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2章6節 汝、鉾ヲ収メテ


 なんかゴールした気分になってるが何も終わってない。仕事に終わりは無いのです。タスク1が終わればタスク2がやってくる。それが人生。クソ。


「ヘラクル、一つ預けておきたい物がある」


「なんですか?」


「わた…………俺は眷属になる前の記憶が少しずつ抜け落ちている。抜け落ちるというか知識と混ざってしまったのか。もう自分の元の名すら怪しい。元々別に凄いこだわりがあるわけじゃないんだが、誰か一人くらい覚えてもいいだろう。これは教祖としてではなく、眷属としてでもなく、俺個人の頼み事だ。俺の名前を預かって置いてくれ。これが俺に示せる一番の信頼だ」


「はい。拝聴いたします」


「俺の本当の名は――――――」


 よし。なんかすごいスッキリした。変なブレーキを取っ払った気分だ。どうせ戻れない地球に変な感傷を抱いて頭を抱える無駄な動きはカットです。効率よく行きましょうね。

 必死こいて記憶の欠片をかき集めて指からこぼれていく不毛な思考は捨てる。落ちるなら確実に持っておいてくれる子に託す。それだけで良かったのだ。

 いいさ、この世界じゃ教祖ノスト猊下として生きてやる。でも完全にいいなりにはなってやんねーぞ。湯バー〇みたいなことしやがって。名前の剥奪ってサラッとやられたけどこんな危ない事だったのか。


【何を考えようが好きにしなさい。貴方の使命は最初から何一つ変わりありませんよ。何をしてもいい。何を考えてもいい。何を願ってもいい。だが使命を成し遂げなさい。それが契約です】


 動揺すらしないかいラスボスめ。すべては私の手の平のうえか。そうだろうよ、思考筒抜けだからね。ラスボスが初期からスレイヤーになり得る存在を管理し思考まで全部監視してるとか禁じ手もいいところなんだよクソゲーめ。本当にお願いだからちょっとはまともな神であることを祈るしかねぇ。


 わかってるさ。大事な者を守りたきゃ力を付けなきゃダメだ。力を欲しけりゃ信仰を高めるしかない。だから俺と御主神様の関係、正体を、周囲にバラしても何の意味もない。足引っ張るだけだ。どこまで計算してた?俺がヘラクルに同情し、頼り、本気で守ろうとすることも計算済みか?どこまでも後手後手で嫌になる。あんた間違いなく邪神だよ。


【好きに呼びなさい。貴方は私の眷属。その事実は揺ぎ無いのですから】


 クッソー。いつかぎゃふんって言わせてやりて~。御主神様でエッチな妄想してイメージを送り付ける嫌がらせしたくてもあの姿って俺の脳がバグって認識している姿でしかないって話だし意味がないんだよな。


【そうですね】


 ああ、今までの問答の中で一番冷ややかな声だった気がする。大丈夫だ、嫌がらせを考えさせたら右に出る者なしと不明な称号も与えられた俺だぞ、いつか嫌がらせの手段を思いつくさ。



 その前にまず仕事だ。空気は切り替える。教祖ノスト猊下にアカウントを切り替える。

 まぁ、少なくともヘラクルがいつになくニコニコと鼻歌を歌いながら仕事に戻ったのを見て俺の判断は間違ってなかったと確信できる。寂しかったのかな、ヘラクルも。なのに30日以上一緒に過ごした自分よりいきなり黄龍人族の娘と表面上はなんか仲良くなってたら気になるよね。ほんとヘラクルには悪いことしたな。

 うん、ほんと頭からノイズが消えていつになく冴えている気がする。まさかヘラクルの香りには中毒性でもあるのか?危険だ。あれぞ本当の魔性の女である。見てるか黄龍人族の娘よ。お前のエセ魔性の女体質ではなく本物の魔性の女だ。


