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1章8節 汝、身ノ上ヲ聞キ



「なるほど、それはまた…………」


 服を着させ、食事を取らせると、一号ちゃんの顔色も少しは良くなった。何故かRPGのモブが着てそうな布の服の上からスーツを相変わらず羽織って握りしめているが放置しておいた。寒いってわけでもないし、かと言って返してとも言いにくいのでそのまま預けておいた。俺は彼女がちょっと落ち着いたころを見計らって作業を切り上げると、ずっと気になっていた彼女の身の上話を聞いてみた。

 すると、俺の予想より彼女は厄介な存在だった。


 とりあえずわかりやすいように、昔話チックでまとめてみようか。


 むかしむかし、ある獅羊族の夫婦の間に小さな女の子が生まれました。

 父はここら一帯の獅羊族の中でも一番強い戦士だが変わり者。沢山の妻を娶ることが当たり前の獅羊族なのに、妻を一人しか娶りませんでした。そんな父の心を射止めたのはここら一帯の獅羊族の中でも一番美しく賢いとされた一番大きな血族の娘。男はその娘に大層ほれ込み、その娘一人しか娶りませんでした。

 その夫婦に間に生まれた女の子は生まれつき毛が白い不思議な子でした。獅羊族は金色の毛が当たり前なのに、女の子は白い色の毛だったのです。周囲の獅羊族は言います。その子は呪いの子だ。殺してしまえと。けど夫婦はその反対を押し切り、獅羊族から離れて暮らして女の子を育てました。

 女の子は毛こそ白色でしたが、周囲が言うように病弱と言う事も無く親の愛情をたくさんもらってすくすく育ちました。父親の様な並外れた強さを持ち、母親の美しさと賢さを合わせ持つ宝の様な子。遠く離れていた獅羊族にもその評判は届くほどでした。

 そのせいで要らぬ手を出そうとする不届き者もいましたが、その子の父親には勝てません。父親は獅羊族で一番強かったのです。戦いでは誰にも負けません。

 けど、戦いでは無敵の父親も病には勝てませんでした。父親はとある病にかかるとあっという間に死んでしまいました。


 すると、残された母子に邪魔者が居なくなったと多くの獅羊族が群がり争いました。生まれた時は呪いの子と言っていたのに、娘が強く美しく賢い何よりも伴侶にふさわしい存在だとしると若いオスは一斉に娘を求めました。

 母子も並みの獅羊族より強かったですが、数が多すぎました。2人は逃げました。オス同士を争わせて答えを先延ばしにしようとしていたのに、とても嫌な男に目を付けられてしまったのです。その男は獅羊族でも一番の乱暴者でした。父が居なければ獅羊族で一番強い男と呼ばれていた男でした。男は娘の父は大嫌いでしたが、父のせいで手が出せずにいました。でも今は誰も止める人もいません。娘を好き勝手にできる機会を逃すものかと他のオスに大けがを負わせて迄娘を求めたのです。


 逃げて逃げて、母は旅路の途中で父と同じような病になってしまいました。先が長くないと悟った賢い母は暴れん坊から逃れるために一計を案じます。それは娘と似た浪羊族に娘を預ける事でした。娘は白い毛なので浪羊族の中でおとなしくしていれば見分けがつきません。それに浪羊族は大きな群れで動くので簡単に見つけられません。賢い母はいくつもの言葉を話せたので、浪羊族に娘を託しました。心優しい浪羊族は娘を受け入れました。そして母は追手の目を晦ますために1人旅立ちました。暫くして、母が追手と相打ちになって亡くなったことを風のうわさで娘は聞きました。母は死ぬ最後まで気高き獅羊族の戦士でした。

 

