父ちゃんの過去と熱い想い/ラ・シエル領地とその周辺の現状
【父ちゃんの過去と熱い想い】
「父ちゃん、俺さ、隣の領地にいってきた」
「隣って…川向うのか?」
ラ・シエル領は森と川に囲まれている。
川の向こうはすぐ隣の領地だ。
「いや、森の向こう」
「まさか、一人でか?」
「一人だ」
「無茶するやつだな。で?」
「ものすごく貧しくてびっくりした」
「そうか。ラ・シエルエリアは裕福だからな」
「俺、こんなうまい飯食べてるのに罪悪感が生まれたよ」
「あのな、ジョエル。俺も小さいときはものすごく貧しかったんだ。多分、お前が見た光景な、俺の幼いときの光景だ」
「そうなんだ」
父ちゃんの幼いときの話なんて初めて聞くぞ。
「俺は10歳ぐらいで両親と死に別れてな。それからはダンジョン生活よ」
「ダンジョン行けたの?」
「昔はIDをごまかすことができて、俺もそれを利用してた」
「大変だったんだね」
「まあ、俺は素質もあったみたいだし、体も大きかったからな。すぐにダンジョンに馴染んだよ」
「ほお」
「ただな、やっぱりまともな飯が食えるほどの稼ぎはない。だからな、俺は必死になって料理を研究した」
「父ちゃんの料理上手はそのときからか」
「ああ。まともな食材はない。その辺に生えてる雑草とかな、そういうのしか食えない。それをなんとか食えるようにすることから始まった」
「雑草か」
「そのうち、稼ぎが増えてまともな食材も手に入るようになったら気づいた。俺は料理が上手になっていた」
「おお」
「だからな、俺は大人になって家庭をもってガキができたら、絶対に毎日美味い飯しか食わせないって決心したんだ」
「おお」
「だからな、臆することなんてない。それにお前も料理上手になっている。貧困家庭にどうこう思うんだったら、奴らに美味い飯を食わせてやれ」
「奴らって、王国は広いぞ」
「別におまえが王国を背負う必要はない。それでも気に病むっていうのなら、そういう世の中にすればいいだろ。おまえにはなぜかとんでもないスキルがある。活用すれば少しは世の中が良くなるんじゃないか?」
ああ、父ちゃんに発破かけられてしまった。
【ラ・シエル領地とその周辺の現状】
ラ・シエル領地についてもう少し詳しく話をしていこう。
森と川に囲まれた内陸部の土地がラ・シエル領地である。
ラ・シエル領地には様々な大小領地が属している。
中心はラ・シエル街。
ここにラ・シエル市議会がある。
建前上は選挙で選ばれた人が市議会政府を形成する。
実際はラ・シエル街の有力者たちの組織だ。
ラ・シエル街の周囲には、多くの村がある。
村はそれぞれがある程度独立した自治体ではあるが、
少なくとも軍事権だけはラ・シエル市議会に服属している。
村としては、王家と貴族領との関係と同じだ。
村と似たような存在に大規模領主がいる。
個人で村の規模と同等程度の土地を所有する人たちだ。
バジルさんがこれに当てはまる。
村同様、軍事権をラ・シエル市議会に依存している。
他には教会領がある。
教会領は特殊だ。
非常に独自性の強い領地で、
軍事権を含めて、全てが教会の独自運営になる。
たとえば、村に対してラ・シエル市議会の法律が適用されることも多い。
村側も極力市議会の法律に準拠しようとする。
教会領に対してはまずそんなことはない。
犯罪者の引き渡しでさえ、難しい。
影響を及ぼそうと思うのなら、いちいち魔法契約書を作成する必要がある。
軍事権でさえ、独立している。
武装神官が教会領を守っているのだ。
つまり、教会領はラ・シエル市議会からは完全に独立している。
ラ・シエル領は東が山、北と南が森に接している。
そして、西側は比較的大きな川が流れている。
この川の向こう側は貴族領だ。
領有するのは、リドリー伯爵。
貴族は有力な豪族である。
王家が臣下の礼と引き換えに彼らに貴族の称号を与える。
各貴族領には、村・大規模地主・教会がいる。
ラ・シエル領地と同じだ。
多少、政治中枢のあり方が違うだけである。
貴族には2種類ある。
一つは、元冒険者が叙勲して土地を与えられたケース。
ライリ-の祖父がそのケースだ。
これを新貴族という。
大抵は自由派に属している。
こういう人たちは冒険者の開拓者精神が残っている。
だから、転落するケースは稀だ。
問題は伝統的な貴族領だ。
守旧派とも呼ばれている。
貴族領も真面目に経営しなくてはならないのは他と同じだ。
しかし、たいていは領民を置き去りにしている。
領地経営が過酷なのだ。
たいていは税を55か64とする。
収穫の5・6割を税とするのだ。
対してラ・シエル領では4割が税である。
だから、領民の間に不満が溜まっている。
移民・難民も少数であるが出てきている。
貴族領では移民・難民を禁止している。
見つかったら死罪だ。
だから、多くの領民には現状は死罪を覚悟するほどの過酷さではない、
ということなのだろう。
もっとも、ラ・シエル街に入るにはIDが必要だし、
定住するには市民ID(課税証明書)が必要だ。
村も似たようなもので、さらに村は移民や難民を嫌う。
移民・難民が他領に流れていく、というのは大変難しい。




