4章1節 汝、未ダ発症セズ
記念すべき第三信徒ですよ。
例の如く舌を噛ませようとしてるとしか思えない名前なのであだ名を制定。もはや教団の決まりにしていいかもねあだ名制定。これも例の如く神の一声でイヨカに決定しました。鬼狐娘のイヨカ君です。ここにきてチェインメイデン教団の旅経験値ランキングを大きく塗り替えた存在です。
ケテトも凄かったけど、イヨカは更に逞しい。
この葉は食べれる。これはダメ。この実は大丈夫。これは毒。みたいな感じで色々判断していた。種族的に食べられない物が無いのは本当に助かる。旅行中、ケテトと異なり人の交流が盛んな街にも訪れたらしいが、それは路銀があった場合。そうでもない時は基本的に命知らずの旅団に勝手に同伴したりして食い扶持などを自分で稼ぎつつ移動したらしい。普通の娘がやったら多分1週間せずに野垂れ死ぬね。
んで、俺の脳内にふとイヤな仮定がね、うん。
イヨカさん、同じ目線でゲームできる人がいねぇ!って家出したじゃないですか。でも何度聞いても親御さん普通にいい人なんですよね。娘が十何年家出すると思ったら流石に本気で止めると思うのよ。
んで、気になるのがイヨカの現地調達というか荷物を出来るだけ少なく持ち歩こうとする考え方。これどうも別に旅の最中で最適化されたわけでは無く、旅立つ前から何度か遊びで出歩いてて荷物を最低限にする癖があったらしい。というか物欲が薄く、持ち物自体が多くない。そして自分にとって価値のあるのは基本的に一纏めにして持ち歩けるくらいにまとめておきたい、という謎のこだわりがある。馬車の中にいくらスペースを作ってもあげても最初に所持していた箱を頑なに愛用している。
でだ、もしかするとだよ、十数年レベルの旅に出発する時もいつもの遊びでちょっと遠出するくらいの感覚で母親と父親に別れを告げて出発した可能性が高い。
普通なら金もないし持ち物も一纏めにできるものしか持ってないので行動できて3日が限界のはずだった。ただ、イヨカは生物的に強すぎた。思い切りが良すぎた。そして勘が良過ぎた。肝心な所を間違えなかった。
獣を自力で殺せるだけの力と追跡能力を持ち、水などが無い時は勘任せで動き発見。自給自足しながら歩き続け、川沿いを歩き続ける。歩いて歩いて、襲ってきた盗賊を返り討ち。これにて生活に必要な物資の調達方法を閃いてしまう。そう。殴っても怒られない奴をぶっ飛ばせばいいのだ。常人であれば一人で盗賊を相手にするなど正気ではないが、イヨカにはフィジカルと未来を見る目を持っていた。
幸い、体格がいいので盗賊たちの持っていた男物の道具でも然程問題はなし。
時たま盗賊を襲われている人を助けたりして、それをキッカケにしばらく行動を共にする。移動していくと使われる言語も変わっていくが、持ち前の思い切りの良さとボディランゲージ、直感でちょっとずつ学習。怪物と勘違いされることもあったが返り討ちにし普通の人間だと分からせ、そんな事を根気よく繰り返していた。フィジカルだけで無くこの時点でメンタルも並ではない。普通なら心が折れている。
何が凄いって、この無計画な旅、別に生き別れの母親を探して三千里旅するとか、結婚を誓った幼馴染の病気を治す奇跡の薬を求めて世界中駆けずり回るとか、世界を絶望に堕とした魔王を退治するためとか、そんなドラマチックな目的や使命が一切無いのだ。ただ単に、自分と同じレベルのゲーマーを探すだけに家を出て歩き続けたのだ。
それは何か執念じみているというか、目的と手段がもはや入れ替わってそうというか、俺も最初は神から直々にスカウトって余程容姿も含めて神のドストライクなのかと思ったけど、話をよくよく聞いてたら確かにそりゃ遊びの神様もスカウトするなって生き方してんだもん。遊びにマジで人生の半分ベットするてあーたねぇ。
これ本当に、親御さん今でもイヨカを探してマジで『娘を訪ねて三千里』をやってるの可能性がある。どーすんのコレ。流石にお手紙の一つでも出してあげた方がいい気がする。凄い断片的だが、2週間ほど音信不通かまして海外で遊んでた時に母親が俺の居場所を探し出してぶっ叩かれた記憶がある。なんでそんな妙なエピソードが記憶に残ってんだと思うけど、それほど強烈だったという事だろう。イヨカの両親はもっと心配してるだろう。遊び相手探して海渡って大陸横断しましたとか正気を疑うからな。