 娘は母の為にも生き延びなくてはと努力しました。浪羊族の言葉はわかりませんでしたが、毎日勉強して少しは言葉が分かる様になってきたのです。

 しかし、不幸は続きます。浪羊族の中にも娘の両親と似た病に罹る物が現れたのです。流行り病のようでした。その場合、浪羊族は一団を分けます。言葉が正確に通じないので詳しくはわからなかったですが、病が全員に移って全滅しないように流行り病が広がると浪羊族は一旦集団を分けて暫く別々の場所で行動するのです。獅羊族の彼女もとあるグループに振り分けられ、一緒に旅を続けることになりました。獅羊族の娘を気遣ってか、娘と仲の良い同じ年ごろの女の子が多い一団でした。

 ですが、それが次の悲劇を招きます。おそらく狙われていたのでしょう。とある商人旅団と取引を行い、そこから貰った食物を食べると、気づくと気を失っていて…………。


 とまぁ後はお察しくださいと言う奴である。一部俺の補完が大きく入っているが概ねこんな感じだ。


 盗賊たちの装備がやたら充実していたのも合点がいく。盗賊共はおそらく平時は商人かなにか装っていたのだろう。あるいは、本当に商人もやっていたか。商人と盗賊の二つの顔を状況に応じて柔軟に使い分ける。なるほど賢いやり方だ。

 しかしまぁ、なんか踏んだり蹴ったりって感じだな。


 さてどうするか。このままだと獅羊族は一号ちゃんを諦めてないのかもしれない。ウチの活動を妨げないのなら暴れん坊がこの娘を娶ろうが知ったこっちゃないのだが、一号ちゃんは栄えある信徒一号である。長期的目線で見れば丁重に扱うべきだ。最大限恩を売りつけて我がチェインメイデン教団に奉仕してもらわなければ。

 けどわざわざ獅羊族の元に出向いてウチの子に手を出すなとしばき回るのも違う気がする。勝てる保証だってないのだ。そういうのは熱血系主人公にお任せしたい。俺はこの子から最大限恩を引き出すことさえできればいいのだ。つまり今この問題は先送りしてもいい。


「あの、私からも聞いていいでしょうか?」 


「なんですか?」


「その、チェインメイデン教団なんですが」 


 そんな事を考えていたら、一号ちゃんから強烈なカウンターパンチを食らった。

 曰く、教団の『教義』や『戒律』など基本的な事をまだ一つも教わっていないし、そもそも神の司る物すらも知らないので教えて欲しいそうだ。


 はい、その疑問ごもっともすぎますね。逆によくぞ契約したもんだ。ちょっと例えとしては違うのかもしれないけど、周りの立地も値段も実際の物件すらも確認せずに家の購入契約をしてしまったようなもんである。あまりにチャレンジャーすぎる。

 いやまぁ、あの状況じゃ思考なんてまともに機能してなかっただろうし、本当に跳躍主人公張りに『この後死んでもいいから仇を討つ!』的な半ば自暴自棄的な覚悟の決まり方で契約したっぽいので後の事なんか考えてなかったのだろう。自殺を禁じる戒律だったらどうする気だったのか。これが若者らしさとでも言うのだろうか。拗らせると危なそうな子だ。

 

 ところで、『教義』と『戒律』ってなんぞやって話なんだが、これはこの世界のどの教団にも必ず存在している物だ。

 『教義』は心意気、教団としての方針を表し、『戒律』は団員が守るべきルールを示している。そんなの優しく簡単な物にすればいいじゃん、と思いがちだが、そうもいかない。教義や戒律が厳しいほど信徒が得られる恩恵も大きくなる。恩恵が多ければより強い信仰が集まる。要するに神への忠誠心が高いヤツ相手程神も干渉しやすいってわけである。この世界、神も好き勝手やっているようで一応なりともルールがあるそうだ。

 それにルールが緩い所は結局崩壊も早いそうだ。不思議だね。でもこれは会社の組織運営とかにもある程度通づる理論なんじゃなかろうか。同じ苦労を負担する人たちには妙な結束が出来上がるのである。信徒たちが勝手に団結し始め、内部の治安を守ろうとし始めれば教団としてはかなりいい傾向なのかもしれない。


  んで、『眷属』はこのルールとかからちょっと外れた存在なので今は無視するが、兎に角『教義』と『戒律』なくして教団は教団たり得ない。今のチェインメイデン教団は張りぼても良い所ということだ。

