天然痘ウィルス
【天然痘ウィルス】
「天然痘が流行してるらしいよ」
「ああ。東の方だな。ここからは距離があるから、大丈夫だと思うが」
「天然痘ってさ、古くから予防方法があるんでしょ?」
「あることはあるんだが、安全性に問題があってね」
天然痘は古くから有名な疫病だ。
以下のような症状がある。
飛沫感染や接触感染により感染し、
高熱等の症状のあと解熱、頭部、顔面を中心に豆粒状の丘疹が生じる。
全身に広がり化膿して再度40度以上の高熱を発する。
この症状は内蔵全体に現れ呼吸困難等を併発し、最悪の場合は死に至る。
助かった場合も膿疱は瘢痕を残す。
治癒後は免疫抗体ができるため、二度とかかることはないとされる。
前世では天然痘は猛威をふるい続けていた。
前世の話だが、アステカとインカ帝国の滅亡の大きな原因の一つは
天然痘であった。
スペイン人により天然痘が持ち込まれ、
征服前の人口が推定2500万人だったのに対し、
16世紀末の人口はおよそ100万人にまで減少したのだ。
その天然痘がこの世界にも存在し、やはり古来より猛威を振るう。
治療法がないわけではない。
天然痘が強い免疫性を持つことは、経験的に古くから知られ、
天然痘患者の膿を健康人に接種し、軽度の発症を起こさせて
免疫を得る方法が行なわれていた。
この場合、膿を乾燥させてある程度弱毒化させていたのだが、
軽度とはいえ実際に天然痘に感染させるため、
予防接種を受けた者の内、2パーセントほどが死亡していた。
「これ、父ちゃんがよそから聞いた話なんだけど」
俺は実際に父ちゃんが仕入れてきた噂話をアンリに披露した。
畜産業では、ウシの病気である牛痘(人間も罹患するが、
瘢痕も残らず軽度で済む)にかかった者は天然痘に罹患しないという
信憑性の強い噂話があるという。
「ほお。ただの噂話としては確認してみたい内容だな」
「だろ。一度さ、魔石回復薬の原液で天然痘が治るか確認してから、その牛痘で試したらどうだろうか」
「おお、いけそうだな」
アンリさんは天然痘発生地域に向かい、
魔石回復薬が効くかどうか試してみた。
ほぼ瞬時に回復し、周囲に驚かれた。
周囲からはもっと治療薬を、とせがまれたが、
心苦しいながらも数がない旨を伝え、いくつかの薬を渡して帰宅した。
そして、次にアンリさんは牛の牧場に向かった。
牛痘にかかっている牛を教えてもらい、自分で試みてみた。
魔石回復薬の原液であれば回復することがわかっている。
アンリさんは牛痘の膿を接種させた後に天然痘の膿を接種させ、
発病しないことを確かめた。
魔石回復薬が効果のあることはわかっている。
しかし、数を用意できない。
自然と高価にもなる。
普及のためには代替法が望まれる。
「この牛痘法は広く世に知らしめるべきだな」
アンリさんは天然痘の予防方法を自費出版した。
「それにしても、天然痘ってのはなんで引き起こされるんだ?」
「これも、古代書の知識なんだけど」
もちろん、前世の怪しい俺の知識からだ。
「ウィルスっていう細菌よりずっと小さい生物が引き起こすんだって」
「ああ、前にジョエルの話してたヤツか。細菌より細かいんだろ?」
「ああ。顕微鏡でも確認できない微細な生物だよ」
「そんな小さくても生きているのか?うーむ、摩訶不思議な話だな。そうか、ウィルスか。他の病気も天然痘みたいな治療法があるのか」
「うーん、ウィルスが病原体ならば」
アンリさんは、ウィルスと治療法を広く知らしめていった。
こうした数々の業績により、
アンリさんは後年、近代医学の祖として尊ばれることになる。
牛痘法はラ・シエル街と迷宮学園では積極的に推進した。
ロレーヌの両親や学園長に話を通したのだ。
アンリさんはラ・シエルエリアでの薬師としての評判が高い。
そのアンリさんの忠告ということで、市議会から予算がついたのだ。
ただ、他の地域では真剣に捉える地域はなかった。
わずかに、薬師の一部が反応しただけであった。