「ちょっと待ってもらえます?手段を考えます」
どーにかして娘の無事を伝えたい。十数年も経過しているのでもう捜索を諦めてても、せめて安否くらい知っても罰当たらん。
「使い魔とアレを組み合わせて…………」
魔法と儀式を組み合わせて、そんで特定対象へのサーチが必要だから、コレを成立させた状態で大陸横断以上の距離を飛ばすと仮定するとこりゃめんどくさい儀式が必要だな。
なんで俺こんな必死こいてんだろう。もう親の顔も思い出せないから?俺はちゃんと恩返ししてから死んだのだろうか?それともヘラクルもケテトも親が居ないからか。いいさ。信徒加入記念ボーナスみたいなもんだ。できることして何が悪い。
獣皮を処理した物の裏側に自分の血で複雑な陣を描く。これは過去最高に手が込んでいるな。
【これで合ってますよね?】
【私を便利なヘルプ機能だと思っていると神罰を下しますよ】
【下していいので、チェックを】
【そうですね、問題ないでしょう。ただ、通常より血を多く貰っておかないと見失うリスクがあるので気を付けなさい】
【ありがとうございます】
陣を描くだけで一日かかった。クソ。一日ってのはマジの一日ね。朝から晩までではなく朝から翌朝までずっと徹夜だ。もう少し大きなキャンバスがあればよかったんだけど、今一番質と大きさを両立した獣皮がこれしかなかったんだ。
「猊下、食事ができたぞ。温かいうちに口にして欲しい。此度は儂が作ったのだ…………調味料が少なくてなかなか思うようにいかぬのだが、口に合うと、嬉しい」
「ん、もうそんな時間でしたか。ありがとうございます。そうですね、食事は一緒に取りますか」
「そうか。ヘラクルが腹を空かせて待っておるぞ」
「ヘラクルは本当によく食べますからね」
ほんと、緻密な作業だったので過去一集中してたな。ずーっとやってたのでケテトに肩を叩かれて朝であることを時間した位である。
「これが使い魔の陣なのか?儂の知っている物とは比較にならぬほど複雑じゃな」
「ケテト、これはまだ一枚目です。あとこれと同じ物が2枚必要です」
「なっ!?その、今更なのだが、血は大丈夫なのか?」
「あいにく普通の身体ではないので。心配してくれたのですよね」
ケテトは今は随分と落ち着いている。イヨカが加入時とかは禁欲とぶつかったせいで凄いイライラしてたが、色々と手を尽くし宥め、ケテト側もイヨカと色々と話し合ったのかケテトは次女ポジに落ち着いたらしい。メンタルの強さなら恐らくイヨカが圧倒的に上だし、実年齢も人生経験と言う面でもイヨカの積み上げた物は旅行記にできるレベルだからな。
全く他の種族と交流を持たない未開の部族と遭遇。戦闘。ボディランゲージを使った和解や、一緒に暴れていた猛獣たちを退治した話はもはや冒険譚だった。イヨカさん、語りが上手いのよ。その上楽器も弾ける。その腕前は遥かに上質な娯楽を沢山経験しているはずの俺も聞き入るレベルで、聞けば弾き語りで路銀で稼いだ経験もあるそうだ。
イヨカもイヨカで、一人で生きてからと言って人の情動は理解しているので、新参で長女ポジになりながらもヘラクルとケテトの顔を立てていたのが良かったのかもな。俺としても3人には仲良くしてほしいので上手く収まって本当に良かった。
そんで、頼れる姉ができたことでケテトも落ち着いたのかなんか前より凄い甲斐甲斐しい。パンチの出力も7割減した。本当に大丈夫なのか?と俺の親指を握り見ているが、傷なんか一つもない。なんか、ケテト、無理なくナチュラルに距離感が近くなったなぁ。
ケテトの背を押してさぁ行こうと促すと、甘えるようにちょっと俺に寄りかかって直ぐに離れて歩きだした。細い尻尾が機嫌良さそうにユラユラ揺れています。なんだあの可愛い生き物。
「猊下、おはようございます」
「おはようございます」
「今日はケテトさんが作ってくれたんですよ」
「では多めに盛ってもらいましょうか」
「うふふふ、どうぞ」
ヘラクルも本当に立て直したなぁ。
教団といた時は頭からすっぽ抜けていたけど、俺以外の男性と出くわしても怖がったり盗賊狩りの時の様に戦闘スイッチが入ることもなく大人しくしていた。本人もそれは少し驚いていたらしく、上手くできたことで脳の認識を上書きできたのか俺に対してはもう怯える感じはなかった。いきなり触れると反射でピクッと反応するくらいで、恐怖で体が竦むレベルではなくなった。明るくなったし、よく笑うようになった。笑顔の練習の成果はばっちりですね。