 さて、どうしようか。務めを果たさねば。えー、でもなんか俺からアイツに誠にごめんなさいするのも違う気がする。俺一回ちゃんと忠告したし。

 家に籠りきりで何を考えてるんだが。今日で俺達を追いだすか?まあそっちの方が普通なんよな。この家元々誰かが泊まるような感じになってないし。



 でもこの流れでヘラクルに様子見てきてって頼むの最高にダサくない?あとさっきの出来事の詳しい顛末が知られたらヘラクルがどんな反応するか分からない。好感度がこう、ヒューンと堕ちそう。俺の株が大暴落する。

 あ、目が合った。なにしてんだアイツ。窓からこちらを見る黄龍人族の娘とバッチリ目が合った。…………アイツいつから見てたんだろう。もしかしてさっきの見てたんだろうか。距離がありすぎるしなんかシーツ被ってるから表情も感情も読めねぇ。てか隠れちゃった。

 どうしようか。あ、今度はヘラクルと目が合ってしまった。どうしました?って感じで微笑み、俺の先ほどまでの視線の先を予測し合点の言った表情。


「私、少し様子見てきますね!」


 あーまってヘラクルー。でも今のあの子は俺に頼られて嬉しい嬉しいって感じだから引き留めにくい。さらば俺の好感度。ブラックマンデー到来。

 

「大丈夫ですか~?私達昼も作業するので昼も食事をとるのですが、一緒に如何ですか~?」


 扉をノック。同じ女性には恐怖感はない模様。堂々とした態度。

 再びシーツ蛞蝓が動いて目が合った。なんだよ。そのままシーツ蛞蝓は扉に向かっていった。扉が開く。シーツ蛞蝓とヘラクルが何かを話している。ヘラクル、なんかちょっと憑き物が取れたみたいに明るくなったな。

 くっ、アレを遠ざけてたの守ってるつもりだった男だったってマジぃ?…………暫く継続ダメージがきそうですねコイツは。俺への良い罰だな。


 長いな。何を話してる?あ、俺の方見た。ヘラクルの反応は、セーフ。今の所笑顔のまま。株は暴落せず。シーツ蛞蝓があることを誇張しないことを吹き込む恐れがあったがヘラクルの変容に気圧されたか。余計な事を言えないでいる様子。

 へっ、ざまぁみろ。天使ヘラクルの前に悪魔シーツ蛞蝓破れたり!

 おっと邪悪な笑顔をシーツ蛞蝓に見られた。これにはシーツ蛞蝓カッチーン!顔真っ赤でシーツを被ったままこちらに突進を敢行。それを追うヘラクル。研究者タイプなのにシーツ蛞蝓も速いが天使ヘラクルの方がもっと速い。

 シーツ蛞蝓より、ずっとはやい!!


 しかしどうする気なんだ突進して。

 このままだと作業中の物も踏んづけて突撃してきそうな勢いなので避難。俺も逃げる。



『待て、このヘンタイ!何が医療行為だ!やっぱりどう考えても儂と目が合ってから舌入れただろ!』


 シーツ蛞蝓、黄龍人族の言葉で顔真っ赤にして罵りながらの全力疾走です。あの時は冷静になれずちょっと押し切られていたが家に帰ってきて冷静になってやっぱりおかしいと気づいたようです。或いは俺の笑みで確信したか。

 しかしあの重い杖を持っている分セルフでハンデを背負っています。あの杖をどうする気なんでしょうか?一度持ちましたがどう見ても鈍器にカウントできる重さだったぞ。人間の頭でもスイカ割りができるポテンシャルを確実に持っている。この世界の住人だとマジでできる。


 教祖モードでなければあっかんべーでもして煽り倒してやりたいのだが、そうすると黄龍人族の娘が憤死しかねないので自重する。いや、逃げている時点で大概か。


『ま、まて!このばか!あほ!おたんこなす!へんたい!』


 もはや罵りの語彙が幼稚園児レベルである。午前で色々と消耗したのか、或いはクソ重い金属杖を持って走ること自体が無謀だったのか、もう息切れを起こしてます。脳に酸素が回っていないので語彙も貧弱です。後ろ歩きでも追い付かれない。ごめんな、この体チートなんだ。体力が切れるより先に多分リカバリーが発動している。