 因みに、『教義』は基本的に一定だが、『戒律』に関しては増えることはままあるそうだ。神もアホな人間たちを管理するのにちょっとは苦労しているんだろう。問題は、ウチの御主神様は基本的好き勝手してる神々が唯一自分で努力している点ですら放棄して眷属に丸投げしている点である。ただでさえ放置ゲーなのにそれをBOTに代行させるみたいな事してるけどいいんですかねこれ。


――――――――――――――――――

【汝、教祖としての務めを果たせ】

・教義を定めよ

・戒律を定めよ

――――――――――――――――――


【こちらで定めろと】

【その通りです】


 いいのかい。教義と戒律って神の性質に直結する要素ではなくて?教祖にそんな権限持たせて?


【ある程度の信頼を置いているからこそです】

【物は言いようですね。点数割増しでお願いしますよ】

【内容次第です】 

【希望は特にないんですか?】

【おまかせします】


 これあれだぞ。何食べたいって聞かれて「なんでもいい」って言ったくせに「私アレが食べたかったのに」とか店に連れてった後に言い出す奴だぞ。アレマジでピキるからね。要するにノーヒント空気読みはクソゲーって言ってんだろってこと。  

 まあ眷属はある程度規則の外にあるとはいえ、基本は信徒の見本として教義も戒律も守らなきゃならない。なので自分で守れない規律は設けない方がいい。かといってフワッとしすぎると後々揉めるらしいんだよな。例えば、『日々良き生活が送れるように努力しましょう』みたいな決まりを作るとする。耳触りがよくて何の問題もなさそうな決まりじゃん?でもここで「あ、これ揉めるぞ」ってすぐに気づける奴は教祖の才能あります。

 問題はこの『努力する』ってところね。人によって努力のボーダーって違うんだよね。

 ニートは家から出ただけで今日も頑張ったとかほざくし、外資に働いている子なんて激務は前提でその上で結果〇万円を出さなきゃダメ、みたいなヤバい考えが当たり前になる。人は自分の生活が当たり前だと潜在的に考えるから同じ事を指していても尺度がかわったりする。そうなると何が起きるか。

 例えば一部の非常に勤勉で努力家な過激派が『お前達は努力が足りてない!』と一部を名指しにして弾圧する。人間の中には、自分の努力と同じレベルの努力を周囲に無意識に求めちゃうタイプの人がいる。この手の奴が上に立つと下はマジでしんどくなるんだ。一方で本当に『頑張ったつもり』なだけで周囲から見ると全然ダメな奴もいる。それはそれで周囲からの不満がジワジワと蓄積されていく。

 要するに信徒側からある程度自己解釈が可能な決まりを安易に定めると大変なことになるってこと。その解釈の違いでリアルの宗教も同じ物を信仰してるのに真っ二つになってるわけだし。


 その点、豚肉を食うなとか、酒を飲んじゃダメ、血を飲んじゃダメとかは割とわかりやすい。解釈の余地が殆どないルールだから信徒も守りやすい。その代わり明確過ぎてルールとしての強制力が滅茶苦茶強くなるので自由度が下がる。宗教の決まり事ってのは基本的にこのバランスが大事なのよね。

 ただ、チェインメイデン教団は少し例外的だ。なんせ主神の声をそのまま聴ける俺がいるので解釈が割れても俺がジャッジできる。曖昧になったり意見の対立が発生する前に明確なアンサーを示せるってことだ。これは地球の宗教じゃあり得ない話だからな。


 そんなめんどくさくて今後も相当影響力を発揮してくる物を教祖に丸投げってんだから適当なのか肝が据わってるのか。下手すりゃあんたの教団内部崩壊しかねないんですけどいいんですかね。放任主義にもほどがある。まあいいや。自由にしろってんだから好き勝手やらせてもらうよ。どうせならこっちの神様はやらないことにしよう。


「我がチェインメイデン教団は―――――――――」



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