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2章5節 汝、己ニ向キ合イ



 ヘラクルちゃんの俺を見る目が変です。

 何故でしょう。黄龍人族の娘はプンプンしてるし、馬車を牽いていた謎生物は家に戻ると仕事終了と言わんばかりに寝て、ヘラクルちゃんは近づくわけでもなく、かと言って遠ざかるわけでもなく微妙な位置からチラチラと俺と黄龍人族の娘の間で視線を行き来させています。そんなに前でドタバタしてたのが気になったのか?


【至極当然だと思います】


 モノローグに当たり前の様に混ざらないで御主神様。

 まあ黄龍人族の娘がきゃいきゃい騒いだり、急に黙り込んだり、かと思ったら凄い暴れる様な音が聞こえて、かと思ったら到着までキャンキャン吼えてるのがずっと聞こえてたら気になるか。

 クソッ、アイツのせいでどうしても俺まで変な目で見られなきゃいけないんだ。アイツが悪いんだ!


【貴方も十分悪いですよ】


 俺に過失がある時だけウキウキで神託してくるのやめませんか?まだ質問攻めにしたこと根に持ってるんですか?器ちっっっっさ。


【貴方が一番不敬ですよ】


 いや違いますよ。俺はね、今回取引で貰った器の大きさの事を言ってるんです。ほら、小さいでしょ?ね?何かを測るのにちょうど良さそう。


 はてさて、結果的に言えば一つは上手く行き、一つはなんかすごい拗れたが、今回の商取引自体は上手くいったのでよしとする。家に付いてからもそれで終わりってわけではない。取引で得た物を次々と処理していく。なんせ積み荷の半分家に置いてきてる状態で馬車が今満杯だ。荷物を圧縮しなきゃ話にならん。


 本来なら家についてもあーだこーだと煩かっただろう黄龍人族の娘は家にお籠りしてしまわれた。表面的に見ればプラス。面倒な事聞かれる前にガンガン作業を進めましょう。

 ただ、ヘラクルくん。前よりだいぶ近い位置に来れるようになったのはいい事なんだけど、改めて話しかけるには微妙という絶妙な位置でチラチラこちらを見ながら作業をするのはやめてくれぬか。


 黄龍人族の娘なら当てつけでワザとやってるんだろうなって思うけど、ヘラクルちゃんの場合多分素だ。邪念一切感じないもん。獅子の体格で小動物ムーブするのなんなのよ。気になるな~でも自分から聞くのって失礼かな~みたいな事考えてそう。けどやっぱりきになっちゃうので妙な距離感で陣取り無意識にチラチラ視線を送っちゃう。そんな感じだ。


 よく考えたら、ヘラクルちゃんって境遇的に人生の殆どを両親だけと暮らして俗世とは隔離されてたんだ。要領がいいから浪羊族の群れにいきなり放り込まれてもなんとか馴染んだけどある意味凄い箱入り娘なんじゃなかろうか。

 今までは両親から話で聞く事だけだったことを直接見る事できる。聞くことが出来る。調べることが出来る。頭のいい奴ってのはつまり学ぶことへの好奇心が強いんだ。知識を増やそうとうするシステムが脳内にセットされている。

 要するに世界への興味が強い奴ほど自然と観察力などが強化されて頭がよくなっていくという事。ヘラクルはまさにソレ。

 

「(…………どうするのがこれ正解なの?黄龍人族の娘に何が有ったか説明させると絶対拗れるよな。御主神様の魂を賭けてもいい)」


【賭けないでください。それが許されるのはスタンドに目覚めてからです】


 いやでも絶対拗れますよアレ。あることない事言いますよ。そしてヘラクルちゃんはピュアなので信じます。ヤバい。地味にチェインメイデン教団崩壊の危機です。


「あー、ヘラクル、こちらに少し来て座りなさい」


「!はい、ただ今!」


 凄い。なんで呼ばれたのかピンと来てない顔してる。これが演技だったら俺もう何も信じれない。


「ヘラクル、貴方、さっきの事に関して色々と聞きたいのではないですか?」


「え?あ…………猊下は、その、私の心が読めるのですか?」


 ヘラクルびっくり、みたいな顔しないで。誰が見てもわかるってばよ。


「いえ、あんなに視線を送られたらわかりますよ。そうですね、作業をしながら先ほど何をしていたのか説明しましょう」


「そ、それは、先ほど何を交換したのかとかもですか?」


 あ、そこからね。確かに説明してなかったわ。しょーがねーなー。







「というわけであの娘はへそを曲げてお籠りしています」


 脅しをかけた件はかなりマイルドにしたし、最後の舌の件だけは意図的にカットしたが、なんとか今日の午前の出来事に関して全部説明した。ヘラクルは黄龍人族の娘の殺意や俺の力が波打っていたのは気づいていたらしい。そりゃ気づくか。感覚が人間より優れていて特に悪意に敏感になっているのだ。あと第一信徒のせいか俺とのつながりも強いらしく、俺の力も感じ取ろうと思うと感じ取れるらしい。少し怖かったと言われてしまった。

 たぶん、睨みつけた時だろうな。あの力は離れたヘラクルにも届いていたのか。尚更気にもせずに歩いていた謎生物凄いな。アイツらの図太さはちょっとマジで異常なのではな?