 あ、転んだ。いや、後ろをピッタリ追走していた天使ヘラクルのフォローで地面にベシャァ!と勢いよく倒れるギリギリで止められました。シーツが脚に絡まっての自爆です。御年お幾つか存じ上げませんがこれは恥ずかしい。大人になってからの転倒って地味にメンタルに来るのよね。

 

『%7tJ5ts0!6w2"3@4#!』


 ヘラクルに抱えられたまま何かを叫んでいます。もう何言ってんのかわからない。お、これは、まずい。これ以上揶揄っていると怒りが臨界点を超えて泣きそうだ。ちょっと涙目。流石に謝った方がいいかもしれない。男慣れしてるって聞いてたから悪ふざけの範疇だったんだが。今思うとメンタルがおかしくなってたなあの時。悪ふざけでやっちゃダメなことでした。

 でもなんか馬車に乗ってた時から思ってたんだけど、怒鳴ってるけどガチで怒ってる感情を感じないのよね。あの時マジ切れかショックで号泣されたら俺も直ぐに正気になって土下座して謝ったかもしれないけど。さて、どこで落としどころを作るか。

 逃走の進路を変更。開けっ放しの魔女ハウスへ移動します。ほーら戻っておいで―。


 少々の休息。シーツ蛞蝓復活です。杖を握りしめズンズンこちらに侵攻を開始。目が怖いです。はいはいもう逃げませんよ。 


「ふぅーふぅー」


「少し落ち着いて呼吸を整えなさい。顔が真っ赤ですよ」


「だ、誰のせい、だと…………!」


 しまった。今のは普通の心配だったけどナチュラルに煽ったみたいになった。いけないいけない。オンゲで培ったナチュラル煽りムーブが出てしまった。


「一つ先に聞きたいのですが、貴方はどうなれば納得するのですか?私をその鈍器で殴って殺せば満足するのですか?」


 おっとー。これは予想外の展開。今まで献身的に黄龍人族の娘に寄り添っていた天使ヘラクルが殺すのワードに反応しオートで戦闘マシーン化。昆虫みたいなおっかない目でシーツ蛞蝓の顔を覗き込んでいます。

 これには猛り狂っていたシーツ蛞蝓も冷や水を頭から被せられたようにビビッて身を竦ませます。なんだこの構図。着地点が余計に見えなくなった。


 そして幾分か冷静になったのか、闘牛が試合中にふと赤い布に突っ込む不毛さに気づいてしまったかのようにシーツ蛞蝓ここでまさかの感情の失速。なんか勢いで動いてただけで冷静になると何がしたかったのか自分でも若干わからなくなっています。おそらく原動力が羞恥心から来る感情の揺らぎの落としどころが分からなくて、それを俺に当たり散らしていただけで怒りが主体の感情ではなかったというのが俺の推測。俺が軽く受け流しまくるのでヒートアップしすぎて主体が怒りに途中から変化していたけど、冷静になってみると怒りの内容が空っぽな事に気づき本人も困惑。今ココ、って感じだ。


『わかりました。ええ。私が悪かったです。貴方に無用な恥をかかせたことを認めます』


 こうなったらもう謝った方がどっちも鋒を収めやすいだろうと俺から先に謝罪。しかしこれをチキンな俺、黄龍人族の言葉で実行。言葉はわからないはずなのになにか疚しさを察知したのか今度は堕天使ヘラクルの審判の目が此方を見ています。怖い。さっきの笑顔を思い出してください。お願い。

 

「わ、私も、不躾に色々と自重もせずにすまなかった」



 そう、大人の喧嘩程面倒な物は無いのだ。俺達気が合わないわけでも嫌いな奴って事でもないんだから素直に引いた方がいいのだ。これで終わり。そう。だからヘラクルさん、ちょっと近づいて俺の目を覗こうとしないで。




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[一言] 論点ズラして、大元の舌入れの件が解決していない事に気づいてまた騒ぎになるんだろうなあw
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