準備したサバゲー道具が視界に入り、俺の心を搔き乱す。
「でも、倦怠感はまだあるけどだいぶ回復してきたなぁ。てか寝汗がヤバい。シャワー浴びよ」
俺は寝間着代わりのスウェットを脱ぎ、浴室に入る。熱いシャワーがベタつく寝汗を綺麗に流し、寝起きでぼーっとする頭を覚醒させる。三日ぶりのシャワーは心地よく、さっきまで身体を蝕んでいた倦怠感まで流してくれているようだ。
そうして三十分程シャワーを堪能し、浴室を出た俺は冷蔵庫を開け、職場の同僚が新婚旅行のお土産で買ってきてくれたフルーツ牛乳を取り出す。見ると賞味期限が明日までだ。危ない危ない。
危うく同僚のお土産を無駄にするところだったと安堵し、フルーツ牛乳の蓋を開け、そのままベランダに出る。ムワッとした夏特有の空気が俺を包む。北海道とはいえ八月はやはり暑い。シャワーを浴びた直後にそんな外に出るなんて正気の沙汰じゃないと人は言うだろうが、今は外の風に当たりながらフルーツ牛乳が飲みたい。この三連休、ずっと天井の景色を眺めていたからだろうか。広い空間に出たい気分だった。
「今日で休みも終わりかぁ。病み上がりだからサバゲーも控えた方がいいだろうし・・・。配信サイトで映画でも観るかなぁ。・・・ん?何だこの匂い?」
ボケーっとフルーツ牛乳を飲んでいると、ふと焦げ臭い匂いが鼻についた。何の匂いだとベランダから身を乗り出して下を見る。
「おいおい事故ってんじゃんかよ!」
俺の住んでいるマンションの真下で車五台の玉突き事故が起きていた。
室内に戻り急いでスマホで119番を押す。あれだけ大規模な事故だし他の誰かが通報しているかもしれないが、万が一を考えての通報だ。しかし無情にもスマホは呼び出し音を鳴らすばかりで一向に繋がる気配を見せなかった。
「おいおい、何で119番が繋がらないんだよ!」
再びベランダに出て事故車の様子を確認するが、状況は変わらない。そして次に掛けた110番も先程同様繋がる気配を見せなかった。
「119番も110番もどうなってんだよ!?こんなんじゃ税金泥棒呼ばわりされるぞ!?」
この状況に呆然としていると、路地裏から若い女性が駆け出してくる。随分慌てているようだなと思った瞬間、その後ろから大きな犬のような何かが現れ女性に飛び掛かり、女性を噛み殺した。俺のいる五階からでも明らかに女性の喉に噛みついたのが見えたし、地面を真っ赤に染めるような出血をしている。どう見ても死んでるだろう。
「おいおい・・・。何だよあれ?」
今の光景を理解できず呆然としていると、女性の死体を喰らっていた化け物が顔を上げ、マンションの五階にいる俺と目が合った・・・気がした。
ぞわっとした寒気と恐怖が背中を撫でる。俺は飛ぶようにベランダの作から離れると窓とカーテンを閉めた。
「なんだよあれ。化け物?新種の犬?・・・TVで何か情報がないか!」
震える手でリモコンを操作し、TVの電源を入れる。普段ならばおバカなバラエティー番組を放送している時間に各局が緊急ニュースを放送していた。
≪・・・以下の地域の住人の皆様は、警察・自衛隊の指示に従い避難してください。また、警察・自衛隊の救助が来ない方については、最寄りの避難場所へ向かうか、扉や窓をしっかりと施錠し、救助が到着するまで室内で待機してください≫
TVでは警察や自衛隊の救助を待てと放送している。俺の住んでいる札幌も指定地域だ。チャンネルを変えると生物学者がさっき俺が見た化け物の解説をしている。だが全て推測で喋っているようで詳しくは解っていないらしい。俺だって26年生きてきてあんな生物見たことない。
「避難場所へ行くか自宅待機って言ったって・・・」
あんな光景を見た後では外に出て避難場所へ向かおうなんて気はさらさら起きない。幸い三連休前に食料を買い込んであったので少しなら籠城できそうではあるが、いつ救助が来るのか先の見通しがつかないのが不安でしょうがない。
≪スキル【玩具マスター】が解放されました≫
先程の光景を思い出しベッドの上で震えていると、ふと頭の中にアナウンスのような声が響いた。
「ははっ、恐怖で幻聴まで聞こえてきたか?何だよ【玩具マスター】って」
恐怖で壊れかけている自分が面白くなり笑いが零れる。しかし俺が【玩具マスター】と口に出した瞬間、頭の中に情報が流れ込んできた。
【玩具マスターLv1】
・登録玩具(0/3)
『不壊・威力強化』
「はぁ!?何だよこれ!?」
頭の中にゲームでよく見るウインドウが見える。いや、頭の中なのに見えるという表現はおかしいと思うが、そうとしか表現できない感覚だ。
「【玩具マスターLv1】だと?玩具・・・おもちゃのことか?てかスキルって何だよ?」
突然のことで混乱してきた。訳のわからない化け物の次は脳内に直接語りかけてくる謎のアナウンスだ。気でも狂ったのか俺は?
「登録玩具におもちゃを登録すればこの不懐と威力強化ってやつが付与されるのか?」
俺の視線がベッド横のサバゲー道具に向かう。エアガンも一応は玩具扱いだよな?
俺はガンケースから愛用のHK416を取り出すと、玩具登録と呟く。するとHK416が少し輝いた。
【玩具マスターLv1】
・登録玩具(1/3)
『不壊・威力強化』
「なんかできたっぽい。マジでファンタジーだな」
常識ではありえないことの連続で少し疲れてきた。まぁこんな能力、警察や自衛隊が事態を収めれば使わないだろう。俺は白いタオルにマジックで大きく『S.O.S』と書くとベランダに吊るす。これで救助に来てくれた人がすぐに気が付くはずだ。
「地元の両親や職場の人達は大丈夫だろうか?」
心を落ち着かせるために入れたコーヒーを一口飲み、俺はこの異常事態が一日でも早く収束することを願うのだった。
【的場 真一】
北海道札幌市住まいの26歳会社員。趣味はサバゲーで、ガスガン信者。
休日はサバゲーフィールドかミリタリーショップ巡りをしているため、体力はそこそこある。