1章2節 汝、寛容ノ心ヲ持チ
揉めた。凄い揉めた。
ネットの利用規約は秒で読み飛ばすし割とめんどくさくなると事なかれ主義な面が顔を出しがちな俺なんだけど、今回はマジで粘った。
俺じゃない方がいいですよ。もっと信心深い人いますよ。壺を売るのは得意かもしれないですけど、その手の宗教ではないですよね?
てか異世界送りって何ですか?昔に流行った転生ものですか?現代っ子の俺中世近世の生活環境に堕とされたらストレスで禿げますよ。箱入り育ちの令嬢ですら満面の笑みが出来る生活環境じゃないと無理って騒いだ。だってあれだよ?世界史ちょっと学べばわかるけどトイレとか公害とかに対する明確な対処が行われたりしたの人類史的にはごく最近のことだからね。よく舞台になる中世ヨーロッパは調べてみると結構ヤバい状態が続いている。現代からすると生地獄よ。
それとも科学レベルは現代と同じ?それはそれで信仰心なんて死んでそうですね。神により訳の分からん文化が人類史を狂わせてきましたが、その神を殺したのは科学だ。そんで不満や不自由がないと人は縋らないってのは神様もご存じですよね。てか『神層域』ってどんな世界なんですか?
人間、同じ地球の中を移動しても他の国に移動しただけでやれカルチャーショックだやれ水が合わないやれ人種がなんだとピーピーうるさい種族である。そんなか弱い生き物を異世界に?冗談ではない。自分の生まれた国で生きることでさえ不自由なくいられる人など一部だというのに、資産も人脈も常識も無しに異世界へ?狂ってる。あり得ない。
え?人間がいる?元は同じだけど神々が都合の良いおもちゃとして連れてった奴ら繁殖してる?でも異世界で長年育ったらもう別の種族では?ああそうなのね殆ど宇宙人みたいに考えた方がいいと。はぁ。嫌です。
何時間粘ったかな。数日?数週間?数か月もしかしたら年単位かもしれない。この場所は時間感覚が本当にない。なんせ時間の経過を示すものが一切ないんだもん。神との対話だけがこの場所で俺に唯一許された事だった。
時に強引に話を進めることもあった自称神様も俺に強制できることには限界があったらしい。最後の方はうんざりしていることを隠しもしなかったが、俺の問いかけに対して機械的にではあるが根気よく解答した。
俺も途中までは嫌がらせのつもりだった。俺のめんどくささに耐えかねて教祖を変える気になってくれないかと思っていたのだが、この神様は俺よりも遥かに頑固だった。もしかしたら神様にとっても俺を選定することは一回こっきりのチャンスだったのかもしれない。そうでもなければ教祖ガチャNRの俺に拘る理由がない。ガチャ大爆死ですよプギャーってね。
仕方ないので途中から真面目に質問した。
そうして俺がギリギリ生きていけるのではないかと思われるラインの知識を得て、契約締結に同意するまでに凄まじい時間を要したが、最終的には俺が折れた。泣く子と神に人は勝てないのだ。まあ大半の時間を異世界のお勉強に費やしていた気がするが、この知識が役に立たないってことはないだろう
俺が島流しされる『神層域』とやらは、俺のよく知るファンタジーの異世界よりももっとめんどくさい世界だった。ほんとに最初によく聞いておいてよかった。そうでもなければよくある魔法だ!スキルだ!奴隷だ!ギルドだ!ステータスオープン!ヒャッハー異世界だー!の気分で行けば相当混乱しただろう。
俺が聞かなかったらそのまま送り出す気だった気だったのだろうかこの神様は。酷い。
『それではまず、『神託受信』『人域知識』『強靭な肉体と精神』を与えます。祈りなさい』
これで正式な契約成立か。はいはい、もう諦めましたよ。
我が主神▇▇▇▇、眷属として契約を結び『神託受信』『人域知識』『強靭な肉体と精神』の祝福を希います。
『では、与えましょう、我が眷属よ』
はい、ありがとうございま「いだだだだだだだだだだ?!」
ボキボキボキミシミシミシみたいな凡そ人体が出してはいけない音を出しながら、大分長い事モザイク加工が必要なレベルでスプラッタな状態になっていた体が回復していった。え、これ嫌がらせですよね?わざわざ痛覚制限切ってから回復させましたよね?
『…………』
クソ!長い付き合いのせいか俺のあしらい方を学んでるよこの神様。長い時間ベシャリに付き合わされた仕返しかー?ウチの神様の器は小さいなぁ。マグカップくらいしか無いんじゃないの?
