1章3節 汝、剝放ノ者ヲ名乗リ
んで、俺が土下座してるってわけ。
いや、違うよ?違うんすよ。ビームでぶっ飛ばされて目を覚ましたら大きくて見つめているだけで飲み込まれそうなほど真っ黒な岩の下に転がってたんですよ。しかも岩から血が滴ってるの。いや雑!ほんとにウチの御主神様は雑!地球にアクセスできるっぽいんだからもう少し異世界転生モノの神様を見習ってほしかったね。スポーンと同時に岩に激突して負傷とか普通なら詰み案件ですよ。
幸い、ちょっと湿った感じの後頭部に触れてみたが傷はもうなかった。強靭な肉体スゲーって思ったよ、うん。
で、辺り見渡したらどーみても夜の中の森なもんで、まずは寝られる場所がないかサバイバルの鉄則に従って行動しようと思ったらですよ。神託をアラーム代わりに信者を作れと御主神様は喚いたわけですよ。肉声ならまだ許せたよ?でも明らかに録音したボイスを自動ループ再生してるみたいな感じだったからね。いや手抜き!みたいな。どんだけ俺と喋りたくないねん!みたいな。
仕方ないので探しましたよ。
なんでしょうね。明かりは殆どないんだがくっきりと周囲が視認できる。それに、こっちへ向かうべきってのが朧げにわかるんです。神託って能力スゲーなって感じですよ。まさにゲームのチュートリアル。現代っ子をどうすれば動かせるかウチの御主神様はよくご存じのようです。
んで、神託の囁く方に駆けてみれば想像していた最悪の事態より2ミリくらいマシな状態だった。
ひぃ、ふぅ、みぃ…………三つ以上は沢山と言ったものだ。森の中のちょっとした野営地には邪教徒と盗賊の中間みたいな奴がいて、一人の女の子をイジメていた。その近くには何人か既に息絶えたか、息をしてるだけの存在もいる。テンプレだともーちょいマイルドが、もう少し早く救助してるはずなんですけど、なんかもう手遅れとしか思えないんだよなぁ。
どう見てもバッドエンドですありがとうございました。
しかしクソ煩い神託Botはアイツだと言っているのであの子を救うしかないようだ。チュートリアルならもう少し難易度下げてくれません?
それはそれとして、なんか急にお腹が空いてきた。そーいえばもうどれくらい胃の中に物を入れていないのか。周囲で野次馬している下品な奴等の齧っている肉が嫌に旨そうに見えた。
さて、ここからの王道展開は単身突撃して盗賊共をチート無双で皆殺しか、あるいは何かで誘導して盗賊を誘い出し少女を救出するか、どっちかなんだろうなぁ。
因みに俺は傭兵訓練をした覚えはないのでスニークキルなんてできないし、御主神様のお役所仕事のせいで武器もなんもない。てかチートスキルに最初から無双できる物がない。
仕方ないので俺は堂々と歩いて行った。そして奴らが反応する前に華麗な土下座を披露した。飯を下さい、と。
俺はヒーローじゃないんだ。ごめんよお嬢さん。ちょっと待ってくれ。
◆
結果から言うと、思ったより上手くいった。
「なんだテメェ?」
思いっきり最初に頭蹴られたけど、蹴られたけどね。この世界の人荒すぎ。蛮族共がよぉ。
なんかいきなりボコボコにされて髪を引っ張り上げられ俺の御尊顔をジロジロ見てきやがりましたよ。いや、待って待って。ほんと、うまくいったんだって。
「なんだコイツ?どこの種族だ?」
「顔付はアジヒィト族だな」
「でも髪が黒だぞ?アイツらは金か白だろ?」
「耳もふつぅだな」
「おい、目の色は蒼っぽいぞ」
「あ?そんな馬鹿な」
「てかこの服はなんだ?見たことねぇぞ」
「それより、コイツ俺達の言葉を話さなかったか?」
まあ寄ってたかってね、もみくちゃなされて俺はパンダの気持ちになったね。
言葉?わかるとも。御主神様と色々勉強したもんでね。この世界言語多いよホント。神様パワーありきっぽいけど半分以上は自力で学んだんだぞ。
「お前何処から来た?なにもんだ?『誰を崇めている』?」
普通なら容赦なく首をすっぱりやられている所なのだろうが、あまりにも俺が異質で好奇心が勝ったらしい。ともかく、俺はこの盗賊の中でもいくらか賢そうなヤツと話せる機会を貰った。
俺の登場で興が冷めたか、それとも一時中断か。殺されかけていた件の少女は焚火近くの木に乱暴に縛り付けられていた。ほらね、うまく行ったでしょう?