こうしてお椀を手渡しできるようになったのは、すごく簡単な事なのに凄い成長を感じる。苦節3か月近く。俺も頑張ったかいがあった。
「イヨカ殿、朝食だ、起きるのだ」
「う、うむ………ん、猊下、お早う、ござい………」
「イヨカ殿、起きろ!」
そしてイヨカ。だらけたなぁ。悪い意味ではなく、ようやく肩ひじ張らずにいられるようになったって事なんだろう。元々朝は強くない方だったそうだが、旅の途中で矯正されていったらしい。しかし今は誰も信じられず神経を張り詰めたまま寝る必要もないので朝はちょっとふにゃふにゃしている。それほど俺達を信用できるようになったという事なのだろう。大抵朝食を食べ終える頃には意識もシャッキリしているので俺は放置している。まあ、俺が放置できているのもしっかりもののケテトが面倒を見ているからだけど。
朝食はおいしゅうございました。限られた手持ちの中ですごく頑張ってくれた努力を感じた。地球は暴力的な味に慣れてしまっているが、こちらでは調味料も味がハッキリしてないので自然と味覚が鋭くなった気がする。胡椒に金以上の価値があった時代があったのも今なら実感を持って理解できる。娯楽が少ないとこうして皆で食べる食事が美味しいかで幸福度が随分変わるのだ。
うーむ、まあ今の所は塩があれば大丈夫ではある。盗賊から鹵獲する調味料、高確率で塩なんだよね。あとは保存状態が悪いのであまり手を出しにくい。最近は香草や香辛料になる草や実をケテト達が積極的に回収しているが、それも下処理が必要ものが多いので今は使えない。アレが使えるようになったらまた味の幅が広がる事だろう。
今の所、外国に移住した日本人が発症する確率が高いと言われている醤油味噌米欠乏症にはなっていない。まぁ強いて言えばラーメンは食べたいけど、作り方が一切わからない。かん水なるものを使うのは知っているが…………ラーメンを作る動画とか見ていると、アレを庶民でもたべられる時代に生まれて本当に良かったと思う。時代が時代なら手間のかかり用的に貴族の飯だよアレ。あと俺の好きな塩だしはまず魚とかから出汁をとらなきゃ。脳内データベース見ても一から作るのを考えただけで嫌になる。おいしいのチャーハンの作り方ってレシピをみたら「まず田んぼ用意します」って言われている気分。でもその通りなのだから仕方ない。
そうだな。出汁と言えば夜の暇な時にコンソメ擬きみたいなものを作れないか画策している最中だ。香味野菜って程じゃないが、ショウガの様な植物は発見されているんだ。その手の旨味と出汁の出る野菜のヘタとか動物の骨を捨てずに乾燥させて集めている。あとはこれを煮込んで、煮込んだスープと非常に細かく刻んだ野菜や肉などと混ぜてペースト状にして、更に火をジックリ入れて水をゆっくり飛ばして乾燥させ粉状に近づけていく。あとは自然乾燥させて完成だ。リアルでやったら途中で嫌になって投げ出しそうになるが、暇よりマシなのだ。退屈はマジで精神を的確に壊してくる。何かをゴリゴリ潰したり刻んだりするのはいいストレス発散になる。
この地域、温暖だから恐らく香辛料は割と豊富なのよね。色々と試してみるのもいいだろう。俺の知識チートもあくまで人類の知識の中での話だ。誰も知らない食用の植物が存在していても全く不思議ではない。だからといっていきなりなんでも口に突っ込むのはどうかと思う、とイヨカに忠告したが、そのお陰で幾つか食用になる物を発見されているので褒めておく。
褒めると言えば、イヨカの勧誘、教祖点も努力点も割といい感じの評価だったなぁ。穏便とはいかなかったがあの面倒な教団の牽制をできるカードが手に入ったのは非常に大きい。無論、その為だけにイヨカを誘ったわけじゃないぞ。イヨカにも一度心配そうに聞かれたけどそうじゃないとハッキリ伝えている。
因みに、賞罰は割と積極的に使っている。ここ最近は早起きに賞罰を付けた。その為にイヨカも頑張って起きている。あと、俺自身への戒めとして。仕事も大事だが、団員を放置は良くない。一緒に食事をとれる機会がある時はできるだけ一緒にするべきだ。…………これも確かウチの家訓だった気がするな。思ったよりまだ覚えている。
教祖生活を始めて少々時間がたったが、今の所は問題なくやれている。あとはペースアップが課題かなぁ。