『黙りなさい。いいですか、もう一度念の為に説明しますよ。『神託受信』は私の干渉を増やすための力。『人域知識』は異世界でも順応するための知識を。『強靭な肉体と精神』は貴方が散々懸念していた病を防ぎ、些細なストレスや環境の違いによる混乱などを鎮めます』
へいへい。どうもありがとーございますね。ふぅ。凄い久々に立ち上がった。てか相変わらず真っ暗ですね。もっとこう、演出に拘った方が良いですよ神様。信仰が欲しかったら時にはこけおどしも必要ってもんですよ。
『減らず口を』
「てか喋れ、ぷっ、なったんでしたね。うぇ。口の中にモツが残ってる」
『私の根城に臓物交じりの唾を吐き捨てないでください』
なんだかんだ、スプラッタ状態で放置されながらも俺の心が完全に折れなかったのは神様が話し相手になっていたからだろう。もし1人で放置されていたら俺は短時間で心が折れていたはずだ。変な愛着すら湧いてるのは、なんだろう。もしかして洗脳してる?
『失礼ですね本当に。そんなことができるならその煩い口を閉じていましたよ』
思考筒抜けももう慣れたなぁ。
『ここからは貴方が選びなさい。最初から全ては与えられません。信徒の数、信仰の強さなど条件に応じて新たな力を与えます』
はいはい。チートですねわかります。
『巫山戯けているとあげませんよ』
「そうなると信仰を増やすのに時間がかかりますよ我が主神様」
『…………』
「…………」
俺達は多分一蓮托生だ。
俺は最終的に神様の意向に逆らえないけど、神様もめんどくさい俺に根気よく向き合ってでも動いてもらわなきゃいけない事情がある。まともな存在じゃないことは確かだが、利を与えてくれるうちは従った方が良い存在だ。
ネット中毒の現代っ子からネットを取り上げて容赦なく異世界に追放しようとしているこの拷問がお得意な酷い神様には嫌でも頭を下げるべきだ。そうでないと次は何をしてくるかわからない。
因みに、働きに応じて読みたい小説や漫画の続きとかは神託で脳に送り付けてくれるらしい。神託って便利。ここ凄い頑張って交渉したからね俺。娯楽がないっとヤダ!って泣いて喚いたからね。流石に光回線のパソコンは持ち込みさせてくれないらしいけど、ある意味ではデバイスも無しに色々とさせてくれるんだからいいよね、有料だけど。
『もう一度おさらいします。私から与えられた力で貴方が弱者をなぶって気持ちよくなっていようが、社会的秩序を無視して自分の常識を押し通し周囲に大きな混乱を齎そうが、奴隷を囲って酒池肉林を築こうが構いません。或いは脳内に送った漫画を一人で読みふける怠惰で非生産的な暮らしをしようとも構いません。私はそれを、その欲望を全て是とします。しかし、同時に貴方は私から与えられた力を使い信徒を増やさなければならない。信徒なくして貴方に与えた力は成立しない。いいですね?』
大丈夫っすよ。まず生活環境ガチるんで。うん。ああそっか。ガチる為の力を得るのに信仰を寄越せと。はい。はぁ~狭量だなぁこの神様。転移モノの神様はもっとポーンっと気軽にチートくれましたよ?ほーらもってけドロボーみたいな。そんで無双して異世界知識披露してみんな救ってキャーステキーダイテーですよ。ね?
