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1章5節 汝、名乗リテ


「ピッチャー、大きく振りかぶって…………!」


 手に持つのはさっき砕いた槍の穂先の残骸。力加減が大事という教訓を教えてくれた槍の残骸である。胸にぶっ刺さった槍がグリグリして痛い。


「投げたっ!」


 野球を最後にやったのは高校の体育かな。一応ピッチャーだったんだぜ、あん時は下投げだったけどよ。


「ギャー―――!?」


 Oh.これは酷い。

 何が酷いって俺がノーコン過ぎて。力加減も分かってないのにカッコつけて投げた結果、残当な感じですよ。狙った真正面から大きく右へ逸れた槍の欠片が高速で飛び散ってその方向にいた盗賊たちを散弾の様に襲った。


 ああ、悍ましい。この光景を見て、少ししか吐き気の湧かない自分自身が。強靭な精神が与えられただけでこうも無情になれるのか?それってもう、俺って言えるのかな。感情まで弄繰り回されたらそれは同一の自分と胸を張って言えるのか。

 おっと。哲学している場合ではありませんね。その手の問題はフロイト先生とかにお任せしましょう。


「二球目行きまーす」


 お次は地面に転がっている小石数個。

 ここは森の中。野営地として選ばれるくらいには少し拓けている。投げる物はいくらでも見つかる。

 さっきよりは幾分かまともな方向に飛んだかな?断末魔を上げながらまた盗賊が何人も血しぶきをまき散らしながらぶっ倒れた。でも即死じゃない。頭がパーン!とはなってないからね。あるいは地球人より幾分か丈夫なお陰かもしれない。そのせいで即死より遥かに辛いだろうよ。


 盗賊たちは2投目で再起動したのか慌てて動き出す。正気に戻ったのだろうか。まあびっくりするよね。流石に魔法のある世界でも胸を槍でぶっ刺されて平気な顔して動かれたら。


 でもさ、ちょっとはお前達も悪いんだぜ。俺にいちゃもんつけられる隙を見せまくったんだからよ。


『狂叛の祝福』。

 俺が送り出される前に与えられた祝福。『主神を貶めた者に対して叛逆の力を得る』という一見効果が理解しにくい祝福だ。

 俺は何度も問いかけた。『主神を貶めた』とは何を以て其れとするのか。そして理解した。この能力は多分いちゃもんつけ放題、要するに俺の解釈次第でいくらでも化ける祝福ってこと。


 だから初っ端から下手に出て如何にもバカっぽい要求をしてみた。そしたら民度がリアル蛮族なこちらの世界なら先走って俺を殺そうとしないかなって。確定で不敬ポイントを貯められるんじゃないかと愚考したわけだ。

 しかしなまじっか小知恵が回ったもんだからこいつら余計に不敬ポイントを貯めちゃったんだ。 

 

 俺は惑う盗賊たちの前で指笛を鳴らした。甲高い音が森に響く。不自然な異音に盗賊はビクッと反応する。俺は盗賊の背後を見渡しながら何度も指笛を鳴らした。まるで合図するように。


 さぁ、焦れ焦れ。俺を殺そうとしないとこの音は鳴り続けるぞ。

 果たして俺から逃げたところでその進路が正しいのか。笛を鳴らしてここには居ない誰かに合図をするようにふるまうだけで奴らは正常な判断ができなくなる。ただでさえパニックな状態で焦らされたらお前達はどうする?


「う、うわぁああああ!」


 はい釣れた。俺に向けて数人が武器を構えて突撃してくる。とにかく指笛を止めなくてはならないという判断だろう。間違っていない。さぁどうする?愚直に来るか?それとも連携して攻撃するか?


 来いよ、さぁ来い!強靭な肉体で視力もだいぶ強化されているぞ! 

 まあ武道の心得なんてないんで力に頼らず避けようとしても1対1ならまだしも複数人相手じゃ普通にブッ刺されるんですけどね!

    

「ぐおごっ!?」


 口から勢いよくブラッドがスプラッシュ。痛い。痛い痛い痛い。

 さっき刺してもくたばんなかったせいか盗賊たちは焦ったように何度も何度も俺を刺した。おいやめろ、これは、俺の、一張羅、だ、ぞ。

 

 血がボタボタと零れ、膝が地に付く。チートイキリの末路の様な呆気ない終わり方。おお!愚か者よ!しんでしまうとはなさけない……。

 ところで世界救うために世界を駆けずりまわってる勇者が死んで蘇った第一声が「情けない」って、もう少しいたわりの心が欲しいよね。

 

「オ゛ア゛ォォォォォォォォォ!!」


 人間剣山にされて地面に倒れようとしていると(背中の槍のせいで妙な格好になったが)、背後で怒り狂った獣の絶叫の様な物が聞こえた。祝福と異世界転移のハイテンションで恐怖心がちょっと壊れている俺でも思わず体をすくませるような、泣く子も心肺停止で黙るほど恐ろしい地獄の底から響くような咆哮だった。


 俺の体を飛び越えた黒い影が一瞬コマ落ちしたか思うほどのスピードで通過すると、断末魔も無しに血飛沫が噴水の様に上がって俺に降り注いだ。 


「なん゛!?」


 やっぱり最後はフィジカルなんですよねぇ。いやてか強すぎ。強化された俺でも普通に負けるねアレ。え、加護の相性が良いとあんなにヤバいの?こわっ。盗賊なんてしゃべり切る前に一瞬でみんな死んだよ。数十人を瞬殺ですよ。


