表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/94

森の向こうの村

【森の向こうの村】


 俺は夏休みを利用して、ラ・シエルエリアや

 その周辺の領地を単独旅行した。


 ここはラ・シエルエリアのはずれ。

 眼の前の森を通り過ぎると隣の領地に入る。


「(なんて、鬱蒼とした森なんだ)」


 外から眺めた森は薄暗く、不気味だ。


「(まるで、夜が近いかのような薄暗さだな)」


 広葉樹が幾重にも重なり、森の中には陽がさしていないようだ。


「(耳と鼻を全開にして、気配を遮断して)」


 俺は、森に入り込んだ。

 地表近くはさほど草が生い茂っているわけではない。

 しかし、上を見上げると広葉樹で太陽光が遮られている。


 ただ、暗闇というほどではなく問題は視界が樹木で遮られることだ。

 頼りは耳と鼻。

 聴覚・嗅覚を全開にし、敵の存在を嗅ぎ分ける。


 俺の獲物はこの拳だ。

 慣れ親しんだグローブを握りしめ、森を進む。

 道は幅1mほどだろうか。

 獣道みたいなものだが、比較的はっきりとした道だ。

 

「(いかん、緊張のしすぎだ)」


 手が汗ばむ。

 これではいざとなっても実力を出せない。


「(リラックス、リラックス、脱力せよ)」


 そのときだ。

 さっそく、俺の耳がかすかな音をキャッチした。

 前方2時の方向。

 おそらく俺が風下だ。

 

 気配を遮断しているから、みつかることはないと思うが。

 息をこらし、ゆっくりと音を立てずに進む。


 いた。


 兎だった。

 いわゆる角兎。

 ダンジョンで魔物化したものが3階にいる。

 初心者にはやっかいな獣だ。


 もちろん、森でもやっかいさは変わりない。

 性質も猪突猛進型らしいが、

 ダンジョンとは違うのは、俺を見つけると逃げてしまうことだ。


 向こうも森の中は怖いのだ。



 俺はほっと息を吐き、さらに進んでいく。

 1時間ほど進むと、俺はなにかに囲まれている気配を感じ取った。


 狼か?


 さすが、森の王者だ。

 俺の気配遮断を嗅ぎ取ったのか。

 しかも、向こうも気配を消してくる。

 

 俺はさらに気配遮断レベルをあげる。

 そして、すぐさま木に登る。


 3頭の狼が現れた。

 俺を見失い、ウロウロしている。

 俺はマジックバッグから攻性魔導具を取り出した。


「バシュッ!バシュッ!バシュッ!」


 狼は一撃の元、頭を消失させた。

 使用した魔法はエナジーバースト。

 無属性の小爆発を引き起こす。


 俺は、魔石のチャージ具合を確認し、

 まだ十分な魔素がのこっていることを確認して、

 マジックバッグに攻性魔導具をしまった。


「こいつらの血の臭いに惹きつけられるといいんだが」


 俺は、すぐさまその場を離れた。

 さらに1時間。

 途中で大蛇が目の前に現れたときは肝が冷えた。


 大きく後ろに後退して間をとり、

 敵が襲ってこないことを確認して、迂回して大蛇を避けた。

 余分な戦闘はしたくない。



「(ふう、明かりが見えてきたぞ)」


 あの向こう側が森の外だ。

 そう、気を緩めた瞬間。

 