『ね?じゃないです。そんな都合のいい話があると思いますか?貴方に1000億円あげます。豪邸も、好きに扱っていいメイドも沢山用意します。お代なんて結構です。貴方に好きにすごしていただくだけで構いません。そう言われて『親切だな』と貴方は思いますか?まず詐欺を疑うでしょう?』
「言わんとすることはわかりますけどね。でも人の夢をかなえるのが神様ってもんじゃないんですか?神に裏切られたら人はいよいよ何を信じればいいのかわからなくなりますからね」
この神様、一応『眷属』になったので我が主神ってことになるんだが、この神との討論は面白い。神にしては随分人間臭いところもあって、意外と話ができる。最後まで意見が食い違う事もあったが、時に分かり合えた点もあった。
『我が眷属よ、第一の選択をしなさい』
――――――――――――――――――
【祝福の選択】
◆不眠の祝福
睡眠せず活動が可能になる
◆悪食の祝福
食に適さない物も食す事ができる
――――――――――――――――――
「えー、どっちもあれば有難いなぁ。両方下さい」
『信仰を集めなさい』
「はいはい。一つ確認なんですけど、不眠は寝ようと思えば寝られるんですよね?」
『必要ですか?』
「睡眠は人体に多くのメリットを齎しますよ」
『肉体も精神も祝福があれば問題ありません。無駄な時期です』
ごねた結果寝られるようにしてもらえた。ありがとう。
「とりあえず不眠にします。肉体の加護があれば実質的に悪食と考えることもできるので、作業効率優先です」
『では我が眷属に『不眠の祝福』を与えます』
はい、ありがとうございます。これで『24時間働けますか?』をガチで出来るようになったわけだ。いいね。素晴らしい。あ、待てよ。
『次の祝福を選びなさい』
――――――――――――――――――
【祝福の選択】
◆闇眼の祝福
闇に適した目を手に入れる
◆非排泄の祝福
排泄をしなくても問題ない肉体を手に入れる
――――――――――――――――――
「闇眼ってつまり?」
『獣の様に夜目など能力を手にします』
「えぇ…………」
これ非排泄めちゃくちゃ欲しいんだけど、不眠の祝福とったせいで闇眼の方が良い気がしてきたんだけど!そうだった。現代みたいに明かりだらけの世界じゃないんだ。不眠を生かすなら夜も快適に動ける能力がセットじゃないと意味がない。
「悪食選び直しは…………はい、無理なんですね、わかりました」
凄い長い間2人きりで会話しているのに、姿を見たことは一度もない。でもネット上のそんなもんだしね。声が聞こえて分勝手に容姿は想像すればいい。最近は言葉を聞かなくても何となく意思を読み取れるようにもなってきた。
『我が眷属に『闇眼の祝福』を』
「はい、ありがとうございま、す…………」
途端、世界に明かりが現れた。いや、明かりが現れたというより、この明かりの存在しない空間でも視覚が機能し始めたのだ。これはもう、単に夜目が効くとかの領域ではないな。
そして俺は見た。この謎の空間の奥にいる存在を。
「なかなか刺激的な格好ですね。どーみても封印されてるんですが、俺は貴方を信仰して大丈夫なんでしょうか?」
『仮初の姿です。今の貴方に正しくその光景を理解できる力がないために貴方の理解できる姿で私を見ているのです』
「なるほど。俺ってドレス萌なんかあったっけ?」
形容するなら、全身漆黒の貴婦人。黒の鍔広の帽子、僅かに灰色の混じる三つ編みが垂れる顔は真っ黒で何も見えない。ボディはナイスな感じでそれを上品なドレスが包んでいる。でもって何故か太刀を帯刀している。西洋的な淑女の見た目に対してあまりにミスマッチな刀だ。
ただ、それすらも霞む要素がある。両手を鎖に繋がれ、節々に杭の様な物がぶっ刺さっている。どう見ても邪神ですありがとうございました。
「これ神様諸共俺殺されません?」
『私が貴方の思うような存在であれば貴方の様な反抗的な眷属などとっくに幽閉していますよ』
「殺さないんですか?」
『殺したら愉しめないではないですか』
うーん、ダメだなやっぱり。死は救済とか真顔で言うタイプの神様だ。でももう契約しちゃったんだよなぁ。
『これで最後です。祝福を選択しなさい』
――――――――――――――――――
【祝福の選択】
◆殺恵の祝福
殺害から力を得る
◆狂叛の祝福
主神を貶める者に対し叛逆の力を得る
――――――――――――――――――
うわー、もはや危険な存在であることを隠そうともしない!こわーい。
どっちとっても碌な死に方しそうにないなぁ。これ要らないから悪食か非排泄の方が欲しいんですけど。
『選びなさい、我が眷属を名乗るのであれば』
もはや、前の2つは前座でしかないのだろう。俺の行動効率が良くなる補助みたいな物。本当に神が与えたかったのはこの祝福の何れか。はてさてどっちがマシかな。