「…………でも暴力は振るわなかったんですよね?」


「ええ、していません。ある意味、力のない暴力をぶつけたともいえるかもしれませんが」


 まだ其処までは堕ちていないよ、ギリギリね。強い力を持って増長している自覚はある。危険な傾向だ。悪でもない物に直接力をぶつけた時が俺の最後の一線なんだろうな。そこを踏み越えたらボーダーが消えてしまう。


 力は魔力だ。治安制御の抑止力の働かないこの世界で『力』はコミュニケーションツールとして便利すぎる。リアルで言えば携帯端末。なくても死んでしまうことはないが今更完全に手放せと言われても無理としか言えない物だ。しかし便利な物に頼れば思考は鈍化する。囚われていく。人生を便利にする物に逆に束縛される。なんて馬鹿馬鹿しい事だ。

 俺は正気か?正気を保てているか?まだ「俺」でいられているか?記憶が欠落していき、御主神様の為に動くことが当たり前になって、この精神の揺らぎも強靭な精神で抑え籠めてしまう。ゲームで人を殺す事に慣れていても、リアルの其れは違う。得体の知れない生々しさがあって、だからこそ苦しむはずなのに、俺の心はあっさりと受け入れてしまった。殺す恐怖に苦しむのではなく、苦しまなかった事に俺は恐怖を感じた。着実に俺は力に溺れている。けどその揺らぎですらも強靭な精神は打ち消していく。

 立ち止まることも狂う事も許さないと申すか。更にここからもっとチートを与えるというのか。

 はははははは、ウチの御主神様は人の尊厳と正気を破壊する方法をよーくご存じのようだ。人を一番苦しめる方法は徹底して痛みを与える事ではない。逆に天国の様な生活をさせて全てを取り上げるのだ。苦痛に死と言う果てはあれど欲に果ては無い。どんな理想を与えても欲は膨らむ。そこから当たり前になった理想を奪い去る。すると人は簡単に狂っちまう。返してくれと叫ぶ。俺の頼っているチートが正にそれだ。御主神様が取り上げるぞど脅したら俺はもう逆らえない。


 俺は正気だ。まだまだイケるさ。前向きだけが取り柄よ。せいぜいこのゲームを楽しんでやるだけだ。


 思考が乱れる。いつの間にか作業をしていた手が止まっていた。その手に誰かが触れた。

 いつの間にかヘラクルちゃんが震える手で力んだ俺の拳を優しく、しっかりと包んでいた。


「猊下、私には猊下の御心が分かりません。けど、苦しみ悩んでいる事はわかります。私は頼りない存在です。けれど、けれど、それでも、猊下にお仕えしたいのです。私は何があっても付いていきます。猊下に頂いたこの命、一生をかけて猊下にお返しします。せめてお傍においてください。私にはそれしかできないかもしれません。けど、辛い時は寄りかかってもいいんですよ。私の父様も母様も強い人ではありましたが、無敵ではありませんでした。辛い時はお互いに頼りあっていました。父様は言っていました。辛い時はただ一緒にいるだけでもいいのだと。だから、だから………」


 微かに鳥肌を立てながらも、ヘラクルは俺の手を強く握った。本能が拒絶しているのにそれを意思で抑え込んでいるのか。

 はっ、守っていたつもりがこのザマか。やっぱりこの子は俺なんかより遥かに強いな。なにか作業をし続けてめんどくさい事を考えることから逃げようとしてたのはヘラクルじゃなくて俺なのかもしれないな。休みなしで動き続けるなんて俺らしくない。アホらし。しかも年下に内心を見抜かれて慰められるなんてダッッッッッッッサ!理想的な教祖であれ?無理無理。最初から俺にそんなことが出来るわけがない。だって教祖なんてアニメや漫画ですら深くしらんもん。ロールプレイするにもモデルがないのよモデルがよ。


 大丈夫。自分をバカにできる程度には俺は正気だ。

 頭を上げろ。いつまで情けない面を晒してる。俺は緩くヘラクルちゃんの手を振りほどき肩を押して距離を取ろうとした。これ以上は彼女にとって良くないと思ったから。けど、その直前で手が止まった。

 彼女の震えはそれだけなのか。男が怖いだけで震えているのか?こんな強い女の子が?

