メガネ、顕微鏡そしてカビ
【メガネ】
回復薬は万能薬と言われるけれども、治すことのできない症状は多い。
回復薬は元来体の持っている自律治癒力を高めることで、回復していく。
だから、怪我にはめっぽう強い。
また、多くの病も体力を増強させることで治癒させることができる。
しかし、細菌やウィルスといったものが進行すると、
回復薬では治癒させるのが難しい局面が出てくる。
細菌等を、滅殺しなくては治らないからだ。
また、老化などに伴って身体が変形したものも難しい。
その一つが近視や老眼である。
「おや、アンリさん。近視ですか?」
いつものようにアンリ薬局に遊びに行くと、
アンリさんが片眼鏡をはめていた。
視力矯正としてレンズはすでに開発されてあった。
片眼鏡とは1個の丸メガネを片目に挟んで使用するものだ。
「ああ、最近目が近くなってね。でも、よく外れるんだよ」
片眼鏡は眉骨と頬骨とで挟んで使用する。
立体的な顔立ちの人用で、
平面的な顔立ちの人はメガネをはめるのに苦労する。
「それなら、こんなのはどうですか」
俺は前世のいわゆる眼鏡を紙に描いてみた。
「ほお。レンズを2つ使うのか。それにフレームを鼻と耳で固定するのか。よし、ガリエルんとこへ行って作ってもらうぞ!」
ついでに俺は前世の眼鏡屋を参考に、視力表を作成した。
円に切れ目のついたCの文字に似たものを並べたものだ。
これで標準の視力検査を確立しようとしたわけだ。
この検査により、単純な近視・遠視に対応するレンズを
効率的に用意することができる。
しかし、さすがに乱視には対応できない。
乱視は今後の目医者の課題としてもらう。
俺にはこれ以上は手に負えないからだ。
この両目眼鏡と視力検査は短期間に王国に広まった。
考え方は非常にシンプルだからな。
すでにレンズは開発されているので真似しやすい。
【顕微鏡の発明】
この世界にはすでにメガネがある。
望遠鏡もある。
拡大鏡・ルーペもある。
だが、顕微鏡はなかった。
そもそも、必要性を感じなかったのだ。
「アンリさん、前にウィルスの話をしましたよね」
「ああ。目に見えない生物なんだろ」
「古文書によるとですね、病気の原因のいくつかは目に見えない生物によって引き起こされるのですが、少し大きめのものを細菌、小さめのものをウィルスと呼んでいたそうです」
「ほお。だとしても、見えないんじゃ本当に実在するのか疑ってしまうが」
「ええ。誰もがそう思うでしょう。で、細菌とウィルスに分ける理由の一つはですね、細菌はなんとか眼で見ることができるんですよ」
「なんだと?」
「顕微鏡って古代書では呼んでいるんですが、要するにミクロを見る望遠鏡。拡大鏡の高性能版」
「ああ、なるほど!オレたちは小さいものを見る必要ってなかったから、そのための器具も考えたことがない。だが、細菌か。顕微鏡とやらで見えるのか」
「ええ。いい顕微鏡は千倍程度の倍率が可能のようです」
「千倍か。そこまで拡大しないと見えないのか。そりゃ、肉眼では見えるはずもないわ」
◇
「どうだ?」
俺たちはさっそくガリエルさんのところへ相談しに行った。
原理自体は難しいものではない。
ただ、レンズの精度を上げるために時間がかかったのだ。
レンズを磨くために新たな魔導具を開発したぐらいだ。
「ほお、これが顕微鏡か。さっそく見てみたいな」
「まだ試作段階でな。倍率は100倍程度だ」
「100倍か。それでも凄いな」
「まずは昆虫を見てみるか。蚊だ。驚くなよ」
「おおお、なんと複雑なんだ。まさしくモンスターだな。こりゃずっと見ていられるわ」
「だろ。目らしきものとかヒゲみたいなのとか、足にはやたら毛が生えてるし」
他にもいろいろなものを見た後、
「もう少し時間をくれ。倍率を千倍までにあげたい。レンズを削る魔導具で精度を追求してるところだ」
ガリエルさんはわずか一ヶ月後に千倍の顕微鏡を開発した。
【菌類】
この世界では発酵がなぜ起こるのかは大部分の人には謎であった。
ワインだと、使用済みワイン樽を使いまわしている。
ワインに付着する酵母菌を利用してワインを作るのだが、
教会とかになるとそれを神の御業とか言ってる。
ワインが神の血とか宣い、みんな崇めて飲んでいたりする。
だが、ごく一部にはカビの有用性に気づいている人もいる。
そのうちの一人が醤油醸造所のゴブリエルさんだ。
彼の醤油製造は秘伝中の秘伝で、製造工程は全く見せてくれなかった。
「ゴブリエルさん、ひょっとしてカビを使っています?」
「おお、ジョエルよ、よく知っているな」
「古代書にかかれてありました」
「さすがはアカデミーの首席だわい」
ゴブリエルさんはニヤリと笑い、
内緒だぞ、と製造過程の一端を話してくれた。
ゴブリエルさんによると、
カビを培養させており、カビの選別と高湿度の部屋が必要とのこと。
そこは僕も前世の知識で知っていた。
何しろ、僕は料理が趣味で数年間は料理学校に通っていたぐらいだ。
俺も古代書の知識だとか言って、前世の知識を披露した。
「するとなにか。カビってのはかなり有用なのか」
「みたいですね。発酵食品全般はもとより、薬にも使えたりするようです」
「ほお」
「一度、酵母菌を見てみますか?」
「どういうこと?」
「顕微鏡というものがあって、ものを最大千倍にして見られるんですよ」
「千倍だと?」
◇
「これが麹菌なのか」
ガブリエルさんは初めて自分たちが培養してきた
カビの正体を顕微鏡で見て感動していた。
「これが酵母菌?」
麹菌はいわゆるカビで菌糸が生えている。
酵母菌は菌糸がなく丸いつぶつぶが溶液に漂っているだけだ。
一説によると、昔は酵母菌にも菌糸があったが、
退化した、という人もいる。
「こういうのを見ると、カビ研究ってのに興味がでてくるな」
「薬師のアンリさんに相談してみましょうか」
ゴブリエルさんは自分の秘伝が広まることに懸念を感じていた。
しかし、知識が世間に広まるのは時間の問題と悟ったのか、
積極的に力を貸してくれることになった。
もちろん、研究成果を真っ先に利用したいこともある。
アンリさんにカビ研究のことを話すと、一も二もなく飛びついてきた。
「化膿に効く薬か。魔石回復薬と同等の話じゃないか。よくぞ、オレのところに話をもってきてくれた!」
こうして、アンリ薬局付属研究所にカビ研究室ができた。
「この研究室にですね、アスタシアとロレーヌも参加させてやってもらえませんか」
「ほう。神聖・聖魔法持ちの学園のアイドルが参加してくれるのは大変ありがたいのだが、学園のほうが忙しくないのか?」
「本人たちが是非とも、と言うんですよ。働くのは放課後になりますが、少々徹夜させても大丈夫なんで」
「確かに薬師の研究はブラック環境なんだが。彼女らはいいのか?」
「それも彼女らの希望です」
彼女たちはダンジョン・レベルが上がってきた結果、
それがダンジョン外にもプラスの影響を及ぼしていた。
体力が徐々に向上しつつあるのだ。
「もちろん、魔石も絡めたいよな?」
「ですね。そのこともあってアンリさんに話を持ってきました」