『我が眷属よ、其方の使命は理解していますね?貴方は我が存在の信仰を妨げる物全てを、あらゆる手を使って除外することが認められています。強靭な精神を宿した貴方に、もはや人の死は恐れる物ではないのです。貴方が真に恐れるべきことは、自らの信仰を妨げられることなのです』
「その思考の果てにウチの世界だと凄い量の死者が出てるんですかそれは」
恐らく、人間が作り出した物の中で最も死者を出したのは『宗教』だろう。それは人類史を少し振り返ればわかる。
これから俺が送り出される世界はそれ以上に歪み切った世界だ。人命の価値が地球の時よりも低い。他者への尊重はまずお互いが理解し合えるという前提にある。弱腰で居ると食われるのは自分の方なのだ。何かを果たしたければ逆らう物みんなぶっ倒していくくらいの気概が求められるのだろう。
「ん-、長期的目線で見れば多分殺恵一択な気もしますが、それぞれの単純な強化率ってどっちが高いんですか?」
『限定的な観点で言えば後者でしょうね。その分一時的な物です。不敬を働いた者が死ぬか死ぬ以上の後悔をするまでしか力は働きません』
ふーん。でも殺しに酔ってる教祖なんて長期的目線で見ればマイナスでしかないからなぁ。宗教運営ならまだ後者の方が良いな。
「あと幾つか確認なのですが―――――――」
俺は祝福の肝と思われるこの二つの祝福についてのメリットを詳しく問い続けた。妙に口が重かったが、根気よく聞きだした。神様的には殺恵推しっぽかったけど、よくよく能力の条件など聞き出した結果最後は後者にした。
『そうですか。では我が眷属に『狂叛の祝福』を』
はい、ありがとーございます。いいのかなぁこんなに序盤からチート貰って。でもこれってある意味あれだよね、ボス戦前の部屋にやたら回復薬屋強めの武器が置いてあるようなもんだよね。これから辛い目に合うけど頑張ってね、みたいな。要するにこれくらい祝福積んでないとヤバいってこと。
これだけでも十分凄いのに条件満たせばもっと祝福くれるってんだもん。嬉しいっていうかやっぱり怖くなってきた。もっとイージーな世界がいいです。
『それでは送り出します。異論反論は認めません。質問は神託にて受け付けますがあまりにもくだらない事ばかり聞いていると無視します。いいですね』
なんかごねすぎたせいで聞き分けの悪い子供を扱うみたいな対応になっている気がする。ほーら貴方の眷属ですよー。もっと優しくしないと拗ねちゃうぞー。
『貴方の読みたい漫画だけ神託リストから外しますよ』
「すみませんでした」
クソ!大人げないよ!俺の主神大人げない!器の大きさがお猪口の大きさだ!
勝てない。娯楽と言うメンタルライフラインを握られていると人は斯くも脆弱になるのか。
「そういえば凄い今更何ですけど流石に最低限の物資は貰えるんでしょうか?初期装備無しの120Gだけ?それとも流石に『どうのつるぎ』くらいはいただけます?」
今の俺が着ているのは血まみれスーパースプラッタなスーツ一式。少しダメージ加工して顔にメイクだけすればそのままゾンビ映画のエキストラによさそうである。ジャケットがなくてインナーが普通のシャツってことは俺は春くらいに死んだのかも。
『管轄外です』
「は?」
『物質の創造は管轄外です。欲しければ信仰を増やしなさい』
「うそぉ」
御冗談でしょう御主神様。裸一貫で行けと?いや血まみれスーツ一丁で?せめて死んだときに持ってた鞄とかないんすか。
『腕に腕時計、胸ポケットのヒビだらけのデバイス、ズボンのポケットに必要最低限の物だけを入れた小さい財布があります。時計だけは唯一奇跡的に機能していたので保護をかけておきました』
うん、いらない。いやでもうーん、なんか捨てるのもなぁ。時間も24時間進行じゃないから腕時計の利便性が…………まぁ何かに使えるかもしれないので一応持っていきますけど、せめて鞄が欲しいです。
『貴方は死ぬ直前に鞄を手放したのでありません。貴方の肉体を引っ張ってきた時に服は偶然持ってこれただけです。裸でないだけ幸運だと思いなさい』
あのね御主神様、可愛い子には旅をさせよって言っても最低限の準備はさせてあげるもんだと思いますよ?そこはなんとかなりませんか?
『なりません。早く行きなさい。最初はチュートリアルです。ちょうど信徒に良さそうな存在を見つけてあります。探して信徒にしなさい』
「装備方面ではない方に妙に手厚いなぁ。信徒探しは生活基盤を整えてからの方が良いんですけど」
『……………………』
もう付き合い切れんと言わんばかりにのっぺらぼうの黒面からビッとビームが照射されると俺は吹っ飛んだ。
『貴方には我が眷属として新たな名を与えます。『―――――』よ、我が手に信仰を集めなさい』
これが俺が異世界送りにされる前の最後の記憶だった。