 この震えは、それだけじゃない。顔を上げてようやく目があった。この表情は恐怖じゃない。不安だ。

 そうだ。今の彼女に身寄りがない。正体もよくわからないこんな男に頼るしかない。両親も失った。家もなくなった。帰る場所が彼女にはない。なのに俺は距離を取り続けた。怖かっただろう、二つの意味で。男に頼ることが。いつ見捨てられるか分からないという状況が。

 もう少しちゃんと話したい。そのサインをずっとヘラクルちゃんは出し続けていた。トラウマを超えて、話がしたいって。わざわざ聞こえる声でヘラクルちゃんが言葉の練習をしていたのは話のキッカケづくりの為って俺は本当は理解していたはずだ。でも俺は無視して、だから気持ちを抑えきれくなって、自分の事を何も語ろうとしない不気味な男に対して自分から勇気を振り絞って話しかけて来たんじゃないか。

 第一号に変な愛着を抱いて振り回されるのを恐れて、彼女の男性恐怖症を免罪符に過剰に距離を取った愚か者め。気遣われてたのは本当は俺の方か。俺は異世界に居るという現実をまだ完全に受け入れ切れてなかったのか。

   

「すまん」


 彼女の右肩に置いた手。僅かに曲がった腕を広げて彼女を押しのけるのではなく、更に曲げて寄りかかる。彼女の方に頭を軽く預ける。


 散々言葉を弄したが、結局のところ俺は自分が自分で居られなくなるのを恐れているのだ。自分が見下していた力に溺れるアホになり下がることを恐れ、人に頼ることを恐れた。この世界に愛着を持ちたくないから他人行儀であり続けた。

 下らねぇ。俺は俺だ。記憶が抜けてようがなんだ。俺は俺だ。効率だ。ゲームの基本は効率。名前も取られた。年もわからん。でも俺は俺だ。

 恐れている部分にズカズカ入り込まれて他人に八つ当たり?アホかよ。そうだ。俺は黄龍人族の娘に年を聞かれて考えないようにしていたことを掘り起こされて過剰反応した。もっと穏当な落としどころはあったはずなのに。あの娘と同じような反応をしてしまった。


 大丈夫だ。俺はヘラクルが居る限り、ヘラクルが見ててくれる限り、致命的に間違えないさ。この子は俺より強い。この子は俺より悪意に鋭い。この子は俺より前向きだ。諦めよう。俺は他人に頼るしかないんだ。

 けど、プライドを忘れたらそれも俺じゃない。意地を張るんだよ男は。崖っぷちで踏ん張るんだ。そう、笑顔だ。そして希望を口にすること。自分で定めたルールだ。崖っぷちでも笑ってられるうちは俺は俺だ。


 さあ切り替えろ。十分休んだろう。羽休めは済んだ。

 俺は頭を持ち上げて立ち上がろうとする。年下の女の子になぐされめられるダサイ男はここでおしまいと。だが、ヘラクルはまるでその体を追いかけるように立ち上がって俺に抱き着いてきた。

 これは完全にやり過ぎた。恐怖で体がガチガチだ。でも彼女は勇気を振り絞って俺を元気づけようとしている。父親と母親に沢山の愛情を注がれて育った娘の慰めは、幼げだが何よりも一生懸命で、どこまでも真っすぐで、とても優しかった。

 俺はヘラクルを安心させるために優しく抱き返した。それだけ肉体ではないどこかに溜まっていた疲労感が抜けていった。破裂寸前の風船から空気が抜けていくように暴れ狂っていた何かがスーッと消えていく。ああ、久しぶりに脳からノイズが消えた気分だ。


「ありがとう、ヘラクル。随分と楽になったよ」


「そうですか?また何か苦しくなったら、その、いつでも言ってくださいね」


「ああ、その時はまた寄りかかってもいいかな」


「ッ!はい、是非!」



 ダメだ。俺この子に勝てないや。教祖失格です。でもそれでいいや。これがあればまだいくらでも戦える。俺は俺で居るためのこの子に頼るしかない。

 毎日の練習の成果がバッチリでた彼女の満点の笑顔を見て、俺はそれを深く悟った。




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[一言] 漆黒と純白ですねえ 決してどちらにも染まることがないままに混ざり合う
[一言] どっかの支配の悪魔がやったような事に恐れてますねぇ
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