 ああ、ほんとにごめんよ、獅羊(ラヒゥン)族の少女よ。

 義憤と怒りに任せて君は契約を結んでしまったんだね。

『命の恩人が目の前で幾重にも刺されて死んだ』のを見て、まるで主人公が怒りで覚醒するように。俺の、狙い通りに。


【よくやりました。彼女は貴方が導くべき新しき信徒、その一人目です。丁重に扱いなさい】 


 へーへー、御主神様。だんまり決め込んどいてようやくお返事ありがとうございます。俺は貴方が悪い神じゃないことを心底祈ってますよ。そうでもなければ、俺は彼女を沈没船に招いたことになっちまうんだから。


 どうしよう。背中からは一本、正面からは複数槍に刺されて演技で崩れ落ちようとしたらうまくいかずに前衛アートみたいになっちゃった。でも力のまま強引に動いたらまたさっきの二の舞になりそうな予感。誰か助けて。


 そんなことを考えていると風が横を吹き抜けた。

 全裸の体を返り血のコートで覆った獅羊(ラヒゥン)族の少女だ。弱弱しかった体には鬼神の如き力強さが戻ったが、彼女は涙を流しながら俺の体に縋りついていた。


『嗚呼、ごめんな、さい。また、また私は、助け、られ…………』

 

 多分なんだけど、獅羊(ラヒゥン)族である彼女がこの程度の盗賊に良いようにされてたのは、浪羊族の少女たちを真っ先に人質に取られたか何かされたからなんだろう。そんでどうしようか迷っているうちに毒でも盛られたか?いくら獅羊(ラヒゥン)族たちが強靭って言っても無敵じゃないからなぁ。コンディションによってはダメだろう。

 或いは、盗賊たちの何人かは実は気づいていたのかもな。ただ、気づいた時には手遅れだった。だから獅羊(ラヒゥン)族なのに衰弱していて、盗賊たちも妙に必死こいて改宗を迫っていたのかもしれない。へたくそめ。


「えはっ、お、こっ」


 声を出そうとしても肺を綺麗に刺されたのか声が出ない。仕方ないので自分で胸に刺さっている槍を引き抜こうとしたら変な声と共に口から血が零れた。その変な声に反応して泣き崩れていた獅羊(ラヒゥン)族の少女が顔を上げた。

 

「え?え゛っ?」 


 凄い。綺麗な二度見。そして凄い後ずさり。一瞬で6m以上飛びのいたぞ。まさにドン引きってタイトルがピッタリな動きだった。


「よいしょぉ!」

 

 あー、もう、ばかすか刺しやがって。スーツに穴が開いたじゃないか。もう少し丁寧に扱おうと思ってたのにさぁ。いよいよゾンビ映画の衣装になっちゃうよ。  


「お嬢さん、ちょっと背中の抜いてくれませんか?」 

 

「は、はい………」 

 

 そんな怖がらなくてもいいのに。ほーら、君の新しく仕える神の眷属ですよ~?おぅふ、よし抜けた。次からは気を付けよう。

 

「ありがとう。君のお陰で助かりました。今度から背中から刺される時は十分気を付けるようにしましょう」

 

 いやホントに。回復能力があっても痛いし内部に物が残ると回復が著しく阻害されるね。いい学びだった。盗賊程度の雑魚じゃないとこんなおふざけしながら戦えなかった。はぁ、結果的にチュートリアルなのかね。

 しかしこれはつまり、俺に安易な自殺を許さないってことか。俺の御主神様は怖いなぁ。

 

「あの貴方は、一体…………?」


 ダメか。ひょうきんにふるまえば空気が多少マイルドになるかと思ったけど、完全に怖がられている。怖がっているけど、彼女にとって俺は命の恩人。だからできるだけ好意的に接しようとしている心意気が見て取れるが、どう見ても恐怖で足がすくんでいた。地球人より余程奇跡を見慣れている彼女でも俺の回復力はドン引き級らしい。

 いや、むしろ『一般的な奇跡』を知っているからこそのドン引きなのかも。野球の事をほとんど何も知らない人に170km/hオーバーのボールを投げられると言っても何となく凄いことは分かってもどれくらい凄いかいまいちピンとこないけど、なまじ野球を知っていると170km/hオーバーのボールを投球できることがどれくらい化物なのか具体的に理解できてしまうみたいな。

 因みに、公式試合で170㎞/hをマークできた投手は人類史でも片手の指に収まる人数しかない。ほら、そう聞くと一気に凄さが理解できるでしょ?

 

 彼女からすると俺の回復、もはや蘇生と言うべき奇跡は、恐らくこれ以上の事なのだろう。


 さて、俺にとっても彼女は初めての信徒。もしかしたら俺の右腕になるかもしれない人。今後長い付き合いになるかもしれない女性だ。バカなことはできない。いつもヘラヘラしていると言われがちの俺だが、今ばかりは真面目にやろう。


「初めまして、私の名は野………『ノスト』です。貴方が改宗した我が主神▇▇▇▇の眷属にして、教祖を拝命しております。以後お見知りおきを。お次は貴方のお名前を聞かせていただけませんか?」


 こうして、俺の教祖生活は幕を開けた。

 



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