「私は、混血児だ。それに追放された。私は『剥放者』なんだ。この服は奪った。誰のかはよくわからないんだ。私を匿っていた母が死んで、殺されそうになったんだ。命からがら逃げてきた」
「そいつは…………お前、一体何をしでかした?」
面白いね。人に素性を訪ねる時、『誰を崇めているか』って質問が当たり前の様にあるの。でもそうなんだ。この神々の遊び場となっている『神層域』には当たり前の様に神がいて、人々は何かしらの神に仕えている。それが当たり前の世界なんだ。そしてどの神に仕えているかがこの世界では結構重要なんだ。
その世界に於いて『剥放者』とは一体なにか。それはどの神からの加護も剥奪された異端者。よほど神の怒りを招いた不届き者。この世界の最下層の存在。
それがこの世界にとってどれほど恐ろしいのか。『剝放者』の言葉に血気盛んな盗賊すらたじろいだ。その言葉を聞くだけも恐ろしいとでも言うように。その反応だけでこの世界にとっての『剝放者』の扱いがわかる。
まあ、ほんとに剝放者になる人なんて滅多に居ないらしいけどね。子供に悪い事ばっかりしてるとお化けに連れてかれちゃうよみたいな軽い脅かしみたいなレベル。怖がられている度合いがお化けみたいなファンシーじゃなくて発見次第即刻殺処分していい人類史上最悪の国際指名手配犯扱いみたいな感じだけど
「私は罪を犯したつもりはない。しかし、実際に私に神の加護は無い。確認してくれてもいい」
俺は半ば取り押さえられながらも両手の平を見せた。そこには何もない。まっさらな手だ。盗賊たちのゴツイ手と違って力仕事なんか一切したことございませんって感じの手。
しかしそのありふれた手を見て盗賊たちは呪われた物体でも扱うようにたじろぎ、恐ろしい物でも見た様に俺から反射的に離れた。
この世界の人間は、仕えし神の刻印が手の平に刻まれる。人によっては複数あるため重なったりするケースもあるが、重なりこそすれまっさらな状態は生まれた瞬間しかありえないとされている。まっさらは正真正銘、どの神からも見放された『剝放者』の証だ。
ははは、馬鹿らしい。ただの手のひらにここまで恐れるか。お前達はもっと悍ましいことをさっきまでしていたのに。
自分にできることは限られている。俺がここに来た時、まだ息だけはしていたあの子達は、俺があの時暴れられたら助けられたかもしれない。しかしリスクが高すぎて無理だと判断したから俺は見捨てたんだ。こうしている今もまた1人冷たくなっていくんだろうな。直接傷つけたわけではない赤の他人の俺が葛藤しているのに、その暴虐の結果を当たり前の様にしているお前達はこのただの手のひらが怖いのか。
はぁ、この世界やっぱりおかしいよ。
「とりあえずコイツを見てもらえないか?」
ちょうど放してもらえたし、俺はポケットから財布を取り出して500円玉を地面に転がした。
何か俺が危険物でも取り出したように咄嗟に後ずさる盗賊の反応でなんかもう笑えてきた。そんなに怖いか?お前達に比べたらこんなヒョロヒョロの俺が?
転がった500円玉がちょうど盗賊の長っぽいヤツの前でとまり、パタンと倒れた。それを見た長は下っ端ぽいヤツを小突き、下っ端がへっぴり腰で恐る恐る500円玉を掴んだ。全ての事情を知っている人から見たらギャグでしかないんだが、本人たちは真剣だから余計に面白い。ただの500円玉にそこまで大の大人がビビるかい。
「なんだこりゃ………?」
「金か?」
「こいつはなんの紋章だ?」
「おい見ろよ、こんなちいせぇのに更にちっせぇ模様があるぞ!」
下っ端が掴んでも何もないことに安心したのか、盗賊たちがワラワラと集まって下っ端の手の中を覗き込む。
「凄いだろ。とにかく、私は食料を分けて欲しい。待ってくれ、君たちの言いたいことはわかるぞ。私を殺せば全部総取りだってね。身寄り無いの『剝放者』なら殺しても何の問題もないのだから。しかし、私が示したいのは価値のある物を有している事ではなく、これを手に入れるための知恵を持っているという事なんだよ。少なくとも私は多くの言語を話せる。そこに縛られている少女で試してみようか?あるいは、貴方方が所持している読み物で何か読めない物があれば読んでみせよう」
「お前、本当に何者だ?とぼけるなよ。俺達だって修羅場は何度も潜っている。そして『剝放者』に出会ったのも初めてじゃねぇ。そいつは完全にぶっ壊れてたぜ。ああ、誰もが納得する『剝放者』だった。だがお前は正気だ。むしろ正気な奴が追放される方が恐ろしい。これをどこで手に入れた?神の塒から盗みだしたのか?」
「それが知りたきゃもっとお話ししようぜって話ですよ。本当に俺を殺して大丈夫なのか、よく試した方が良いんじゃないんですか?ね?」
いやー予想外だ。この世界はここまで『剝放者』が恐れられているのか。
神託Botが仕えし神がいながら『剝放者』を名乗るなど!とプンプン怒っていたが知らん。ならもーすこしイージーなチュートリアルでお願いします。いい事知ったからにはとことん悪用させてもらうよ。
御主神様言いましたよね。信徒を増やす為にあらゆる手を使えと。ええ、その通りにしてあげますよ。主神の怒りを買ってでも、効率よく行きましょうや。
「さぁ、どうします?とりあえずご飯を少しでも譲る気にはなりませんか?」
それはそれとしてご飯ください。いやほんと腹減ったんだって。