「うわっ」


 何かが顔に降り掛かってきた。

 俺はとっさにそれを避けたが一部が顔にかかってしまった。

 ネバネバした物体だ。

 顔に違和感が残る。


「(これはパラライズスパイダーか?)」


 本の知識だが、麻痺性のネバネバした糸を吐く大蜘蛛が

 森にいるらしい。

 俺には異常耐性があるので問題はないのだが、

 普通の人間だとこの糸で動けなくなってしまうという。


 俺はすぐさま気配をさぐった。

 いた。

 俺の真上だ。

 多少パニックになりながら、俺はとっさに猛ダッシュした。

 俺が全力を出せば、どんな怪物もついてこれまい。


 俺は(おそらく)大蜘蛛を置き去りにし、

 森の外に出た。

 そして、そのまま100mほど走った。


「(はあはあ、大丈夫か?)」


 五感を最大にしても、付近におかしなものはいないようだ。


「(やっと振り切ったか)」


 これは、ダンジョンより緊張するぞ。

 ダンジョンは特定の魔物しか出てこない。

 ある程度、パターンが読める。


 だが、森に生息する生物は幅広い。

 何がでてくるか分からない。

 ましてや、森をつっきるのは初めての体験だ。


 ◇


 眼の前には普通の農村風景が広がっていた。


「こんにちは」


「おや、みかけん人じゃの。どこからきなすった」


「ラ・シエルから」


「ほう。一人で森をぬけたのかえ?大したもんじゃの」


「はは。ここはどこなんですか」


「知らんと来なさったか。ここは◯領の◯村じゃて」


 畑を耕作する老人と会話を交わす。

 方言が違うことがここがラ・シエルでないことを強調する。


「あまり言いたくは無いのじゃが、この辺はよそもんを嫌う。早いとこ離れたほうがええぞ」


 ああ。

 村はどこでも基本的に排他的だ。

 よそ者を嫌う。

 ラ・シエル街でさえも、よそ者はすぐわかる。

 言葉やら態度やら服装やらが違う。

 ましてや狭い村だと、全員が顔見知りだ。


「わかりました。ありがとうございます」


 俺はその場を離れ、再び気配を遮断して隠れつつ進んでいった。

 すると、男たちが何やら厳しそうな顔をして会話をしていた。


「よそもんが森から来たって話じゃが」


「一人で抜けてきたらしいぞ」


「そんなことあるわけないやろ」


「森の精霊様か何かか?」


「祟りがあるとおっかない。村のみんなに家から出ないよう、伝えんと」


「だな」


 俺は隠れて会話を聞いていた。

 俺は森の精霊様にされてしまった。

 確かに、一人で森の抜けるのは非常識極まりないだろう。


 それにしても情報伝達速度がはやい。

 あの老人以外には見られていないと思うのだが。


 だが、おかげで俺はゆっくりと村を観察することができた。

 一言でいえば、非常に貧しい。

 ラ・シエルの村どころではない。

 家からして掘っ立て小屋だ。

 ボロボロの板切れを張り合わせたような家なのだ。


 また、数人の村人しかみかけていないが、

 身なりがこれまたボロい。


 畑を歩いて農作物を見る。

 これは燕麦(オーツ麦)か。

 燕麦だとしても、育ちが良くない。


 少し歩くと、木の上に家を作っている光景に出くわした。

 これはこれで合理的なのだろうか。


 俺は一芝居打つことにした。

 気配を最大限に遮断して、家の窓から中に語りかけた。

 芝居っ気たっぷりに低音を響かせながら。


「私は森の精霊だ。ちょっと聞きたいことがある。誰か答えよ」


「で、で、でたあ、森の精霊様じゃ」


「落ち着け。取ってくおうっと言うんじゃない。質問に答えよ」


「は、は、はい、なんでしょうか」


「お前たちはいつも何を食べておるのだ?」


「え、えんばくです」


「燕麦だけか?」


「と、ときには森の恵みも」


「冬とかはどうしてるのだ?」


「くいもんがなくなったら、どこかの村さいきます」


「むこうは警戒しておるだろう」


「そりゃ、もう。夜とかにいきますけんど、ときどき争いになります」


「怪我とかは?」


「しょっちゅうでさ。時々死んだりします」


「大変ではないか」


「まあ、よその村さ行くのは口減らししてもいいようなもんが行くことが多いので」


「しかし、食い物を取れないときもあるだろう」


「そうなったら、我慢するしかないです」


「最悪、北の村のように廃村になることも」


「廃村か」


「北の村は生き残った奴らがどこかへ流れていったという話じゃ」


「そうか。答えてくれてありがとう。これはお礼だ。砂糖菓子だから、味わって食えよ」


 俺は、マジックバッグからお菓子を取り出し、

 彼らに与えた。


「ではな」


 俺はその家を後にした。

 しばらくすると、その家から狂喜に湧く叫び声が聞こえてきた。


 ◇


 俺は、いくつかの村と大きめの街を訪問し、

 見聞を重ねた。


 村も貧しかったが、街もひどかった。

 非常に臭い。

 道路にあれが溢れている。

 とても歩きたくない。


 俺はその街の中に入れなかった。

 汚くて。


 せっかくなので、街のそばに転移魔法陣を置くことにした。

 隠蔽魔法をかけ、その魔法陣でラ・シエルに戻ってきた。



「はあ」

 

 俺は打ちのめされた気分だった。

 この世界の貧困にショックを受けたのだ。


 確かにラ・シエル街にもスラム街はあるし、貧乏人も多い。

 エリア内の村も裕福とは言えない。


 だが、俺が今日見た光景はそんなもんじゃなかった。

 口には出せないが、もっと酷い話も聞いた。

 高齢者や赤ん坊を森に捨てるなどという話には耳を覆いたくなった。


「(俺は何をすべきなんだ?)」


 深刻に考えてしまった。

 俺にできることなどしれている。

 この貧困が王国全土に広がっているとしたら、

 約2千万人の貧困者がいるということだ。


 俺は何をすべきか。

 答えが出るわけではないが、

 心の片隅に棘のようにずっと刺さっているようになった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