ケテトの手紙 2節
夜、テントを出てみると、外では黙々と猊下が作業をしていた。夜の番を兼ねているのは分かっているが、猊下は本当に眠らない。
猊下は誰かテントから出てきたのか気づいているのか、優しい声音で眠れないのですかと問うてきた。
眠れないわけではないが、少し話がしたかっただけだ。別に何か目的があったわけではない。明日に支障のない程度、か。わかった。
猊下は作業に使っている物を少し片づけると周りの草木を払い、自分の腰かけていた倒木に布を敷いてくれた。
きちんと感謝を述べておく。
本来であれば教団の長に対してはもっと丁寧な口調であることが正しいのは理解している。だが、猊下はあえてこのままでいいと言っていた。あまり畏まられるのも嬉しくないそうだ。猊下が儂らに対して優しいのも、身分差を気にしたくないのと言うのが少しあるのかもしれないな。
夜の魔力蜷局も蒸し暑い。なのに無意識に猊下に身を寄せるように座ってしまった。ち、違うぞ。布が近くに敷かれたからであってだな。頭をなでるな。立派な淑女なのだぞ。べ、別に嫌と言うことではないが…………。
もう、そんなにいじめるな!今日はちゃんと素直に話したいから起きてきたというたではないかまったく。
以前変に理由を付けて起きてきたら本当の理由を話すまで随分いじってきたのだ。もうそんな真似はさせない。猊下は儂が恥ずかしがる様子を見てどうにも楽しんでいる節がある。
と、ともかくだ、今更も今更なのだが、こんな長く滞在してよいのか?
あ、なんだその顔は!儂とて今更とは思っておるわ!しかしだな、儂たちは正直今の生活でも一応満足しているのだ。毎日やることがあって非常にやりがいがあるし、働いた分だけ皆の大きな蓄えになる。強敵を相手に戦うことも楽しい。確かに蒸し暑さと虫には少し悩まされてはいるが、それも猊下の作った薬液を塗りつけたりしてある程度は対策でもできておる。
だが、教団としては教団員を増やさなければならぬのだろう?いくら貯えができても3人と言う事実に変わりがないのだから。
そ、そんな顔しなくても。すまなかった。猊下も悩んではいたのだな。けどこれだけ貯えがあれば今後は色々と違う勧誘もできるようになるのだからだな、別に無駄と言う事は。なんじゃ、笑いおって。同じことを考えていた?そうか。
それは…………少し、嬉しいかもしれん。猊下が笑っている姿が見れたし、良しとしよう。
一見無敵に見えるし、何事も動じないようにも見えるが、猊下とて人の心があることは前に知っておる。ヘラクルに寄りかかっていた時の猊下の顔を儂は決して忘れぬ。顔に出さないのが上手なだけで、猊下にもちゃんと感情があるのだ。最近はなんとなくその感情が分かるようになっていた。この猊下らしからぬ強行軍も、スケジュール的にやはり20日以上も予定外に時間をかけたせいというのが大きいのだろう。元は儂の為の魔力蜷局探索だからな。少し思うところもあったのだ。気にするなと言われてもそうはいかぬ。
しかし、その…………猊下は、強いな。
あまり真面目に戦っている姿を見たことは今までなかったが、普通に戦うとこうも強かったのか。いや、ある意味納得の結果でもある。儂が研究の為にみた手記などで書かれる眷属は一騎当千の力の持ち主であることが多かったからな。故によく欲に溺れ、疎まれ、討伐されてしまうのだ。大いなる力は人を狂わせる。儂が昔魔法を学んだ時に、愛読した魔導書にも再三その忠告が記されていた。
儂には明確な師匠がいない。魔導書がある意味師匠だな。どうやって戦うかも、見様見真似で学んだ。何かを教わるということは対価が必要だったからな。自然と見て覚える癖が付いた。ヘラクルとイヨカ殿は親から学んだそうだがな。少し羨ましい話だ。けど、今の儂にはヘラクル達が接近された時の立ち回りを教えてくれるし、猊下は魔法を教えてくれる。儂は初めて師匠を持てたという事になるな。
そうか。猊下も戦い方を両親に習ったのか?いや、なに、その、猊下が自分の昔の話をするのは非常に珍しい事だからな。少し驚いた。
猊下の父君と母君は強かったのか?母君は強かったが、父君は普通。なるほど。母君の方が強かったのか。なに?違う?単純な強さでは母君が上だったが、勝率は父君の方が上と。猊下の父君は頭で戦うタイプだったのか。うむ、あの賭け事を見ていると確かにそのように思えるな。
その日の猊下は、珍しく昔の話を懐かしそうにしてくれた。そして、なにかを恐れる様な気配も微かに感じた。少し急いているような気がした。まるで急いで話さないといけない様な。覚えているうちに一気に話してしまおうみたいな、そんな印象を受けた。
猊下の母君は凡そ苦手らしいものが無かったらしい。剣でも弓でも魔法でもなんでも使えたそうだ。その上で集団を率いての戦闘も長けていたらしい。基本的な戦い方や心得に関しても母君の方が熱心に教えた。
一方、父君は母君と同じく器用ではあったが全部が大体並だったらしい。しかしそれを組み合わせて最善の手を編み出すことを得意としたようだ。集団を扇動し動かす事にかけては猊下から見ても天賦の才があり、指揮に関しては猊下が逆立ちしても敵わない。だがその指揮は直感的で感覚による部分が多く、父君からは何かを具体的に教わった記憶は少ないらしい。技と言うよりは、基本的に心得しか猊下に伝えなかったようだ。
ふむ、父君と母君では教育に対する考え方が違ったのかもしれぬな。
猊下は母親似と言われがちと言っていたが、聞いていると所々話に聞く父君に近い部分も感じる。猊下の信徒への向き合い方とかは無意識に父君の教えを参考にしている部分があるのかもしれぬな。それを指摘すると猊下は多分認めないので儂は指摘しないがな。儂は誰かと違って大人なので。大人、なので。
猊下が父君に対して何かを話す時、厄介そうに話しているのはなんとなく察せられた。色々と思うところがありそうだな。男にとって、父親とは一つの大きな壁らしい。猊下の中ではまだ精神的な面で完全に父君を超えられていないのだろう。非常に嫌そうに話すのに、どこかその語りには尊敬の念も僅かに感じられた。
猊下の父君と母君。いつか会える日は来るのだろうか。聞けば聞くほど面白そうな御仁だと感じた。
もう寝ろ?そうだな。気づけば随分と話しをしていたな。今日の事はその、そうか。別にヘラクル達に話してもいいのだな。
猊下は別に自分の事について隠したいわけではないのかもしれぬな。しかしあまり積極的に話したいわけでもない。それでも、こうして付き合っていけば色々と聞けることも増えるかもな。ゆっくり、じっくり付き合っていくとしよう。
しかし、そうか。流石に魔力蜷局ではお預けだな。危ないし仕方ないが、その、な?ちょっと間が開いておるし、そろそろ…………。に、ニヤニヤするな!そういうことすると儂からもう誘わんぞ!これでも凄く勇気のいることなのだぞ!まったく、もう。
…………3日後じゃな。わかった。絶対だからな。約束じゃぞ。イヨカ殿に現を抜かすと儂も拗ねるぞ。泣くからな。大人の尊厳を捨ててみっともなく泣いてやるからな。いいな。約束じゃからな。




